【完結】呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私

灰銀猫

文字の大きさ
51 / 64

理不尽な要求

しおりを挟む
「もう、エル―シアったら。ずっと待っていたのよ?」

 お姉様は小首をかしげ頬に手を当てました。それは妹を心配する姉のように映らなくもありませんが、目には怒りとも憎しみともとれる光が渦巻いているように見えます。

「時間がないから手短に話すわ。ヘルゲン公爵夫人の座を私に返して」

 貸した本を返してと言わんばかりの軽さでお姉様はそう言いましたが……

「それは無理ですわ」
「何ですって?」

 否定すると綺麗な眉を歪めて大きな声をあげました。

「だって、私とウィル様の結婚は既に国王陛下の裁可が下りていますもの。どうしてもと仰るのなら、国王陛下に奏上なさってください」
「そこはあなたが辞退すれば済む話でしょう。私には荷が重過ぎますって」

 扇を胸元で振りながらお姉様がすまし顔でそう言いました。お姉様にかかると陛下の決定も随分と軽く薄っぺらいものになるようです。確かに公爵夫人の荷は重いですが、聖域やラーレのことがあるので今更無理だなんて言える状況ではないのですよね。先ほど国王陛下からも頼むと言われてしまいましたし。

「陛下にそう申し上げても、お許し下さらないと思いますわ」
「どうしてそんなことが言えるのよ?」
「だって、既に陛下にそう申し上げていますから」
「は?」
「王都に来て直ぐに陛下の私室にお招き頂きましたの。公爵夫人など務まらないと申し上げたのですが、陛下はウィル様を頼むと仰るばかりで……」
「はぁ!?」

 淑女らしからぬ変な声を上げたお姉様ですが、それはご友人たちも同じで口元に手を当てたりして青褪めています。

「そういうことですから、まずは陛下の説得をお願いします」

 私がそう言うと舌打ちが聞こえました。ええ? まさか今のそれってお姉様ですか?

「……ああもう、面倒ね。仕方ないわ」

 暫くの沈黙の後、そう言うとお姉様はぐっと掴んだ腕を引っ張って鼻と鼻がくっつくほどに顔を寄せてきました。

「エルーシア、私の言うことが聞けないの?」

 お姉様は私の目を絡めとるように覗き込んできて、微かにお姉様の魔力を感じました。お姉様は昔から私が躊躇したり嫌だと言ったりすると必ずこうしたのですが……

(もしかして、これって言うことを聞かせるために?)

 昔からこうされると何故かその声に歯向かってはいけないような不安と焦りが湧き起こり、どんなに嫌だと思ったことでも頷いてしまったのです。そのことに何の疑問も感じなかったのですが、呪いをかけられていたとわかった今ならわかります。それに……

(不思議だわ。今は全くそんな気にならない)

 これが『呪いが解かれた』、いえ、本来あるべき状態だったのでしょう。かつて感じていた逆らってはいけないとの恐怖心も、ずっと抱いていたお姉様に対する憧れや畏敬の念、私を見て欲しいと焦がれた思いも出てきません。恐ろしいほどにお姉様に感じていた感情が消えています。

「エルーシア? 聞いているの?」

 私が返事をしなかったせいでしょうか、刺々しい声でお姉様がそう尋ねてきました。

「ええ、聞こえていますわ」
「そう。だったら話は早いわ。わかっているわね?」
「もちろん、お断りしますわ」
「……っ!!!」

 私がそれは無理ですよとの意を込めて笑顔を向けると、お姉様が息を呑みました。私の呪いが解けたと気付いたでしょうか? でも、残念ながらこれが現実ですし、もうかけ直しは無理です。そんなことをしたらウィル様や魔力が見える人にばれてしまいますから。
 ああ、そういう意味ではお姉様はエンゲルス先生とトーマス様に感謝すべきですわね。私が呪われたまま王宮を訪ねていたら直ぐに魔術師が気付いて騒ぎになり、今頃実家は大変なことになっていたでしょうから。

「こ、このっ……よくも私を馬鹿にして!!!」
「え?」

 次の瞬間、お姉様の空いている方の手が空を切り、パァンと非常にいい音がして頬がじんわりと熱くなるのを感じました。

「エル―シアの分際で生意気なのよ!」
「そうですか? でも、元々私とお姉様は双子ですわよ。それに生意気と仰るなら、それはお姉様ですわ」
「何ですってぇ!?」

 あら、面白いほどに興奮の度合いが上がっていきますわね、お姉様。でも、淑女たる者そのように感情を露わにしてはいけないのではありませんでしたっけ?

「もうお忘れですか? 私は公爵夫人ですのよ。お姉様は伯爵家の令嬢で夫人ですらないではありませんか。今はもう私とお姉様との間には純然たる身分差がありますのよ?」
「そ、それは……!」
「そう望んだのはお姉様ですよね? 呪われた醜い公爵になど嫁ぎたくないと仰って」
「な……!」
「ご心配なく。ウィル様は私でいいと、いえ、私がいいと仰って下さいましたの。ですからお姉様がヘルゲン公爵夫人になることはありませんわ。ねぇ、そこのあなたはどう思われます? どちらのおうちの方か存じませんが、社交界では結婚後は婚家に準じ、姉妹でも身分差が出来てしまうのは仕方がありませんよね?」

 にっこり笑みを向けて尋ねると、一緒にいた女性は顔を青くして立ちすくんでしまいました。一方のお姉様は口をはくはくさせながら目を見開いています。
 そして凄いです、私。あんなに怖いと思っていたお姉様ですのに、思っていたことがどんどん口から出てくるのです。やっぱり私、何でも言いすぎるから呪いをかけられたのでしょうか。でも、もう解けてしまったのでどうしようもありませんが。

「よ、よくもこの私に! この私にそんな口を!!!」

 私を掴む手に力が入って痛みを感じた次の瞬間、私をぶった方の手に魔力の発動を感じました。

「二度と逆らえないようにしてあげるわ!!!」

 煮えたぎる怒りに染まった目は既に理性を手放してしまったようです。お姉様は私の胸元に何らかの魔術を押し付けてきました。




しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき
恋愛
「すまない。心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない。本当に、すまない」 アナスタージアは、結婚式の当日、夫婦の寝室にやって来た夫クリフに沈痛そうな顔でそう言われた。 クリフは数日前から一部の記憶を失っており、彼が言うには、初恋の女性がいたことは覚えているのだがその女性の顔を思い出せないという。 しかし思い出せなくとも初恋の女性がいたのは事実で、いまだにその彼女に焦がれている自分は そんな気持ちを抱えてアナスタージアと夫婦生活をおくることはできないと、生真面目な彼は考えたようだ。 ずっと好きだったアナスタージアはショックを受けるが、この結婚は昨年他界した前王陛下がまとめた縁。 財政難の国に多大なる寄付をした功績として、甥であるクリフとアナスタージアの結婚を決めたもので、彼の意思は無視されていた。 アナスタージアははじめてクリフを見たときから彼に恋をしていたが、一方的な想いは彼を苦しめるだけだろう。 それならば、彼の初恋の女性を探して、自分は潔く身を引こう―― 何故なら成金の新興貴族である伯爵家出身の自分が、前王の甥で現王の従弟であるクリフ・ラザフォード公爵につりあうはずがないのだから。 「クリフ様のお気持ちはよく理解しました。王命でわたしとの結婚が決まってさぞおつらかったでしょう。だから大丈夫です。安心してください。わたしとの夫婦生活は、仮初で問題ございません! すぐに離縁とはいかないでしょうが、いずれクリフ様を自由にしてさしあげますので、今しばらくお待ちくださいませ!」 傷む胸を押さえて、アナスタージアは笑う。 大丈夫。はじめから、クリフが自分のものになるなんて思っていない。 仮初夫婦としてわずかな間だけでも一緒にいられるだけで、充分に幸せだ。 (待っていてくださいね、クリフ様。必ず初恋の女性を探して差し上げますから) 果たして、クリフの初恋の女性は誰でどこに住んでいるのか。 アナスタージアは夫の幸せのため、傷つきながらも、彼の初恋の女性を探しはじめて……

【完結】転生悪役っぽい令嬢、家族巻き込みざまぁ回避~ヒドインは酷いんです~

鏑木 うりこ
恋愛
 転生前あまりにもたくさんのざまぁ小説を読みすぎて、自分がどのざまぁ小説に転生したか分からないエイミアは一人で何とかすることを速攻諦め、母親に泣きついた。 「おかあさまあ~わたし、ざまぁされたくないのですー!」 「ざまぁとはよくわからないけれど、語感が既に良くない感じね」  すぐに味方を見つけ、将来自分をざまぁしてきそうな妹を懐柔し……エイミアは学園へ入学する。  そして敵が現れたのでした。  中編くらいになるかなと思っております! 長い沈黙を破り!忘れていたとは内緒だぞ!? ヒドインが完結しました!わーわー!  (*´-`)……ホメテ……

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ
恋愛
「ミレニア・エンブル侯爵令嬢、貴様は自分が劣っているからといって、自分の姉であるレニスに意地悪をして彼女の心を傷付けた! そのような女はオレの婚約者としてふさわしくない!」 「……っ、ジーギス様ぁ」  キュルルンという音が聞こえてきそうなくらい、体をくねらせながら甘ったるい声を出したお姉様は。ジーギス殿下にぴったりと体を寄せた。 「貴様は姉をいじめた罰として、我が愚息のロードの婚約者とする!」  お姉様にメロメロな国王陛下はジーギス様を叱ることなく加勢した。 「ご、ごめんなさい、ミレニアぁ」 22歳になる姉はポロポロと涙を流し、口元に拳をあてて言った。 甘ったれた姉を注意してもう10年以上になり、諦めていた私は逆らうことなく、元第2王子であり現在は公爵の元へと向かう。 そこで待ってくれていたのは、婚約者と大型犬と小型犬!? ※過去作品の改稿版です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観や話の流れとなっていますのでご了承ください。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

処理中です...