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理不尽な要求
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「もう、エル―シアったら。ずっと待っていたのよ?」
お姉様は小首をかしげ頬に手を当てました。それは妹を心配する姉のように映らなくもありませんが、目には怒りとも憎しみともとれる光が渦巻いているように見えます。
「時間がないから手短に話すわ。ヘルゲン公爵夫人の座を私に返して」
貸した本を返してと言わんばかりの軽さでお姉様はそう言いましたが……
「それは無理ですわ」
「何ですって?」
否定すると綺麗な眉を歪めて大きな声をあげました。
「だって、私とウィル様の結婚は既に国王陛下の裁可が下りていますもの。どうしてもと仰るのなら、国王陛下に奏上なさってください」
「そこはあなたが辞退すれば済む話でしょう。私には荷が重過ぎますって」
扇を胸元で振りながらお姉様がすまし顔でそう言いました。お姉様にかかると陛下の決定も随分と軽く薄っぺらいものになるようです。確かに公爵夫人の荷は重いですが、聖域やラーレのことがあるので今更無理だなんて言える状況ではないのですよね。先ほど国王陛下からも頼むと言われてしまいましたし。
「陛下にそう申し上げても、お許し下さらないと思いますわ」
「どうしてそんなことが言えるのよ?」
「だって、既に陛下にそう申し上げていますから」
「は?」
「王都に来て直ぐに陛下の私室にお招き頂きましたの。公爵夫人など務まらないと申し上げたのですが、陛下はウィル様を頼むと仰るばかりで……」
「はぁ!?」
淑女らしからぬ変な声を上げたお姉様ですが、それはご友人たちも同じで口元に手を当てたりして青褪めています。
「そういうことですから、まずは陛下の説得をお願いします」
私がそう言うと舌打ちが聞こえました。ええ? まさか今のそれってお姉様ですか?
「……ああもう、面倒ね。仕方ないわ」
暫くの沈黙の後、そう言うとお姉様はぐっと掴んだ腕を引っ張って鼻と鼻がくっつくほどに顔を寄せてきました。
「エルーシア、私の言うことが聞けないの?」
お姉様は私の目を絡めとるように覗き込んできて、微かにお姉様の魔力を感じました。お姉様は昔から私が躊躇したり嫌だと言ったりすると必ずこうしたのですが……
(もしかして、これって言うことを聞かせるために?)
昔からこうされると何故かその声に歯向かってはいけないような不安と焦りが湧き起こり、どんなに嫌だと思ったことでも頷いてしまったのです。そのことに何の疑問も感じなかったのですが、呪いをかけられていたとわかった今ならわかります。それに……
(不思議だわ。今は全くそんな気にならない)
これが『呪いが解かれた』、いえ、本来あるべき状態だったのでしょう。かつて感じていた逆らってはいけないとの恐怖心も、ずっと抱いていたお姉様に対する憧れや畏敬の念、私を見て欲しいと焦がれた思いも出てきません。恐ろしいほどにお姉様に感じていた感情が消えています。
「エルーシア? 聞いているの?」
私が返事をしなかったせいでしょうか、刺々しい声でお姉様がそう尋ねてきました。
「ええ、聞こえていますわ」
「そう。だったら話は早いわ。わかっているわね?」
「もちろん、お断りしますわ」
「……っ!!!」
私がそれは無理ですよとの意を込めて笑顔を向けると、お姉様が息を呑みました。私の呪いが解けたと気付いたでしょうか? でも、残念ながらこれが現実ですし、もうかけ直しは無理です。そんなことをしたらウィル様や魔力が見える人にばれてしまいますから。
ああ、そういう意味ではお姉様はエンゲルス先生とトーマス様に感謝すべきですわね。私が呪われたまま王宮を訪ねていたら直ぐに魔術師が気付いて騒ぎになり、今頃実家は大変なことになっていたでしょうから。
「こ、このっ……よくも私を馬鹿にして!!!」
「え?」
次の瞬間、お姉様の空いている方の手が空を切り、パァンと非常にいい音がして頬がじんわりと熱くなるのを感じました。
「エル―シアの分際で生意気なのよ!」
「そうですか? でも、元々私とお姉様は双子ですわよ。それに生意気と仰るなら、それはお姉様ですわ」
「何ですってぇ!?」
あら、面白いほどに興奮の度合いが上がっていきますわね、お姉様。でも、淑女たる者そのように感情を露わにしてはいけないのではありませんでしたっけ?
「もうお忘れですか? 私は公爵夫人ですのよ。お姉様は伯爵家の令嬢で夫人ですらないではありませんか。今はもう私とお姉様との間には純然たる身分差がありますのよ?」
「そ、それは……!」
「そう望んだのはお姉様ですよね? 呪われた醜い公爵になど嫁ぎたくないと仰って」
「な……!」
「ご心配なく。ウィル様は私でいいと、いえ、私がいいと仰って下さいましたの。ですからお姉様がヘルゲン公爵夫人になることはありませんわ。ねぇ、そこのあなたはどう思われます? どちらのおうちの方か存じませんが、社交界では結婚後は婚家に準じ、姉妹でも身分差が出来てしまうのは仕方がありませんよね?」
にっこり笑みを向けて尋ねると、一緒にいた女性は顔を青くして立ちすくんでしまいました。一方のお姉様は口をはくはくさせながら目を見開いています。
そして凄いです、私。あんなに怖いと思っていたお姉様ですのに、思っていたことがどんどん口から出てくるのです。やっぱり私、何でも言いすぎるから呪いをかけられたのでしょうか。でも、もう解けてしまったのでどうしようもありませんが。
「よ、よくもこの私に! この私にそんな口を!!!」
私を掴む手に力が入って痛みを感じた次の瞬間、私をぶった方の手に魔力の発動を感じました。
「二度と逆らえないようにしてあげるわ!!!」
煮えたぎる怒りに染まった目は既に理性を手放してしまったようです。お姉様は私の胸元に何らかの魔術を押し付けてきました。
お姉様は小首をかしげ頬に手を当てました。それは妹を心配する姉のように映らなくもありませんが、目には怒りとも憎しみともとれる光が渦巻いているように見えます。
「時間がないから手短に話すわ。ヘルゲン公爵夫人の座を私に返して」
貸した本を返してと言わんばかりの軽さでお姉様はそう言いましたが……
「それは無理ですわ」
「何ですって?」
否定すると綺麗な眉を歪めて大きな声をあげました。
「だって、私とウィル様の結婚は既に国王陛下の裁可が下りていますもの。どうしてもと仰るのなら、国王陛下に奏上なさってください」
「そこはあなたが辞退すれば済む話でしょう。私には荷が重過ぎますって」
扇を胸元で振りながらお姉様がすまし顔でそう言いました。お姉様にかかると陛下の決定も随分と軽く薄っぺらいものになるようです。確かに公爵夫人の荷は重いですが、聖域やラーレのことがあるので今更無理だなんて言える状況ではないのですよね。先ほど国王陛下からも頼むと言われてしまいましたし。
「陛下にそう申し上げても、お許し下さらないと思いますわ」
「どうしてそんなことが言えるのよ?」
「だって、既に陛下にそう申し上げていますから」
「は?」
「王都に来て直ぐに陛下の私室にお招き頂きましたの。公爵夫人など務まらないと申し上げたのですが、陛下はウィル様を頼むと仰るばかりで……」
「はぁ!?」
淑女らしからぬ変な声を上げたお姉様ですが、それはご友人たちも同じで口元に手を当てたりして青褪めています。
「そういうことですから、まずは陛下の説得をお願いします」
私がそう言うと舌打ちが聞こえました。ええ? まさか今のそれってお姉様ですか?
「……ああもう、面倒ね。仕方ないわ」
暫くの沈黙の後、そう言うとお姉様はぐっと掴んだ腕を引っ張って鼻と鼻がくっつくほどに顔を寄せてきました。
「エルーシア、私の言うことが聞けないの?」
お姉様は私の目を絡めとるように覗き込んできて、微かにお姉様の魔力を感じました。お姉様は昔から私が躊躇したり嫌だと言ったりすると必ずこうしたのですが……
(もしかして、これって言うことを聞かせるために?)
昔からこうされると何故かその声に歯向かってはいけないような不安と焦りが湧き起こり、どんなに嫌だと思ったことでも頷いてしまったのです。そのことに何の疑問も感じなかったのですが、呪いをかけられていたとわかった今ならわかります。それに……
(不思議だわ。今は全くそんな気にならない)
これが『呪いが解かれた』、いえ、本来あるべき状態だったのでしょう。かつて感じていた逆らってはいけないとの恐怖心も、ずっと抱いていたお姉様に対する憧れや畏敬の念、私を見て欲しいと焦がれた思いも出てきません。恐ろしいほどにお姉様に感じていた感情が消えています。
「エルーシア? 聞いているの?」
私が返事をしなかったせいでしょうか、刺々しい声でお姉様がそう尋ねてきました。
「ええ、聞こえていますわ」
「そう。だったら話は早いわ。わかっているわね?」
「もちろん、お断りしますわ」
「……っ!!!」
私がそれは無理ですよとの意を込めて笑顔を向けると、お姉様が息を呑みました。私の呪いが解けたと気付いたでしょうか? でも、残念ながらこれが現実ですし、もうかけ直しは無理です。そんなことをしたらウィル様や魔力が見える人にばれてしまいますから。
ああ、そういう意味ではお姉様はエンゲルス先生とトーマス様に感謝すべきですわね。私が呪われたまま王宮を訪ねていたら直ぐに魔術師が気付いて騒ぎになり、今頃実家は大変なことになっていたでしょうから。
「こ、このっ……よくも私を馬鹿にして!!!」
「え?」
次の瞬間、お姉様の空いている方の手が空を切り、パァンと非常にいい音がして頬がじんわりと熱くなるのを感じました。
「エル―シアの分際で生意気なのよ!」
「そうですか? でも、元々私とお姉様は双子ですわよ。それに生意気と仰るなら、それはお姉様ですわ」
「何ですってぇ!?」
あら、面白いほどに興奮の度合いが上がっていきますわね、お姉様。でも、淑女たる者そのように感情を露わにしてはいけないのではありませんでしたっけ?
「もうお忘れですか? 私は公爵夫人ですのよ。お姉様は伯爵家の令嬢で夫人ですらないではありませんか。今はもう私とお姉様との間には純然たる身分差がありますのよ?」
「そ、それは……!」
「そう望んだのはお姉様ですよね? 呪われた醜い公爵になど嫁ぎたくないと仰って」
「な……!」
「ご心配なく。ウィル様は私でいいと、いえ、私がいいと仰って下さいましたの。ですからお姉様がヘルゲン公爵夫人になることはありませんわ。ねぇ、そこのあなたはどう思われます? どちらのおうちの方か存じませんが、社交界では結婚後は婚家に準じ、姉妹でも身分差が出来てしまうのは仕方がありませんよね?」
にっこり笑みを向けて尋ねると、一緒にいた女性は顔を青くして立ちすくんでしまいました。一方のお姉様は口をはくはくさせながら目を見開いています。
そして凄いです、私。あんなに怖いと思っていたお姉様ですのに、思っていたことがどんどん口から出てくるのです。やっぱり私、何でも言いすぎるから呪いをかけられたのでしょうか。でも、もう解けてしまったのでどうしようもありませんが。
「よ、よくもこの私に! この私にそんな口を!!!」
私を掴む手に力が入って痛みを感じた次の瞬間、私をぶった方の手に魔力の発動を感じました。
「二度と逆らえないようにしてあげるわ!!!」
煮えたぎる怒りに染まった目は既に理性を手放してしまったようです。お姉様は私の胸元に何らかの魔術を押し付けてきました。
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