【完結】呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私

灰銀猫

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虫除けの意味

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「エル、疲れただろう? 少し休もうか。喉も乾いただろう?」

 王女殿下が去った後、ウィル様がそう言って下さったので、私はその提案に直ぐに乗りました。初めての夜会で主役扱いされた上、ダンスも踊ったのです。私の気力は大幅に削られていましたし、確かに喉が水分を欲していました。が……

「お待ちくださいませ、ウィル様」

 私たちの行く手を阻んだのは……お姉様でした。後ろにはご友人らしき令嬢や令息がいます。両親とは別行動みたいですね。華やかな顔にゆったりとした笑みを浮かべて立つ姿は、犯し難い何かがあるように見えます。

「何用か、リルケ伯爵令嬢」
「まぁ、私のことはアルーシアとお呼びくださいませ。ねぇ、ウィル様、是非私と踊って下さいませ」
「断る」

 今まで見たこともないほどに艶やかな笑みを浮かべたお姉様に対し、先ほどまで甘い笑顔を浮かべていたウィル様の目元と口元が一瞬で凍り付きました。その落差にお姉様の笑顔や後ろにいるご友人たちまで固まっています。

「な、何を……」
「王女殿下の誘いを断ったのに、それ以外の令嬢と踊るなど出来る筈もなかろう。それにあなたに私の愛称を呼ぶ許可を出した覚えはない。不愉快だ」

 ああ、王女殿下が虫除けと仰ったのはそういうことだったのですね。納得です。

「で、ですが、私は……」
「私からの手紙を無視し、先に拒絶したのはそちらだろう。私は金輪際リルケ家と関わるつもりはない。ヘルゲン家の一員になったエル―シアもだ」

 ここまではっきりと拒絶の意を示したことに、お姉様は小さく肩を震わせ、引き攣った口元を扇で隠す余裕もないようです。後ろにいるお仲間も顔を見合わせて顔色を悪くしていますわね。遠巻きに様子を伺っていた方々の間にもひそひそと近くの方と話しているのが視界に映りました。本音と建前を使い分け決定的な決裂を避ける貴族社会で、こうもはっきりと関係を拒むのは珍しいのではないでしょうか。

「用があるなら書面で出して貰おうか。二度と話しかけないでくれたまえ」

 そういうとウィル様は私の肩を抱いて歩き始めてしまいました。お姉様の表情が気になりますが、残念ながらこれでは振り返ることもままなりません。さすがにこのような場では追い縋って来ないのは幸いですが、レオのために実家が必要以上に侮られるのは避けたいのですが……

 飲み物のスペースでウィル様が給仕に飲み物を頼むと、直ぐにグラスが二つ渡されました。それを手にバルコニーに出ました。ガラス一枚隔てた先は静かで、涼しい夜風が気持ちいいです。冷たい果実水が喉を生き返らせてくれますわ。

「すまなかったな、エル」

 一息ついたところでウィル様が謝ってこられました。それは何に対してでしょうか。夜会の主賓だと黙っていたこととお姉様への冷たい態度だとは思いますが、お姉様に対しては私も同じ気持ちなので謝って頂く必要はありません。

「いえ、こちらこそ実家の者が大変失礼を……」
「ああ、それは私こそ言い過ぎたかもしれないが、あれが私の本心だ。少なくとも代替わりするまでは付き合うつもりはない」

 その言葉を聞いて心の中にぱっと光が差し込みました。レオを心配しているのをわかって下さったのですね。ウィル様のお心の広さと優しさに何だか目の奥がキュッとしました。

「あ、ありがとうございます」
「それにしても、どうしてああも人を不快にさせられるのかがわからぬ。そ知らぬふりをしようと思うのだが……すまない、どうしても怒りが隠し切れなくて」
「いえ、それに関しては私も同じですわ」

 残念ながらあの三人の人を不快にする能力は大したものです。しかも伯爵家なのにどうしてあんなに偉そうに振舞えるのか……いくら魔術師の家系とは言っても、他にも魔術師はいますのに。

「あれだけ言えばもう寄っては来ないだろう」
「そうだと思います」

 ここでそうですねと言い切れないところがあの人たちです。お姉様から話を聞いた両親が激高して突撃……はありそうな気がしますし、お姉様もあれで引き下がるでしょうか……ご自身がウィル様の妻になるのは諦めても、今度は私を貶めることに励みそうです。

(暇なのかしら……)

 お姉様、早く婚約者を見つけないと卒業まで間がありませんのに。どちらにしてもまだまだ安心は出来するには早そうです。

「まぁ、だがまだ安心するのは早いな。気を付けてほしい」
「ええ、もちろんです」

 ウィル様が風に遊ぶ私の髪の一筋に手を伸ばすと、それを指に巻き付けて弄んでいます。それだけのことですのに、せっかく冷えた頬がまた熱っぽくなってきましたわ。

「さて、そろそろ戻るか」
「え、ええ」

 あの喧騒に戻ると思うと気が重いですが、この状況も何だか落ち着きません。それに気持ちよく感じられた夜風もそろそろ限界です。

 バルコニーから会場に戻った私は、レストルームに向かいました。

「私は入口で待っているよ」
「い、いえ、さすがにそこまでは……」
「出来ることなら中まで付いていきたいくらいだ。あの女狐らが仕掛けてくるならそこだろうからな」
「……」

 過保護過ぎると思った私でしたが、そういう意味でしたのね。いえ、ウィル様に下種な下心があるなんて思っていませんが。でも、確かにお母様やお姉様が私に接触してくるのはレストルームですわね。

「誰か付き添いを……」
「いえ、さすがにそこまでは……」

 知り合いもいませんし、わざわざ誰かを連れてくるわけにもいきません。

「ああ、念のためにこれを」

 ウィル様が差し出したのは、細い腕輪でした。シンプルですが小さな石が幾つかはめ込まれています。

「これは?」
「魔術除けと居場所がわかる魔術をかけたものだ。万が一のことがあっても大抵のことはこれで防げるだろう」

 大袈裟だと思いましたが、ウィル様は神妙な顔つきでした。それだけ心配して下さっているのだと思うと胸がじんとしてきました。私はそれを受け取るとそっと腕にはめてレストルームに向かいました。

 用事を終え、会場に戻ろうとした時です。

「やっと捕まえたわ、エル―シア」

 そこには美しいのにどこかおどろおどろしい笑顔のお姉様が、二人の令嬢と共に立ちはだかっていました。

(ウィル様、予想通りです……!)

 あまりにもお約束な展開に、ピンチだというのに嫌悪感の隙間から乾いた笑みがはみ出てくるように感じたのは、私がおかしいわけじゃないですよね?




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