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番外編
エセルバート①
久しぶりに参加した隣国ランバードの夜会。出たくないがこれも王子の公務の一環と言われれば欠席するわけにもいかないし、顔を合わせたくない人物がいても王族ともなれば拒否も出来ない。それでも今日も俺はある目的をもってこの夜会に顔を出した。
「見て! エセルバート様よ!」
「まぁ、いつ拝見しても凛々しくていらっしゃるわ……」
「今日もお一人ですのね」
「運命の女性をお探しなのかしら?」
口さがない者たちが俺のことを囁いていた。成長期の四年半は俺の外見を大きく変え、以前は俺をチビで凡庸な残念王子だと散々馬鹿にしていた者たちも今は羨望の視線を向けてくる。だがそんな視線に心が動くことはなかった。
「エセルバート様、何も口になさいませんよう」
幼馴染で側近のレスターがそっと耳打ちしてきたので頷いた。それも道理で、俺は半年前の夜会で媚薬を盛られて窮地に陥ったことがあったからだ。
あれは半年前に行われたランバード王家主催の夜会。王族と歓談中に渡されたシャンパンを飲んだ後、おかしいくらいの熱嵐が身体中で暴れ始めた。王族として媚薬は慣らしていたが、その時の物はかなり強力で我が国では出回っているものではないようだった。直ぐに盛られたと気付いたが何ともない風を装ってその場を辞した。それでも近くにいた男たちが何かと話しかけて追ってくるため、レスターを囮に巻いて逃げ込んだのは庭園だった。この国が用意した控室は危険だと思ったからだ。
今回の元凶が誰なのか、おおよその見当は付いている。この国のグローリア王女だ。三年ほど前に俺と婚約の打診があった時には俺を残念王子だと言い放って断ったくせに、成長期を経て今の姿に変わったら急にすり寄って来た浅ましい女。可憐で庇護欲をそそる見た目をしているからちやほやされているが、俺にとっては少しも心が動くことはなかった。その本性を見てしまえば嫌悪感しか湧かない。
あの王女には今、ハイアット国のコンラッド王子との縁談が勧められている。敵国に嫁ぐよりは国力も大きく関係が悪くない我が国に嫁ぎたいのだろう。口では我が国と関係を強めた方が国のためになると言っているが、本音は俺の見た目がコンラッドよりも好みだからだ。本人がそう言っているのを俺の部下が聞いているのだから間違いないだろう。
「くそっ……!」
高木を背に低木の茂みに身を隠して熱をやり過ごそうとしたが、中々に強力な媚薬らしく熱は高まる一方だった。レスターと合流できればいいのだが、この状態では動くこともままならない。どうするべきか……焦る気持ちも熱に負けそうになっていた時だった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
控えめに、おどおどした声でかけられた言葉に緊張が走ったが、直ぐに安堵も降りて来た。声があの女のものではなかったからだ。
月明かりと庭に置かれた照明に照らされて佇むのは、まだ幼さを残した令嬢だった。低木の影でこちら側は見えていないようだが、こちらからは月明かりで姿がよく見えた。暗いから髪や瞳の色はわからないけれど、色彩は薄いのだろう。髪は青銀色に見える。心配そうに眉を下げた表情からは欲は見えなかった。
「あのっ、ひ、人を呼んできますね」
俺が返事をしなかったせいか、令嬢はそう言うと走り出そうとした
「ま、待ってくれ!」
慌てて彼女を呼び止めた。この状況でこの国の者を呼ばれるのは困る。あの女の息がかかった者だったら身の破滅だ。
「え?」
「人を……人を呼ぶのは、やめてくれ」
息が上がって来るのを抑えて冷静に声をかけた。あまり具合が悪そうに見えると本当に医者を呼んできそうだ。
「で、でも……」
「だったら、私の従者を……連れてきて、くれないか?」
どうせ呼ぶならレスターがいい。きっと彼も私を探しているだろう。
「従者の方、ですか?」
「ああ。会場にいて、私を探しているはず、だ。あ、赤みのある金髪に、灰緑の衣装で、胸には……黒地に緑の刺繍が入ったハンカチ、が入って、いる」
荒くなる息を抑えてレスターの特徴を告げた。彼は背が高い方だから目立つはずだ。
「あ、赤みのある金髪に……灰緑の衣装ですね?」
「ああ……バートが呼んでいると、そういえば、わかってくれる、はずだ……」
そう言うと令嬢は覚悟を決めたかのような表情を浮かべて頷くとその場から消えた。これでレスターが来てくれれば安心だがまだ気は抜けない。こうしている間にもあの女の仲間が俺を探しているだろう。息を殺し、身体を縮める。時折人が近づく気配を感じたが、息を止めてやり過ごした。
待つ時間は僅かな時間も気が遠くなるほど長く感じるらしい。中々現れないレスターと、俺の名を小さく呼ぶ聞いたことのない男の声。あの女の仲間に見つかったらどうすべきかと考えながら熱に耐えた。
「見て! エセルバート様よ!」
「まぁ、いつ拝見しても凛々しくていらっしゃるわ……」
「今日もお一人ですのね」
「運命の女性をお探しなのかしら?」
口さがない者たちが俺のことを囁いていた。成長期の四年半は俺の外見を大きく変え、以前は俺をチビで凡庸な残念王子だと散々馬鹿にしていた者たちも今は羨望の視線を向けてくる。だがそんな視線に心が動くことはなかった。
「エセルバート様、何も口になさいませんよう」
幼馴染で側近のレスターがそっと耳打ちしてきたので頷いた。それも道理で、俺は半年前の夜会で媚薬を盛られて窮地に陥ったことがあったからだ。
あれは半年前に行われたランバード王家主催の夜会。王族と歓談中に渡されたシャンパンを飲んだ後、おかしいくらいの熱嵐が身体中で暴れ始めた。王族として媚薬は慣らしていたが、その時の物はかなり強力で我が国では出回っているものではないようだった。直ぐに盛られたと気付いたが何ともない風を装ってその場を辞した。それでも近くにいた男たちが何かと話しかけて追ってくるため、レスターを囮に巻いて逃げ込んだのは庭園だった。この国が用意した控室は危険だと思ったからだ。
今回の元凶が誰なのか、おおよその見当は付いている。この国のグローリア王女だ。三年ほど前に俺と婚約の打診があった時には俺を残念王子だと言い放って断ったくせに、成長期を経て今の姿に変わったら急にすり寄って来た浅ましい女。可憐で庇護欲をそそる見た目をしているからちやほやされているが、俺にとっては少しも心が動くことはなかった。その本性を見てしまえば嫌悪感しか湧かない。
あの王女には今、ハイアット国のコンラッド王子との縁談が勧められている。敵国に嫁ぐよりは国力も大きく関係が悪くない我が国に嫁ぎたいのだろう。口では我が国と関係を強めた方が国のためになると言っているが、本音は俺の見た目がコンラッドよりも好みだからだ。本人がそう言っているのを俺の部下が聞いているのだから間違いないだろう。
「くそっ……!」
高木を背に低木の茂みに身を隠して熱をやり過ごそうとしたが、中々に強力な媚薬らしく熱は高まる一方だった。レスターと合流できればいいのだが、この状態では動くこともままならない。どうするべきか……焦る気持ちも熱に負けそうになっていた時だった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
控えめに、おどおどした声でかけられた言葉に緊張が走ったが、直ぐに安堵も降りて来た。声があの女のものではなかったからだ。
月明かりと庭に置かれた照明に照らされて佇むのは、まだ幼さを残した令嬢だった。低木の影でこちら側は見えていないようだが、こちらからは月明かりで姿がよく見えた。暗いから髪や瞳の色はわからないけれど、色彩は薄いのだろう。髪は青銀色に見える。心配そうに眉を下げた表情からは欲は見えなかった。
「あのっ、ひ、人を呼んできますね」
俺が返事をしなかったせいか、令嬢はそう言うと走り出そうとした
「ま、待ってくれ!」
慌てて彼女を呼び止めた。この状況でこの国の者を呼ばれるのは困る。あの女の息がかかった者だったら身の破滅だ。
「え?」
「人を……人を呼ぶのは、やめてくれ」
息が上がって来るのを抑えて冷静に声をかけた。あまり具合が悪そうに見えると本当に医者を呼んできそうだ。
「で、でも……」
「だったら、私の従者を……連れてきて、くれないか?」
どうせ呼ぶならレスターがいい。きっと彼も私を探しているだろう。
「従者の方、ですか?」
「ああ。会場にいて、私を探しているはず、だ。あ、赤みのある金髪に、灰緑の衣装で、胸には……黒地に緑の刺繍が入ったハンカチ、が入って、いる」
荒くなる息を抑えてレスターの特徴を告げた。彼は背が高い方だから目立つはずだ。
「あ、赤みのある金髪に……灰緑の衣装ですね?」
「ああ……バートが呼んでいると、そういえば、わかってくれる、はずだ……」
そう言うと令嬢は覚悟を決めたかのような表情を浮かべて頷くとその場から消えた。これでレスターが来てくれれば安心だがまだ気は抜けない。こうしている間にもあの女の仲間が俺を探しているだろう。息を殺し、身体を縮める。時折人が近づく気配を感じたが、息を止めてやり過ごした。
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