亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ

灰銀猫

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隣に立つ者

 さぁっと風が木々の間を吹き抜けて花々を揺らす。腕を伸ばせば届く距離で告げられた言葉に、身体の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じた。それは自覚しない方がいいもののような気がして、意識を目の前の御仁に向ける。それは、信用出来ると、対等な立場に立てる可能性があると、そう仰っている?

「状況判断に長けた王太子殿下らしいですわね。妃選びも利を優先されると?」
「俺の妃だ。好きに選んで何が悪い?」

 確かにその通りだけど……

「私が王太子殿下の隣に立てるとお思いですの?」
「そう思うから望んだ」

 はっきりと、躊躇いもなくそう告げられた。胸が、騒めく……

「か、買い被り過ぎですわ。私はそこまで出来た人間ではありません」
「今の言葉があなた自身の価値を示した。無知な者は己が至らないなどと思いもしない」

 何か言わなければと思うのに言葉が出てこない。喜びよりも騙されているのではないかと、懐柔しようとしているのかとの疑念が襲う。落ち着くのよ、私。こんなの、ただの社交辞令なのだから。

「……何をお望みですの? 私を利用したいのならそう仰ってください。条件によっては前向きに考えますから」

 考えた末に出てきたのは、本音だった。心の内を明かすようで気が引けたけれど、真意が知りたい。もう、利用されるだけなんて耐えられない。

「警戒されてしまったようだな。だが、さっきの言葉は本心からのものだ。こんなことを言うとまた気を悪くするかもしれないが、これまで縁談の話があった王女は皆妹御のような相手ばかりだった。正直、辟易していた」

 随分とはっきり仰るわね。それを私が誰かに話したらとは考えないのかしら?

「俺はいずれ王になるだろう。王は民に対して多大な責任を負う。俺がどれほど民に尽くしても、その伴侶が民を尊重せず我が身のことしか考えなければ台無しだ。そんな愚は犯せない。我が国はそこまで余裕がないんだ」

 紺碧の瞳が真っ直ぐに向けられる。その表情も言葉も真剣で嘘をついているようには見えなかった。

「世の中には予想通りにならないことばかりだ。どんなに予測を立てて備えても、実際にはそれを上回る事態が起きる。だからこそ、予想出来る範囲では妥協したくない」
「……私との婚姻が、それだと?」
「あなたは聡明で控え目だし、理知的で周囲をよく見ている。それは王族としてはどんなものよりも価値があると俺は考える」

 そうせざるを得ない環境だっただけで、私の資質が優れていたからではない。だけど……殿下が距離を詰める。ち、近いわ……

「アリッサ殿がこの国でどのように扱われていたかは存じている。だが、我が国は、俺は決して軽く扱わないと誓おう。どうか我が国に、俺に嫁いでくれないだろうか?」

 呆然としたまま王太子殿下を見上げる。いつもよりも近くなった紺碧が光を受けて煌めく。王太子ともあろうお方が、そんな風に乞うなんて……

「生涯をかけてアリッサ殿の矜持を守ると誓おう」

 すっと手が差し出された。その手を呆然と見つめる。矜持を、守る? それは私が望み続けていたもの。ずっと蔑まれ続けていた心が、それが欲しいと叫ぶ。だけど……信じていいの? また裏切られたら……

「その言葉を信じろと、仰るの?」

 声が震えそうになる。抑えるだけで精一杯……

「望むなら誓いの証を立ててもいい。俺に出来ることであれば」

 誓いの証……そんなものは、望まないわ。誓ってもその気になればいくらでも反故に出来るから。そんな危ういものに縋るつもりはない。

「証は不要ですわ。ですが……もし約束を違えたら、私は国を去ります。どんな手を使ってでも」

 一人であればどこにだって逃げられるわ。エリーやマルクたち、お祖母様の元にいた人たちは、私が婚姻した先に移り住み、私を支えると言ってくれているから。

「……手厳しいな」
「それは申し訳ございません。でも、初対面も同然の方の言葉を信じられるほど、純真ではいられませんでしたので」

 可愛げがないと思われるかもしれないけれど、これが私なのだからどうしようもないわ。

「いや、それくらいの緊張感があった方がありがたい。俺は気が利かないから不満があったらはっきり言ってほしい」

 意外にも素直というか、裏がないのね。猛将でありながら智将だと噂されていたからもっと裏のある人だと思っていたのに。それとも、これも演技かしら? いえ、それでも構わないわ。最初からそうだと思っていれば心を預けることもないし、期待だってしなくて済むから。

「では、約束ですよ。蔑ろにされたら、すぐに出ていきますから」

 そうなったらエリーやマルクたちと一緒にどこにでも行くわ。お祖母様の故郷に行ってみるのもいいし、海から違う国に行ってみるのも面白そう。世間知らずな私だけど、自分の身を守ることは出来るし、何ならどこかで騎士や護衛として生きるのもいい。そのために武術にも勉学にも語学にも励んだのだから。

「……最初から逃げるつもりでいないか?」
「……そんなつもりではありませんわ。だけど、それくらいの覚悟だと申し上げただけです」

 危ないわ、顔に出ていたかしら? この方、意外に聡いから気を付けないと。

「我が花嫁は俺の庇護がなくても生きていけるのだな」
「ファーレンの王宮では殿下の庇護が必要ですわ」

 さすがに魔窟といわれる王宮内で一人生き残る自信はないわ。陰謀に単身挑むなんて自殺行為に等しいもの。

「わかった。俺が出来る限りのことはしよう」

 殿下が不敵な笑みを浮かべた。それは自信に満ちていて、彼のこれまでの実績の賜物だと感じさせるものだった。そっとその手に手を伸ばすと、しっかりと握りしめられた。重ねた手は大きく、温かかった。




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