亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ

灰銀猫

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自覚なき思い

 風が木々を揺らす音に見回りをする騎士の靴音が重なる。

「しっかしヴァイラントってのは本当に変な国だよなぁ。自国の王女様を蔑ろにするなんて、うちだったら処刑一直線なのにさぁ」
「レオ、うるさいですよ。近くにご本人がいらっしゃるのを忘れないでください」

 酔って饒舌になったレオが無邪気に笑うと、間髪容れずラーシュが窘める。ろうそくの灯り一つを頼りに酒を酌み交わすこの時間は素の俺に戻れる貴重な一時だ。

「あ、ごめん。でもさぁ、稚拙な嫌がらせでお子様かよって。そう思わねぇか?」
「それはそうですが」

 さすがにラーシュも否定出来んようだな。実際、自国の王女、しかも未来のファーレン王妃にあの態度。いくらあの妹に心酔しているとはいえ異常だ。

「まぁ、俺の部下がきっちり監視しているから。アリッサ様には傷一つ付けさせないって」

 だろうな。さっきからこの周辺に奴らの気配を感じる。主に諜報活動をしている連中だが、今はアリッサ殿の警護に当たらせている。軽んじられていても王女、道中で何かあればヴァイラントから責任を問われるのは明白だ。

「嫌がらせの犯人は把握しているのですか?」
「もちろん。俺の部下に抜かりはねぇよ」

 ラーシュの問いかけにどんなもんだと言いたげにレオが胸を張った。

「実際に嫌がらせをしているのは三人だな。あの妹姫の取り巻きだ。ジークに同行するのは妹の方だと思って志願したらしい」
「やはり妹姫ですか」
「そ! 行くのはアリッサ様だって王が宣言していたのにね。もっとも、今までは妹姫が願ったことは通っていたらしいから、今度もそうなると思ったんだろうね」
「馬鹿な奴らだな」

 既に把握されているとも知らずにご苦労なことだ。レオとラーシュはせっせと証拠を積み上げている。帰国した後、ヴァイラント国王に送り付ける予定だ。

「気の毒なのはあの部隊長だね。三人のうちの一人が宿の手配などの責任者だから。諫めたくても同程度の家格だから角が立つと強く言えずにいるらしいね」

 王も人選を誤ったな。いや、予定通り父親のオーケン侯爵が務めていたらこんな不手際は起きなかっただろうに。

「でも、あの男も妹姫の取り巻きの一人でしょう?」
「そうなんだけど、あの離宮を襲撃した連中よりは理性的だよ。可哀相に、色々やらかしてくれているから気の休まる間もないだろうね」
「いえいえ、同罪でしょう? 行く先々で妹を持ち上げてアリッサ様を貶めているのですから」

 その噂も俺が打ち消しているからばつが悪いだろうな。姑息な真似などせず大人しくしていれば名誉は守れたものを。

「まぁ、でも安心しろ、ジーク。あいつらの動向は把握しているからアリッサ様には傷一つ負わせないから」
「別に心配はしていない。自分の身は自分で守るだろう。それくらいの気概がないとファーレンの王宮では生き残れん」

 我が国も盤石とは言い難い。俺が立太子したが反対する勢力は一定数いる。その最たる者が義母の第三妃で、異母弟を王位に就けようと必死だ。あいつはそんなことは望んでいないのに。

「身も蓋もないなぁ、ジークは。アリッサ様、可哀相」
「自ら志願してきたんだ。彼女にも思惑があるのだろう」

 何を考えているのか詳しいことまでは知らないが、あの家族から離れたかったのだろう。俺でもあんな家族なら捨てていただろう。まったく、男だったらあの兄よりもいい王になっただろうに、惜しいことだ。

「まったく……なぁ、ラーシュ、ジークってもしかして自覚ねぇのか?」




 レオが肩を組んできた。途端に襲ってきた酒臭い息に顔を顰めた。男に馴れ馴れしくされたくないのだが。

「どうでしょうね」
「なんだよ~ラーシュまで」

 適当に返すと口を尖らせて肩の拘束を解き、自ら酒を注いで一気に飲み干した。次を注ごうとしてジークの杯が空になっていると気付き満たす。大雑把にみえて気が付くところは昔から変わっていない。しかし……

 レオの言う通りだろうな。アリッサ様に護衛を付け、近くには精鋭をそれとなく置いている。レオまで付けたのは想定外だったフリーダとミアだけでも破格な扱いだったのに。雨漏りしている部屋を自分のそれと替えようと言ったり、天幕を譲ったりなど、随分な厚遇をされている。

 それらはアリッサ様を案じ、害する恐れのある家族から引き離すための方便だと仰っている。実際、慣例通り来春まで時間を置けばあの家族が妹をアリッサ様だと偽って送り込んでくる可能性もある。それを危惧してのことだろう。言い方は悪いが気に入ったおもちゃを取られたくない心理に近いかもしれない。

 ジークがアリッサ様を気に入っているのは明らかだ。誰に対しても紳士的に振舞ってはいるが、女性に対しては常に一線を引いて決して自分の領域に踏み込ませることはなさらなかった。多分、ご本人も自覚していらっしゃらないのだろうが、女性を警戒しているのは間違いない。

 もっとも、子どもの頃は数多の英傑に憧れていらっしゃって『ヘデラーの戦姫』もその一人だったから、最初から特別な感情がおありだったとしても不思議ではない。彼の『戦姫』と同じ色を持ち、非才な剣と乗馬の腕はジークを惹き付けるのに十分だろう。これは……面白いものが見られるかもしれない。

「そういえば、国境の準備はどうだ?」

 ああ、こういうところだ。今までなら「家族に虐げられていた姫君」として体裁など繕わずに連れて行っただろうに。

「もちろん、抜かりなどありませんよ。あのマルクという男も使っています」
「マルク? あの神官か」
「はい。商人との伝手があるそうです」

 それだけではない。ヘデラーの生き残りの末裔らしく、彼らとの繋がりがある。

「そうか、頼んだぞ」
「御意」

 まったく、人使いの荒いお方だ。だが、こんなジークを見るのは初めてだから興味は尽きない。敵であれば無慈悲に斬り捨てる容赦のない御仁だったし、微かな違和感も見逃さなかった。だが、どうやら色恋沙汰には鈍いと見える。

 長く男ばかりの環境に身を置いてこられたし、接する女は地位目当ての女狐か頭の中がお花畑の令嬢ばかりだった。それにお母君があんな風に亡くなられているから、女性に不信感がおありなのか、もしくは両価的になられていてもおかしくはないか。あの出来事は今も心の傷として残っていらっしゃるのだろう。そんな風には見えないけれど。

「あ~あ、もうちょっとで国かぁ。俺、王宮って堅苦しいから嫌なんだよなぁ」
「ああ、俺もだ」

 戦場に身を置くのが長かったからか、二人は王宮を苦手としている。俺は戦場など騒々しいから好まないし、特段堅苦しいとは思わないのだが。

「何を仰っているのですか。戻ってからが本番ですよ」

 慣例を無視してアリッサ様をお連れしたことは大きな波紋を起こすだろう。軽はずみな振る舞いだと、王太子としての資質に欠けると言い出す者も出てくるのは明らかだ。第三妃が産んだ第四王子はあの『花姫』と一歳違い、第三妃にとっては有名な『花姫』との婚姻は利用価値がある。

「おいラーシュ、嫌なこと思い出させるなよ」
「何を言っているのです? そんなことを言っていると第三妃派に足をすくわれますよ」
「う……」

 途端に押し黙ったが、自覚があるのならいい。こう見えて頭の中まで筋肉で出来てはいない。頭は回る方なのだ、そうでなければジークの傍にいられない。

「あ~あ、戦場が懐かしい」
「これからは内政重視です。頭を切り替えてください」
「はいはい、わかりましたよ」

 不貞腐れているがその重要性がわからない馬鹿ではない。そんなレオの隣でジークは淡々と杯を重ねていらっしゃる。その頭の中にあるのは、これから起きる騒動か、それとも……

「早く、王都に戻りたいものです」
「あ~あ、お前はいいよなぁ、可愛い嫁さんが待っているんだから」

幼い頃から婚約し、内戦が終わったと同時に娶った妻。今頃私たちの部屋で一人寝を寂しがっているだろうか。そうあってほしい。

「だったらあなたも結婚してはどうですか? いいものですよ、愛する者と共に暮らすのは」
「また惚気かよ」
「そうですね。妻が可愛くて仕方がないので。あなたもさっさと行動されてはどうですか? 今頃別の誰かとの話が上がっているかもしれませんよ」
「はぁ、何だよそれ!」

 急に剣呑な空気を纏った。そんな相手はいないと頑なに否定していたけれど実際はこれだ。ジークも面白そうに口の端を上げている。ご存じだったか。いや、あんなにわかりやすいのだから気付かないはずがないが。

「後悔する前に動いた方がいいですよ。彼女は人気者ですからね」
「……わかっている」

 意外にも素直に認めた。これは……帰国してからの楽しみがもう一つ増えた。さてさて、先に相手を手に入れるのはどちらの方か。共に学び背を預け合った幼馴染で親友の二人、どちらにも春が訪れてくれるように願った。


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