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離宮を訪ねて来た者

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「エーデルマン公爵には感謝だな。イーゴンを足止めしてくれたのは有難かった」

 そう、レイニーとローゼがここにいると知られたら警戒されるだろうし、学園に行けないからとふらふら出歩かれても困る。ディアークも父が厳重に見張っているし、騎士のローリングが謹慎処分を無視すれば、一発で騎士位をはく奪だ。少なくともあの三人は出歩くことはしないだろう。
 ミリセント嬢は分からないが、外に出ていることが知られれば卒業を取り消される可能性もある。いずれ貴族に嫁ぐなら学園卒業が必須だから、そんな愚は犯さない、と思いたい。それにしても……

「全く、イーゴンがどうしてあんな真似が出来たのか理解出来ないな。自分の行いを公爵夫妻がどう思うか、想像しなかったのだろうか」
「そこは私にもわかりませんわ。両親が私やローゼを可愛がるから、疎外感を持ったのでしょうか」

 確かにイーゴンは厳しく育てられていたから、そう感じていたかもしれない。でも、彼が受けている教育は昔レイニーが受けていたものだし、公爵家の次期当主ともなれば厳しいのは当たり前だ。たくさんの分家や領民の命がかかっているのだから。
 もしかしたら優秀な二人に劣等感を持っていたのだろうか。二人共学園では主席争いに加わっていたが、イーゴンは二十番前後だった筈。それでもディアークよりは上だが。

「このままだと彼は子爵家に帰されてしまうのではないか?」
「そうなると思いますけど……子爵家は彼のお兄様が継いでいますし、今更帰ったところで居場所があるか……」
「そうだな」
「それに彼、お兄様に対して、自分は公爵になるんだとよく言っていました。そんな彼が実家に帰っても……」
「針の筵だろうな」
「ええ」

 公爵家の後継になるつもりなら、その条件を忘れてはいけないだろうに。ディアークもそうだが、どうして前提条件を反故に出来ると思えるのか理解出来なかった。

「こうなると、陛下はアリーセ様に王位をとお考えになるのでは?」
「……そうなりそうだな」

 気が重い事この上ないが、このままだと私が立太子することになるだろう。父はまだ何も言わないが、周りの動きがそのようになりつつある。
 ディアークはミリセント嬢に夢中で気付かないようだが、周囲の彼らへの視線の温度は確実に下がっている。学園にいては気付かないのだろうか。彼の周りを見張る役目でもある側近も気付かないのだから笑い話にもならない。

「全く、イーゴンはいいとして、カスパーは何をしていたのだろうな」

 カスパーはザックス公爵家の長男で、ディアークの側近の一人だ。彼は良識的でディアークにも遠慮なく苦言を呈していたし、養子で元は子爵家の出のイーゴンが言えないようなこともはっきり言っていたと聞く。私たちよりも二学年上だったから学園に通ってはいなかったが、それ以外の時間は共にしていた筈なのに。

「カスパー様ですか。そう言えば最近、お姿を見かけないような……」
「そう言えばそうだな」

 彼は公爵家の後継者であり、また騎士の家系なので騎士団に所属している。ローリングと一緒にディアークの護衛を務めていた筈だ。

 その時だった。

「アリーセ様。御目通りしたいと申す者が……」
「私にか? 誰だ?」
「それが、ザックス公爵家のカスパー卿でいらっしゃいます」
「カスパーが?」

 たった今話題に上がっていた人物の面会要請に、私は思わず他の二人と顔を見合わせてしまった。



「ご無沙汰しております、アリーセ第一王女殿下」
「ああ、久しいな、カスパー卿」

 現れたのはこげ茶の髪に湖水のような青い瞳を持つ、非常に体格のいい青年だった。日に焼けた肌に厳しい目つき、身体もがっちりと筋肉が付いていて、騎士服の上からでもその盛り上がりが伝わってくる。いわゆるマッチョと呼ばれる部類の御仁で、秘かに愛好家の女性から熱い視線を受けている。どうしてそんなことを知っているかというと、ソフィアがマッチョ好きで彼のファンだったからだ。

 一対一での面会にしようと思ったら、カスパーからレイニーとローゼも一緒にと言われてしまった。この二人がいることは内密にしていたのだが……そう思ったのだが、答えはローゼにあった。

「すみません、私が話していました」

 聞けば二人は家の関係で交流があり、昨日会った時に話をしたのだという。勿論このことは内緒にして欲しいと頼んであり、カスパーも他言はしないと言った。まぁ、そういうことなら必要以上に咎める必要はないだろう。

「それでカスパー卿、急に何用だ?」
「はい、アリーセ王女殿下。私を殿下の側近に取り立てて頂きたく、そのお願いに上がりました」
「私の側近に?」

 思いがけない申し出に、私は再び彼女たちと顔を見合わせてしまった。





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