【完結】婚約破棄してやると言われたので迎え撃つことにした

灰銀猫

文字の大きさ
23 / 34

夜会の後

しおりを挟む
「ようございましたね、アリーセ様!」

 上機嫌で私に話しかけたのはソフィアだった。その手にはハンクから届けられた花束と贈り物が入った箱があった。何がよかったのかと思ったが聞き返したりはしなかった。確かに世間一般的にみればよかったと言える状況なのだ。

 あの夜会から五日経った。ディアークのやらかしが霞むほどに私の身の上にも色々とあって、私は落ち着いてお茶を飲む暇もなかった。
 まず、正式に私が立太子されることになった。それも一月後という強行日程だ。元々ディアーク用に準備していたので準備している者たちにとっては問題ないが、私からするともう少し消化する時間が欲しかった、と思わざるを得ない。
 また、私の住まいが離宮から王宮に変わった。王太女に指名されて暗殺の危険性が高まったからだ。王太子が住む部屋はディアークが使っていたので、今はそちらを改装しているところだ。その間私は王太子妃用の部屋を宛がわれた。改装が済めばまた引っ越しなので、今は最低限の荷物だけ持ち込んでいる。

 そして次は王配候補。ハンクは本気だったらしく、翌日にはハンクとダールマイヤー公爵の連名で申込が届いた。更にはエーデルマン公爵とザックス公爵、リーベルト公爵の推薦状まで付いてきた。手回しが良すぎて怖いくらいだ。
 これだけお膳立てされてしまえば、父も却下する事は出来ないだろう。そして四公爵家がハンクを支持した以上、他の貴族は申込出来ないだろうと思われた。ただ唯一、ブランゲ公爵家を除いて。
 そのブランゲ公爵家からは、次男のカール卿からの申込があった。こちらは一門に縁のある伯爵家からの推薦状があったが、ハンクとは比べようもない。そのカール卿は女性どころか男性とも懇ろだと言われる遊び人だ。身持ちが悪くて王配になどとんでもないと思うのだが、相手は五大公爵家なだけに無下にも出来なかった。

「あんな男と接触してはいけませんよ。どんな病気を持っているかわかりませんから!」

 王家の影も務めるソフィアが断言するのなら、その可能性は限りなく高いのだろう。聞けば口にするのも憚られる如何わしい場に出入りしているのだという。どんな場所かと聞けば、「アリーセ様の耳が腐りますから!」と言って教えてくれなかった。ソフィア曰く、世の中には知らない方がいいこともあるそうだ。

 さて、話を冒頭に戻すが、夜会の翌日からハンクからは手紙と花束、贈り物が届けられるようになった。花束は小ぶりで毎日日替わり、贈り物は髪飾りやネックレス、辺境で作られた独自の生地や宝飾品などだ。どれも貰って負担になるような物ではなく、その辺は非常に気が利いていると思う。

『お慕いしております』
『何をしていてもアリーセ様のことばかり考えてしまいます』
『早くお会いして直にお顔を拝見したい』

 手紙は短く、近況と一緒にこのような言葉が並んでいて、私を赤面させた。このような言葉を貰ったことがないだけに、どう反応していいのかわからない。ローリングもフォンゼルもこんな言葉を私に投げたことはなかったからだ。

「ソフィア……これはどう返事をしたらいいのだ?」

 正直言って返事の書きようがない。文面も短いし、半分は私を如何に思っているかという内容なのだ。頂いたものを思うと贈り物の礼など大した文字数にならない……

「まぁ、アリーセ様ったら。こういうものはありがとう、嬉しい、私も会いたいと書けばいいのですわ」
「……ありがとうと嬉しいはともかく、最後のは違うだろう?」
「あら、アリーセ様はダールマイヤー様に会いたくありませんの?」
「いや、そういう訳ではないが……」

 だからと言って会いたいと書くのは違う気がする。

「もう、アリーセ様ったら。ダールマイヤー様のどこに不満が?」
「別に不満がないし、ローリングやフォンゼルよりはましだと思ってはいるが……」

 男尊女卑のローリングは論外だし、フォンゼルはレイニー一筋だから最初からそういう対象にではなかった。だからあの二人でないのは有難いのだが……

「いっそ政略だったら気が楽なのに……」
「まぁ! アリーセ様ったら。そんな寂しい事を仰ってはダールマイヤー様がお気の毒ですわ」
「そうは言うが、好かれた理由がおかしくないか?」

 そう、他の新兵よりもちょっとばっかりしっかりしていたから、と言われても納得出来ない。

「騎士なら別に珍しくありませんわ。だって令嬢が近くにいるわけでもありませんから。それに騎士の中にはアリーセ様に憧れている者は少なくありませんのに」
「そうなのか?」
「そうですよ。もしかしてご存じなかったのですか?」
「ああ。だって、女だてらに剣を振るうなんて女らしくないと……」

 そう、もう少し言葉は柔らかかったが、ローリングからは散々そんな風に言われていたし、貴族からもそう言われているのは知っていた。だから自分が恋愛対象になるとは思っていなかったのだ。それにしても……

『あなたに選ばれるためならどんなことでも致します』

 今日の手紙の最後にはこんな言葉があった。どんな事って何をする気だ? 我が国一の知略の持ち主と言われる彼なだけに、薄ら寒く感じるのは気のせいだろうか……

 ちなみにカール卿からも手紙と花束が届いていたが、ソフィアはそれを私に見せるだけで、何が入っているかわかりませんからと言って早々に処分していた。花や手紙に細工などしないだろうに……と思うが、ソフィアの警戒が緩むことはなかった。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした

基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。 その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。 身分の低い者を見下すこともしない。 母国では国民に人気のあった王女だった。 しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。 小国からやってきた王女を見下していた。 極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。 ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。 いや、侍女は『そこにある』のだという。 なにもかけられていないハンガーを指差して。 ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。 「へぇ、あぁそう」 夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。 今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...