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再会
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オーリー様がアデル様のお屋敷にお戻りになったのは、それから三日後だった。王都には翌日到着したのだけど、その後も王宮に引き続き滞在されて、解放されたのは今日、それも夕闇迫る時間帯だった。
オーリー様の存在は伏せられていたはずなので、こうしている間にもベルクール公爵に知られて面倒なことになるんじゃないかと気が気じゃなかった。お陰でこの三日間はモヤモヤを抱えて落ち着かなかった。
「落ち着いて、アン」
「そうそう。ちゃんと戻って来るって。正式なアンの婚約者なんだろ?」
エリーもジョエルもそう言うけど、王命で成った婚約なのだ。いつ陛下の気が変わって覆るかわからない。オーリー様の回復ぶりを見た陛下がどうお考えになるか、心配で仕方がなかったのだ。それでなくても世間ではルシアン様の即位を不安視する声もあると聞くし……
私はアデル様とサロンでオーリー様の到着を待った。夜の影が濃くなる時分、馬車が到着したと家令が告げると、私の心臓は急にその存在を主張し始めた。
「戻りました」
そう言って部屋に入ってきたのは、会いたいとずっと思っていたその人だった。少し疲れが顔に出ているだろうか。でも……
「よく、ご無事で……」
頭のてっぺんから爪先まで眺めたけれど、どこにも怪我を負っているようには見えなかった。
「アンジェ!無事だったか」
「はい。こちらは、何事もなく……」
「そうか」
そう言ってオーリー様が明るい笑顔を浮かべた。これまでのような弱々しいそれではなく、お日様のような明るく力強い笑みだった。
「どこも、お怪我は……」
「ああ。お陰様でかすり傷一つないよ。ずっと馬車に座りっぱなしだったせいで腰は痛くなったけどね」
「そう、ですか……」
どうしてだろう。聞きたいことはたくさんあったのに言葉が出てこなかった。陛下は? 襲撃犯は? 誰の仕業かわかったのですか? そう聞きたいのに。それに、そんなことはとても些細なことに思えた。オーリー様が無事だったことに比べたら……
「ア、アンジェ?」
戸惑うようなオーリー様の声を訝しく思っていると、オーリー様の姿が歪んでいった。
(……え?)
何が起きているのか、直ぐに理解出来なかったけど、手に落ちてきた何かに、自分が泣いていると気付いた。何で涙が出ているのだろう……
「あらあら、アンジェったら。よっぽど心配だったのね」
アデル様が微笑ましいわねと言うのが聞こえた。後ろにいたエリーがそっとハンカチを渡してくれて、私は慌てて涙を拭った。
「後はオードリックに任せるわ。ちゃんと謝りなさいよ」
「お、お祖母様……?」
呆気に取られているオーリー様にそう言うと、アデル様は侍女たちを連れてさっさと行ってしまった。いつも私から離れないエリーとジョエルまで、何故か意味ありげな笑みを向けながら出ていった。
「隣、いいかな?」
「は、はいっ!」
二人残されたことに呆然としていた所に急に声をかけられて、思わず声が上ずってしまった。ぎこちなくオーリー様が隣に座った。別に隣同士に座るのなんて初めてじゃない。治療でも馬車でも何度もあったから。なのに、何故かドキドキしている自分がいた。
「心配かけて、すまなかった」
「い、いえ。オーリー様は、よかれと思って成されたことですもの。それに、死者が出なかったのはオーリー様の結界のお陰です……」
そう、だから何も泣くようなことなんてなかったのだ。私が心配し過ぎていただけで。
「あ、あの……手を……」
「え?」
「こ、腰が痛いのでしたら、その……」
「ああ。大したことはないんだよ。体を伸ばせば楽になるしね」
「そ、そう、ですよね」
本当は治癒魔術で確かめたかったのだけど、そう言われてしまうとそれ以上無理強いも出来ない。毒のこともあるし、気になるけど、見るからにお元気そうだし……
「ああ、でも、さすがに疲れたからお願いしてもいいかな?」
「は、はい! 勿論です」
がっかりしていたところにそう言われて、心が浮き立つのを感じた。出された手をそっと取った。
(温かい……)
ちゃんと血が通う温かさがその手にはあって、オーリー様が生きているのだと主張していた。大きくて温かくて自分よりも骨ばった手は、今までで一番ずしりと重く感じた。治癒の力を送っても、ほんの少しの量で終わってしまった。それだけ体調には問題はないということだろう。
「ありがとう」
そう言われて、慌てて手を離した。気が付けば力を送り終えても手の重みに気を取られて離すのを忘れていた。は、恥ずかしい……慌てて手を離そうとしたけれど、その手を捕まえられてしまった。
「あ、あの……」
色々と失態を晒して私の神経は今や焼き切れる寸前だ。どうして涙が出たのかもわからないけれど、その後の自分の行動も謎だった。
「アンジェ」
「は、い……」
もう部屋に戻りたいと思った私だったけれど、それは叶わなかった。ず、とオーリー様が距離を縮めてきて、殆ど距離がない。密着とも言えるその距離に私はドキドキして、恥ずかしさから顔を上げられず、膝の上にある自分の手を見つめるしか出来なかった。
オーリー様の存在は伏せられていたはずなので、こうしている間にもベルクール公爵に知られて面倒なことになるんじゃないかと気が気じゃなかった。お陰でこの三日間はモヤモヤを抱えて落ち着かなかった。
「落ち着いて、アン」
「そうそう。ちゃんと戻って来るって。正式なアンの婚約者なんだろ?」
エリーもジョエルもそう言うけど、王命で成った婚約なのだ。いつ陛下の気が変わって覆るかわからない。オーリー様の回復ぶりを見た陛下がどうお考えになるか、心配で仕方がなかったのだ。それでなくても世間ではルシアン様の即位を不安視する声もあると聞くし……
私はアデル様とサロンでオーリー様の到着を待った。夜の影が濃くなる時分、馬車が到着したと家令が告げると、私の心臓は急にその存在を主張し始めた。
「戻りました」
そう言って部屋に入ってきたのは、会いたいとずっと思っていたその人だった。少し疲れが顔に出ているだろうか。でも……
「よく、ご無事で……」
頭のてっぺんから爪先まで眺めたけれど、どこにも怪我を負っているようには見えなかった。
「アンジェ!無事だったか」
「はい。こちらは、何事もなく……」
「そうか」
そう言ってオーリー様が明るい笑顔を浮かべた。これまでのような弱々しいそれではなく、お日様のような明るく力強い笑みだった。
「どこも、お怪我は……」
「ああ。お陰様でかすり傷一つないよ。ずっと馬車に座りっぱなしだったせいで腰は痛くなったけどね」
「そう、ですか……」
どうしてだろう。聞きたいことはたくさんあったのに言葉が出てこなかった。陛下は? 襲撃犯は? 誰の仕業かわかったのですか? そう聞きたいのに。それに、そんなことはとても些細なことに思えた。オーリー様が無事だったことに比べたら……
「ア、アンジェ?」
戸惑うようなオーリー様の声を訝しく思っていると、オーリー様の姿が歪んでいった。
(……え?)
何が起きているのか、直ぐに理解出来なかったけど、手に落ちてきた何かに、自分が泣いていると気付いた。何で涙が出ているのだろう……
「あらあら、アンジェったら。よっぽど心配だったのね」
アデル様が微笑ましいわねと言うのが聞こえた。後ろにいたエリーがそっとハンカチを渡してくれて、私は慌てて涙を拭った。
「後はオードリックに任せるわ。ちゃんと謝りなさいよ」
「お、お祖母様……?」
呆気に取られているオーリー様にそう言うと、アデル様は侍女たちを連れてさっさと行ってしまった。いつも私から離れないエリーとジョエルまで、何故か意味ありげな笑みを向けながら出ていった。
「隣、いいかな?」
「は、はいっ!」
二人残されたことに呆然としていた所に急に声をかけられて、思わず声が上ずってしまった。ぎこちなくオーリー様が隣に座った。別に隣同士に座るのなんて初めてじゃない。治療でも馬車でも何度もあったから。なのに、何故かドキドキしている自分がいた。
「心配かけて、すまなかった」
「い、いえ。オーリー様は、よかれと思って成されたことですもの。それに、死者が出なかったのはオーリー様の結界のお陰です……」
そう、だから何も泣くようなことなんてなかったのだ。私が心配し過ぎていただけで。
「あ、あの……手を……」
「え?」
「こ、腰が痛いのでしたら、その……」
「ああ。大したことはないんだよ。体を伸ばせば楽になるしね」
「そ、そう、ですよね」
本当は治癒魔術で確かめたかったのだけど、そう言われてしまうとそれ以上無理強いも出来ない。毒のこともあるし、気になるけど、見るからにお元気そうだし……
「ああ、でも、さすがに疲れたからお願いしてもいいかな?」
「は、はい! 勿論です」
がっかりしていたところにそう言われて、心が浮き立つのを感じた。出された手をそっと取った。
(温かい……)
ちゃんと血が通う温かさがその手にはあって、オーリー様が生きているのだと主張していた。大きくて温かくて自分よりも骨ばった手は、今までで一番ずしりと重く感じた。治癒の力を送っても、ほんの少しの量で終わってしまった。それだけ体調には問題はないということだろう。
「ありがとう」
そう言われて、慌てて手を離した。気が付けば力を送り終えても手の重みに気を取られて離すのを忘れていた。は、恥ずかしい……慌てて手を離そうとしたけれど、その手を捕まえられてしまった。
「あ、あの……」
色々と失態を晒して私の神経は今や焼き切れる寸前だ。どうして涙が出たのかもわからないけれど、その後の自分の行動も謎だった。
「アンジェ」
「は、い……」
もう部屋に戻りたいと思った私だったけれど、それは叶わなかった。ず、とオーリー様が距離を縮めてきて、殆ど距離がない。密着とも言えるその距離に私はドキドキして、恥ずかしさから顔を上げられず、膝の上にある自分の手を見つめるしか出来なかった。
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