【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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リファールに向けて

 夜会の五日後、私はオーリー様と共に慌ただしくリファールに向かった。お祖父様とお祖母様はもう暫く王都に滞在するというし、そうなれば領主不在の期間が延びるからと早めに出発したのだ。
 お祖父様たちは年齢もあって中々王都に来るのも難儀になったから、今回はゆっくり滞在して旧友との交流を深めるのだという。これまでは父がタウンハウスにいて、それが気分的な障害になっていたのもあるだろう。
 それが私への引継ぎの根回しのためでもあるのは一目瞭然だった。オーリー様と婚姻が成立したことで、私が正式な後継者に決まったと周囲は見る。今後の付き合いや余計な横槍を防ぐためにも、お祖母様が元気なうちに……とお考えなのは明らかだった。んだけど……

「オーリー様、そろそろ下ろして下さい」
「ん~もうちょっと」

 既にこのやりとりを何度繰り返しているだろう。ちなみに今、私たちはリファールに向かい馬車の中で、私はオーリー様の膝の上だ。いくらクッション性のいい馬車だと言っても椅子はソファほど柔らかくはないし揺れるし時々跳ねる。しかもバランスも悪い中、膝の上に座らされる私の苦労もわかって欲しいのだけど、オーリー様は何かと私を膝の上に乗せたがるので困る。

(くっ付き過ぎです! 少しは離して……)

 お祖母様が避妊薬がどうこう言い出したのもあって、こういう情況は心臓に悪すぎる。そりゃあ馬車の中で何かが起きるなんてあり得ないけど、意識してしまうと心臓への負荷が大きすぎるのだ。そのうちオーリー様の膝の上で心臓が止まるんじゃないかと気が気じゃない。そんな死に方は嫌だ……
 そんな風に思っている間にもオーリー様は私の首筋に顔を当ててくる。息が当たってこそばいのでそれもやめて欲しい。

「ああ、アンジェの香りがする……」

 そう言って深呼吸されたけど……

(変態っぽいです! オーリー様……!!)

 何かがおかしい。こういう人だっただろうか……あの三年の間に何かあったんじゃないかと思ってしまうほど、最近のオーリー様は奇行が増えた気がする。昨日、こっそりとエリーやジョエルに相談したら、

「……」
「あ~うん、まぁ、それくらい許してやってくれ」

 エリーは半眼になり、ジョエルからは何とも煮え切らない言葉が返ってきた。

「どういうこと?」
「まぁ、殿下も普通の男だったってことだ。そのうち落ち着くだろうから大目に見てやってくれ」

 何かとオーリー様には同情的なジョエルにそう言われてしまうと、ちょっと不安になってしまった。でも、普通の男性もやっているという意味なんだろうか。それにそのうち収まると。そうは思うけれど、こうも構われると心臓に悪いし落ち着かない。少しは一人の時間も欲しい、と思ってしまう。何とはなしにぼんやり馬車の外を眺めるということが、物凄く貴重な時間に感じられた。

 出発して五日目、私たちは山間の宿場町にいた。領地の境にある山間の小さな町で、宿屋と食堂、道具屋があるくらいの小さな町だ。それでも貴族が泊まることも多いので宿屋は立派だし、騎士が常駐して治安もしっかりしていた。

「アンジェ、ちょっと散歩に出ないか?」

 オーリー様に声をかけられたのは湯あみも済んで後は寝るだけという時間帯だった。まだ部屋は別々だけど、既に婚姻が成立しているのでオーリー様が訪ねて来ても誰も何も言わない。それが却って恥ずかしかったりする。

「ここはちょっと面白いものが見られるんだ」
「面白いもの?」

 オーリー様に手を引かれてやってきたのは、宿屋の裏側だった。夜に出歩くのは危険なのにと思ったら、意外にもあちこちに灯りが灯されていて人の気配がある。目が慣れてくると騎士や宿屋の使用人らしき人、そして貴族のカップルや家族の姿が見えた。

「ここは宿屋の庭なんだよ」
「森じゃなくて?」
「ああ。行けばわかるよ」

 そう言ってオーリー様はまた歩き始めた。どうやら人の向かう先が同じなので、この先に何かあるのだろう。歩を進めるとその先に青白い光がチラチラと目に入った。

「オーリー様……」
「ああ、もうすぐ着くよ。ああ、せっかくだからここからは目を閉じて。大丈夫、手は離さないから」

 そう言われてしまえば否やとも言えず、私は黙って後をついて行った。視界が遮られているせいだろうか。オーリー様の手の大きさと硬さ、伝わってくる体温が気になって仕方がない。鼓動が手を通じて伝わってしまいそうな気がして落ち着かなかった。

「さ、目を開けてもいいよ」

 そう言われて少しほっとしながら目を開けて……そのこともすっかり頭から消えた。目の前に広がっていたのは青白く輝く大きな何かだった。

「これは……湖?」
「そうだよ」

 大きさからして池というよりも湖だろうか。ちょうど満月なのもあって水面が月明かりに照らされている。でもそれ以上に驚いた。湖全体が青白く光っていたからだ。

「これって……」
「あの青いのは水蛍と呼ばれている。今の季節の月夜だけ、こんな風に湖が青白く光るんだ」
「水蛍……」

 それは初めて見るもので、月光に照らされた水面と相まって幻想的でこの世の物とは思えない不思議な風景だった。

「ちょうど今の季節だったなと思い出してね。月が出てくれてよかったよ」

 もしかして不自然に出発を急いだのはこのためだったのだろうか。そう思うと何だか胸の奥がきゅっと苦しくなって目の奥までツンとしてきた。この気持ちは一生忘れられない気がした。

「アンジェ、これからもこうやって色んな景色を一緒に見よう」
「ええ」

 もう胸がいっぱい過ぎて、そう答えるのが精一杯だった。


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