【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
100 / 107

世代交代

しおりを挟む
 リファールへの旅程はその後も順調に進んだ。この時期は雨も降るので計画通りにとはいかないし、案の定雨で二日ほどは動けなかったこともあるけれど、事故や災害に遭わずに済んだのは幸運だったと言える。
 そしてその間もオーリー様に構い倒されて、いつの間にかおやつまで膝の上で食べさせて貰うようになっていた。おかしい、何かがおかしい……幼児じゃないのだからと言うのだけど、オーリー様は都合のいい耳をお持ちのようで、私の抗議は丸っと流されていた。

 それでも、リファールに着いたら仕事が山積みで、私たちは休む間もなく仕事に忙殺されることになった。家令のテランスの話では、領主夫妻とその後継者が揃って不在になったのはもう十数年ぶりだとか。一月近くも不在だったせいで決済待ちの書類や陳情書が山になっていた。今までは必ずお祖父様かお祖母様が残っていたから、留守の間テランスたちも大変だったらしい。
 そうは言ってもお祖父様に抜かりはなく、どうしようもない困った事態にはなっていなかったのは幸いだった。今後は私たちでやっていかなければならないのだ。責任重大だ。



 領地に戻って五日ほどすると、ようやく山のようにあった仕事も片付くめどがついた。そこはテランスやマティアスが上手く回してくれたお陰だろう。決済されたら直ぐに動けるように根回しをしてくれていたのだ。そういう意味ではマティアスは有能で、さすがは公爵家の跡取りだったのだと感心してしまった。彼は権力争いに夢中な父親に代わって領地経営をしていたというから、後継者を外れたのは大きな損失だったと思う。

「ところでアンジェ様、一つお願いが……」

 そろそろ休憩時間というところで、テランスが改まった口調でそう告げた。何だろう、何か問題があっただろうか。せっかくなのでテランスやマティアスも一緒にお茶を頂くことにした。こういう時間は互いの意見交換にもなるので貴重だ。それに、彼らがいればオーリー様の膝の上も避けられる。

「私もいい年になりました。そろそろ引退をと思いまして……」
「それは……」

 確かにテランスの言う通りだった。彼はお祖父様の乳兄弟でもあるからいつ引退してもおかしくない年だ。父が真面だったら代替わりしていただろう。

「旦那様も引退されます。それを機に私も一線を引かせて頂きたいのです」
「そうね、テランスの言うことも当然だわ。本来ならとっくに引退している年だもの」

 既に髪は白くなり皴も増え深くもなった。私の一番古い記憶のテランスと比べても年を取っているのは明らかだった。

「わかったわ。私もそれは考えていたもの。そうなると、後継者は息子のダニエルになるわね」
「その事なのですが……」
「どうしたの? そのつもりで育てていたでしょう?」
「はい。ですが愚息には荷が重いと思うのです」
「そりゃあ、今まではテランスがいたから表に出ていなかったけれど。でも、これから経験を積めば大丈夫でしょう? ダニエルだって優秀じゃない」

 ダニエルはテランスの次男だ。長男はお父様の乳兄弟で従者だったけれど、父の不正の手助けをしていたため、今は父と一緒に鉱山にいる。お祖父様は父を諫めない長男に見切りをつけ次男のダニエルを次期家令として育てていた。

「ダニエルもそれなりに優秀ではあります。ですが、もっと優秀な人材がいるのです。私はその方を家令にと考えています。これは愚息も同じ意見です」

 そう言われて私はオーリー様と顔を見合わせてしまった。優秀なテランスがダニエルより優秀だというのって……

「それって……」
「マティアス殿です」

 驚き半分、やっぱりとの思いが半分だった。一方でマティアスは驚きの表情でテランスを見ていた。彼にとっては予想外だったのだろう。

「テランス殿、さすがにそれは……無茶な話です。私では担う分家の皆さまが納得しないでしょう」

 あのベルクール公爵の長男で断罪により平民落ちしたマティアスは、身分的には子爵位を持つテランスよりも下になる。領地で重職を担うのは分家の子爵家や男爵家の者だから、いくら元公爵家の血を引くとしても支持を得るのは難しい。

「その点は問題ありません。マティアス殿は土壌改良でかなりの成果を上げていますし、領内からの陳情にも丁寧に対応してくれたおかげで領民にも人気です。それに、分家筆頭のアルカン伯爵も同意されています」
「アルカン伯爵が……」

 アルカン伯爵は珍しく伯爵位を持つ分家だ。元は子爵家だったのだけど、その昔隣国の襲撃を止めた功績で陞爵された。それでも我が家に忠誠を誓い続けて分家として残っている。今の当主は我が家の騎士団を率いていて、重鎮中の重鎮だ。

「元より我が領は実力主義です。マティアス殿の知識と経験は貴重です。ダニエルもマティアス殿を部下として使うのは気が引けると言っております」

 確かに元公爵家嫡男と子爵家の次男では比べるのは気の毒だろう。私と王女殿下以上の差がある。

「必要であればマティアス殿を我が家の養子にしてはいかがでしょうか? マティアス殿が了承して下さればの話ですが」

 なるほど、テランスは既に根回しをしていのだ。そうでなければアルカン伯爵の名前は出てこないだろう。

「アンジェ、テランスの言う通りだと私も思うよ」
「オーリー様?」
「マティアスの有能さは王都でも有名だった。そんな彼を辺境の一部下として埋もれさせるのは、この地にとっても大きな損失になると思う」

 オーリー様までそういうのなら彼の能力は抜きんでているのだろう。万年赤字のここでは有能な文官を引き抜こうとしても報酬の面で他に負けてしまい、望む人材を確保するのが難しい。その点マティアスはここを気に入っていて、骨を埋めてもいいと言ってくれている。

「わかったわ。でもまだ当主はお祖父様よ。お戻りになったら私からもお願いしてみます」
「お嬢様? しかし!」
「マティアスの扱いは私もずっと考えていたの。確かに家令として仕えてくれた方が領地にとっても有益だわ。我が領に無駄遣いをする余裕はないもの」
「そうだね。赤字解消は喫緊の課題だからね」

 オーリー様も同意して下さったため、マティアスはそれ以上何も言えなかったのだろう。一瞬何か言いたそうだったけれど、口を結ぶと静かに一礼した。それは彼の覚悟と恭順を現していた。





しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...