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奔放な招待客

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 時間は結婚式へと向かっていました。ベルタさん達の話では、各国の要人が続々とこの国に集まっているそうです。王や王族の結婚は慶事ではありますが、国にとっては重要な交渉や社交の場でもあります。今はあちこちで国同士の話合いが活発に行われているそうです。
 あんなに毎日ラウラを訪ねてきていたレイフ様も、数日前からは贈り物だけになってしまいました。レイフ様は警護の責任者でもあるので相当お忙しいらしく、式が終わって落ち着くまで訪問は難しいだろうとベルタさんが言っていました。



 そんな中、私は陛下の執務室に呼ばれました。式が近いのと王宮に引っ越したせいか、最近はよく陛下の執務室に呼ばれるようになりました。

「失礼します、陛下」

 執務室に入ると、そこには陛下や宰相様、エリック様と、見慣れない男性が一人いらっしゃいました。結婚式に参列して下さる来賓の方でしょうか…黒に近い深い茶色の髪に、見た事もない紅玉のような瞳、日焼けした肌の精悍でちょっと荒々しそうな雰囲気の方で、初めて見るお顔です。

「ああ、これがジークの嫁か!可愛いじゃないか」
「は?…きゃっ?!」

 声をかけられたと思った途端、何かに拘束されるのを感じて、私は思わず声をあげてしまいました。気が付けば…その男性に思いっきり抱き付かれていました。あの…これは一体…

「離せっ!」

 何事かと混乱していると、今度は別の声がしたと思った途端、腕を掴まれるとまた誰かに拘束されました。えっと…何が起きているのでしょうか…しかも…凄い力でぎゅーっと圧迫されて息が出来ない上、身体の骨が軋みそうなほどで痛いです。何か起きているのかわかりませんが、とにかく痛いのは勘弁して欲しいです。

「い、痛いですっ!」
「…す、すまないっ!」

 私の悲鳴と共にパッと力が弱まりましたが…それでも拘束は解かれませんでした。何事かと見上げると…視線の先にいたのは陛下でした。え、っと…ど、どうなっているのでしょう…どうしてこんな事に?




「いや~すまない。あんまり愛らしかったもんで、つい」

 そう言って豪快に笑ったのは、先ほどの紅玉のような瞳をした男性でした。彼はなんとセーデン王国の王太子殿下で、国王陛下の代理としてラルセンを訪れているそうです。
 セーデン王国と言えば代々虎人の王が治めている国で、マルダーンとは逆で住民の殆どが獣人です。砂漠と火山が国土の多くを占めるため農業には適しませんが、鉱山が多くて金属加工が盛んだったと聞きます。
 王太子殿下はエーギル様と仰って、陛下達とは同年代で、以前はラルセンに留学されていたのだとか。その為陛下達とは仲が良く、割りと頻繁に行き来があるそうです。しかし…

「ついじゃない!勝手に触るな」
「そう怒るなって、ジーク。悪かったって言っているじゃないか」

 まだ苦い表情が抜けない陛下に対してエーギル様は上機嫌で、笑いながら謝罪の言葉を述べていますが…全然悪いとは思っていないように見えます。何と言うか、レイフ様とは別のタイプの気安さで、非常に明るいお人柄のようですわね。

「いや~だって、犬猿の仲だったマルダーンと同盟を結ぶってだけでも驚きなのに、王女を嫁にするって聞いたからさぁ。竜人が番以外を嫁にするなんて、普通あり得んだろうが」
「…仕方なかったんだ」
「そうかぁ?ラルセンの国力ならマルダーンなんぞあっという間に潰せるだろうが。今や国力はラルセンの方が圧倒的に上なんだからな」
「色々と事情があったのだ」

 エーギル様の指摘に陛下は嫌々と言った風に答えています。ちなみに今は、私は陛下の隣で、エーギル様はその向かい側にいますが、陛下は何故か私の手を握ったまま離してくれません。この状況は一体…

「すまない、エリサ殿。驚かせて」
「い、いえ、大丈夫です」

 陛下はエーギル様を冷たく一瞥すると、私に謝ってこられました。いえ、ちょっとは痛かったですが、ビックリしただけなので大丈夫です。そう思うのですが、陛下の表情は冴えません。

「あ~エリサちゃん、こいつ竜人で独占欲の塊だから、俺の挨拶が気に入らなかったんだよ~心が狭いよなぁ…そんなんじゃ愛想尽かされるぞ、ジーク」
「何が挨拶だ、挨拶だけなら抱き付く必要はないだろう。それに気安く呼ぶな」
「ええ~こんなの挨拶のうちにも入らね~よ。固いなぁ、お前さんは」
「お前が奔放過ぎるんだ!」

  珍しく陛下が感情的になっていますわ。いつも無表情かそれにちょっとプラスアルファな陛下が、こんな風に声を荒げるなんて珍しいです。

「エーギル様…お戯れが過ぎますぞ」
「ええ~エリックまで、固い事言うなよ」
「お前が緩すぎるんだ」
「酷いなぁ。でも、愛らしい女性に挨拶するのはマナーだろうが」
「そのようなマナーはない!エリサ殿、こいつには近づかなくていいから。声をかけられても無視していい」
「うっわ、ひでぇ扱い…」

 どうやらエーギル様は女性に気安い方のようですわね。そして陛下、何だかいつもとは違いますがどうされたのでしょうか…

「そりゃあないって。しっかし、何でお前、嫁さん呼ぶのにそんなに畏まってるんだ?」
「別に畏まってなど…」
「いやいや、嫁さんに殿付けて呼ぶなんて、他人行儀過ぎるだろうが」

 陛下やエリック様が何と言おうと、エーギル様は全く気にしていないようです。どうやらかなりマイペースな方のようですわね。陛下は小さくため息をつき、エリック様は小さく頭を振っています。それでも場の空気が悪くなるわけではないので、どうやらいつもこんな感じのようですわね。

「いや~でも、お前の番が長年の宿敵だったマルダーンの王女とはなぁ…でも、見つかってよかったよな、ジーク」
「え?」

 番の事は箝口令を敷いてありますし、他国にはまだ知られていない筈なのですが…

「ええ?竜玉取り込んだろう?それだけジークの気配思いっきり纏っていたら直ぐにわかるだろう?」
「……」
「あれ?知らなかった?」

 エーギル様に当然のように言われて戸惑いました。それは初耳ですわ…そっと陛下を見上げると…陛下の目が彷徨いました。これは…えーっと、エーギル様の言っている事は本当…と言う事でしょうか…




 エーギル様との対談が終わった後、私は先ほどの事を陛下に尋ねました。竜玉を取り込むと陛下の気配を纏うとはどういう事でしょうか?

「エーギルの言う通りだ」

 陛下はあっさりとそう答えられました。

「竜玉は、番にだけ反応するものだが、取り込まれた番からは竜玉の持ち主の気配と言うかオーラのようなものが出るんだ。我々はマーキングと呼んでいるが…」
「マーキング、ですか…」
「ああ、竜人以外の獣人は毎日匂い付けをするんだが、竜玉があれはそれが不要なんだ」
「じゃ、獣人の方には…」
「エリサ殿が私の番だと…直ぐにわかる」
「……」

 そ、そんな機能が竜玉にあったとは知りませんでした。いえ、獣人の間では常識らしいのですが…

「じゃ、結婚式に出たら…」
「獣人ならすぐにわかるだろう」
「そ、そうですか…」

 な、何と言うか、ちょっと恥ずかしいですわね。そう言うものなのだと言われてしまえばそれまでなのですが…

「それからエリサ殿…」
「何でしょう?」
「その…今の呼び方は他人行儀だろうか?」

 何の事かと思いましたが…そう言えばそのような事をエーギル様も言っていましたわね。確かに私は陛下と、陛下は私の事は殿付きで呼んでいて、夫婦としては確かに他人行儀…ですわね。

「そう、ですね。確かにそう言われてみれば…」
「では、その…エリサと呼んでもいいだろうか?」
「え?ええ、構いませんが…」
「私の事は…ジークと呼んで欲しいのだが…」
「ええ?でも…」
「ダメだろうか…}

 うう、縋ってくる子犬みたいな目で言われると困ってしまいますわ。私は構いませんが…でも、よろしいのでしょうか…陛下をそんな風に愛称でお呼びしても…でも、宰相様達もそう呼んでいるから…と言われると、嫌とも言えません。

「ジーク…様」
「様はなくてもいいのだが…」
「い、いえ、それはさすがに…」
「…そうか。でも、いずれはそう呼んでくれると嬉しい」

 そう言って陛下が柔らかい表情をされたので、思いがけずドキッとしてしまいましたわ。な、何でしょうか…何だかすごく恥ずかしいのですが…暫くは頬の熱が引かないような気がして、落ち着きませんでした。
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