番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
71 / 85
番外編

番外編⑥ 白い悪魔に捕まった私

しおりを挟む
「やっと見つけたよ。僕の最愛の番」

 学園の昼休みも終わりの頃。教室に戻ろうとしていた私の腕を掴んでそう話しかけたのは、白金色の髪と金の瞳の、完璧な造形の美少年だった。この出会いが、私が自由を失う瞬間だなんて、この時は思いもしなかった。



 私はアルマ。兎の獣人だ。父親は兎人で、母親は馬人。どちらも番の概念が希薄な種族だったのもあってか、父は二度目、母は三度目の結婚をしていた。生きる時間が長く、番の概念がなければ、何度も結婚する事は珍しくはない。多い人だと五、六回…なんて事も珍しくない。その中では三回くらいは普通の範囲だ。
 そんな私には二人の兄と、三人の異父兄姉と、四人の異母兄姉がいた。私は両親の中では末っ子で…とどのつまりはいてもいなくても気にならない子…だった。
 こんな境遇で育った私は、放っておかれたのを幸いに、好きな事に没頭する子供だった。細かいモノを作るのが好きだった私は、学園の工芸科の中でも彫金コースを選んだ。
 遊び半分で作ったブローチが知り合いの宝飾デザイナーの目に留まり、センスがあるとここのコースを勧められたのだ。将来の事など漠然としか考えていなかった私は、宝飾デザイナーというはっきりした目標を得て、学園生活を楽しんでいた。

 私の夢に黒雲が垂れ込めたのは、白金色の美少年との出会いだった。トールヴァルトと名乗った彼は私よりも年下で、しかも種族最強の竜人だった。
 竜人と言えば男しか存在せず、無駄に強くて丈夫で、種族一番至上主義だった。兎人の私達からしたら雲の上の存在というよりも、恐怖、畏怖の対象だ。あのオーラをまともに受けたら、それだけでも気絶するほどなのだ。出来る事なら一生関わりたくない存在、それが兎人から見た竜人だった。

 その竜人に番だと言われた私は…逃げる以外の選択肢がなかった。というか、近づいて欲しくなかった。オーラだけで心臓が壊れそうなくらいに脈は早くなるし、鳥肌は立つし、嫌な汗もかく。まさに脱兎のごとく逃げ出したい衝動に駆られる。
 全く、どうして竜人が学園にいるんだ?というか、上位種と下位種と分けて欲しい。あんなのがいたら、ストレスで勉強どころじゃないんだから…

 恐ろしい事にあの竜人は、私の恐怖感や嫌悪感などお構い無しに毎日会いに来た。番だからというのが理由だったけど…それ、何の罰ゲーム?な私だった。私は番なんて欠片も感じないし、そもそも彼に好意を持つなんて無理だ。持つとしたら…恐怖と嫌悪。どこの世界に自分に恐怖を与える存在と仲良くしたがる馬鹿がいるだろうか…

 私は避けた。徹底的に避けて、逃げて、姿を見かけたら脱兎一択だった。

 なのに…

「可愛い僕の番」
「愛している」
「君の顔が見られて嬉しいよ」

 私が最大級に嫌悪感を露にし、あからさまに逃げ回っていたのに…あの竜人にはそんな想いは欠片も届かなかった。それどころか、逃げると余計に追ってくる気がする。

(なんだ?あれか?逃げられると追いかけたくなるっていう上位種の本能なのか?)

 

「父さん、母さん、助けて!」

 学園でいくら避けても追いかけてくる白い悪魔に、私のストレスはマックスで限界だった。もう学園をやめてもいい。退学してどこか田舎にでも逃げたい。いっそ外国でもいい。そう思った私は両親に直談判した。なのに…

「アルマは竜人のトール君の番なんだって?」
「この前、店に来て挨拶しに来たわよ」
「はぁあ?」

 いつの間にかあの白い厄災は、小さな店を営んでいる我が家に来て、両親に挨拶していったらしい。いつの間に調べたんだ?しかも両親は彼をべた褒めしていた。なんだ、竜人だからそれだけで篭絡されてしまったの?確かに竜人の違いと言われるのは名誉な事だと言われるけど…

 私はそんな事、望んでいない!

「まだ学生だから、今は挨拶だけって言っていたわね」
「ああ、若いのに礼儀正しいしっかりした子だったな。さすがは竜人と言うべきか」
「い、いや…あの…」

 それからいくら私が苦手だ、番なんて冗談じゃないと言っても、両親は真面目に取り合ってくれなかった。そりゃあ、家業もあるし、二人合わせて十五人の子供がいる両親だから、私にだけ手をかけている暇がないのはわかる。それに相手は最上位種だから、将来は安定だ。でも、少しは私の心情を汲んで真面目に取り合ってくれてもいいんじゃない?

「兄さん、何とかしてよ!」
「無茶言うな!竜人相手にどうしろって言うんだ?俺に死ねって言うのか?」

 両親が当てにならないと諦めた私は、両親が同じ兄に相談したが、帰ってきた答えは無情なものだった。
 まぁ、今になって思えば兄の心情もわかる。親兄弟ですら排除したがるのが竜人なのだ。家族であっても邪魔をする者と判断したら…兄の明日はなかったかもしれない…

 結局、学園を両親にも内緒でこっそり退学し、親戚の家に逃げたけれど…私は逃げきれなかった。あの白金色した鬼人は、どこまでも追いかけてきたのだ。しかも、悉く私の周りの者を自分の味方につけて…



 あれが学園を卒業して就職した後、私は攫われるように彼の家に連れ込まれて…そのまま番にされた。はっきり言ってあれは犯罪だろう。私は承諾していないし、むしろ嫌だとはっきり言っていたのだから。
 それでも抵抗とばかりに家から逃げ出そうとしたり、ハンガーストライキをしたり、いない者として振舞ったりと、思いつく限りのありとあらゆる手で拒否を示したけれど…その度にこっちが痛い目に遭い続けると…人間、諦めの境地に辿り着く。うん、何をしても相手にノーダメージだったら、やる意味ないじゃない?

「アルマはアクセサリー作りが好きなんだって」
「…だから何?」
「もし望むなら…好きなだけ作っていいよ」
「……」

 そう言われたって、信用など出来る筈もない。誰のせいで将来の夢を諦めて学園をやめたと思っているんだ…
 でも、そんな私の想いなどあの腹黒竜にはお見通しだったのだろう。目の前に広げられた彫金の道具や材料に、私は目が釘付けになった。だってそれらは、どれをとっても超一流品で、プロですら手に入れるのが難しいと言われるものばかりだったからだ。しかも…

「材料も好きな物を取り寄せていいよ」
「…は?」
「勿論、僕の収入の範囲で支払える分だけだけど。ああ、今はまだ薄給だけど、その内もっとしっかり稼ぐから、もう少しだけ待って?」

 小首をかしげてそういう白い悪魔に、私の中で警鐘が鳴ったけれど…悔しいけれど、私も馬鹿じゃない。ここまで来たら逃げられないと悟っていた。というか諦めていた。もう、アクセサリーが作れるなら、よしとするか…と思ってしまうくらいには疲れてもいた。


 あれから三十年余り。私は今も軟禁状態だけど…あの後宰相にまで登りつめたあいつのお陰で、私は人が羨むような材料や道具を手にして、好きなだけ彫金を楽しんでいる。自分の店を持てた時には感無量だった。そこはやっぱり竜人なので、私が店に出る事は禁じられたし、私の名で作品を出す事も出来ないけれど…
 でも、もし自力で店を出そうとしたら、こんなに早くには成しえなかっただろう。それに、こんなに立派な道具や素材も手に入らなかったし、店を出すための準備も全て自分でしなければいけなかったのだろう。いや、その前に有名になる事はなかったかもしれない。

 そう思うと、悪くないのかな…と思うくらいには絆されている自分がいる。どうせ頑張っても逃げられないのなら…家族も巻き込んで困らせるくらいなら…この生活で悪くないのかな、と思う。あいつのお陰で実家の家業も上手くいっているらしいし。

「アルマ、愛しています」
「げ!暑い、くっ付くな~」
「ああ、連れない貴女もまた魅力的ですね。そんな貴女を啼かせるのも一興ですからね」
「はぁ?何言っ…ん―――!」

 やっぱり前言撤回。こいつとの人生なんて冗談じゃない!その私の想いは‥今日もまた白い悪魔によって霧散する運命だった。

「愛していますよ、アルマ。生まれ変わっても貴女を愛しています」

(冗談じゃない!生まれ変わったら絶対に逃げてやるんだから!)

しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。