【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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思いがけない提案

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 それからは粛々と職務を全うする日々を送った。婚約に関しては彼が動いているので私はノータッチだった。婚約を失くして欲しいけれどそれは叶わず、それなら彼の手を煩わせないよう事務手続きはこちらで…と思ったけれど、そこもある程度終わっているとかで手を出す余地もなかった。こうなったらお手上げで、お任せするしかない。ただでさえ忙しそうなのに私の事で余計に煩わせているのかと思うと、胃がきゅっとなった。んだけど…

「この書類の精査を頼む」

 翌々日、出勤した私を待っていたのは、大量の書類だった。書類の山という表現はよく使われるし、かなり誇張したものだ。だけど…

(これぞ正に書類の山、ね…)

 目の前には、全てを積み上げたら私の身長よりも高そうな書類がドンと床に積み上がっていた。正に書類の山だ。でも…

(頼むって…何を?)

 そう思った私は間違っていないと思う。だってこの書類、既に決裁済みの印が押されているのだ。今更見直して何を…って…

「これ…もしかして…」
「ああ、察しがいいな。そう、暗殺計画の関係の書類だ。既に決裁されているが…」
「この中にも、不正のものがあると」
「ご名答。既に処理されているが、監査局でも見過ごされて通ってしまったものが多分あるだろう。それを見つけて欲しい」

 見つけろって簡単に言うけど、そんなに甘い物じゃない。あちらだってわからないように上手く偽装しているだから。私が今まで見つけた領地の不正はある程度内情を知っているものだったからで、そうでないものだったら私でも気が付くかどうか…

「全ての不正を見つけるのは無理だろう。わかる範囲でいい」

 わかる範囲って…わからなかったらどうするのだ?そうは思ったけれど、私に拒否権はなかった。だってここに異動になったのは、こういう事も織り込み済みなのだから。多分…

「わかりました。それで…期限は…」
「出来る限り早く、と言いたいところだが、普段の業務もあるだろうし、かと言って残業が続けば怪しまれる。そこで提案だが…」

 何だろう、何だかあんまりいいものじゃない気がする…これまでも提案が提案だった事があっただろうか…

「暫くの間、私の屋敷に滞在して貰いたい。そこでこの書類を見てくれ」
「…え?」
「これらは屋敷に運んでおく。部屋と仕事用の部屋も用意しよう」
「…屋敷、で…」
「ああ。婚約者になら屋敷に滞在していても不自然じゃない。そうだな、我が家の家風を学ぶためとでも言っておけば、誰も怪しまないだろう」

 確かに婚約すると通いや住み込みでその家の家風などを習う事は珍しくないし、そう言われてしまえば誰も怪しんだりしないだろう。そして私に拒否権はないらしい。いや、最初からなかったんだろうけど。でも…

(こ、こんな状況でひとつ屋根の下って…拷問じゃない?)

 ただでさえ気まずくて、仕事中は息を殺すように過ごしているのに、仕事が終わっても同じ屋敷で過ごすなんて…そんな事をしたら一層令嬢達からの風当たりは強くなるし、人の話題に上がる事も増えるんじゃないだろうか。早くあの計画を潰して静かにフェードアウトしたいのに…
 しかもこの書類の量だ。寝ている暇なんかあるのだろうか…前職ですら家に仕事を持ち帰った事はなかったというのに…

(…私の胃、穴開くんじゃ…)

 二年前、前職の同僚がストレスから胃に穴が開いて退職していったのを思い出して、私は暗澹たる思いに包まれた。




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