【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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逃げた先には…

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「くそっ!」
「うわっ!」
「きゃぁあ!」

 ディックとロイと呼ばれる男がジョエルを拘束しようとしたところで、ジョエルはふらついた風を装うと、手を伸ばしたロイに当て身を食らわせて尻もちをつかせると、ディックと王女殿下にも同じようにぶつかって、二人はその場に転んだ。

「来い!」

 そう言ってジョエルが私の腕を掴むと、廊下に飛び出して、私は引きずられるように後に続いた。突然の事で身体が硬直していたせいか、足元がおぼつかない。それに…身体の奥にジワリとした熱を感じた。これは…あまり嬉しくない情況だ。

「ま、待ちなさい!あの二人を捕まえて!」

 王女殿下の叫ぶ声が聞こえて、足音で複数人が追いかけてくるのを感じたけど、振り返る余裕はなかった。必死に足を動かしてジョエルに続いたが…

「きゃぁ!」
「エリアーヌ!」

 さすがに捕まってしまった。私の手を掴んでいるのは、破落戸風の男だった。強く引っ張られて体勢を崩して転んでしまった。

「ジョエルだけでも逃げて!」
「馬鹿を言うな!」

 せめてジョエルだけでも…と思ったけれど、彼は懐からナイフを取り出すと私の手を掴んでいる男に切りかかった。

「ぐわぁ!」

 切り付けられた男は腕を抑えて呻いた。血が床を濡らしたのだろう。暗い中でも黒い液体が広がるのが見えた。

「逃げろ!この廊下を曲がった先に勝手口がある。そこから逃げろ」
「な…!でも、それじゃジョエルが…」
「俺の事はいい。これでも騎士で剣術大会でいい線いってるんだ。お前は助けを呼んで来い。いいな!」
「そ、そんな…」
「いいから行け!でないと共倒れだ!」

 怒鳴る様にそう言われた私は、強く背を押されると、走れ!と言われてそのまま走り出した。頭では助けを呼ぶしかないとわかっているけれど、ジョエルを置いて行く事がどういう事かもわかっていた。でも、このままでは共倒れなのも確かだ…

「に、逃がさないわ!」
「待て!俺が相手だ!」

 後ろで王女殿下と男たちの声に交じって、ジョエルの声がした。どうか無事でと祈るような思いで廊下の角を曲がると、誰かにぶつかった。新たな追っ手かと思い慌てて離れようとした私だったけれど、直ぐに腕を掴まれてしまった。

「やだっ!放して!」

 ここで捕まっている場合ではない。早く助けを呼んでジョエルを助けないと…私の頭はその事でいっぱいで、相手の姿を確かめる余裕もなく、闇雲にもう片方の腕を振り回した。

「落ち着け、エリアーヌ嬢!」
「…え?」

 かけられた声は聞き慣れたもので…私は驚きとともに見上げると…

「ふ、副、団長…」
「エリアーヌ嬢、無事か?」

 両腕を掴まれて正面から向き合えば、そこにいたのは副団長だった。どうしてここに…浮かんだ疑問は次の瞬間、くぐもった悲鳴とそれを嘲笑する声によって掻き消えた。

「ジョエル!」

 来た道を振り返ると、そこには床に倒れこむジョエルの姿が見えた。その前にいるのは剣を持った男がいて、何が起きたかは一目瞭然だった。

「副団長!ジョエルが…彼を助けて!」

 私がそう叫ぶと、一斉に副団長の後ろから騎士たちがジョエルの方に向かっていき、王女殿下達の悲鳴が聞こえた。そしてあっと言う間に彼らは騎士たちに拘束されていった。

「ジョエル!」

 副団長の手を振り払ってジョエルの元に駆けつけたが…彼はお腹に手を抑えて仰向けに横たわっていた。体の下から黒い何かが広がっていくのが見える…

「エ、リー…」
「お願い、喋らないで!」
「…い、いいん、だ…この傷じゃ…から…」
「馬鹿言うんじゃないわよ!死んだら許さないんだから!副団長、お願いです!ジョエルを助けて!」
「ああ。わかった」

 そう言うと副団長はジョエルの傷に手を添えた。程なくして暗闇にうっすらと光るのが見えた。あれが魔力、なのだろう。程なくして副団長が翳していた手を下ろした。

「出来たのは応急処置だ。早く医務官の元へ」

 そう命じると騎士が担架に乗せてジョエルを運び出した。

「すまない。魔術も万能じゃないんだ。さすがにあの傷を完全になかった事にするのは…」
「いえ、それだけでも十分です。ありがとうございました」

 全く、それだけでも十分すぎる程だった。
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