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世界の残り時間
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「私の、残り時間。絶対に増えることのないタイマー。止めたり遅くしたりも出来ない、世界の摂理」
病院の奥の方の個室。私はそこに一人、閉じ込められていた。
個人的には相部屋でも良かったのだが、何故だかお医者様がそれを許してはくれなかったのだ。うつるような病気でもなんでもないのに。
「あと、百六十時間くらいか。素直に一週間って書けば良いのにね」
ただ、私の目の前にゴールが迫っていた。それだけの理由で私は隔離されているのだ。
心電図を表示するパネルのようなものにかかれた私の寿命。科学文明の発展によって、人間がどこまで生きられるかまでもが数値化されてしまった世界。
余命が一ヶ月を切った人間は、病んでいるわけでもないのに病院に閉じ込められる。死を他者に見せないようにしようという配慮らしいのだが、私はそう思えなかった。
そんな考えに浸っていると、唐突に唯一の出入り口が開く。入ってきたのは、最も人間の死を知っている人物。つまり私の主治医。
「何か家族に言っておきたいことはあるかい?」
機械に表示されたバイタルをチェックして、大丈夫そうだったら帰る。ただそれだけのお仕事。
「いえ、何も」
「キミの残り時間はおよそ一週間。大体の人はここで耐えられず壊れるのに、大丈夫なのかい?」
診るだけならば、画面越しにだって出来るというのに。何故かこの医者は毎日ここで私と会話を試みようとするのだ。
「残り一週間、そして遺せるものなんてなにもない。それなら私は死んでいるも同然だから。この病院に閉じ込められた時点で、私はもう死んだんだ。ここにいるのはただの抜け殻。魂のない、空っぽの人形」
でも、私は決まって拒絶する。彼の笑顔が怖くて、彼の視線が痛くて、彼のその表情が辛くて耐えられなかったから。
「空っぽなら空っぽなりに中身を作っていけば良いんじゃないかな。空っぽの棺に花を投げ込むのはキミのお仕事だからね」
たくさんの死を見ているはずなのに。いろいろな別れを経験しているはずなのに、彼の瞳はどうしようもない程に透き通っていた。
「棺に花を入れるのは、他者がすること。私は絶対にそこにはいない」
「そうだろうね、普通なら。でもキミはここに来た時点で死んだと言った。だけれども死んでいる人とはこうやって会話をすることは出来ないと思うんだ」
「……」
一週間なんてちょっとした誤差でしかない。私は三週間前に確かに死んだ。この病院は他者に死体を見せないようにするための棺。
「死人に口無しと言うが、キミはまだ死んではいない。だから今、話をしているし」
「私に何かを遺させようとしている」
「正解。空の棺を見たところで、面白くもなんともないからね」
そして、いつだって誰かの命が必死に燃えている場所。まだ終われないんだと叫びながら。
「……でももう一週間しかない」
「一週間もあるんだ。全ては無理でも欠片程度ならばキミを表現出来ると思うのだけれど、どうかな?」
一度終わったようなものだ。再開など出来るはずがない。そもそも私は、外で何をやっていたのかすらもほとんど思い出せないのだし。だからこう言った。
「表現出来る私がいない」
いないんだ。
ここには私だったかもしれない抜け殻以外、誰も残っていないんだ。
「キミ自身を表現する必要はないさ。見たかった景色でも、やってみたいことでもなんでも良い。とりあえずアウトプットしてみる。それがキミのあるべき姿だ」
だから表現出来るものなどなにもない。私のあるべき姿とは、今の生きているか死んでいるかわからないこの状態のことなのだ。
いや、本当にそうなのだろうか。
「わからない」
「何がかい? 相談にのれることならなんでも聞いてくれ」
「私がここにいる意味」
「それは……」
どうせ死ぬのなら、一日後でも一週間後でも一ヶ月後でもなんら変わりはしない。なら苦しめることなく一撃で仕留めるのが人間というものではないのだろうか。
一ヶ月も独房に閉じ込めて精神をおかしくするのは、本当に人間の所業なのだろうか。
「周りの環境を壊さないため。死を蔓延させないため。そう私は聞いた。でも、それならなんで一ヶ月も猶予を持たせるの? 死が確定しているなら、どうして殺してくれないの?」
「……」
こんなことを彼に言っても無駄だ。
「一ヶ月というカウントダウン、本当はすごく怖い。数字が減っていく度に、ここにいる私が死んでいく。なにも遺せないまま、燃え尽きていく」
彼にそれを変える力も義務もない。これは単なる私のわがままでしかない。
「なら……」
「何かを遺そうにも、私には遺せるものがない」
他の人のように個性があるわけではない。特技があるわけでもない。なにもない、平凡。
「……その心をここに置いていけば良いんじゃないかな?」
「ここ、ろ……?」
置いていけるような心など、生憎持ち合わせてはいない。ここにあるのは、死の淵でもまだ動き続ける心臓と、神経の塊である脳だけ。
脳も心臓も、死んだら間違いなくこちら側に残る。
「もちろん言葉の綾だよ。キミの世界、キミが見ていた世界を見たい。それだけのことさ」
「私の、世界?」
「ああ。人は皆、同じ世界に生きているようで、実は全く違う景色を見ているんだ。価値観の違いとでも言うのかな。それを誰かの心に刻み込むのが人生だと思っている」
そんな人生を歩んだ覚えなんてない。
誰かの心に残るような人生なんて。
「今からでもきっと間に合う」
「……でも、一週間しかない」
「一週間もあるんだ。後悔しないように、キミらしく生きるように」
そうして彼は、私の棺から出ていった。
****
「ここは、人間のお墓。そう、私が入るべき棺桶」
私は鉛筆を手に、言葉を綴っていく。
「外を見ることは叶わず、夢を見ることも叶わず」
迷い、時折消しゴムを紙に走らせる。
「だからここは狂っている。神様気取りで命を管理するナニカも、機械に管理されなければ生きていけない人間も」
私が見たい世界。
それはどうしようもないくらいに自由で、どうしようもないくらいに死が溢れていて、どうしようもないくらいに愛しかっt――――
「――――時間、切れ……」
病院の奥の方の個室。私はそこに一人、閉じ込められていた。
個人的には相部屋でも良かったのだが、何故だかお医者様がそれを許してはくれなかったのだ。うつるような病気でもなんでもないのに。
「あと、百六十時間くらいか。素直に一週間って書けば良いのにね」
ただ、私の目の前にゴールが迫っていた。それだけの理由で私は隔離されているのだ。
心電図を表示するパネルのようなものにかかれた私の寿命。科学文明の発展によって、人間がどこまで生きられるかまでもが数値化されてしまった世界。
余命が一ヶ月を切った人間は、病んでいるわけでもないのに病院に閉じ込められる。死を他者に見せないようにしようという配慮らしいのだが、私はそう思えなかった。
そんな考えに浸っていると、唐突に唯一の出入り口が開く。入ってきたのは、最も人間の死を知っている人物。つまり私の主治医。
「何か家族に言っておきたいことはあるかい?」
機械に表示されたバイタルをチェックして、大丈夫そうだったら帰る。ただそれだけのお仕事。
「いえ、何も」
「キミの残り時間はおよそ一週間。大体の人はここで耐えられず壊れるのに、大丈夫なのかい?」
診るだけならば、画面越しにだって出来るというのに。何故かこの医者は毎日ここで私と会話を試みようとするのだ。
「残り一週間、そして遺せるものなんてなにもない。それなら私は死んでいるも同然だから。この病院に閉じ込められた時点で、私はもう死んだんだ。ここにいるのはただの抜け殻。魂のない、空っぽの人形」
でも、私は決まって拒絶する。彼の笑顔が怖くて、彼の視線が痛くて、彼のその表情が辛くて耐えられなかったから。
「空っぽなら空っぽなりに中身を作っていけば良いんじゃないかな。空っぽの棺に花を投げ込むのはキミのお仕事だからね」
たくさんの死を見ているはずなのに。いろいろな別れを経験しているはずなのに、彼の瞳はどうしようもない程に透き通っていた。
「棺に花を入れるのは、他者がすること。私は絶対にそこにはいない」
「そうだろうね、普通なら。でもキミはここに来た時点で死んだと言った。だけれども死んでいる人とはこうやって会話をすることは出来ないと思うんだ」
「……」
一週間なんてちょっとした誤差でしかない。私は三週間前に確かに死んだ。この病院は他者に死体を見せないようにするための棺。
「死人に口無しと言うが、キミはまだ死んではいない。だから今、話をしているし」
「私に何かを遺させようとしている」
「正解。空の棺を見たところで、面白くもなんともないからね」
そして、いつだって誰かの命が必死に燃えている場所。まだ終われないんだと叫びながら。
「……でももう一週間しかない」
「一週間もあるんだ。全ては無理でも欠片程度ならばキミを表現出来ると思うのだけれど、どうかな?」
一度終わったようなものだ。再開など出来るはずがない。そもそも私は、外で何をやっていたのかすらもほとんど思い出せないのだし。だからこう言った。
「表現出来る私がいない」
いないんだ。
ここには私だったかもしれない抜け殻以外、誰も残っていないんだ。
「キミ自身を表現する必要はないさ。見たかった景色でも、やってみたいことでもなんでも良い。とりあえずアウトプットしてみる。それがキミのあるべき姿だ」
だから表現出来るものなどなにもない。私のあるべき姿とは、今の生きているか死んでいるかわからないこの状態のことなのだ。
いや、本当にそうなのだろうか。
「わからない」
「何がかい? 相談にのれることならなんでも聞いてくれ」
「私がここにいる意味」
「それは……」
どうせ死ぬのなら、一日後でも一週間後でも一ヶ月後でもなんら変わりはしない。なら苦しめることなく一撃で仕留めるのが人間というものではないのだろうか。
一ヶ月も独房に閉じ込めて精神をおかしくするのは、本当に人間の所業なのだろうか。
「周りの環境を壊さないため。死を蔓延させないため。そう私は聞いた。でも、それならなんで一ヶ月も猶予を持たせるの? 死が確定しているなら、どうして殺してくれないの?」
「……」
こんなことを彼に言っても無駄だ。
「一ヶ月というカウントダウン、本当はすごく怖い。数字が減っていく度に、ここにいる私が死んでいく。なにも遺せないまま、燃え尽きていく」
彼にそれを変える力も義務もない。これは単なる私のわがままでしかない。
「なら……」
「何かを遺そうにも、私には遺せるものがない」
他の人のように個性があるわけではない。特技があるわけでもない。なにもない、平凡。
「……その心をここに置いていけば良いんじゃないかな?」
「ここ、ろ……?」
置いていけるような心など、生憎持ち合わせてはいない。ここにあるのは、死の淵でもまだ動き続ける心臓と、神経の塊である脳だけ。
脳も心臓も、死んだら間違いなくこちら側に残る。
「もちろん言葉の綾だよ。キミの世界、キミが見ていた世界を見たい。それだけのことさ」
「私の、世界?」
「ああ。人は皆、同じ世界に生きているようで、実は全く違う景色を見ているんだ。価値観の違いとでも言うのかな。それを誰かの心に刻み込むのが人生だと思っている」
そんな人生を歩んだ覚えなんてない。
誰かの心に残るような人生なんて。
「今からでもきっと間に合う」
「……でも、一週間しかない」
「一週間もあるんだ。後悔しないように、キミらしく生きるように」
そうして彼は、私の棺から出ていった。
****
「ここは、人間のお墓。そう、私が入るべき棺桶」
私は鉛筆を手に、言葉を綴っていく。
「外を見ることは叶わず、夢を見ることも叶わず」
迷い、時折消しゴムを紙に走らせる。
「だからここは狂っている。神様気取りで命を管理するナニカも、機械に管理されなければ生きていけない人間も」
私が見たい世界。
それはどうしようもないくらいに自由で、どうしようもないくらいに死が溢れていて、どうしようもないくらいに愛しかっt――――
「――――時間、切れ……」
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