重なる音

藤原アオイ

文字の大きさ
1 / 1

重なる音

しおりを挟む
 エレキギターが奏でた最後の一音。

 その余韻だけが部室に響く。

 俺が弾いたのは、ロックのはずなのにバラードのような側面を持つ不思議な曲。目の前にいる彼女が作曲した、俺と彼女しか知らない曲。

「おー、結構上達してんじゃん」

 譜面台に立て掛けられた手書きのタブ譜には、女の子らしい柔らかい字で"頑張れ"と書かれている。

 指先でガタガタと震えるピック。どうやったって彼女より上手く弾くことは出来ない。それは軽音部に二年間いても変わらなかった。

「ありがとうございます、

「もう引退したんだから先輩はいらないよ。次期軽音部の部長くん。それとも……君にとっては音楽の先輩ってことだから先輩なのかな?」

 音楽の先輩、か。俺にとって彼女はそんな陳腐な言葉で言い表せる存在ではない。でも今は、学校にいる期間だけはそう呼びたかった。

「あはは、そういうことにしといてください。……そんな理由が無くても、先輩は俺の大切な先輩ですよ」

 先輩という響き。言ったあと頭に残るさざ波が好きだった。もちろん過去形ではなく現在進行形で。そして未来形でもきっと好きなんだと思う。

「……なんか言った?」

「いいや、なんでも」

 でもそんなこと本人の前で言えるはずが無い。いつだって俺は後退りしてしまい、延々とこの微妙な距離感がリピートされていた。

 だが時間制限によって、青春という組曲は強制的に終幕を迎えてしまう。もうリピートの記号はひとつも残ってなんていない。

 最後の一音で曲調は簡単に変わってしまうもの。だからその勇気がどうしても出せない。現状維持という甘えが俺の心にちらつく。

「あの……先輩」

 駄目だ。そんなんじゃ駄目だ。もう終わりなんだから、そろそろ踏み出さないといけないんだ。

「なんだね、後輩よ」

 軽音部にいた頃と同じような口調。俺の知っている。部室でワイワイしていたときのことを嫌でも思い出してしまう。

「……」

「言うなら早く言ってくれないか?」

「あの……」

「ん? なんだ?」

「そ、その……大学でも頑張ってください。俺、先輩のことずっと応援しますから」

 最後の一音。それはちょっと臆病な俺が紡ぎだした、ふんわりとした和音だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...