そのメイドは振り向かない

藤原アオイ

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逢瀬

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「いらっしゃいませー……って、もしかしてこの人っ!? ちょっ、てんちょー!!」

 出迎えてくれた店員。彼女は私の髪、そして顔を見て驚いたのか、指をさしながら店の奥に引っ込んでしまう。何か聞こえた気がしたが、大人な私は聞かなかったことにした。……例えば、身長の話とか。

「ごきげんよう、エステル様。その、エルヴィン様はここにいませんからぁ」

 っと、この方は私のことをなんだと思っているのか。

 ……そうでした。元専属メイドです、はい。護衛に来たりしてましたね。あと、何度か公務に引きずったり。

「……私があの男のストーカーみたいに聞こえる言い方は止めてください。別に居たからって連れ戻しに来たわけじゃ無いですよ」

「でしたら本日は……?」

「季節限定のフルーツタルトを二つ。持ち帰り用に包んでください」

 他のケーキや焼き菓子も捨てがたいけれど、ここに来たらこれを買うって決めているのだ。エルと一緒に行った|(連行された)時は、大体これを食べているし。

「一緒に食べる相手がエルヴィン様じゃ無いってことは……禁断の恋っ!?」

 彼女は手を動かしながら、私にそういう系の話を振ってくる。

 いや、私の立場上そーいうのやっちゃうと国が大変なことになっちゃうというか。過保護なウィリアム様本人が相手を物理的にボコボコにしに行っちゃうというか。

「そういうのじゃないです。相手は女の子ですよ。……というかそこに居るんですね、エルヴィン?」

「「ギクッ」」

「もう私の知ったことじゃありませんけど、早めに帰った方が良いですよ? あの人は私ほど甘くないですからね」

「えっ!? じゃあ、僕は帰るからっ! ここにいたこと、誰にも言わないでくれよ」

 飛ぶように王宮に帰っていくエル。彼の分の支払いと迷惑料を含めた代金を彼女に渡す。彼女は迷惑料の部分だけこっちに返してきた。というか押し付けてきた。

「はぁ……やっぱりいましたか。それにしてもちょろいですねぇ。エルの脱走癖は、メイドの中では割と有名な話なんですけど」

「そうなんですか? 貴族様も大変なんですねぇ」

「跡取りってわけでも無いので、割と自由ではあるんですけど。でも、育ち盛りの子にとっては、ちょっと狭すぎるのかもしれません」

 王族だということがバレると面倒なので、一応普通の貴族ということで通している。店員達には私たちが仲の良い姉弟だと思われているらしい。

 でも、今の私はただのメイド。エルの本当の姉だったらなんて――――ただの夢物語。あったかもしれないifに過ぎないのだから。
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