そのメイドは振り向かない

藤原アオイ

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毒杯

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「エステル、兄上はこれからどうするの?」

「陛下のご意向を伺った後に、戴冠式の日程をここで話し合うと先ほどおっしゃっていましたよ。あと私はあなたの専属ではございません。今回は雰囲気に流されて答えてしまいましたが、今後はこのようなことをしないように」

「はぁい」

 ご意向を伺うと言っても、実際そんなの形だけのものだろう。譲位という形にするのが一番理に叶っているからそうするだけ。平和的に国を治めるために必要な作業なのだ。

 実際のところ、簒奪という形でも王になることは出来る。……事後処理が面倒だから、もちろん誰もやらないけど。

「内緒話は終わったかね?」

「ええ、もちろん。ルーカス様、ご機嫌麗しゅうございます」

「そんなに警戒しないでくれ。はただ、君たちと腹を割って話したいだけなんだ」

 傷付くなぁ、私は敵対しようとしているわけじゃないんだと。わざとらしいジェスチャーまでつけてくる。これは、なにかを企んでいる人の目だ。

「とりあえず、そこでお茶でもどうだい? こんな早くに呼び出されたんだ、朝食もまだだろう?」

「兄上が誘ってくれるなんて、すごく久しぶりだよね。うん、一緒に食べよ!」

 ルーカスの案内で私たち三人は庭園に出る。やはりまだ少し肌寒い。ブランケットみたいな何か羽織れるもの、持ってくれば良かっただろうか。

 エルたちが席につくと、ルーカスのメイドだと思われる女性がお茶と茶菓子を持ってくる。この茶葉の香り、嗅いだことの無い――――

 いや。一度だけある、かもしれない。でも、思い出せない。

 あずさは、焼き菓子には手をつけているものの、紅茶の方は手付かずになっている。違和感でもあったのだろうか。

 一瞬、ルーカスと視線が交差した。王位を逃したからだろうか、少し曇っているように見える。ただ、その奥に燃える炎を私は見逃さない。

「弟よ、最近調子はどうだ?」

「うーん。良くもないし悪くもないかな。最近色々あってさ」

「ふむ。良ければ、聞かせてもらっても?」

「えっとね……」

 演技臭さが抜けきらない、ルーカス。白銀の王子。白銀――――銀色。お母様が死んだのも、こんな肌寒い日で。

 ……あっ、わかっちゃった。この匂い、あの日のやつと同じなんだ。

 エルがティーカップを手に取る。あずさは何かに気付いたようだけど、多分間に合わない。

 世界の全てが、ゆっくりと動く。今ならば、なんとか間に合うだろうか。いや、間に合わせないと。目の前で死なれるのは、もう御免だ。

「エルっ!!」

「……?」

 唇に触れる寸前。私は彼の腕を強引に引っ張って倒す。エルは驚いてカップから手を離す。飛沫。彼に触れる前に、全て受け止める。焼けるように熱い。本当に、真っ黒だ。

 耳に届く、舌打ち。

 カップは丸いテーブルの上で転がった後に、地面に落ちて砕ける。

 燃えるように広がる熱さ。意識が刈り取られる。お母様も、これと同じ痛みを味わったのだろうか。

 全身から、何か大切なものが抜けていく。

 出来ることなら、ウィリアム様の戴冠、見たかったな――――



 私は最後に、長い長い夢を見る。夢のような日々を。私が王女じゃない、ただのエステルになってからの五年間を。
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