1 / 6
【第1章】再誕
1-1.名前を取りもどす光
しおりを挟む
――音が、ない。
いや、正しくは、音のすべてが遠すぎる。風の通る音も、鳥の声も、どこか膜ごしのようにぼやけて聞こえていた。
私は、土のうえに倒れていた。
あたたかく、やわらかい草の感触が背にある。けれども目をひらくことができなかった。
目を開けるという動作ひとつに、私の身体は驚くほど不慣れだった。まるで、生まれたてのように。
けれど、それは正しい感覚なのかもしれない。
なぜなら私は、――確かに、死んだはずなのだから。
ゆっくりと目をひらいた。
見上げた空は、木々のすき間から見える薄青で、ところどころ雲の白が流れていた。
木の葉の間をすべる光が、かすかにまぶしい。
そして、わかった。
ここは森だ。けれど、ただの森ではない。
空気が重たい。においが濃い。土と草の香り、そして――
かすかにまじるのは、乾かした薬草のにおい。
私はこのにおいを知っている。覚えている。
「……私……?」
声はかすれていた。けれど、自分のものだった。
耳に響くその音に、なぜか、安堵する。
名を思い出そうとする。記憶の奥を手さぐりするように。
どこかに、確かにあったはずのもの。
ぽつり、と声がこぼれる。
「……エイル。……エイル=ラヴォーニュ……」
その名が、胸の奥にすとんと落ちた。まるで、そこにずっとあった鍵を見つけたように。
私は、私だ。忘れてはいなかった。けれど同時に、確かに思い出す――
私は、死んだのだ。
記憶がゆっくりとよみがえる。火。悲鳴。崩れる塔。
ひとびとの痛み。息絶えていく命。それでもなお、私は詩を紡いだ。
誰のためか。何のためか。それでも、ただ――
「……ふあ」
小さな声が、私のうでの中からもれた。
空から視線を落とすと、そこにいたのは見なれない鳥だった。
黄金色のふわふわとした羽。まるい瞳。小さな身体。
けれど、その小ささとは裏腹に、存在感は炎のようだった。
「……あなたは?」
私の問いに、鳥はくるりと首をかしげた。そして、当然のように、言った。
「きみを、ここまで持ってきたんだよ」
その声は幼く、けれどどこか、深く、あたたかかった。
「君は、死んでいた。でも、そのまま消えちゃいけない気がした。
だから、ぼくが連れてきたんだ。ここに。命のはじまる場所へ」
私は言葉を失った。けれど、直感で分かった。この鳥は――ただの鳥ではない。
もしかすると、これは神話に出てくる“あの鳥”――
「……不死鳥……?」
問いかけるようにささやいた私に、金の鳥はくちばしを小さくゆがめて、笑った。
「ぼくの名前はフェア。
でも、名はあとでいい。まずは、きみに聞きたい。――生きる気は、ある?」
私は、その言葉に目をひらいた。
生きる気は、あるか。
この森で、もういちど命を始める覚悟があるか。
私はゆっくりと手をのばし、草にふれた。そこにある感触が、すべてだった。
ひんやりとした、やわらかい、命の土。
それは、確かに“始まり”の場所にちがいなかった。
「……あるわ。私は、生きる」
その言葉に、フェアは満足そうに羽をふるわせた。
そして、私の肩にぴょんと乗り、くちばしで髪をつついた。
「ようこそ、再誕の森へ。エイル=ラヴォーニュ」
いや、正しくは、音のすべてが遠すぎる。風の通る音も、鳥の声も、どこか膜ごしのようにぼやけて聞こえていた。
私は、土のうえに倒れていた。
あたたかく、やわらかい草の感触が背にある。けれども目をひらくことができなかった。
目を開けるという動作ひとつに、私の身体は驚くほど不慣れだった。まるで、生まれたてのように。
けれど、それは正しい感覚なのかもしれない。
なぜなら私は、――確かに、死んだはずなのだから。
ゆっくりと目をひらいた。
見上げた空は、木々のすき間から見える薄青で、ところどころ雲の白が流れていた。
木の葉の間をすべる光が、かすかにまぶしい。
そして、わかった。
ここは森だ。けれど、ただの森ではない。
空気が重たい。においが濃い。土と草の香り、そして――
かすかにまじるのは、乾かした薬草のにおい。
私はこのにおいを知っている。覚えている。
「……私……?」
声はかすれていた。けれど、自分のものだった。
耳に響くその音に、なぜか、安堵する。
名を思い出そうとする。記憶の奥を手さぐりするように。
どこかに、確かにあったはずのもの。
ぽつり、と声がこぼれる。
「……エイル。……エイル=ラヴォーニュ……」
その名が、胸の奥にすとんと落ちた。まるで、そこにずっとあった鍵を見つけたように。
私は、私だ。忘れてはいなかった。けれど同時に、確かに思い出す――
私は、死んだのだ。
記憶がゆっくりとよみがえる。火。悲鳴。崩れる塔。
ひとびとの痛み。息絶えていく命。それでもなお、私は詩を紡いだ。
誰のためか。何のためか。それでも、ただ――
「……ふあ」
小さな声が、私のうでの中からもれた。
空から視線を落とすと、そこにいたのは見なれない鳥だった。
黄金色のふわふわとした羽。まるい瞳。小さな身体。
けれど、その小ささとは裏腹に、存在感は炎のようだった。
「……あなたは?」
私の問いに、鳥はくるりと首をかしげた。そして、当然のように、言った。
「きみを、ここまで持ってきたんだよ」
その声は幼く、けれどどこか、深く、あたたかかった。
「君は、死んでいた。でも、そのまま消えちゃいけない気がした。
だから、ぼくが連れてきたんだ。ここに。命のはじまる場所へ」
私は言葉を失った。けれど、直感で分かった。この鳥は――ただの鳥ではない。
もしかすると、これは神話に出てくる“あの鳥”――
「……不死鳥……?」
問いかけるようにささやいた私に、金の鳥はくちばしを小さくゆがめて、笑った。
「ぼくの名前はフェア。
でも、名はあとでいい。まずは、きみに聞きたい。――生きる気は、ある?」
私は、その言葉に目をひらいた。
生きる気は、あるか。
この森で、もういちど命を始める覚悟があるか。
私はゆっくりと手をのばし、草にふれた。そこにある感触が、すべてだった。
ひんやりとした、やわらかい、命の土。
それは、確かに“始まり”の場所にちがいなかった。
「……あるわ。私は、生きる」
その言葉に、フェアは満足そうに羽をふるわせた。
そして、私の肩にぴょんと乗り、くちばしで髪をつついた。
「ようこそ、再誕の森へ。エイル=ラヴォーニュ」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる