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【第1章】再誕
1-3.百年越しの大地に立つ
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森を歩き出してすぐ、私は空気の変化に気づいた。
かつて知っていた草のにおい――それとは、すこしちがっている。
似ているのに、ちがう。同じ名前の草でも、かすかに形がちがっている。
「……気のせい、じゃないわね」
私はしゃがみこみ、小さな赤い花をひとつ手に取った。
葉の形も、根の広がり方も、私が知る“ひかり草”とはどこかちがう。
「それ、“ひかり草”の子孫かもね」
フェアが肩から飛び立ち、私の手元をのぞきこんだ。
「子孫?」
「そう。植物も変わるんだ。場所や気温が変われば、見た目も育ち方もちがってくる。
その草が“きみの時代”に咲いてた草と、まったく同じとは限らないよ」
私はふと息をのんだ。
“きみの時代”――つまり、それは、私が死んでから、もう長い時間がたっているということ。
「……どれくらい、たったの?」
「正確には分からないけど、たぶん百年はこえてると思う。
きみが死んで、世界がひとつの終わりをむかえて、それから、静かに変わっていったんだ」
百年――
私が命を終えたあの日から、すでに一世紀以上の時がすぎている。
薬草の名前も、使い方も、おそらく変わってしまっている。
私が命がけで伝えた知識も、書きのこした記録も、もう誰も読めないかもしれない。
「世界は、残っていたのね」
「全部じゃないけどね。たしかに、いくつかの国は消えた。
でも、人はしぶといよ。森をこえて、小さな村を作って、生きてる」
フェアはあっけらかんと言った。
「君のことは――」
「伝説になってるよ。“終末の薬草師”。
でも、その名前をほんとに信じてる人は、もう少ない。物語になってる」
「物語……」
私は空を見上げた。
葉のすきまから、かすかな光がさしこんでいる。
私の記憶にある世界とは、まるでちがって見える。けれど、それでも――
「生きているのね。人も、草も」
「うん。だからこそ、きみに聞きたい。
これから、どうする? 誰にも知られず、ここで森の中にいるか、
それとも――もう一度、歩き出す?」
問いは、まっすぐだった。重くも、強くもない。
ただ、あたり前のように、未来をたずねる声。
私はそっと手をにぎった。草の感触が手のひらにのこる。
「もう一度、薬草師として、生きる。
薬の名前が忘れられても、道具が変わっても。
草と手をつなぎ、人の命と向きあえるなら、私はまた、その道を歩める」
その答えを聞いて、フェアは羽根をぱたぱたとふるわせた。
「ぼく、やっぱりきみにしてよかった。
じゃあ、これからは旅だね。森の外にはまだたくさん、知るべきものがあるよ」
「ええ。でも、まずはこの森から」
私はふり返った。自分が目ざめた場所――苔と草におおわれた地面。
そこに、芽を出しかけた名もなき草が、一つ、光を受けていた。
「この森に、まだ残っているかもしれないわ。私の記憶も、誰かの願いも。
だから、まずはここを歩いて、確かめていきたいの」
「うん。そしたらきっと、世界はまた変わるよ」
フェアの声は、やさしく響いた。
私は歩き出した。足元の草がふれて、葉がそっとささやく。
風の音が、まるで「おかえり」と言ってくれている気がした。
百年の時をこえて、私は――
もう一度、この世界を歩き始める。
かつて知っていた草のにおい――それとは、すこしちがっている。
似ているのに、ちがう。同じ名前の草でも、かすかに形がちがっている。
「……気のせい、じゃないわね」
私はしゃがみこみ、小さな赤い花をひとつ手に取った。
葉の形も、根の広がり方も、私が知る“ひかり草”とはどこかちがう。
「それ、“ひかり草”の子孫かもね」
フェアが肩から飛び立ち、私の手元をのぞきこんだ。
「子孫?」
「そう。植物も変わるんだ。場所や気温が変われば、見た目も育ち方もちがってくる。
その草が“きみの時代”に咲いてた草と、まったく同じとは限らないよ」
私はふと息をのんだ。
“きみの時代”――つまり、それは、私が死んでから、もう長い時間がたっているということ。
「……どれくらい、たったの?」
「正確には分からないけど、たぶん百年はこえてると思う。
きみが死んで、世界がひとつの終わりをむかえて、それから、静かに変わっていったんだ」
百年――
私が命を終えたあの日から、すでに一世紀以上の時がすぎている。
薬草の名前も、使い方も、おそらく変わってしまっている。
私が命がけで伝えた知識も、書きのこした記録も、もう誰も読めないかもしれない。
「世界は、残っていたのね」
「全部じゃないけどね。たしかに、いくつかの国は消えた。
でも、人はしぶといよ。森をこえて、小さな村を作って、生きてる」
フェアはあっけらかんと言った。
「君のことは――」
「伝説になってるよ。“終末の薬草師”。
でも、その名前をほんとに信じてる人は、もう少ない。物語になってる」
「物語……」
私は空を見上げた。
葉のすきまから、かすかな光がさしこんでいる。
私の記憶にある世界とは、まるでちがって見える。けれど、それでも――
「生きているのね。人も、草も」
「うん。だからこそ、きみに聞きたい。
これから、どうする? 誰にも知られず、ここで森の中にいるか、
それとも――もう一度、歩き出す?」
問いは、まっすぐだった。重くも、強くもない。
ただ、あたり前のように、未来をたずねる声。
私はそっと手をにぎった。草の感触が手のひらにのこる。
「もう一度、薬草師として、生きる。
薬の名前が忘れられても、道具が変わっても。
草と手をつなぎ、人の命と向きあえるなら、私はまた、その道を歩める」
その答えを聞いて、フェアは羽根をぱたぱたとふるわせた。
「ぼく、やっぱりきみにしてよかった。
じゃあ、これからは旅だね。森の外にはまだたくさん、知るべきものがあるよ」
「ええ。でも、まずはこの森から」
私はふり返った。自分が目ざめた場所――苔と草におおわれた地面。
そこに、芽を出しかけた名もなき草が、一つ、光を受けていた。
「この森に、まだ残っているかもしれないわ。私の記憶も、誰かの願いも。
だから、まずはここを歩いて、確かめていきたいの」
「うん。そしたらきっと、世界はまた変わるよ」
フェアの声は、やさしく響いた。
私は歩き出した。足元の草がふれて、葉がそっとささやく。
風の音が、まるで「おかえり」と言ってくれている気がした。
百年の時をこえて、私は――
もう一度、この世界を歩き始める。
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