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第28話 科学勇者と黒の賢者
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王宮の庭園の奥。日が傾き始めた空の下、緩やかな風が白と青の花々を揺らしていた。
鳥の囀りが遠くで響く静寂の中、迅とリディアは、互いに言葉もなく並んでいた。
先ほどの模擬戦で、迅の異常な成長ぶりを目の当たりにしたリディアは、胸の奥に奇妙なざわつきを感じていた。
この男は、やはり只者ではない。だが、それをはっきり言葉にするのは憚られた。
「……」
リディアは、ちらりと隣を見た。迅は腕を組み、空を見上げながら何かを考え込んでいる。
おそらく、さっきの戦闘で得た新たな気づきを整理しているのだろう。
(本当に……この人は戦うことさえ研究の一環なのね)
半ば呆れながらも、その探究心に少しだけ憧れを抱く自分がいることを、リディアは認めざるを得なかった。
しかし——その穏やかな空気を、突如として壊す者が現れた。
「——素晴らしい戦いぶりでしたね」
まるで、初めからそこにいたかのように。
不意に響いた声に、リディアの全身が粟立った。軽やかで、どこまでも洗練された、貴族のような優雅な口調。
けれども、それ以上に異質なのは——その魔力だった。
瞬間、リディアの背筋に冷たいものが走る。
「っ……」
言葉を発するより先に、本能が警鐘を鳴らしていた。直感的に理解する。
この魔力は、普通じゃない。どこか異様で、深淵のように底が見えない。それでいて、まるで静かな湖面のように揺らぎがない。
リディアが咄嗟に振り向くと、そこには——
銀髪を肩に流し、黒衣を纏った男が、優雅に佇んでいた。
白みがかった灰色の肌、金属製のマスクに覆われた両目。その姿は、王宮の華やかな雰囲気の中で、まるで異物のように際立っていた。
「……誰だ、お前?」
迅が警戒しつつも、興味深げに目を細める。
「これは失礼。遅ればせながら自己紹介を。私はアーク・ゲオルグと申します。世間からはしばしば"黒の賢者"などと呼ばれる事もありますが。」
アークは優雅に一礼した。その仕草は丁寧で礼儀正しく、敵意の欠片も感じられない。けれども——それが逆に、不気味だった。
「アーク・ゲオルグ……」
リディアは小さくその名を反芻した。聞いたことがある。魔王軍の高位幹部に"黒の賢者"と呼ばれる凄腕の術士がいる、と。
しかし、問題はそこではない。この男の魔力の異質さは、無視できるものではない。
「あー、初対面で悪いが……どういう用件だ?」
迅が腕を組み、じっとアークを観察する。アークは、その問いに微笑を浮かべながら答えた。
「ええ、単なる興味です。私は魔法の研究者でして。貴方が先ほど披露された戦闘技術、そして魔法の使い方には、非常に興味を惹かれました。」
「……俺の戦い方に?」
「ええ。貴方は、魔法の詠唱を短縮し、それを効率的に運用する方法を模索している。それは、極めて合理的で、"科学的"なアプローチに基づいているように見えました。」
「……科学的?」
迅の目が鋭く細まる。確かに、アークは「科学」という言葉を知らないはずだ。しかし、彼の言い回しには、それを理解している者にしかできない観察眼があった。
「……つまり、お前も“魔法を理論的に解明しようとしている”ってことか?」
「ほう……」アークは微笑を深めた。
「それは面白い表現ですね。貴方は“科学”という概念を使って魔法を解析している。しかし、私が研究しているのは“錬成魔導工学”——魔力を物質として再構成し、法則を見出す学問です。」
「錬成魔導工学……?」
迅は眉をひそめた。それは聞いたことのない単語だったが、響きから察するに、単なる魔法技術ではなく、何かもっと理論的なものを扱っているのは確かだった。
(……こいつ、俺と同じタイプか?)
迅は直感的にそう感じた。アーク・ゲオルグ——こいつは、魔法を単なる力としてではなく、「仕組み」として理解しようとしている。
しかし——
「……でも、お前、魔族だろ?」
迅がストレートにそう尋ねると、アークは微笑を崩さないまま、まるで意図的に曖昧な答えを返した。
「さて、それはどうでしょうね?」
その言葉に、リディアはギリッと歯を食いしばる。アークの魔力の質が、あまりにも異質すぎることに、彼女の肌は未だにざわついていた。
「……貴方、魔王軍の一員よね?」
「あまり、そういった固定概念に囚われるのは、研究者として好ましくないのでは?」
アークは淡々とそう返す。
その瞬間、リディアは確信した。この男はただの魔族ではない。何かが違う。
「とにかく、貴方の研究には興味があります。」
アークは迅の方に向き直った。
「魔法とは、未だ解明されていない未知の学問。私と貴方が手を組めば、より多くの真理を知ることができるでしょう。」
「……なるほどな。」
迅は口元を歪め、腕を組む。
「お前、随分と回りくどい言い方をするけど、要するに“仲間にならねぇか”って話か?」
「……ふふ。」
アークは意味深に微笑む。
「いえ、それはまだ早いでしょう。ただ、私は“観察”を続けるつもりです。」
その言葉に、リディアの心臓が跳ねる。
(……観察?)
「それは、お前が俺に興味を持ったから……ってことか?」
「ええ、それもあります。」アークは、ゆっくりとリディアの方へ視線を向けた。
「しかし——貴方の隣にいる彼女も、実に興味深い。」
「っ……!」
リディアの呼吸が止まる。
(こいつ……私のことを……?)
迅はその反応を見逃さなかった。彼の目が、すっと細まる。
「……お前、リディアのことを知ってるのか?」
「ええ。貴女の魔力は、他とは異なる。魔王陛下も、きっと興味を持たれるでしょう。」
その言葉に、リディアの顔色が変わる。
しかし、アークはそれ以上は何も言わず、ただ微笑んだ。
——こうして、静かな対話の幕が上がった。
鳥の囀りが遠くで響く静寂の中、迅とリディアは、互いに言葉もなく並んでいた。
先ほどの模擬戦で、迅の異常な成長ぶりを目の当たりにしたリディアは、胸の奥に奇妙なざわつきを感じていた。
この男は、やはり只者ではない。だが、それをはっきり言葉にするのは憚られた。
「……」
リディアは、ちらりと隣を見た。迅は腕を組み、空を見上げながら何かを考え込んでいる。
おそらく、さっきの戦闘で得た新たな気づきを整理しているのだろう。
(本当に……この人は戦うことさえ研究の一環なのね)
半ば呆れながらも、その探究心に少しだけ憧れを抱く自分がいることを、リディアは認めざるを得なかった。
しかし——その穏やかな空気を、突如として壊す者が現れた。
「——素晴らしい戦いぶりでしたね」
まるで、初めからそこにいたかのように。
不意に響いた声に、リディアの全身が粟立った。軽やかで、どこまでも洗練された、貴族のような優雅な口調。
けれども、それ以上に異質なのは——その魔力だった。
瞬間、リディアの背筋に冷たいものが走る。
「っ……」
言葉を発するより先に、本能が警鐘を鳴らしていた。直感的に理解する。
この魔力は、普通じゃない。どこか異様で、深淵のように底が見えない。それでいて、まるで静かな湖面のように揺らぎがない。
リディアが咄嗟に振り向くと、そこには——
銀髪を肩に流し、黒衣を纏った男が、優雅に佇んでいた。
白みがかった灰色の肌、金属製のマスクに覆われた両目。その姿は、王宮の華やかな雰囲気の中で、まるで異物のように際立っていた。
「……誰だ、お前?」
迅が警戒しつつも、興味深げに目を細める。
「これは失礼。遅ればせながら自己紹介を。私はアーク・ゲオルグと申します。世間からはしばしば"黒の賢者"などと呼ばれる事もありますが。」
アークは優雅に一礼した。その仕草は丁寧で礼儀正しく、敵意の欠片も感じられない。けれども——それが逆に、不気味だった。
「アーク・ゲオルグ……」
リディアは小さくその名を反芻した。聞いたことがある。魔王軍の高位幹部に"黒の賢者"と呼ばれる凄腕の術士がいる、と。
しかし、問題はそこではない。この男の魔力の異質さは、無視できるものではない。
「あー、初対面で悪いが……どういう用件だ?」
迅が腕を組み、じっとアークを観察する。アークは、その問いに微笑を浮かべながら答えた。
「ええ、単なる興味です。私は魔法の研究者でして。貴方が先ほど披露された戦闘技術、そして魔法の使い方には、非常に興味を惹かれました。」
「……俺の戦い方に?」
「ええ。貴方は、魔法の詠唱を短縮し、それを効率的に運用する方法を模索している。それは、極めて合理的で、"科学的"なアプローチに基づいているように見えました。」
「……科学的?」
迅の目が鋭く細まる。確かに、アークは「科学」という言葉を知らないはずだ。しかし、彼の言い回しには、それを理解している者にしかできない観察眼があった。
「……つまり、お前も“魔法を理論的に解明しようとしている”ってことか?」
「ほう……」アークは微笑を深めた。
「それは面白い表現ですね。貴方は“科学”という概念を使って魔法を解析している。しかし、私が研究しているのは“錬成魔導工学”——魔力を物質として再構成し、法則を見出す学問です。」
「錬成魔導工学……?」
迅は眉をひそめた。それは聞いたことのない単語だったが、響きから察するに、単なる魔法技術ではなく、何かもっと理論的なものを扱っているのは確かだった。
(……こいつ、俺と同じタイプか?)
迅は直感的にそう感じた。アーク・ゲオルグ——こいつは、魔法を単なる力としてではなく、「仕組み」として理解しようとしている。
しかし——
「……でも、お前、魔族だろ?」
迅がストレートにそう尋ねると、アークは微笑を崩さないまま、まるで意図的に曖昧な答えを返した。
「さて、それはどうでしょうね?」
その言葉に、リディアはギリッと歯を食いしばる。アークの魔力の質が、あまりにも異質すぎることに、彼女の肌は未だにざわついていた。
「……貴方、魔王軍の一員よね?」
「あまり、そういった固定概念に囚われるのは、研究者として好ましくないのでは?」
アークは淡々とそう返す。
その瞬間、リディアは確信した。この男はただの魔族ではない。何かが違う。
「とにかく、貴方の研究には興味があります。」
アークは迅の方に向き直った。
「魔法とは、未だ解明されていない未知の学問。私と貴方が手を組めば、より多くの真理を知ることができるでしょう。」
「……なるほどな。」
迅は口元を歪め、腕を組む。
「お前、随分と回りくどい言い方をするけど、要するに“仲間にならねぇか”って話か?」
「……ふふ。」
アークは意味深に微笑む。
「いえ、それはまだ早いでしょう。ただ、私は“観察”を続けるつもりです。」
その言葉に、リディアの心臓が跳ねる。
(……観察?)
「それは、お前が俺に興味を持ったから……ってことか?」
「ええ、それもあります。」アークは、ゆっくりとリディアの方へ視線を向けた。
「しかし——貴方の隣にいる彼女も、実に興味深い。」
「っ……!」
リディアの呼吸が止まる。
(こいつ……私のことを……?)
迅はその反応を見逃さなかった。彼の目が、すっと細まる。
「……お前、リディアのことを知ってるのか?」
「ええ。貴女の魔力は、他とは異なる。魔王陛下も、きっと興味を持たれるでしょう。」
その言葉に、リディアの顔色が変わる。
しかし、アークはそれ以上は何も言わず、ただ微笑んだ。
——こうして、静かな対話の幕が上がった。
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