92 / 151
第92話 ライネル・フロスト ──凍てついた矜持《きょうじ》──
しおりを挟む
——剣を持たぬ男に、誇りなどない。
それが、ライネル・フロストが生まれた家の常識だった。
ノーザリア王国、フロスト家。
名門貴族であり、代々屈強な騎士を輩出してきた剣術の家系。
剣こそが騎士の誇りであり、剣を持ち、剣を振るい、剣で生きる。
それがこの家に生まれた男の宿命だった。
——しかし、ライネルは違った。
彼は幼い頃から、剣の才を持たなかった。
何度訓練を重ねても、何百回剣を振っても、体は思うように動かず、刃は鈍く、鋭さを持たない。
弟のエドワルドは、対照的に天性の剣士だった。
「兄上、また負けましたね。」
弟は幼い頃から父の期待を一身に受け、剣の才能を惜しげもなく発揮していた。
「……ちっ……」
ライネルは剣を構え直そうとする。
だが、父の冷ややかな声が、それを許さなかった。
「もうよい、ライネル。」
氷のように冷たい声が広間に響く。
「隣国アルセイアのヴェルトール家には、お前と変わらぬ年齢で"神童"と呼ばれる程の剣の腕を持つ嫡男がいるそうだ。それに比べてお前と来たら……。」
父のため息に、ライネルはただ目を伏せる。
「お前は……騎士としての器ではない。」
その言葉に、ライネルは拳を強く握るしかなかった。
そんなライネルにも、唯一"居場所"と呼べるものがあった。
ライネルには、剣ではなく、別の才能があった。
魔法の才。
生まれつき膨大な魔力を持ち、幼い頃から魔法の理論を独学で学んでいた。
父の目を盗んでは、家の蔵書を漁り、古い魔導書を読みふける日々。
魔法陣の構成、魔法属性毎の相性、神が与えし呪文詠唱の理論——
剣が握れない代わりに、彼は魔法に全てを捧げた。
しかし、それがフロスト家にとっては「許されざること」だった。
「貴様は……フロスト家の男のくせに、魔法などにうつつを抜かすのか!」
父はライネルの研究を見つけるたびに、烈火のごとく怒鳴りつけた。
この家に生まれた男が魔法を学ぶことは、「騎士の誇り」を捨てることと同義だった。
ライネルは何度も説明しようとした。
魔法の有用性、戦術としての活用法、騎士の枠に囚われない可能性——
だが、父の答えは常に同じだった。
「魔法は女や平民が頼るものだ。騎士の誇りを捨てるつもりなら、出て行け。」
それでも、ライネルは家を捨てられなかった。
彼はこの家で生まれ、育った。
どれだけ冷遇されても、どれだけ見下されても、フロスト家の嫡男であることには変わりない。
それに——
彼には、婚約者がいた。
同じ貴族の令嬢。
顔見知りではあったが、特別な感情を持っていたわけではない。
しかし、彼女が隣にいてくれるならば、ここで生きていく理由にはなると思っていた。
だが、その希望は、あっけなく砕け散った。
「ライネル様……私は、やはり貴方とは……」
静かな夜。
廊下の片隅で、婚約者が絞り出すような声で告げた。
「私は……理想の騎士と結ばれたいのです。」
その言葉は、ライネルの心に深く突き刺さった。
彼女は最後まで、目を合わせなかった。
「……そうか。」
何も感じていないように、淡々と応じた。
だが、その後の父の言葉が、決定打になった。
「……もういい、ライネル。」
父はライネルを見下ろしながら、静かに言った。
「次期当主の座は、エドワルドに譲る。」
その瞬間、ライネルは悟った。
この家に、自分の居場所はない。
フロスト家を出たライネルは、行く宛もなく、流れ着くようにノーザリアの冒険者ギルドへとたどり着いた。
剣を持てぬなら、魔法を振るえばいい。
騎士になれぬなら、冒険者になればいい。
彼の戦いは、そこで始まった。
そんな時、彼はエリナ・ヴァイスハルトと出会った。
「貴方の魔法、すごく精密ですわね。」
エリナは興味深げに言った。
その隣で、猫獣人の少女——ミィシャ・フェルカスが腕を組み、ニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか、氷魔法。あたしの蹴りとの相性も良さそうだ!」
ライネルは思わず唖然とした。
今まで、自分の魔法をこんな風に評価する人間がいたことがなかったからだ。
「……僕は、剣を持てない”半端者”だ。」
「バカ言ってんじゃねぇよ。」
ミィシャは、あっさりと言った。
「お前には、魔法があるじゃねぇか。」
その一言に、ライネルの中で何かが変わった。
——剣を持たずとも、俺には知恵と魔法がある。
——ならば、それを誇りにしよう。
こうして、ライネルは“銀嶺の誓い”の一員となった。
───────────────
——そして、今。
薄暗い遺跡の広間。
ライネルは静かに息を整える。
目の前には、全身を呪文が刻まれた包帯で覆い尽くした魔族。
漆黒のティネブラ。
「……貴様の……魔力……捧げよ……」
不気味な声が響く。
周囲の闇が蠢き、異形の影が広間の床を這っている。
ライネルは、静かに目を閉じた。
「……3人が別行動するのを止めなかったのは、僕の責任だ。」
そして、目を開く。
氷の魔法陣が、足元で静かに輝いた。
「"銀嶺の誓い"の頭脳として——」
「僕はこいつを倒し、二人の元へ向かう。」
冷たい蒼い光が、闇を切り裂くように放たれた。
それが、ライネル・フロストが生まれた家の常識だった。
ノーザリア王国、フロスト家。
名門貴族であり、代々屈強な騎士を輩出してきた剣術の家系。
剣こそが騎士の誇りであり、剣を持ち、剣を振るい、剣で生きる。
それがこの家に生まれた男の宿命だった。
——しかし、ライネルは違った。
彼は幼い頃から、剣の才を持たなかった。
何度訓練を重ねても、何百回剣を振っても、体は思うように動かず、刃は鈍く、鋭さを持たない。
弟のエドワルドは、対照的に天性の剣士だった。
「兄上、また負けましたね。」
弟は幼い頃から父の期待を一身に受け、剣の才能を惜しげもなく発揮していた。
「……ちっ……」
ライネルは剣を構え直そうとする。
だが、父の冷ややかな声が、それを許さなかった。
「もうよい、ライネル。」
氷のように冷たい声が広間に響く。
「隣国アルセイアのヴェルトール家には、お前と変わらぬ年齢で"神童"と呼ばれる程の剣の腕を持つ嫡男がいるそうだ。それに比べてお前と来たら……。」
父のため息に、ライネルはただ目を伏せる。
「お前は……騎士としての器ではない。」
その言葉に、ライネルは拳を強く握るしかなかった。
そんなライネルにも、唯一"居場所"と呼べるものがあった。
ライネルには、剣ではなく、別の才能があった。
魔法の才。
生まれつき膨大な魔力を持ち、幼い頃から魔法の理論を独学で学んでいた。
父の目を盗んでは、家の蔵書を漁り、古い魔導書を読みふける日々。
魔法陣の構成、魔法属性毎の相性、神が与えし呪文詠唱の理論——
剣が握れない代わりに、彼は魔法に全てを捧げた。
しかし、それがフロスト家にとっては「許されざること」だった。
「貴様は……フロスト家の男のくせに、魔法などにうつつを抜かすのか!」
父はライネルの研究を見つけるたびに、烈火のごとく怒鳴りつけた。
この家に生まれた男が魔法を学ぶことは、「騎士の誇り」を捨てることと同義だった。
ライネルは何度も説明しようとした。
魔法の有用性、戦術としての活用法、騎士の枠に囚われない可能性——
だが、父の答えは常に同じだった。
「魔法は女や平民が頼るものだ。騎士の誇りを捨てるつもりなら、出て行け。」
それでも、ライネルは家を捨てられなかった。
彼はこの家で生まれ、育った。
どれだけ冷遇されても、どれだけ見下されても、フロスト家の嫡男であることには変わりない。
それに——
彼には、婚約者がいた。
同じ貴族の令嬢。
顔見知りではあったが、特別な感情を持っていたわけではない。
しかし、彼女が隣にいてくれるならば、ここで生きていく理由にはなると思っていた。
だが、その希望は、あっけなく砕け散った。
「ライネル様……私は、やはり貴方とは……」
静かな夜。
廊下の片隅で、婚約者が絞り出すような声で告げた。
「私は……理想の騎士と結ばれたいのです。」
その言葉は、ライネルの心に深く突き刺さった。
彼女は最後まで、目を合わせなかった。
「……そうか。」
何も感じていないように、淡々と応じた。
だが、その後の父の言葉が、決定打になった。
「……もういい、ライネル。」
父はライネルを見下ろしながら、静かに言った。
「次期当主の座は、エドワルドに譲る。」
その瞬間、ライネルは悟った。
この家に、自分の居場所はない。
フロスト家を出たライネルは、行く宛もなく、流れ着くようにノーザリアの冒険者ギルドへとたどり着いた。
剣を持てぬなら、魔法を振るえばいい。
騎士になれぬなら、冒険者になればいい。
彼の戦いは、そこで始まった。
そんな時、彼はエリナ・ヴァイスハルトと出会った。
「貴方の魔法、すごく精密ですわね。」
エリナは興味深げに言った。
その隣で、猫獣人の少女——ミィシャ・フェルカスが腕を組み、ニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか、氷魔法。あたしの蹴りとの相性も良さそうだ!」
ライネルは思わず唖然とした。
今まで、自分の魔法をこんな風に評価する人間がいたことがなかったからだ。
「……僕は、剣を持てない”半端者”だ。」
「バカ言ってんじゃねぇよ。」
ミィシャは、あっさりと言った。
「お前には、魔法があるじゃねぇか。」
その一言に、ライネルの中で何かが変わった。
——剣を持たずとも、俺には知恵と魔法がある。
——ならば、それを誇りにしよう。
こうして、ライネルは“銀嶺の誓い”の一員となった。
───────────────
——そして、今。
薄暗い遺跡の広間。
ライネルは静かに息を整える。
目の前には、全身を呪文が刻まれた包帯で覆い尽くした魔族。
漆黒のティネブラ。
「……貴様の……魔力……捧げよ……」
不気味な声が響く。
周囲の闇が蠢き、異形の影が広間の床を這っている。
ライネルは、静かに目を閉じた。
「……3人が別行動するのを止めなかったのは、僕の責任だ。」
そして、目を開く。
氷の魔法陣が、足元で静かに輝いた。
「"銀嶺の誓い"の頭脳として——」
「僕はこいつを倒し、二人の元へ向かう。」
冷たい蒼い光が、闇を切り裂くように放たれた。
10
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する
うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。
そして、ショック死してしまう。
その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。
屋敷を逃げ出すのであった――。
ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。
スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は村田 歩(ムラタアユム)
目を覚ますとそこは石畳の町だった
異世界の中世ヨーロッパの街並み
僕はすぐにステータスを確認できるか声を上げた
案の定この世界はステータスのある世界
村スキルというもの以外は平凡なステータス
終わったと思ったら村スキルがスタートする
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる