科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第94話 ライネル vs. 漆黒のティネブラ② ── ひび割れた氷壁、燃ゆる胡蝶──

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「……影は……貴様を……喰らう……」

ティネブラの声が、遺跡の広間に低く響く。

その瞬間——

ライネルの足元の影が、不気味に蠢いた。

「……何?」

影が膨張し、揺れ、まるで意思を持った生き物のように形を変える。
ライネルは素早く後退しようとした。

しかし——

影はライネルの動きに追従するように広がり、その中央から”何か”が這い出してきた。

「……っ!?」

黒い闇の中から、ゆっくりと”人の形”が浮かび上がる。

暗黒の中からせり上がる、男のシルエット。
その姿は、ライネルの記憶に焼き付いていた。


「……父上……?」


影の男が、ゆっくりと顔を上げる。

——フロスト家当主、アドラー・フロストの姿だった。

ライネルの目がわずかに揺れる。

しかし、それだけではない。

影の隣から、もう一つの人影が立ち上がる。

「……まさか……」

それは、自分の”弟”。
剣士としての才能に恵まれ、フロスト家の次期当主として育てられた男——。

エドワルド・フロスト。

しかし——二人とも、その眼だけが、黒く窪んだ穴になっていた。

虚ろな闇。
何も映していない、底なしの闇。


「……何のつもりだ、ティネブラ。」


ライネルは、冷静な声を作りながらも、心の奥に冷たい感覚を覚える。

「……影は……記憶を……喰らう……」

ティネブラが呟く。

「貴様の……心に刻まれた……“恐怖”……“後悔”……“敗北”……」

「それらを……“形”にし……“現実”とする……」

影の父と弟が、ゆっくりと剣を抜いた。

「……っ!」

——殺気が、ある。

「……また幻覚か。芸の無い……!」

ライネルは冷笑し、動揺を振り払うように呟いた。
幻覚に惑わされるほど、彼は甘くはない。

「そんなものに……!」

しかし——

影の父が、一瞬で距離を詰める。

——速い!!

「っ——!」

ライネルが反応するより早く、剣が振り下ろされた。

「……ッ!」

腕に、鋭い衝撃が走る。
次の瞬間、服が裂け、鮮血が飛び散った。

「……っ!?」

ライネルは驚愕のあまり、思わず飛び退いた。

痛み。
鈍い熱が、腕を焼く。

——切られた。

「な……」

ライネルの思考が、止まる。

「……何だ、これは……!?」

これは幻影ではないのか?
幻覚のはずなのに、どうして”痛み”がある?

影が——本当に”剣”を振るった?

影が、“実体”を持っている……?

「馬鹿な……影がどうして……!?」

——次の瞬間。

影の弟が鋭く踏み込み、ライネルの背後を取る。
気配を察知したライネルが振り返るより早く、剣が振り抜かれた。

「ッ!」

咄嗟に杖を構え、剣を受け止める。
しかし——

ガキィンッ!!

重い。

剣を受けた瞬間、ライネルの腕に痺れるような衝撃が走る。
影の弟の剣は、確かに”質量”を持ち、“攻撃力”を持っていた。

「……チッ……!」

ライネルは再び距離を取る。
影の父と弟が、無表情のまま剣を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。

ライネルの頭脳が、激しく回転する。

(これは……幻影ではない……)

(魔法の幻覚ならば、“痛み”を伴うことはありえない。)

(では、どうやって”影”が”剣”を振るっている……!?)

「……っ、ありえない……!」

影は、ただの影のはずだ。
実体を持たない”虚無”のはずだ。
だが、目の前の二人は——確かに”敵”として、存在している。

ティネブラが、不気味に嗤う。

「……貴様の理屈では……理解できぬか……?」

ライネルは眉をひそめた。

「ならば……理解する前に……喰われよ……」

影の父と弟が、剣を構え、同時に踏み込む——!!



影の父が踏み込み、鋭い突きを放つ。
ライネルは咄嗟に身を翻し、横へ跳ぶ。

しかし——

影の弟が、先回りしていた。

「っ!」

ライネルが体勢を立て直すより早く、剣が鋭く振り抜かれる。
紙一重で後ろに下がり、致命傷は避ける。

だが——

バシュッ!

服の袖が裂け、肩に鋭い痛みが走った。

「ぐっ……!」

血が滴る。
ライネルは歯を食いしばりながら、再び距離を取る。

(速い……!)

(それに……“経験”がある。)

影の父は、完璧な騎士の動きだった。
剣技は正確無比で、一切の無駄がない。
影の弟も、隙を突く戦法を熟知していた。

——つまり、彼らは”本物の技術”を持っている。

(単なる影の兵士ではない……“記憶”を再現しているのか!?)

「……さすがにこれは、分が悪いな。」

ライネルは冷静に呟きながら、杖を構える。

——氷の槍を形成し、影の父へ向かって放つ。

「無駄だ……!」

影の父が剣を一閃。
氷槍が真っ二つに切り裂かれる。

ライネルは即座に次の魔法を詠唱しようとするが——

影の弟が、すでに間合いの中へ潜り込んでいた。

「っ……!!」

影の弟が、刃を逆手に構え、鋭い一撃を繰り出す。

ライネルは身をひねるが、完全には避けきれなかった。

ガキィン!!

杖を盾にして受ける。
しかし、力の差は歴然だった。

剣の衝撃が直接腕に伝わり、ライネルの手がしびれる。

「く……ッ!」

——距離を取らなければ、終わる。

ライネルは即座に魔力を練り上げ、杖を振り下ろした。

「——氷壁《フロスト・ウォール》!!」

——氷の壁が、瞬時に形成される。

影の父と弟が、それを前にして一旦足を止める。
ライネルは息を整えながら、戦況を見極めようとした。

しかし——

次の瞬間。

氷壁の影が、蠢いた。



氷の壁から、“新たな影”が生まれる。

それは——


「……ライネル様。」


柔らかな声が、耳に響いた。

ライネルの目が見開く。

そこにいたのは——

かつての婚約者、エリザベート・ルークスだった。

氷壁に映った影から、彼女の姿が滲み出すように浮かび上がる。
その顔は優しく、どこか寂しげな微笑を浮かべていた。


「……なぜ……君《きみ》が……」


ライネルは、思わず後ずさる。

影の父や弟と違い、エリザベートの影には”剣”がない。
ただ、静かにライネルを見つめている。


「……ライネル様……」


「貴方は……やはり”理想の騎士”ではなかったのですね。」


その声は、優しさの裏に冷たさを秘めていた。

「剣を持てぬ貴方は……“半端者”のまま……」

ライネルの心に、冷たい痛みが走る。

(……これは……幻覚だ。)

彼はそう言い聞かせた。
しかし——

心の奥で、何かが囁いていた。

(……いや、違う。)

(これは……“本当に彼女が思っていたこと”なのではないか?)

(……僕が、ずっと耳を塞いでいた言葉なのではないか?)


「……ライネル様。」

エリザベートの影が、手を差し伸べる。

「……貴方は……誰からも、認められなかった。」

影の父、弟、婚約者。

彼らがゆっくりとライネルを囲み、闇へと引きずり込もうとする。

「……もう……楽になりなさい……」

影の中に引きずり込まれる。

暗闇が、意識を飲み込んでいく。


「……僕は……」


抵抗する気力が、削がれていく。

ライネルの意識が沈みかけた、その瞬間——



───ヒラリ。



視界の隅を、赤い光が横切った。


一羽《いちわ》の蝶。


紅蓮のような色をした蝶が、ふわりと舞い降りる。


——そして、その翅《はね》が淡い光を放った瞬間。


「ッ!?」

影の剣士たちが、一斉に吹き飛ぶ。

「……何……?」

ライネルの身体が、突然の解放感に襲われる。

影の父と弟は霧散し、エリザベートの幻影も掻き消えるように消滅していく。

黒い闇が弾けるように霧散し、影の縛りが消えていった。

ライネルは息を飲み、ハッと顔を上げた。

蝶が、ゆっくりと舞い上がる。
その先——



そこに立っていたのは、銀の髪を揺らす、美しい魔法士の少女だった。



リディア・アークライト。



彼女は指先に蝶を止まらせながら、静かに眼前の敵、"漆黒のティネブラ".へと歩を進める。


紅い蝶の光が揺れ、銀の髪がその中で煌めく。


「──ここからは、私が相手よ。」
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