科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第97話 エリナ・ヴァイスハルト ──白銀の誇り(後編)──

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 ノーザリア王国の王城。
 荘厳な石造りの広間に、硬い靴音が響いた。


「——王命である。」


 厳かな声が、エリナたちの前に降り注ぐ。

 王国の宰相代理が、一枚の羊皮紙を広げた。
 それは王の署名が入った正式な命令書——勅命だった。

 「国境付近において、魔王軍の斥候の活動が確認された。これを調査していた冒険者たちが、消息を絶った。」

 この報告を受け、ノーザリア王家は直ちに対応を決定。
 事態の深刻さから、白銀級冒険者である “銀嶺の誓い《シルバー・オース》” の3人に調査を命じることとなった。

 「……行方不明になった冒険者たちは?」

 エリナが静かに問いかける。

 宰相代理の顔がわずかに曇る。

 「……未だ発見されておらぬ。」

 その言葉に、ミィシャが舌打ちをした。

 「クソッ……ッ! 誰が消えたんだ!?」

 「確認されているだけで百余名だ。ギルドの記録によれば、ランクは金級と銀級の混成パーティ。ノーザリアでも実力ある者たちだ。
 さらに加えて国境付近に配備されていた国軍の兵士達の多くも、行方不明との報告もある。」

 その言葉に、ライネルが眉をひそめる。

 「……国軍の兵士や金級や銀級の冒険者が、全員消息を絶つ? これはただの斥候の仕業ではないな。」

 「……そうだ。」

 宰相代理は頷き、さらに言葉を続けた。

 「この事態を重く見た王家は、隣国アルセイア王国へも協力を要請した。」

 「……アルセイア?」

 エリナの眉が僅かに動く。

 「アルセイア王国より、特使として "王命独行《おうめいどっこう》" が派遣されることとなった。」

 「王命独行……ってことは……」

 「そうだ。“召喚勇者”——九条迅《くじょうじん》 も同行する。」

 その名前を聞いた瞬間——

 エリナの目が鋭く細められた。

 召喚勇者。
 異世界から呼び出された、アルセイアの希望。

 しかし、エリナにとっては“腑抜け”の象徴だった。

 噂では、召喚勇者はこの世界に降り立ってからと言うもの、何かの研究に没頭し通しで、戦場に出た事も片手で数える程度だと聞く。

 「……王国の庇護下で、戦場にも立たず、ぬくぬくと守られている男が、何の役に立つのかしら?」

 彼女の胸の中で、微かな苛立ちが芽生えていた。

 「それは……実際に会って、確かめることだな。」

 ライネルが冷静に言葉を挟む。

 エリナは、わずかに口を引き結んだ。

 「……どうせ、役には立たないでしょうけれど。」

 そう呟きながら、彼女は剣の柄を握りしめる。

 「行くわよ。私たちの仕事は、勇者の護衛ではない。仲間を救うことよ。」

 その言葉を合図に、“銀嶺の誓い”は出発した。


 ◇◆◇


 国境付近にある、古びた遺跡。

 惨劇の現場は、その遺跡から少し離れた、国境付近の駐屯地だった。

 月の光に照らされ、無惨に潰されたテントや物資が、静寂の中に佇んでいた。


 ——死の匂いがする。


 エリナは、息を呑んだ。

 ミィシャとライネルも、警戒を強めながら歩を進める。

 現場へと踏み込んだ瞬間——

 「っ……」

 エリナは、思わず足を止めた。

 目の前に広がる光景。
 それは—— 戦場の跡だった。

 「………………っ!!」

 地面には、押し潰されたような遺体 がいくつも転がっていた。

 血の池が広がり、折れた剣が散乱している。
 石壁には、まるで巨大な力で叩きつけられたかのような血痕がこびりついていた。

 「クソッ……!」

 ミィシャが歯ぎしりし、拳を握りしめる。

 ライネルも、険しい表情のまま、沈黙した。

 「……これは……」

 エリナは、震える声を絞り出した。

 この遺体の中には——

 見覚えのある顔があった。


 「……………バルトン、なの……?」


 震える声で、その名を呼ぶ。

 かつて、馬車を襲われ両親を殺された自分を助けてくれた、熟練の冒険者。

 その彼が——

 無惨に、潰されていた。

 剣士として鍛え抜かれた肉体が、まるで虫のように粉砕されている。
 顔の半分が潰れ、もはや原型すら留めていない。

 「……こんなの、あんまりよ……」

 エリナの手が、わずかに震えた。

 「……エリナ。」

 ライネルが低い声で呼びかける。

 「まだ、生存者がいる可能性はある。今は冷静になれ。」

 「……わかっています……わかっていますわ……!」

 歯を食いしばりながら、エリナは剣を握りしめる。

 「この仇は……必ず取ります……!」

 怒りと悲しみが、心の奥から込み上げる。

 その時だった——

 後方から、足音が聞こえた。

 「……ここが現場、か。」

 低く冷静な声。

 エリナが振り返ると——

 そこには、隣国の召喚勇者・九条迅《くじょうじん》が立っていた。


 ◇◆◇


エリナは、拳を強く握りしめた。

目の前にいるのは、異世界の勇者——九条迅《くじょうじん》。

彼は、まるで何事もないかのように悠々と地面を調べ、考え事に没頭している。

その態度には、一切の緊張感がなく、ましてや目の前に横たわる無惨な遺体に対する悔恨の色すらない様にすら見える。

「……貴方が、“王命独行”の勇者殿ですわね?」

静かに問いかけたが、声には明確な敵意が滲んでいた。

「そうだけど……そっちが、ノーザリア側の調査隊?」

迅は軽く答えるだけだった。

(……何なの、この男?)

エリナは内心で舌打ちした。

どこか飄々として、威厳もなければ強者としての気迫すら感じない。

それどころか、目の前の状況をまるで “他人事” のように見つめているようにすら思えた。

(大勢が惨殺されているというのに……どうして、そんなに冷静でいられるの?)

エリナの知る限り、本当に強い者というのは、決して慢心しない。
だが、それと同時に、どんな強敵を前にしても確固たる信念と矜持を持っているものだ。

この男には、それがない。

そんな気がした。

(こいつ、本当に勇者なの?)

「貴方がたの協力は、不要ですわ。」

思わず、そう言い放った。

本来ならば、この場は協力し、情報を共有するのが筋だろう。
だが、そんな余裕はエリナにはなかった。

(今は、一刻も早く囚われた仲間を助け、仇を討つことだけを考えるべき……!)

迅の言葉の端々に、妙な落ち着きと余裕があるのが気に入らなかった。

「敵を討つ覚悟もない者と共に行動するつもりはありませんので。」

「敵を討つ覚悟、ね。」

迅は、興味深そうに繰り返した。

(……なぜ、そんな顔をするの?)

何かを試すような、見透かすような目。

その視線が妙に気に障り、エリナは冷たく言い放った。

「──敵が何者であれ、やるべきことは変わらない。力で討ち、討たれぬようにする。ただそれだけですわ。」

「……なるほど。そりゃ戦士らしい考え方だな。」

迅は軽く頷いた。

「でもな、敵がどんな手を使ってくるかわからないまま突っ込んで、返り討ちに遭うのは御免なんだよ。俺はそういう無駄な戦い方はしない主義でね。」

「……随分と臆病ですのね。」

エリナは皮肉を込めて言った。

戦場では、迅速な判断と行動が求められる。迷いは、すなわち敗北を意味する。

彼の “無駄な戦い方はしない” という言葉は、要するに “慎重になりすぎて動けないだけ” に聞こえた。

「貴方……本当に、それで良いのですの?」

「俺は合理的に動く。それだけだよ。」

「……本当に呆れましたわ。」

エリナは踵を返した。

もう、これ以上関わる必要はない。

この男に期待しても無駄だ。

(私たちは私たちで動く。それが、最も確実な方法ですわ。)

「貴方方は貴方方で勝手に動くといいですわ。ただし——足を引っ張るような真似だけはご勘弁願いますわね。」

そう言い捨て、エリナは仲間たちの元へと向かった。

怒りが収まらなかった。

何より、あの男の態度が理解できない。

(なぜ、あんなに余裕でいられるの?)

本物の勇者ならば、もっと戦場の空気を察するはず。
もっと強者らしい威圧感を持っていて然るべき。

あの男には、それがない。

(もしかして……本当に戦うつもりがない?)

そう思うと、苛立ちがさらに募った。

——しかし、その時。

一瞬、背後から感じた視線に、エリナはふと足を止めた。

(……?)

振り向くと、迅がまだ地面を調べながら何かを考えている。
その目は、先ほどまでの気の抜けた態度とは異なり、まるで「何かを確信しつつある者の目」だった。

(……何を考えているの?)

エリナはその一瞬の違和感を振り払うように、改めて前を向いた。

今はそんなことを考えている暇はない。

仲間を助けるために、敵を討つために——
そして、白銀級冒険者としての誇りにかけて、この戦いを終わらせるために。

(……私たちのやり方で、この事件を解決してみせますわ。)

エリナは心の中でそう誓い、仲間たちの元へと急いだ。

——彼女がまだ知らなかったこと。

それは、自分が抱いた違和感こそが、後に彼女の価値観を揺るがすきっかけとなるということ。

迅の行動には、全て “理由” があったのだから。



─────────────────


──エリナの瞳が、炎のように燃えていた。


目の前に立つ男。

魔王軍将校、"虐滅のカーディス"。


その爬虫類のような紅い瞳が、どこか嘲るように細められている。

「……貴方が、私達の仲間を殺したのですか?」

エリナ・ヴァイスハルトは、静かに剣を構えた。

声は冷たい。しかし、その奥には煮えたぎる怒りがある。

「さぁて、どうだったかな?」

カーディスは肩をすくめ、気怠げに笑う。

「何しろ、弱い獲物はすぐに潰れるものでな。いちいち覚えちゃいない。」

一瞬、エリナの呼吸が止まる。

次の瞬間——

「貴様……ッ!!」

大気が震えた。

エリナの剣が閃き、純白の魔力が噴き上がる。

これは、仲間のための戦い。


「白銀級冒険者、エリナ・ヴァイスハルトの名にかけて——必ず貴様を討つ!」
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