科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第100話 分岐する戦場——勇者達の選択

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──時は少しだけ遡る。

冷たい石造りの回廊を抜け、“王命独行”の四人はアル=ゼオス魔導遺跡の第二層へと足を踏み入れた。

遺跡内は静寂に包まれ、時折、古びた魔導灯の微かな光が揺れる。

だが、それが空間全体の薄暗さを打ち消すことはなかった。

迅達は慎重に周囲を見渡しながら歩を進める。

「……雰囲気、あるわね。」

「ああ。ホラー映画だったら真っ先に出たくなるタイプの場所だな、こりゃ。」

リディアの言葉にじんは軽く肩をすくめながら、周囲を警戒するように視線を巡らせる。

無造作に転がる壊れた石像、崩れかけた壁に埋め込まれた古代文字の刻印。かつてここが、何らかの重要な施設であったことは明白だった。

しかし、そんな遺跡の静寂を破るものがあった。


「……ちょっと待った。」


迅が手を挙げる。

カリムもピタリと足を止め、鋭い目つきで前方の空間を見つめた。

そこには——

三つの巨大な扉が並んでいた。

高さ三メートルほどの分厚い石扉。中央には魔導式の紋様が刻まれており、封印魔法によって閉ざされている。


「……何か、おかしい。」


迅がぼそりと呟く。

「おかしい、とは?」

ロドリゲスが眉を寄せる。

迅は扉の前に歩み寄り、指先でその表面をなぞった。

「ただの封印魔法ならともかく……この扉は”内側”から閉じられてる。つまり、誰かが内部で仕掛けたってことだ。」

「……誰かが、封じ込められている、ということか?」

ロドリゲスの表情が険しくなる。

「いや……それだけじゃねぇ。」

その時だった。


「……戦闘音がする。」


カリムが、低く呟いた。

彼は耳をすませ、閉ざされた扉に手を当てる。

「この奥……それぞれの通路の奥から、剣戟や魔法の音が響いている。」

迅の眉がわずかに上がる。

(この扉の向こうで……戦闘が?)

すぐに、ロドリゲスが地脈魔法を発動する。

彼の手から魔力の波紋が広がり、遺跡の床を伝って地下のエネルギーを読み取る。

「……間違いない。この先、三ヶ所で魔力の乱れを感知した。誰かが戦っておる。」

リディアが険しい表情で扉を見つめる。

「"銀嶺の誓いシルバー・オース"……かしら?」

「……可能性は高ぇな。」

迅は短く答え、拳を軽く握る。

“銀嶺の誓い”の三人が、それぞれ戦っている? それにしても、なぜ扉が閉ざされている?

この遺跡は、ただの戦場ではない。“誰かが仕組んだもの”だ。

(……時間がねぇな。)

迅はすぐに扉を開ける方法を探そうとした。

その時、視界の隅に——

「……転移魔法陣?」

迅の目が、ある一点に止まる。



三つの扉のすぐ脇、床に埋め込まれた正方形の魔法陣が目に入った。

古代文字が刻まれた魔導陣。

しかし、現在は機能が停止しているようで、魔力の流れがほとんど感じられない。

迅がその紋様をじっと見つめ、呟く。

「……どうやら、これは”管理者用”の転移魔法陣みてぇだな。」

「管理者用?」

ロドリゲスが興味深げに近づく。

「推測だけど……元々、この遺跡は何らかの研究施設だったんじゃねぇか? 研究者たちが内部を移動するための転移装置がここにあった。」

リディアが納得したように頷く。

「なるほど、だから遺跡内の移動用の魔法陣が各所に存在するのね。」

しかし、問題は——

「今は動いていない、ってことか。」

迅が苦笑しながら指先で魔法陣の文字をなぞる。

「そうじゃな。」

ロドリゲスは魔法陣に手を当て、魔力の流れを調べる。

「ふむ……制御機構自体は生きておるな。魔力供給が絶たれているだけじゃ。」

「つまり?」

「わしがここで直接魔力を流し込めば、一時的に起動させることが可能じゃろう。」

ロドリゲスがそう言うと、カリムが前へ出た。

「つまり、ここから扉の奥へと転移できる……というわけか?」

ロドリゲスが頷く。

「ただし、扉の奥がどうなっておるかは、開けてみるまで分からん。転移先の座標は、魔法陣に刻まれた既存の座標を使うしかない。つまり、わしが転移を制御するにしても、扉の奥のどの場所に飛ぶかまでは選べんぞ。」

迅は数秒考えた後、決断する。

「3ヶ所で同時に戦闘が起きているなら、俺たちも分かれて援護するべきだろうな。」

「となると、わしはここに残り、転移魔法陣の制御を担うというわけか。」

ロドリゲスが理解し、頷く。

「ああ。カリム、リディア、俺の3人でそれぞれの部屋に転移する。」

迅の声には迷いがなかった。

「"銀嶺の誓いシルバー・オース"が戦っている相手が何者かは分からないが、少なくともこっちも手分けしないと間に合わねぇだろ。」

「うむ、それでこそ勇者殿だ。」

カリムがニヤリと笑う。

「決まりね。」

リディアも微笑みながら、杖を構える。

迅は深く息を吸い、目の前の扉を見つめる。

(——さて、どこに飛ばされるかは分からないが……)

「──ま、行ってみるか。」

ロドリゲスが魔力を込め、転移魔法陣が淡い光を放ち始める——!


 ◇◆◇


魔法陣がゆっくりと光を増していく。

淡い青白い輝きが、遺跡の石壁に反射し、影を揺らめかせた。

“王命独行”の三人は、それぞれ魔法陣の円の中に立つ。

ロドリゲスが両手を掲げ、詠唱を始めると、魔力の波動が床を伝い、空間がわずかに歪み始めた。

転移の準備は、もうすぐ整う。


カリム・ヴェルトールは、剣の柄を強く握りながら、隣に立つ九条迅を見つめた。


この男こそ、自らが“勇者の剣”として仕えると決めた相手。

そして、今まさにその剣としての”初陣ういじん”を迎えようとしている。

カリムは、背筋を正し、右手を胸に当てた。
その姿は、忠誠を誓う騎士の如く、毅然としていた。


「勇者殿。」


迅が、僅かに眉を上げてカリムを見た。

「これが、私の“勇者の剣”としての初陣となる。」

転移魔法陣の光が強まり、周囲の魔力の流れがざわめく中、カリムは真剣な表情で迅に向き直る。


「——勇者殿、何か一言で良い。ご命令を。」


その言葉は、単なる儀礼ではなかった。

カリム・ヴェルトールが、これまでの人生で培ってきたすべての技術と誇りを賭け、今ここで本当に”勇者の剣”として戦う覚悟を固めた瞬間だった。

剣士としての誇り。
騎士としての誇り。
そして、“勇者の剣”としての誇り。

そのすべてを、この戦いに捧げると決めたのだ。

迅は、そんなカリムの真摯な眼差しをしばし見つめた。

「いちいち大袈裟なんだよ、お前は。」

そして、彼はふっと口角を上げた。

「ま、それじゃ、一言だけ。」

短く、だがはっきりとした口調で、迅は言った。


「無傷で、圧倒的に勝ってこい。」


カリムの目が見開かれる。

——無傷で。
——圧倒的に。

そこには、「負けるな」という言葉はなかった。
迅にとって、カリムが敗北する可能性など最初から考慮の外だったのだ。

それどころか、“無傷”で”圧倒的”に勝つことが当然のように語られた。

(……この上無い至上しじょうの命令、うけたまわった。)

カリムの口元が、自然と笑みを形作った。


御意ぎょいに。」


そう言うと、カリムは剣を鞘から少しだけ引き抜いた。

銀色の刃が、魔法陣の光を受けて眩しく煌めく。

それは、これから始まる戦いの前兆だった。

魔力の波動が頂点に達し、転移魔法陣がまばゆい閃光を放つ。

カリムは、まっすぐ前を見据えた。

これが、“勇者の剣”としての初陣。

(——我が刃は、勇者殿に捧ぐ。)

その決意を胸に抱きながら、彼の身体は転移の光に包まれ——

次の瞬間、カリムは消えた。

転移魔法は発動し、カリム・ヴェルトールは未知なる戦場へと送り込まれたのだった——。


 ◇◆◇


魔力が満ちていく。
転移魔法陣の光が、床を伝いながら脈打つように広がり、空間の揺らぎを生み出していた。

リディア・アークライトは、その中心に立ち、静かに息を整える。

目の前ではカリムが迅と言葉を交わし、勇者の剣としての誓いを立てていた。

(……カリムらしいわね。)

忠義と誇りを掲げ、まっすぐ迅に仕えるカリム。
そして、それを当然のように受け止める迅。

だが、リディアはそんな二人のやり取りを横目で見ながら、心のどこかで微かな違和感を覚えていた。

——カリムは、迅の剣。
——私は、迅にとって何なのかしら?

“あなたには戦ってほしくない。”
“あなたの頭脳は、戦い以外のことに使うべき。”

かつて、自分はそう言った。

だが、その言葉は皮肉にも、アーク・ゲオルグとの戦いで打ち砕かれた。

あの時、迅がいなければ、自分は間違いなく死んでいた。

自分は、迅に守られてしまった——。

(……私は、ただの”守られる者”でいいの?)

心に、疑問がよぎる。

確かに、迅は頭脳派であり、前線で戦うことが本職ではない。
それはリディア自身、今も変わらず思っている。

だが、それでも。

迅は自らの手で、戦った。
知恵を武器に、魔法を解析し、戦場を支配する手段を生み出した。
そして、自分たちを守った。

(……なのに、私は?)

アーク戦の時、結局自分は”迅に助けられた”だけだった。

黒槍が迫るあの瞬間、迅がいなければ、自分は何もできずに倒れていた。

(それで、いいの?)

——いいわけがない。

私は、迅の影じゃない。
迅の背中に隠れるだけの存在じゃない。

迅が召喚されてから今までずっと、気付けば彼の知性や発想に頼る形になっていた。

でも、それじゃ駄目。

(私も、"彼の隣で"戦えるようにならないと。)

自分で、戦場に立つ。
自分で、勝ち取る。
迅に守られるだけじゃなく、“並び立てる”存在になる。

それこそが、“自立”。

だからこそ——


リディアは、意を決して、迅へと視線を向けた。


じん。」


呼びかけると、迅はカリムを送り出した後、すぐにこちらを見た。


「リディア。お前、一人で大丈夫か?」


その一言に、リディアの胸が静かにざわめく。

(……やっぱり、迅にとって私は”守るべき存在”なのね。)

迅は自分を心配してくれている。

それが嬉しい反面、どこか悔しさもあった。


だからこそ——


リディアは、あえて不敵な笑みを浮かべる。

まるで出会ったばかりの頃のように、挑発するかのような表情で。

「誰に言ってるの?」

そして、わざと得意げな口調で言った。

「貴方に、私の新戦術を直接見せられなくて残念だわ。」

そう言い残し、リディアはくるりと踵を返す。


「……そりゃ、見せてもらえる時が楽しみだ。」


背後で迅が楽しげに呟く声が聞こえる。

魔法陣の輝きが、一層強くなる。

(私は、いつまでも守られてばかりの存在じゃない。)

(迅に守られるだけじゃなく、“対等に戦える”ことを証明する。)

リディア・アークライトは、
今、“守られる者”から”戦う者”へと変わるための一歩を踏み出す——。

魔法陣が放つ光に包まれ、彼女の姿が掻き消えた。

次に目を開いた時、リディアは新たな戦場へと立っている——。


 ◇◆◇


カリムが転移し、リディアの姿も光の中へと消えていった。

残るは、迅ただ一人。

転移魔法陣の輝きが徐々に強まる中、迅はロドリゲスと向き合った。

「……さて、お主だけになったな。」

ロドリゲスが静かに言う。
その目は穏やかでありながら、どこか迅の成長を確かめるような鋭さを帯びていた。

「本当に一人で大丈夫かの?」

迅は、ほんの少しだけ肩をすくめて笑った。

「今さら確認することか? もう決まったことだろ。」

「……ふむ、それもそうか。」

ロドリゲスはわずかに目を細める。

「しかし、くれぐれも油断はするな。お主の戦い方は、敵を分析し、状況を見極めてから動くもの。だが、今回は時間の猶予がない。相手は、躊躇ちゅうちょなく殺しに来るぞ。」

「分かってるさ。」

(それに、もう分析は半分は済んでるからな。)

心の中でそう呟く。

迅はポケットに手を突っ込み、冷静な表情で答えた。

「ただ、戦う前に一つ確認したいことがある。」

「何じゃ?」

迅は、わずかに目を細めて周囲を見渡す。

「……この遺跡、やっぱり”普通じゃない”よな。」

「ほう?」

「アークの野郎が以前ここで何をしようとしていたのか……何かが引っかかる。」

ロドリゲスは静かに頷いた。

「お主の勘は侮れん。確かに、この遺跡には、何か“異質”なものがある。だが、まずは目の前の戦いを乗り越えよ。お主が生き延びれば、答えは自ずと見えてくるであろうよ。」

「……ま、そうだな。」

迅は短く息を吐いた。

「それじゃ、行ってくるわ。」

そして、ポケットから銀貨を一枚取り出し、ロドリゲスに軽く投げた。

ロドリゲスは器用にそれを片手で受け止め、眉を上げる。

「ほう、何じゃ? これは。」

「ちょっとした賭けさ。」

迅は、にやりと笑った。

「もし俺が無傷で帰ってきたら、それでフルコースでも奢ってくれ。」

ロドリゲスはしばし沈黙し——やがて、重々しく笑った。

「……全然足りんじゃないか。まあ、無傷なら考えようかの。」

その言葉が終わると同時に、魔法陣が輝きを増す。

「それでは、行くがよい。“科学勇者”よ。」

ロドリゲスの声が響く中——

「ま、ちゃちゃっと片付けて来るわ。」

閃光が走り、迅の姿が掻き消えた。

そして彼は、新たな戦場へと降り立つ——。
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