科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第101話 カリム vs. 血鉄のタロス① ── 剣聖、戦場に舞う──

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 死を覚悟した瞬間、世界が止まったように感じた。
 
 タロスの巨大な戦斧が、ミィシャの頭上へと振り下ろされる。

 空気が裂けるような轟音。逃げ場など、どこにもなかった。

 (——ここまでかよ……!)

 ギリギリと奥歯を噛みしめる。

 反撃の手段は尽き、全身はボロボロ。
 もはや回避するだけの体力もなく、目を閉じるしかなかった。

 ——だが。


 ガキィンッ!!!


 斧と何かがぶつかる鋭い音が、遺跡の広間に響き渡った。

 「——なっ!?」

 ミィシャの目が驚愕に見開かれる。
 目の前の光景が信じられなかった。


 タロスの戦斧は、振り下ろされる寸前で止まっていた。

 いや——止められていた。


 巨大な斧を防いでいるのは、一本のロングソード。

 その刃は、まるで月光のように鈍く煌めき、力強くタロスの攻撃を受け止めていた。


 ——それを持つのは、一人の男。


 「ほう……これは、随分と乱暴な戦い方をするものだな。」


 ミィシャの前に立つのは、背中まで伸びる金髪を持ち、鋭い碧眼を宿した青年。

 鎧は煌びやかに装飾されており、王宮の騎士のような気品を持ちながらも、
 どこか軽妙な笑みを浮かべている。

 「てめぇ……誰だ……?」

 タロスが戦斧を押し下げようと力を込めるが、剣は微動だにしない。
 その異様さに、タロスは戸惑いの色を見せた。

 ミィシャは、目の前の男を見て、瞬時に思い出す。


 (……こいつ……あの時の……!)


 以前、“王命独行”と呼ばれる勇者一行を見かけた時のことを思い出す。


 ミィシャはその中の一人、銀髪の少女に目を留め、軽口を叩いた。

 「かわい子ちゃんが一人いるじゃねぇか。」

 だが——その直後、あり得ない言葉が飛んできた。

 「勇者殿も可愛いだろうが!! 訂正しろ!!」

 突然、訳の分からないことを叫びながら詰め寄ってきたのが、この男だった。

 貴族然とした出《い》で立ちの騎士。そのくせ、“勇者”とやらの腰巾着《こしぎんちゃく》みたいな振る舞いをしている奇妙な奴。


 (なんでこんな男が、私を助けた……?)


 その疑問が脳裏をよぎるが、すぐにタロスの動きに意識を引き戻される。

 「クソがァッ……ッ!」

 タロスが戦斧を力任せに振り抜こうとする。
 しかし——

 「おっと。」

 青年は、わずかに剣を傾けるだけで、タロスの膂力《りょりょく》を逸らした。

 巨漢の怪力を利用し、軽やかに流すように受け流す。

 タロスの戦斧は、まるで地面に吸い込まれるかのように、無力に床へと突き刺さった。

 (……は? こいつ、今……何をした!?)

 ミィシャの脳が理解を拒む。
 タロスは、並の冒険者なら一撃で吹き飛ばすほどの怪力の持ち主。

 それを、力ではなく”技”だけで受け流した?

 タロスの巨体がぐらつく。

 カリムは、悠然とロングソードを肩に乗せながら、涼しげに笑った。

 「少し遅れたな。間に合ってよかった。」

 ミィシャの視線が、青年のものと重なる。

 その何気ない一言が、あまりに自然で、戦場にそぐわないほど落ち着いていた。

 「お前……何者だ?」

 タロスが訝しげに問いかける。

 カリムは、にこやかに言った。

 「私はカリム・ヴェルトール。アルセイア王国の剣士であり……」

 その碧眼が、一瞬だけ鋭くなる。

 「勇者殿の“剣《つるぎ》”だ。」

 ミィシャが息を呑む。
 タロスが、戦斧を持ち上げながら、不快そうに舌を打った。

 「勇者の腰巾着が、何のつもりだ?」

 ミィシャも、今の言葉が気に入らなかった。
 この男がどれほど強かろうと、勇者の”剣”だなんて……何の冗談だ?

 「逃げろ……!」

 ミィシャは歯を食いしばりながら、叫んだ。

 「こいつは、お前みたいな男《ヤツ》が勝てる相手じゃねぇ!」

 ——だが。

 カリムは、まるで意に介した様子もなく、微笑を浮かべながら言う。

 「そうはいかない。」

 剣を横に構え、ゆっくりとタロスへと歩を進める。

 「なにせ——勇者殿より、ご命令をたまわったからな。」

 静かだが、確かな響きを持つ言葉。

 タロスの目が険しくなる。

 「命令……だと?」

 カリムは、剣を片手に振りかぶる。

 そして、誇らしげに告げる。


 「“無傷で圧倒的に勝ってこい”とな。」


 その瞬間、ミィシャの背筋に悪寒が走った。
 カリムの瞳が——鋭く光ったのだ。

 (……こいつ、本当にただの貴族か?)

 その疑念が拭えないまま、次の瞬間——

 タロスが斧を振り上げ、戦場は再び動き出した。


「貴様ァ……!調子に乗るなよ、小僧!!」


 タロスの怒声が遺跡内に響き渡った。

 彼の巨体が一瞬にして弾丸のように突っ込み、戦斧が唸りを上げる。

 その一撃は、ただの力任せではない。狙い澄まされた確実な殺意が込められていた。

 (やばい! さっきまでの比じゃねぇ……!)

 ミィシャは息を呑んだ。

 タロスは確かに脳筋だが、実戦経験が桁違いに豊富な戦士。

 初撃こそ”見くびった”攻撃だったが、いま目の前で放たれる一撃は——本気だった。

 「はぁっ!!」

 タロスの斧がカリムの頭上に迫る。


 だが——


 カキィィンッ!!


 カリムは、一歩も動かず、それを受け止めた。

 (……!?)

 ミィシャの目が見開かれる。

 ——いや、厳密に言えば、受け止めたのではない。

 彼は剣を斧の刃に僅かに触れさせ、絶妙な角度で力を逸らしていたのだ。

 カリムの剣に触れた瞬間、タロスの斧は本来の軌道から逸れ、力の行き場を失い、
 そのまま重々しく床へと振り下ろされる。

 ドゴォォン!!!

 凄まじい衝撃で、地面が抉れた。
 だが、肝心のカリムには、一切の傷も負わせていない。

 「おっと……これが本気の一撃か。ふむ、豪快ではあるな。」

 カリムは余裕そうに言う。

 剣を軽く振り、余分な力を逃がしたように見えるその動作——。

 まるで、強風に対して柳の枝がしなやかに揺れるかのような、受け流し方だった。

 「なっ……!? なぜ当たらねぇ……!?」

 タロスが驚愕の表情を浮かべる。
 その反応を見たカリムは、軽く肩を竦めた。

 「私はな……力押しの戦いには、さほど興味がないのだよ。」

 そう言いながら、静かに剣を構え直す。
 その構えは、先ほどまでの呑気な態度とは異なり——鋭く、洗練されていた。

 (な、何だこいつ……!)

 ミィシャは今の戦闘を見て、理解が追いつかなかった。

 (あんなバカみたいな怪力を、ほとんど力を使わずにいなした……?)

 剣士同士の戦いで、相手の攻撃を受け流す技術は確かにある。

 だが、それは力を拮抗させた上での“技”だ。

 カリムは、タロスの腕力にまともに力をぶつけることなく、“受け流している”だけに見える。

 「……テメェ、どこの剣士だ?」

 タロスが警戒した様子で、カリムを睨みつけた。
 カリムは微笑を浮かべたまま、答える。


 「言ったはずだ。私はカリム・ヴェルトール。」


 ゆっくりと、剣を片手で持ち上げる。
 軽やかで、しかし、そこには揺るぎない威厳が宿っていた。


 「私は"勇者の剣"。
 そして——アルセイア王国の“剣聖”だ。」


 ミィシャの背筋に電流が走るような感覚がした。

 (……剣聖!?)

 戦場において、“剣聖”の称号を知らぬ者はいない。

 アルセイア王国の最強の騎士。その名は、敵である魔王軍にすら恐れられている存在。

 だが——こんなふざけた奴が、その剣聖だって!?

 ミィシャは信じられなかった。
 だが、タロスの表情が変わる。


 「——ハッ、なるほどな……。そういうことか。」


 タロスは舌打ちしながら、構え直す。
 先ほどまでの軽視した態度はなく、戦士としての本能が警鐘を鳴らしているようだった。

 「さすがに知らねぇわけじゃねぇ……“千人斬り”の剣聖……! まさか勇者の付き添いをやってるとはな。」

 「ふむ……知っていたか。それは光栄だ。」

 カリムは微笑を浮かべたまま、悠然とした態度を崩さない。

 (なんで、こんな奴が……!)

 ミィシャの脳裏には、困惑しかなかった。

 確かに、戦い方は洗練されている。剣の動きは美しく、一切の無駄がない。

 けれど——ミィシャが知っている剣聖のイメージとは、あまりにかけ離れている。

 「なんでそんな奴が、勇者の従者みたいな真似を……?」

 思わず、小さく呟いていた。

 だが、そんな疑問を抱く間もなく、カリムは剣を構え直し、微笑を消した。

 「——さて、そろそろこちらからも動こう。」

 静かな声音。
 しかし、その瞳には、明確な闘志の光が宿っていた。

 「次は私が攻めるとしよう。」

 カリムが、一歩前に踏み込む。
 空気が張り詰め、ミィシャの鼓動が高鳴る。

 (……この男、本物の剣聖なのか!?)

 ミィシャの価値観が、音を立てて崩れていくのを感じた。

 そして——戦場は、新たな局面へと突入する。
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