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第102話 カリム vs. 血鉄のタロス② ── 戦士の誇り、蒼閃の剣 ──
しおりを挟む「……おいおい、なんだってんだ?」
タロスの顔が険しく歪む。
目の前の金髪の剣士。カリム・ヴェルトール。
こいつの動きは “異常” だ。
タロスの振るう斧が、ことごとく弾かれる。
だが、それだけじゃない。
攻撃が避けられるのではなく、
斧の軌道そのものを、剣先で微妙に逸らされている。
(俺の攻撃が……全く、当たらねぇ!?)
タロスは焦りを覚えた。
自分の斧は、ただの戦斧じゃない。
全身に魔力を巡らせ、数トンの質量を誇る剛力で振り下ろす、 「殺人斧」 だ。
それが—— たった一本の剣で、軽く逸らされてしまう。
攻撃が、当たる気がしない。
(クソッ……! こいつ、噂通りの“千人斬り”だってのか!?)
一瞬、動揺が走る。
だが、すぐにかぶりを振った。
「はっ! ふざけんな!」
タロスは怒声とともに足を踏み鳴らした。
「んなもん、どうせ誇張された与太話だろうがァ!!」
自分に言い聞かせるように、吠える。
「テメェの剣がどんなに速かろうと、所詮は“人間”だ!!」
タロスは、全身の魔力を解放する。
ブオオオオオオオッッ!!!
赤黒い魔力が体から噴き上がり、血のように染まる。
膨れ上がる魔力の奔流——
次の瞬間、タロスの肉体が鈍く光り始めた。
「これが……俺の“鉄血核”の本領よ!!」
全身が 鋼鉄へと変質していく。
表皮が金属のように硬化し、まるで動く鎧のような異形の姿となる。
「どうだァ!? これが“鉄の肉体”ってやつよォ!!!」
タロスは腕を掲げ、カリムへと見せつける。
その肉体は、剣どころか大砲すら弾きそうな重厚な鋼鉄の装甲と化していた。
「テメェの剣なんざ、もう通りゃしねェ!!」
響き渡る、誇り高き宣言。
「どれほど剣を振るおうが、どれほど華麗な剣技を持っていようが!!」
タロスは嗤う。今の自分は“無敵”だ。
「“剣”ってのは“斬れる”から意味があるんだよ!! だがなァ!!」
彼は自分の胸を叩き、響く鉄の音を聞かせる。
「俺の肉体は、鋼鉄そのもの!!」
「テメェの剣なんざ——」
「——一生かかっても、俺の身体には傷一つ付けられねぇよ!!」
「来いよ、“剣聖”さんよォ!!!」
シン……と、空気が静まり返る。
カリムは、その場から一歩も動かず、ただ 静かに剣を構えた。
「人の拳と拳がぶつかり合えばどうなる?」
タロスは眉をひそめた。
「……は?」
「どちらも同じ人の身であるが、より鋭い方が脆い方を穿つ結果になる。」
カリムはまるで哲学者のように、冷静な口調で続ける。
「鋼と鋼とて、同じことだ。」
——次の瞬間。
カリムの身体が 消えた。
(——なッ!?)
タロスが目を見開く。
いや、消えたのではない。
あまりにも速すぎて——見えなかった。
「ッッッ……!?」
タロスの身体が、一瞬にして 五ヶ所 斬られていた。
——シュッ! シュッ! シュッ!
遅れて、剣が振られた軌跡に残像のような光の刃が煌めく。
「が……ッ!!?」
タロスの 鋼鉄の皮膚が、裂けた。
裂けてはならないものが裂け、傷つくはずのない鋼鉄の肉体から、血が吹き出す。
「バ……カな……」
タロスは呻く。
「俺の身体は……鋼鉄……のはず……なのに……」
「確かに、貴様の肉体は鋼のように硬い。」
カリムは淡々と語る。
「しかしな……」
「我が剣は、その鋼鉄よりも速く、鋭いのだよ。」
タロスは 吹き飛んだ。
それも 尋常ではない距離を。
まるで紙屑のように、その巨体が大地を転がる。
ゴロゴロゴロッ!!
身体をよじり、ようやく地面に倒れ込むタロス。
口から血を吐きながら、震える指で自分の身体を触れる。
(こ……こいつ、マジで……)
タロスは この時、初めて理解した。
——“千人斬り”は誇張などではなかった。
目の前の相手は、本物の “化け物” だったのだ。
「な……んだ、コイツ……」
タロスの背筋に 今まで感じたことのない恐怖 が走る。
「……化け物……が……」
だが——
タロスは 歯を食いしばり、身をよじる。
(ちくしょう……!)
このままでは終われない。
(負けられねぇ……!!)
目を向けると、すぐ側にミィシャが倒れている。
——そうだ。
(……こいつを……利用すれば……)
タロスの唇が、ゆっくりと歪む。
そして——
タロスは、ミィシャの両手を鷲掴みにした。
「——お前に、この女を救えるか?」
◇◆◇
「……さて、どうするかねェ?」
タロスの獰猛な笑みが、薄闇に浮かび上がる。
彼の巨腕に、ミィシャの体がぶら下げられていた。
「く……っ!」
ミィシャは傷ついた体を必死に動かそうとするが、まだ満足に動ける状態ではない。
タロスの手は、鉄の枷のように 彼女の両手を締め上げていた。
「よォ、“剣聖”さんよ。」
タロスの目が 嘲りの色 を帯びる。
「俺がテメェに勝てねぇのは分かっちまった。だがなァ……」
タロスはぐいっと、ミィシャの顔を持ち上げた。
そして、彼女の 右目の傷跡 をカリムへと見せつける。
「こいつ、てめぇの大事な戦友ってわけじゃねぇだろうが、まァ人質くらいにはなるだろ?」
カリムの表情は変わらない。
だが、碧眼がわずかに細まる。
「少しでも妙な動きを見せたら、この女をブッ殺す。」
タロスの声は 冷酷だった。
「それともどうした? あァ? 剣聖さんよォ?」
「こんな 醜い顔の女 に、人質としての価値もねぇってかァ!?」
その言葉に——
ミィシャの全身が、一瞬にして凍りつく。
(……ッ!)
長年、心の奥底にしまい込んでいた トラウマの傷が 再びえぐられる。
醜い。
傷跡が気持ち悪い。
こんな顔じゃ、誰も見向きもしない。
何度も浴びせられた言葉。
どれほど強くなっても、どれほど誇りを持って生きても——
たった一言で、過去の傷がよみがえる。
「——あぁ? どうしたよ、剣聖さんよォ?」
タロスがさらに嗤う。
「テメェみたいな面の良い貴族様にしちゃあ、こんな女には興味ねぇって顔してんじゃねぇのかァ!?」
「ま、分かるけどなァ!? こんな傷跡のある女、どう考えても“欠陥品”だろうが!!」
タロスの嗤い声が響く。
ミィシャの目が見開かれる。
全身が、絶望に包まれそうになる。
(……やめろ)
(そんな目で……そんな言葉で……)
だが、その時だった——
「——貴様。」
カリムの声が、冷たく、鋭く響いた。
それは、先程までの悠然とした調子ではない。
冗談も皮肉も、一切ない。
ただ、静かに 圧倒的な威厳 をもって告げられた言葉だった。
カリム・ヴェルトールの 蒼い瞳 が、タロスを真っ直ぐに射抜いた。
「貴様は何か勘違いをしているようだな。」
静かだが、圧倒的な重みを持った声だった。
「その娘の顔にあるのは 傷 ではない。」
ミィシャの 心臓が跳ねた。
「それは、戦士として生きた者が刻む——"誇りの証"だ。」
「——っ!?」
ミィシャは息を飲んだ。
「戦士として、戦いを生き抜き、その身に刻んだ証を“醜い”などと貶めるとは——」
「貴様、それでも戦士か?」
カリムの声が 氷のように冷たい。
「戦士がその身に刻んだ戦いの証。美しいと思いこそすれ、醜いと思うことなどあろうはずがない。」
カリムの言葉には、一点の迷いも無かった。
——ドクンッ。
ミィシャの心臓が、大きく跳ねる。
(……そんな風に、言ってもらえたことがあったか?)
ずっと、誰かにそう言ってほしかった。
ずっと、ずっと——
心の奥で、誰かにそう言ってもらうことを願っていた。
気づけば、目から涙が溢れていた。
「……ッ!」
タロスが僅かに顔を歪める。
(コイツ……この状況でも、俺に臆した顔、してねぇ……!?)
むしろ、その顔には——
「……貴様如きに、私の“動き”は見えん。」
微笑すら浮かべていた。
「何……?」
次の瞬間——
カリムの手が、鞘へと伸びた。
「"妙な動きを見せるな"、か。」
カリムは スッと 剣を鞘に収める。
「ならば、言っておこう。」
——静寂が降りた。
カリムは すらり と剣を鞘に収めたまま、微動だにしない。
タロスは ミィシャの首元に刃を向けたまま 、微かに唾を飲み込む。
だが、何が起こるのか理解できていなかった。
「——貴様が"見た"時には、すでに終わっている。」
カリムの声は 静かで、確信に満ちていた。
「何……?」
タロスは、その言葉の意味を 考える暇すら与えられなかった。
——刹那。
「——蒼刃閃。」
一陣の 蒼き光 が空間を切り裂く。
カリムの剣が 鞘から解き放たれた瞬間 ——
タロスの視界が 一瞬、白く弾けた。
「ガ……!?」
何が起こったのか、理解する間もなく——
タロスの巨大戦斧が、粉々に砕け散る。
——ギィンッ!!
鋼鉄の刃が、空中で弾けるように砕け散った。
「な……ッ!?」
タロスは目を見開いた。
「この距離で剣を抜いて、俺の武器だけを砕いた……だと!?」
だが、驚愕の余韻すら 許されなかった。
カリムの 剣閃 が、すでに タロスの首元 を捉えていたのだから。
「貴様……!?」
次の瞬間——
——シュバァッ!!
タロスの視界が、傾いだ。
(……何、が……?)
彼の全身が ぐらり と揺れる。
視界の端で、何かが噴き出しているのが見えた。
(……血……俺…の……?)
次の瞬間——
「……化け物……が……!!」
——ドサッ。
タロスは その場に崩れ落ちた。
——鮮血が、戦場に散った。
カリム・ヴェルトールは、鋭く剣を振り血を払うと、ゆっくりと剣を鞘へ納める。
「言っただろう。」
静かに、冷たい声で、彼は言った。
「貴様如きに、私の動きは見えんと。」
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