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第103話 恋と誤解と、戦士の誓い
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ミィシャの意識が遠のいていく——。
全身が鉛のように重く、痛みすら麻痺した感覚になりつつあった。
(……ああ……終わったのか……?)
血の匂いが鼻を突く。地面に倒れこむ寸前、視界の端に、タロスの巨体が崩れ落ちるのが見えた。
(あたし……結局……何もできなかったな……)
ぼんやりとした意識の中で、自嘲の笑みを浮かべかけた、その時——
——スッ。
衝撃が来なかった。
——いや、むしろ。
「大丈夫か?」
涼やかな声が、耳元で響いた。
次の瞬間、ふわりと身体が宙に浮いていることに気づく。
(え……?)
思わず目を開けると、そこには金髪の青年の端正な顔があった。
整った顔立ち、深く澄んだ青の瞳、そして騎士然とした優雅な身のこなし。
自分は今——お姫様抱っこをされていた。
「……は?」
状況がまるで理解できず、ミィシャはぽかんと口を開ける。
あの化け物のような怪力のタロスを倒せるほどの剣士……
だが、そんな男が、今、自分を……。
お姫様抱っこしている!?
「……って、おい!! 何してやがる!!!」
ミィシャは慌てて身をよじろうとしたが、カリムの腕は思いのほかしっかりと固定されており、簡単には抜け出せそうにない。
それどころか、彼はごく自然な動作で、優雅にミィシャを地面へと降ろした。
「む? 動けるならよかった。」
微塵も気負いのない笑顔。
ミィシャの鼓動が、ドクンと跳ね上がる。
何かがおかしい。いや、これは異常事態だ。
今まで生きてきて、こんな風に男に扱われたことは一度もない。
男なんて皆、女を道具扱いするか、力でねじ伏せようとするような連中ばかりだと思っていた。
けれど——
目の前の男は、そんな常識をまるで持ち合わせていないようだった。
男とは思えぬほど洗練された仕草と、騎士然とした振る舞い。
そして、何より、今の今まで命を奪い合う戦場にいたはずなのに、全く乱れを感じさせない落ち着いた雰囲気——。
「……カ、カリム、ヴェルトール……」
息を整えながら、ミィシャはその名を呟いた。
"王命独行《おうめいどっこう》"の剣士、“勇者の剣”。
"剣聖"の噂は聞いていたが、こんな男だったとは思わなかった。
「本当に……あんたが、あの"血鉄のタロス"を倒したのか……?」
「無論だ。」
カリムはさらりと言い放つ。
その当たり前のような自信。
いや、自信というより、揺るぎない確信——。
(……なに、この男……)
(強すぎる……ってか、何て言うか……/// )
脳が混乱し、普段の自分なら絶対にしないような思考が駆け巡る。
今まで、自分は強い女こそが美しいと信じて生きてきた。
男に惹かれるなんて、冗談じゃないと思っていた。
だが、今——
この騎士然とした男に抱えられ、優雅に地面へ降ろされるという未曾有の事態に、ミィシャは思い知ることになる。
(やべぇ……これ、完全に……)
顔が熱い。心臓がバクバクと鳴る。
その音がカリムに聞こえてしまうのではないかと、不安になるほどだった。
こんなの、自分じゃない。
こんなの、ありえない。
だからこそ——
「さっきあんたも言ってたろ!」
心の動揺を隠すために、反射的に強い言葉を吐き出していた。
「あたしは戦士だ。女扱いするんじゃねぇよ!!」
だが、カリムはそれすらも軽く受け流し——
「戦士であることと女性であることは相反するものではない。」
穏やかな笑みとともに、そんな言葉を返してきた。
「騎士は女性を丁重に扱うものだ。」
その瞬間。
ミィシャの脳内で、なにかが弾けた。
今まで経験したことのない感情が、猛烈な勢いで押し寄せる。
カッコいい。
スマート。
ずっと心の傷だった、右目の傷痕を「美しい」と言ってくれた。
誠実で、強くて、そして何より、“騎士” というものを体現したような男。
(……あ、あたし……まじで……)
ミィシャ・フェルカス、生まれて初めて、男に恋をした瞬間だった。
だが、ミィシャは猪突猛進な性格だ。
もじもじと悩むようなことはしない。
むしろ——
勢いに任せて、すぐさま口が動いた。
「カリム! あたしはあんたに惚れた!!!!!」
——こうして、この戦場において、“最速の告白” が炸裂した。
◇◆◇
戦士として、数えきれないほどの戦場を駆け抜けてきたミィシャ・フェルカス。
しかし、今、この瞬間ほど心臓が跳ね上がったことはなかった。
カリムの腕の中に抱えられ、降ろされたはずなのに、なぜか未だに自分の中で “お姫様抱っこ” の余韻が残っている。
(な、なんなんだ、この感じは……!?)
全身が熱い。喉が渇く。頭がくらくらする。
目の前のカリムは、まるで何事もなかったかのように、悠然と立っている。
その凛々しい横顔は、光を浴びてまるで物語の中の騎士のように美しかった。
(こんな気持ち……生まれて初めてだ……!)
この感覚が “恋” なのだと気づいたのは、一瞬遅れてだった。
だが、ミィシャは悩むタイプではない。思考より先に、言葉が口から飛び出していた。
——ドキドキが止まらない。
——でも、止める気もない。
「カリム!あたしはあんたに惚れた!!!」
その場に、雷鳴のように響く声。
空気が、一瞬にして静止する。
カリムは目を瞬かせ、僅かに首を傾げた。
「……ふむ。」
(……え?)
ミィシャの心臓が跳ねる。
(今、即答しなかった!? ……もしかして、ちょっと考えた!? えっ!? )
緊張のあまり、息が詰まる。まさかの展開に、頭の中が真っ白になる。
カリムは何かを考えるように軽く顎に手を添えた。
(……この娘、戦士として私を認め、その強さに惚れ込んだ、という事か。……なかなか見る目がある。)
心の中で納得し、カリムはミィシャに向き直る。
そして、まるで何でもないことのように、堂々とした口調で告げた。
「……なるほどな。」
何が「なるほどな。」なのか?だが、今のミィシャは細かい事を気にする余裕などあるはずも無く。
「いっ、今、誰か惚れてる相手でもいるのか!?」
ミィシャは 全戦力を注ぎ込んだ究極の問い を放った。
——そして、その返答は、彼女の運命を狂わせることとなる。
カリムは迷いもなく、すぐに答えた。
「それは勿論、勇者殿だ。」
ミィシャの全身が凍りつく。
「……はぁぁぁぁあああああ!?????」
思わず後ずさるほどの衝撃。
さっきまでのときめきが、一気に吹き飛ぶ。
(こ、こいつ、まさか……!? そっちの気が……!?)
カリムはそんなミィシャの動揺には気づかず、満足げに頷いた。
(うむ、勇者殿の強さは、この私が惚れ込むほどのものだ。)
だが、それは “戦士として” という意味であって、カリムは それ以外の意味で言っているつもりはなかった。
ミィシャは震えながら、もう一度尋ねる。
「え、えっと……そ、その……本気で言ってるのか……?」
「ああ、勇者殿ほどの男はそうはいない。
私は"身も心も"勇者殿に捧げている。」
(やっぱ"そう"なのかよぉーーー!?!?!?)
ミィシャは叫びたくなる衝動を必死に抑えた。
カリムはあまりにも 爽やかに、誇らしげに、何の迷いもなく 言い切った。
頭の中で反芻《はんすう》するカリムの言葉が、再びミィシャの脳に突き刺さる。
「それは勿論、勇者殿だ。」「勇者殿だ…」「勇者殿だ…」「勇者殿だ…」
——ズガーン!!!
まるで雷に打たれたような衝撃が走る。
(え……え……? えぇぇぇぇぇ!?!?)
ミィシャの表情がみるみるうちに凍りつき、目を見開いたまま固まる。全身の血が逆流し、脳が思考を拒絶する。
(……ちょっと待て、え………どういう意味だ!?)
一瞬、何かの聞き間違いかと考えるが、カリムは あまりにも堂々と、誇らしげに 言い切った。
そこには 迷いも、恥じらいも、一切なかった。
むしろ 「当然のことを言ったまでだが?」 という顔をしている。
ミィシャの思考が、パニックを起こす。
(お、おいおい……いや、ちょっと待てよ!? )
(あたしだって今まで男にときめいたことなんてなかったし、どっちかっつーと女の方が可愛いと思ってたし、だからカリムに惚れたのも新たな境地だったんだけど……)
(でも、でも……!)
(カリム、お前まさか……"そっち側"の人間だったのか!?!?)
「おいおいおい……」と呟きながら、頭を抱えたくなる。
(いや、別に、そっちの趣味を否定する気はないんだけどさ!? )
(ただ……ただ……!!)
(あたしの恋が……初恋が……開始早々、敗北した……!?)
ミィシャの心の中で、”恋の戦場” における 開幕1秒TKO負け の鐘が鳴り響く。
ぐらりと視界が揺れた気がした。
(ちょ、ちょっと待て……! 冷静になれ……! まだカリムの好みが確定したわけじゃない! )
(ここであたしが変に取り乱したら、『こいつ女としての器が小さいな』とか思われちまうかもしれねぇ……! )
——とはいえ、これ以上この話題を掘り下げるのも危険すぎる。
ミィシャは苦し紛れに、まったく別の話題を振ることにした。
「……そ、そもそも! なんであんたほどの男が、勇者の従者みたいな真似をしてるんだ!? 」
その問いは、 純粋な興味 というよりは “話題を変えたい一心” だった。
だが、カリムはそんなミィシャの動揺など露知らず、実に穏やかに答えた。
「私が決闘で勇者殿に負けたからだ。」
——バァァァァァァァン!!
(……決闘で負けたぁぁぁぁぁぁ!?!?)
ミィシャの脳内で もう一発雷が落ちた。
「………………」
しばらくの沈黙。
「……え?」
言葉が追いつかない。
(勇者って……九条迅《くじょうじん》のことだよな!? )
(あの、初対面でカリムと訳の分からん漫才してた、白衣着た変な男だよな!?)
(え? ……あいつ、そんな強かったのか!?)
驚愕のあまり、全身の血の気が引く。
(本格的に喧嘩を売らなくてよかった……!!!)
ここまで 「男なんて信用できない」「結局、女の方が頼れる」 と思っていたミィシャ。
しかし今、彼女は 初めて男に対して “勝てる気がしない” という感情 を抱いた。
「勇者殿は強いぞ。貴殿も剣を交えればわかる。」
カリムが静かに言う。
ミィシャは、 あろうことか「九条迅の強さ」を認めかけている自分に気付き、慌てて頭を振った。
(ち、ちげぇ!! これはただの戦士としての評価だ! 別に……あたしは……!!)
そう思った瞬間、ミィシャの中で"ある結論"が導き出される。
(……そうか!)
(カリムもきっと、あたしと同じだったんだ!!)
(過去に何かあって、女性に裏切られたか、嫌な思いをしたに違いない……!)
(それで、 “もう女なんか信じねぇ” ってなって……)
(そこに現れた強者、九条迅……!! )
(強い男に惚れてしまったってわけか……!!)
ミィシャは 「九条迅へのライバル心」 を自分の中に植え付けながら、 "壮大な勘違い" を積み上げていく。
——そして、ミィシャは “覚悟” を決めた。
「……わかった。」
ミィシャは拳を握りしめる。
「九条迅……異世界から来た最強の勇者……」
「やつこそが、あたしの “(恋の)ライバル” だ!!!」
決意の声が、戦場に響く。
カリムは「?」と首を傾げた。
「九条迅を超える強さを手に入れ、やつを倒し——!」
(カリムの心を、あたしに向けさせてやる!!)
ミィシャは 人生最大の戦いを宣言した。
カリムの碧眼が、不思議そうに細められる。
「む? 貴殿、勇者殿に勝ちたいのか?」
「当たり前だろ!!!」
「ふむ……良い心意気だ。ならば、いずれ貴殿とも手合わせできるな。」
ミィシャの目がカッと見開かれる。
「それもありかもな!!!」
こうして 壮大な誤解をしたまま、ミィシャは “勇者を倒す” という決意を固めるのだった。
——だが、この時の彼女はまだ知らない。
この先 九条迅がどれほど “想像を超えた存在” であるのかを。
全身が鉛のように重く、痛みすら麻痺した感覚になりつつあった。
(……ああ……終わったのか……?)
血の匂いが鼻を突く。地面に倒れこむ寸前、視界の端に、タロスの巨体が崩れ落ちるのが見えた。
(あたし……結局……何もできなかったな……)
ぼんやりとした意識の中で、自嘲の笑みを浮かべかけた、その時——
——スッ。
衝撃が来なかった。
——いや、むしろ。
「大丈夫か?」
涼やかな声が、耳元で響いた。
次の瞬間、ふわりと身体が宙に浮いていることに気づく。
(え……?)
思わず目を開けると、そこには金髪の青年の端正な顔があった。
整った顔立ち、深く澄んだ青の瞳、そして騎士然とした優雅な身のこなし。
自分は今——お姫様抱っこをされていた。
「……は?」
状況がまるで理解できず、ミィシャはぽかんと口を開ける。
あの化け物のような怪力のタロスを倒せるほどの剣士……
だが、そんな男が、今、自分を……。
お姫様抱っこしている!?
「……って、おい!! 何してやがる!!!」
ミィシャは慌てて身をよじろうとしたが、カリムの腕は思いのほかしっかりと固定されており、簡単には抜け出せそうにない。
それどころか、彼はごく自然な動作で、優雅にミィシャを地面へと降ろした。
「む? 動けるならよかった。」
微塵も気負いのない笑顔。
ミィシャの鼓動が、ドクンと跳ね上がる。
何かがおかしい。いや、これは異常事態だ。
今まで生きてきて、こんな風に男に扱われたことは一度もない。
男なんて皆、女を道具扱いするか、力でねじ伏せようとするような連中ばかりだと思っていた。
けれど——
目の前の男は、そんな常識をまるで持ち合わせていないようだった。
男とは思えぬほど洗練された仕草と、騎士然とした振る舞い。
そして、何より、今の今まで命を奪い合う戦場にいたはずなのに、全く乱れを感じさせない落ち着いた雰囲気——。
「……カ、カリム、ヴェルトール……」
息を整えながら、ミィシャはその名を呟いた。
"王命独行《おうめいどっこう》"の剣士、“勇者の剣”。
"剣聖"の噂は聞いていたが、こんな男だったとは思わなかった。
「本当に……あんたが、あの"血鉄のタロス"を倒したのか……?」
「無論だ。」
カリムはさらりと言い放つ。
その当たり前のような自信。
いや、自信というより、揺るぎない確信——。
(……なに、この男……)
(強すぎる……ってか、何て言うか……/// )
脳が混乱し、普段の自分なら絶対にしないような思考が駆け巡る。
今まで、自分は強い女こそが美しいと信じて生きてきた。
男に惹かれるなんて、冗談じゃないと思っていた。
だが、今——
この騎士然とした男に抱えられ、優雅に地面へ降ろされるという未曾有の事態に、ミィシャは思い知ることになる。
(やべぇ……これ、完全に……)
顔が熱い。心臓がバクバクと鳴る。
その音がカリムに聞こえてしまうのではないかと、不安になるほどだった。
こんなの、自分じゃない。
こんなの、ありえない。
だからこそ——
「さっきあんたも言ってたろ!」
心の動揺を隠すために、反射的に強い言葉を吐き出していた。
「あたしは戦士だ。女扱いするんじゃねぇよ!!」
だが、カリムはそれすらも軽く受け流し——
「戦士であることと女性であることは相反するものではない。」
穏やかな笑みとともに、そんな言葉を返してきた。
「騎士は女性を丁重に扱うものだ。」
その瞬間。
ミィシャの脳内で、なにかが弾けた。
今まで経験したことのない感情が、猛烈な勢いで押し寄せる。
カッコいい。
スマート。
ずっと心の傷だった、右目の傷痕を「美しい」と言ってくれた。
誠実で、強くて、そして何より、“騎士” というものを体現したような男。
(……あ、あたし……まじで……)
ミィシャ・フェルカス、生まれて初めて、男に恋をした瞬間だった。
だが、ミィシャは猪突猛進な性格だ。
もじもじと悩むようなことはしない。
むしろ——
勢いに任せて、すぐさま口が動いた。
「カリム! あたしはあんたに惚れた!!!!!」
——こうして、この戦場において、“最速の告白” が炸裂した。
◇◆◇
戦士として、数えきれないほどの戦場を駆け抜けてきたミィシャ・フェルカス。
しかし、今、この瞬間ほど心臓が跳ね上がったことはなかった。
カリムの腕の中に抱えられ、降ろされたはずなのに、なぜか未だに自分の中で “お姫様抱っこ” の余韻が残っている。
(な、なんなんだ、この感じは……!?)
全身が熱い。喉が渇く。頭がくらくらする。
目の前のカリムは、まるで何事もなかったかのように、悠然と立っている。
その凛々しい横顔は、光を浴びてまるで物語の中の騎士のように美しかった。
(こんな気持ち……生まれて初めてだ……!)
この感覚が “恋” なのだと気づいたのは、一瞬遅れてだった。
だが、ミィシャは悩むタイプではない。思考より先に、言葉が口から飛び出していた。
——ドキドキが止まらない。
——でも、止める気もない。
「カリム!あたしはあんたに惚れた!!!」
その場に、雷鳴のように響く声。
空気が、一瞬にして静止する。
カリムは目を瞬かせ、僅かに首を傾げた。
「……ふむ。」
(……え?)
ミィシャの心臓が跳ねる。
(今、即答しなかった!? ……もしかして、ちょっと考えた!? えっ!? )
緊張のあまり、息が詰まる。まさかの展開に、頭の中が真っ白になる。
カリムは何かを考えるように軽く顎に手を添えた。
(……この娘、戦士として私を認め、その強さに惚れ込んだ、という事か。……なかなか見る目がある。)
心の中で納得し、カリムはミィシャに向き直る。
そして、まるで何でもないことのように、堂々とした口調で告げた。
「……なるほどな。」
何が「なるほどな。」なのか?だが、今のミィシャは細かい事を気にする余裕などあるはずも無く。
「いっ、今、誰か惚れてる相手でもいるのか!?」
ミィシャは 全戦力を注ぎ込んだ究極の問い を放った。
——そして、その返答は、彼女の運命を狂わせることとなる。
カリムは迷いもなく、すぐに答えた。
「それは勿論、勇者殿だ。」
ミィシャの全身が凍りつく。
「……はぁぁぁぁあああああ!?????」
思わず後ずさるほどの衝撃。
さっきまでのときめきが、一気に吹き飛ぶ。
(こ、こいつ、まさか……!? そっちの気が……!?)
カリムはそんなミィシャの動揺には気づかず、満足げに頷いた。
(うむ、勇者殿の強さは、この私が惚れ込むほどのものだ。)
だが、それは “戦士として” という意味であって、カリムは それ以外の意味で言っているつもりはなかった。
ミィシャは震えながら、もう一度尋ねる。
「え、えっと……そ、その……本気で言ってるのか……?」
「ああ、勇者殿ほどの男はそうはいない。
私は"身も心も"勇者殿に捧げている。」
(やっぱ"そう"なのかよぉーーー!?!?!?)
ミィシャは叫びたくなる衝動を必死に抑えた。
カリムはあまりにも 爽やかに、誇らしげに、何の迷いもなく 言い切った。
頭の中で反芻《はんすう》するカリムの言葉が、再びミィシャの脳に突き刺さる。
「それは勿論、勇者殿だ。」「勇者殿だ…」「勇者殿だ…」「勇者殿だ…」
——ズガーン!!!
まるで雷に打たれたような衝撃が走る。
(え……え……? えぇぇぇぇぇ!?!?)
ミィシャの表情がみるみるうちに凍りつき、目を見開いたまま固まる。全身の血が逆流し、脳が思考を拒絶する。
(……ちょっと待て、え………どういう意味だ!?)
一瞬、何かの聞き間違いかと考えるが、カリムは あまりにも堂々と、誇らしげに 言い切った。
そこには 迷いも、恥じらいも、一切なかった。
むしろ 「当然のことを言ったまでだが?」 という顔をしている。
ミィシャの思考が、パニックを起こす。
(お、おいおい……いや、ちょっと待てよ!? )
(あたしだって今まで男にときめいたことなんてなかったし、どっちかっつーと女の方が可愛いと思ってたし、だからカリムに惚れたのも新たな境地だったんだけど……)
(でも、でも……!)
(カリム、お前まさか……"そっち側"の人間だったのか!?!?)
「おいおいおい……」と呟きながら、頭を抱えたくなる。
(いや、別に、そっちの趣味を否定する気はないんだけどさ!? )
(ただ……ただ……!!)
(あたしの恋が……初恋が……開始早々、敗北した……!?)
ミィシャの心の中で、”恋の戦場” における 開幕1秒TKO負け の鐘が鳴り響く。
ぐらりと視界が揺れた気がした。
(ちょ、ちょっと待て……! 冷静になれ……! まだカリムの好みが確定したわけじゃない! )
(ここであたしが変に取り乱したら、『こいつ女としての器が小さいな』とか思われちまうかもしれねぇ……! )
——とはいえ、これ以上この話題を掘り下げるのも危険すぎる。
ミィシャは苦し紛れに、まったく別の話題を振ることにした。
「……そ、そもそも! なんであんたほどの男が、勇者の従者みたいな真似をしてるんだ!? 」
その問いは、 純粋な興味 というよりは “話題を変えたい一心” だった。
だが、カリムはそんなミィシャの動揺など露知らず、実に穏やかに答えた。
「私が決闘で勇者殿に負けたからだ。」
——バァァァァァァァン!!
(……決闘で負けたぁぁぁぁぁぁ!?!?)
ミィシャの脳内で もう一発雷が落ちた。
「………………」
しばらくの沈黙。
「……え?」
言葉が追いつかない。
(勇者って……九条迅《くじょうじん》のことだよな!? )
(あの、初対面でカリムと訳の分からん漫才してた、白衣着た変な男だよな!?)
(え? ……あいつ、そんな強かったのか!?)
驚愕のあまり、全身の血の気が引く。
(本格的に喧嘩を売らなくてよかった……!!!)
ここまで 「男なんて信用できない」「結局、女の方が頼れる」 と思っていたミィシャ。
しかし今、彼女は 初めて男に対して “勝てる気がしない” という感情 を抱いた。
「勇者殿は強いぞ。貴殿も剣を交えればわかる。」
カリムが静かに言う。
ミィシャは、 あろうことか「九条迅の強さ」を認めかけている自分に気付き、慌てて頭を振った。
(ち、ちげぇ!! これはただの戦士としての評価だ! 別に……あたしは……!!)
そう思った瞬間、ミィシャの中で"ある結論"が導き出される。
(……そうか!)
(カリムもきっと、あたしと同じだったんだ!!)
(過去に何かあって、女性に裏切られたか、嫌な思いをしたに違いない……!)
(それで、 “もう女なんか信じねぇ” ってなって……)
(そこに現れた強者、九条迅……!! )
(強い男に惚れてしまったってわけか……!!)
ミィシャは 「九条迅へのライバル心」 を自分の中に植え付けながら、 "壮大な勘違い" を積み上げていく。
——そして、ミィシャは “覚悟” を決めた。
「……わかった。」
ミィシャは拳を握りしめる。
「九条迅……異世界から来た最強の勇者……」
「やつこそが、あたしの “(恋の)ライバル” だ!!!」
決意の声が、戦場に響く。
カリムは「?」と首を傾げた。
「九条迅を超える強さを手に入れ、やつを倒し——!」
(カリムの心を、あたしに向けさせてやる!!)
ミィシャは 人生最大の戦いを宣言した。
カリムの碧眼が、不思議そうに細められる。
「む? 貴殿、勇者殿に勝ちたいのか?」
「当たり前だろ!!!」
「ふむ……良い心意気だ。ならば、いずれ貴殿とも手合わせできるな。」
ミィシャの目がカッと見開かれる。
「それもありかもな!!!」
こうして 壮大な誤解をしたまま、ミィシャは “勇者を倒す” という決意を固めるのだった。
——だが、この時の彼女はまだ知らない。
この先 九条迅がどれほど “想像を超えた存在” であるのかを。
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名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
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