科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第120話 二人の王子、交差する思惑

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 静かに、曲が終わる。

 遠く祝宴の広間から流れる音楽は、いつの間にか次の楽曲へと移り変わっていた。

 リディアは、ゆっくりと呼吸を整えながら、目の前の青年を見つめた。
 迅もまた、彼女を見つめていた——いや、正確には、彼女の背後を。

 妖精蝶スプリガン・フライ

 四羽の蝶が、中庭の夜闇を舞う。
 それぞれの光が、柔らかな色を滲ませながら、まるで小さな星々のように揺らめいていた。

 ふわり、と蒼蝶が旋回し、二人の間を横切る。
 その瞬間、迅はぽつりと呟いた。

 「……本当すげぇな、これ。」

 リディアのまつげが小さく揺れた。

 「……ふふ、ありがと。」

 そう言いながら、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

 “すげぇな”。

 迅のそういう言葉は、何の飾りもなく、ただ率直な感想として出てくる。
 だからこそ、その一言が、とても嬉しかった。

 彼の目には、尊敬の色が宿っていた。
 それは、戦友としてのもの。研究者としてのもの。

 ——そして、それだけではない何かが、ほんの少しでも混ざっていればいいのに、と。

 リディアは、その想いをそっと胸にしまい込む。

 ぱたり。
 紅蝶が彼女の肩に舞い降りた。
 その小さな羽ばたきが、静寂の中で微かな音を立てる。

 リディアは蝶を指にとまりなおさせ、そっと手を降ろす。
 光をまとった蝶が、そのまま空へと舞い戻る。

 すると——
 目の前の迅が、ふと視線を落とした。
 口を開くまで、少しだけ間があった。

 「……後で話がある。」

 その言葉は、静かに、しかし確かに響いた。

 リディアの心臓が、一瞬だけ跳ねた。

 「……?」

 無意識に問いかけるように、彼を見上げる。
 けれど、迅の目はまっすぐだった。


 「カリムにも、ロドリゲスにも、まだ話せねぇ。」

 「お前にだけ話す。」


 リディアは、僅かに息をのんだ。


 “お前にだけ”。


 その言葉が、彼女の心の奥に静かに広がっていく。

 最初、喜びを感じた。
 ——自分が、迅にとって特別な存在なのかもしれない。

 彼が誰よりも先に、自分に話したいことがあるということが、嬉しかった。

 けれど。

 それは、同時にそれほどまでに重大な話なのか、という不安も伴っていた。


 「……分かったわ。」


 リディアは、落ち着いた声でそう返した。
 けれど、指先は僅かに強く組まれる。

 (迅がそこまで言う内容って、一体……?)

 彼の表情は、いつもの軽さが消え、どこか沈んで見えた。
 それが、余計に胸をざわつかせる。

 夜風がふわりと吹いた。
 小さな蝶たちが舞い踊る。

 ——遠く、祝宴の広間の扉が開く音がした。

 リディアは、一度だけ小さく息を吐くと、すっと表情を引き締めた。

 そして、迅とともに、光の降り注ぐ華やかな舞踏会の方へと足を向けるのだった。



 ◇◆◇



リディアと共に祝宴の広間へ戻った途端、迅は空気の違いに気づいた。

 華やかな笑い声。
 グラスを交わす音。
 優雅に響く楽団の演奏。

 それらは変わらないはずなのに——どこか、微かに緊張が漂っている。

 (……なんだ?)

 すぐに気づいた。
 会場の人々の視線が、一点に集まっている。
 広間の中央——王族専用の高座へ。

 そこにいたのは——

 豪奢な衣装を纏った堂々たる体躯の壮年の男——ノーザリア王、ガウェイン・ノーザリア。

 その傍らには、対照的に細身の体躯を持つ、長身の青年——第一王子ルクレウス・ノーザリア。

 さらに、その後ろで少し縮こまるように立つ、まだ若い少年——第二王子フィリオス・ノーザリア。


 (……ノーザリアの王族か。)


 迅は、無意識に背筋を正す。
 アルセイアの王宮で何度も貴族の式典に出席してきた経験から、こういう場での立ち回りは心得ていた。

 迂闊な言葉や態度は、後々厄介な火種になる。

 「……急に、格式ばった雰囲気になったな。」

 迅が小さく呟くと、リディアも僅かに眉を寄せた。

 「ノーザリア王がこうして公の場に姿を現すのは珍しいわ……。」

 そんな会話を交わしている間に、ガウェイン王は周囲に挨拶を交わしながら、じっと迅たちを見つめていた。

 (……来るな。)

 予想通り、王は真っ直ぐに歩み寄ってきた。

 貴族たちは道を開け、場の空気が静まる。
 王の存在だけで、これほどの圧が生まれるのだから、大したものだ。

 迅は一歩前に出て、王を迎えた。

 ガウェイン・ノーザリアは、厳格な雰囲気を漂わせながらも、微かに笑みを浮かべると、低く響く声で言った。

 「貴殿が、アルセイアの召喚勇者、九条迅殿であるな?」

 「はい。」

 迅は、相手の目を真っ直ぐに見つめながら、恭しく一礼した。

 「勇者九条迅、僭越ながらお目にかかります。」

 王は目を細める。

 「……なるほど、噂に違わぬ落ち着きだな。」

 そして、静かに頷く。

 「貴殿の働きには、ノーザリア国としても多大なる感謝をしている。アル=ゼオス遺跡の一件、見事であった。」

 「恐れ入ります。」

 迅は簡潔に答えた。
 こういう場では、余計な言葉は不要。シンプルな返答が最も無難だ。

 ガウェイン王は、貴族たちに向けて視線を移し、礼儀正しく挨拶を続ける。
 だが、その目は再び迅の周囲へと戻り——カリム・ヴェルトールを捉えた。



ノーザリア王、ガウェイン・ヴェルナードの視線が、カリムへと向けられる。

 それまで貴族としての礼節を保っていた王の表情が、ほんの僅かに和らいだように見えた。

 「カリム・ヴェルトールか。」

 彼がそう呼びかけると、カリムは即座に姿勢を正し、一歩前に出る。

 「お久しぶりです、ガウェイン陛下。」

 その声には、揺るぎない騎士の誇りが滲んでいた。

 王はカリムをしばし見つめ、微かに目を細めた。
 そして、ゆっくりと頷く。

 「……クラウスに似てきたな。」

 広間の空気が、一瞬だけ沈黙に包まれる。

 その名を聞いた貴族たちの中には、わずかに反応を示す者もいた。
 だが、誰もそれ以上の言葉を発しない。

 カリムの表情には、感情の揺らぎはない。
 それどころか、その佇まいは以前よりも研ぎ澄まされているように見えた。

 迅は、王の言葉の端々に慎重な響きを感じ取る。
 まるで、言葉を選んでいるかのような——そんな、微妙な間。

 カリムは静かに一礼した。

 「父は、いつも貴国のことを誇りに思っておりました。」

 ガウェイン王は目を閉じ、短く息を吐く。

 「そうか。」

 それ以上の言葉はなかった。
 しかし、それだけで充分だった。

 そこには、形式的な挨拶以上の、何か重みのある空気があった。

 それは、おそらく王とカリムだけにしか分からない、過去の記憶によるものなのだろう。

 迅は、その空気を無理に読み取ろうとはしなかった。

 王がカリムと交わした言葉は短い。
 だが、その余韻は重く、静かに広間へと溶け込んでいった。

 そして——
 そんな厳かな雰囲気を、軽やかに切り裂くような声が響いた。


 「やあやあ、キミが噂の召喚勇者クンだね?」


 馴れ馴れしい口調。
 場の空気を気にも留めないような、軽妙な声。

 その声の主は——第一王子、ルクレウス・ノーザリア。

 朗らかな笑顔を浮かべながら、まるで旧友に話しかけるような態度で迅へと歩み寄る。

 「……お初にお目にかかります。殿下。」

 迅は、彼の様子を静かに観察する。

 (……)

 一見、人懐っこい態度。
 しかし、歩き方、仕草、視線の動き——それらには、不思議な抑揚がある。

 まるで、こちらの反応を計るような、そんな微妙な違和感。

 迅は、無意識に手の力を抜く。
 肩の力もわずかに抜き、自然な立ち姿を意識する。

 敵意を持たせず、しかし決して油断もしない。

 ルクレウスは、その反応に気づいたのか、少しだけ唇の端を持ち上げる。

 ——それは、一瞬だけ、鋭さを帯びた笑み。

 だが、次の瞬間には、また気の良さそうな笑顔へと戻っていた。

 「敬語なんかよしてくれよ。僕ぁ、君とトモダチになりたいんだよねぇ。」

 軽い調子の言葉。

 しかし、それはまるで、試すような響きを持っていた。

 その瞬間、迅の視界の隅で、“銀嶺の誓い”の三人が露骨に表情を強張らせた。

 (……やっぱり、こいつには何かあるな。)

 迅は、内心で警戒を強めつつも、あえて何も言わず、ルクレウスの様子を観察する。

 「そうかい?それじゃ、そうさせてもらうかな。」

 短く、それだけを返した。

 互いに笑顔を浮かべながらも、そこにはほんの僅かに緊張が走る。

 まるで、言葉の裏を探るような沈黙が、わずかに流れた。

 遠巻きにその様子を見ていた“銀嶺の誓い”の三人——エリナ、ライネル、ミィシャは、明らかに険しい視線をルクレウスに向けている。

 迅はそれを視界の端で捉えながらも、表情には出さず、ルクレウスを見つめ続けた。

ルクレウスは満足げに笑みを深めた。

 「そうこなくっちゃ! いやあ、キミとは気が合いそうだ!」

 まるで、それが当然のことかのように。

 だが、その奥に何があるのか——
 それはまだ、見えなかった。

 (……こいつは、一筋縄では行かなそうな王子様だな。)


 ◇◆◇


ルクレウスが軽やかな笑顔を浮かべたまま会場の方へ戻ると、
 その影に隠れるようにしていた第二王子・フィリオス・ノーザリアが、そわそわと迅の方を見つめていた。

 年齢はまだ十四。
 ルクレウスとは正反対の気質で、どこか頼りなさげな印象を受ける。

 フィリオスは、何度か躊躇うように口を開こうとし——
 しかし、すぐに閉じる。

 まるで、話しかけるべきかどうか迷っているかのように。

 迅がそんな彼をじっと見ていると、
 やがて、フィリオスは意を決したように息を吸い込み、一歩踏み出した。

 「……勇者様!」

 その声は、広間の喧騒の中にしては、やけに真剣で、強いものだった。

 周囲にいた者たちの会話が、一瞬だけ止まる。

 迅は、フィリオスの切実な眼差しを受け止めながら、静かに応じた。

 「……どうしました?」

 フィリオスは、小さな拳をぎゅっと握りしめながら、声を震わせた。

 「勇者様は……“新たな魔法の開発”をなさっていると聞きました!」

 彼の言葉に、迅は軽く眉を寄せる。

 (……なんでそんなことを?)

 まだ公にはしていないはずの情報だ。

 アルセイア王国の一部の高官や研究者なら知っているかもしれないが、それがノーザリア王家にまで伝わっているのは妙だった。

 フィリオスは、迅の表情の変化に気づく余裕もないようだった。

 彼は、まるで藁にもすがるような眼差しで、強く頭を下げる。

 「どうか……どうか、母の病気を診ていただけませんか!?」

 その声は、ただの頼みではなく、必死の懇願だった。

 祝賀会のざわめきの中で、まるでフィリオスの言葉だけが浮かび上がるようだった。

 王族の立場にある者が、これほどまでに切実に頭を下げることがあるだろうか。

 リディアやカリムも、驚いたように目を見開く。

 迅は、フィリオスの震える肩を見ながら、一度目を閉じた。

 そして——
 ゆっくりと口を開いた。

 「……詳しく話を聞かせてもらいましょうか。」

 
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