科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第121話 王妃の微笑、勇者の迷い

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 祝賀の華やかな雰囲気の中、異質な静けさが広間を包んでいた。

 フィリオス・ノーザリア第二王子の言葉は、広間の喧騒の中にあってなお、はっきりと響いた。


 ——「母の病気を診ていただけませんか!?」


 その声には、切実な願いが滲んでいた。

 彼の小さな拳は強く握りしめられ、肩はわずかに震えている。

 勇者という異邦の客人に対し、王族の身でありながらこうまでして頭を下げるのは、相当な覚悟の表れだろう。

 広間にいた貴族たちは、一様に驚いた顔でフィリオスを見ている。
 それも当然だった。

 王族が、よりにもよって 他国の勇者 に “王妃の病” を頼むなど——。

 通常であれば、あり得ない話だ。

 だが、そんな場の沈黙を破るように、乾いた笑い声が響いた。

 「おやおや……」

 場の空気が、わずかに変わる。

 その声の主——第一王子ルクレウス・ノーザリアは、微笑を浮かべながら、ゆったりと弟の方へ視線を向けていた。

 彼の表情は 朗らか であり、 余裕に満ちたもの だった。
 だが、その目は笑っていない。


 「ねぇ、フィリオス?」


 飄々とした口調のまま、彼は続ける。


 「王族ともあろう者が、勇者様とはいえ 他国の人間 に、軽々しく頼みごとをするのは、どうなんだろうねぇ?」


 その言葉に、広間の空気が再び変わる。

 今度は 冷たく、鋭いもの へと。

 フィリオスの肩がぴくりと跳ねた。
 顔を上げると、そこには変わらず柔和な微笑をたたえる ルクレウスの姿 があった。

 「ましてや、母上の件だよ?」

 彼は片手を軽く広げ、まるで軽い世間話でもしているかのような仕草を見せる。

 「こういうことは、もっと 慎重に考えるべき じゃない?」

 フィリオスの唇が、震える。
 だが、それでも 勇気を振り絞るように、顔を上げた。

 「……でも、もし母上の病気を治せるのなら——!」

 「“もしも” って言葉は、あんまり簡単に使わない方がいいと思うよ?」

 ルクレウスの言葉が、フィリオスの声を遮った。

 その笑顔は、相変わらず 穏やか で、 余裕に満ちていた。

 だが、迅には それが異様に冷たく感じられた。

 (……これは、ただの兄弟喧嘩じゃねぇな。)

 迅は 観察するように、ルクレウスの挙動をじっと見つめた。

 彼の言葉の端々には、 明らかな“壁”がある。
 それは、ただ単に 王族としての矜持 から来るものではない。

 まるで—— フィリオスとセラフィーナ王妃に対して、一定の距離を置いているかのような……。

 「……」

 迅は 表情を崩さないまま、観察を続ける。

 (ルクレウス・ノーザリア……こいつ、何を考えてる?)

 その時——

 低く、重厚な声が場を制した。

 「ルクレウス、言い過ぎだ。」

 ——ノーザリア王、 ガウェイン・ノーザリア の声だった。

 王の視線が、ルクレウスを捉えている。
 その目には 厳格さ が宿っていた。

 それでも、ルクレウスは動じない。
 むしろ 「あぁ、もちろんもちろん!」 と両手を上げ、肩をすくめる。

 「僕はただ、慎重になれと言いたかっただけさ。」

 その言葉は 一見もっともらしいもの だった。
 だが、その裏には 皮肉と嘲りの色が滲んでいる。

 「でもまぁ、勇者様が助けてくれるなら、 僕としても嬉しい限りだよ? ねぇ、迅クン?」

 にこやかな笑顔を浮かべながら、 まるで試すように 迅を見つめてくる。

 迅は その視線を、真正面から受け止めた。

 (……なるほどねぇ。)

 迅の中で、 この第一王子の“本質”が見え始める。

 ルクレウス・ノーザリア。
 ——彼は、表面上は飄々とした “好青年” を演じている。
 だが、その言葉の裏には 計算 と 意図 が張り巡らされている。

 彼は この状況を試している。
 迅がどう動くのか——どんな答えを出すのか。

 迅は 息を吐き、慎重に返答を選ぶ。

 「ま、やれるだけやってみるよ。」

 短く、それだけを返した。

 それ以上は 何も言わず、何も聞かず、ただ観察を続ける。

 ルクレウスは、しばし迅の表情を探るように目を細め——

 そして、 ふっと、唇の端を持ち上げる。

 「そうこなくっちゃ!」

 まるで、それが 望んだ通りの返答だった かのように。

 だが、その奥に何があるのか——
 迅は、まだ見極めることができなかった。


 ◇◆◇


 ルクレウスの軽妙な態度とは対照的に、王は重々しく沈黙を守っていた。

 静寂が広間を包む。

 貴族たちはルクレウスの発言にどう反応すべきか迷いながらも、王の言葉を待っているようだった。

 そして——その沈黙を破ったのは、ノーザリア王ガウェイン・ノーザリア、その人だった。

 「……ルクレウス、下がれ。」

 低く、だが確かな威厳を持った声が響く。

 その言葉には、強い意思が込められていた。

 「へぇ、そう言われちゃあ仕方ないね。」

 ルクレウスは苦笑しながら肩をすくめると、一歩後ろへと下がる。
 だが、その視線はどこか満足そうにも見えた。

 王の言葉に従ったというよりも、むしろ「望んでいた反応を得た」という風に——。

 (……本当に、こいつは腹の底が読めねえな。)

 迅は警戒を解かぬまま、王へと視線を向けた。

 ガウェイン・ノーザリア。

 堂々たる体躯。鋼のような眼光。
 そして、貴族たちが息を飲むほどの威圧感。

 だが、その眼差しにはルクレウスとは違う、王としての風格と、何か別の感情が宿っている。

 王は静かに迅を見据えたまま、ゆっくりと歩み寄る。
 そして、まるで覚悟を決めたかのように、一歩前に出た。

 「勇者殿。」

 王が言葉を発するたびに、空気が張り詰める。
 彼の声は深く、重い。

 「私はこの国の王として、多くの決断をしてきた。時に非情な決断を、時に国益を優先した決断を。」

 彼は一度、静かに息を吐く。

 「しかし、今回ばかりは——」

 王は一瞬、言葉を切った。
 そして、その目にわずかに宿る「王」としての威厳とは異なる色を、迅は見逃さなかった。

 「——私は、一人の夫として、お願いしたい。」

 その言葉が、広間に響いた瞬間、そこにいた全員の表情が変わった。

 「……!」

 リディアが僅かに目を見開き、フィリオスは希望を込めた眼差しで王を見上げる。
 貴族たちは驚きながらも、王の発言に息を呑んだ。

 ガウェイン・ノーザリア——
 この国を統べる王が、自ら「夫として」頭を下げたのだ。

 「妻を、セラフィーナを、診てやってほしい。」

 王の言葉は、静かだった。
 しかし、その響きには、一国の王としての「頼み」ではなく、一人の男としての「切実な願い」が込められていた。

 迅は、その言葉を受け止めながら、深く息を吸い込んだ。

 (……王としてではなく、夫として、か。)

 迅はガウェインの表情を見つめた。
 王の目には、何かを懇願するような色が浮かんでいる。

 この男は、単なる国家の長ではない。
 ——彼は、病に伏す妻を想う「家族」でもあった。

 「……分かりました。」

 迅は、短く答えた。

 広間にいた貴族たちが、僅かにどよめく。
 だが、迅はそれを気にせず、静かに続けた。

 「ですが、俺は医者ではありません。魔法も、治療系は専門外です。」

 慎重に言葉を選びながら、率直に伝える。

 「それでも、科学の知識と魔法学の応用を用いて、何かできることがあるかもしれません。」

 「そうか……。」

 王はしばし目を閉じ、深く頷いた。

 「無理を承知で頼んでいる。だが、わずかな可能性でも、掴みたいのだ。」

 「……なら、一つ条件があります。」

 「条件?」

 王が目を開き、迅を見つめる。
 その横で、リディアが少し驚いたように視線を向けた。

 迅は、王の視線をしっかりと受け止めたまま、言葉を続ける。

 「この診察には、俺だけでなく リディア・アークライト も同行させてください。」

 リディアが、少し目を見開いた。

 「……!」

 迅はちらりとリディアを見やると、すぐに王へと視線を戻す。

 「魔法学的な知識も必要になるかもしれません。俺一人では対応しきれない可能性もある。」

 それは確かに合理的な理由だった。

 だが——

 リディアは、迅が自分を“同行者”として指名したことに、胸の奥がじんわりと温まるのを感じた。

 (……私を、頼ってくれるんだ。)

 それが、嬉しかった。

 「……相棒として当然のことだわ。」

 リディアは、自らの気持ちを隠すように淡々とそう答える。

 王は、しばらくの沈黙の後、静かに頷いた。

 「いいだろう。」

 その一言が告げられると、フィリオスがぱっと顔を輝かせた。

 「ありがとうございます、勇者様……!!」

 その純粋な感謝の言葉に、迅は小さく微笑む。

 「いいさ。俺にできることがあるなら、やってみるだけだ。」

 王は静かに頷くと、手を振り、一人の侍女を呼び寄せた。

 「フィリオス、お前が案内してやれ。」

 「はい、父上!」

 フィリオスは、迅とリディアを見て、まっすぐ頷くと、広間の奥へと向かう。

 その先にあるのは——病床の王妃が待つ、静かな寝室。

 迅とリディアは視線を交わし、ゆっくりとその後を追った。


 ◇◆◇


王城の奥深くにある一室。
分厚い扉が静かに開かれると、そこには外界から隔絶されたような静寂が広がっていた。

寝台の上には、白いシーツに包まれたひとりの女性が横たわっている。

ノーザリア王妃――セラフィーナ。

金色の髪は枕元に広がり、かつての華やかさは影を潜めている。
肌は病的に白く、頬がこけ、呼吸は微かに乱れていた。
それでも、彼女は客人を迎え入れる余裕を持とうとするかのように、薄く微笑んでいた。


「ようこそ……勇者殿……そして、そのお連れの方……」


儚く、それでいて気品に満ちた声だった。

「母上、話さなくていいから……!」

フィリオスがすぐに枕元へ駆け寄り、心配そうに母の手を握る。
セラフィーナはわずかに首を横に振った。

「……あなたの、お願いなのね?」
「ありがとう、フィリオス……。」

息子を気遣うように微笑むが、その表情には隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
その様子を見ていた迅の視線が、王妃の身体へと向かう。

静かに、だが確実に――観察する。

シーツの上に投げ出された右脚が異様に腫れ上がっていた。

本来なら回復魔法によって完治するはずの傷が、炎症を起こしたまま治癒せずにいる。

皮膚は赤黒く変色し、血流の異常を物語る。

呼吸は浅く、咳が出るたびに胸元が大きく上下する。
微かに唇が紫がかっている。

「先日、つまづいて骨折してしまったの。」

彼女の骨は……極端に脆くなっていた。



(……まさか……)



意識せずに、迅の喉が鳴った。
視線が揺らぎ、無意識に奥歯を噛みしめる。


この症状……この兆候……


──見覚えがある。


思考が止まる。
頭の奥で、記憶の扉が無理やり開かれる感覚。


(……やめろ)


冷静でいなければならない。

ここは異世界で、元いた世界ではない。
今はただ、目の前の患者を診断すればいい。


だが、それでも。


心臓が強く脈打つ。
指先がかすかに震える。

喉が詰まるような感覚が走り、呼吸が浅くなった。
身体が思うように動かない。


(これは……これは……)


「……迅?」

柔らかな声が、静寂を破った。

リディアだった。

彼女は迅をじっと見つめていた。
わずかに眉を寄せ、明らかに動揺を見せる迅を不安そうに見ている。

迅は──自分がどんな表情をしているのか、分からなかった。

「……少し、考えさせてください」

そう口にした声が、ひどく硬いものに聞こえた。

リディアはすぐに何かを言いかけたが、言葉にならなかった。
彼女の瞳には、明らかな戸惑いと心配が映っていた。

(──こんな迅《じん》、初めて見る……。)

異世界に突如召喚された時も。

魔王軍幹部"黒の賢者"と対峙した時も。

"剣聖"カリム・ヴェルトールと剣を合わせた時も。

常に余裕ある態度を崩さなかった勇者・九条迅くじょうじんが、初めて見せる激しい動揺。



その時 ── 迅はほんの一瞬、セラフィーナの姿ではなく、別の誰かの姿をそこに見てしまった。


「……母さん……」


小さく、声にならないほどの声が、心の奥底から零れ落ちた。


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