科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第125話 天才なんかじゃなかった

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部屋に満ちる静寂。

リディアは、じっと迅を見つめていた。

「……何で、、あんなに動揺していたの?」

問いかけた瞬間、迅の肩がわずかに揺れた。

彼はすぐには答えなかった。ただ、短く息を吐き、視線を落とす。



「……俺の母親も、王妃と同じやまいだったんだよ」



静かに落とされたその言葉は、夜の帳の中でひどく重く響いた。

リディアの心臓が、ぎゅっと縮まる。

「え……?」

骨肉腫こつにくしゅ。……セラフィーナ王妃と、全く同じ病気だった。病状は、俺の母親の方がもっと悪かったけどな。」

低く、静かな声。

彼の顔は、普段と変わらないように見えるのに、その瞳の奥に沈むものは、ただの“過去”とは言い切れないほど深かった。

(……そんなこと、一度も言わなかったのに)

迅のことを知っているつもりだった。
彼がどれだけ理論的で、どれだけ努力家で、どれだけ他人のために動く人なのか。

けれど——。

(……そんな大切なこと、誰にも話してなかったんだ)

「それ……」

どう言葉を紡げばいいのか、分からなかった。

「……昔の話だよ」

迅はどこか諦めたような、割り切ったような笑みを浮かべる。

「今さらどうにもならないことさ」

その笑顔が——痛々しくて、胸が締めつけられた。


「俺はさ……昔、“天才”なんて呼ばれてたんだ」


ふっと、少し遠くを見るような目をする。

「小さい頃から、何でも人より早く覚えたし、学校の勉強も楽勝だった。新聞やテレビで“科学の天才少年”なんて持ち上げられたりもした」

皮肉げに笑う。

「“俺は天才なんだ”って、疑いもしてなかったよ」

自信に満ちた幼い自分を思い出す。

天才なら、どんな問題だって解決できる。
天才なら、不可能なんてない。
——そう、思っていた。

「だからさ。母さんが病気になった時も、俺は“自分なら助けられる”って信じてた」

治療法を調べた。
医学書を読んだ。
世界中の医療技術を学ぼうとした。
どんな最先端の研究だって、片っ端から頭に叩き込んだ。

「母さんに言ったんだ。“大丈夫、俺が絶対に助ける”って」

——あの頃の自分は、本気でそう信じていた。

だけど。

「……現実は違った」

どれだけ学んでも、どれだけ調べても、どれだけ努力しても——病は進行し続けた。

医学が発展していても、完治できない病がある。
どれだけ願っても、どうにもならないことがある。

「……最後まで、何もできなかった」

その言葉を吐いた時、心の奥に冷たいものが広がった。

「——母さんは死んだよ」

静かな、事実だけを告げる声。

今まで何度も繰り返した言葉だ。
もう何年も前のこと。

なのに、口にするたびに、傷が新しく抉られるような気がする。

「……結局、俺は何もできなかった」

リディアが、静かに彼を見つめていた。

「……迅」

優しい声。

「天才だったら、助けられたはずだろ?」

自嘲するように、肩をすくめる。

「俺は——天才なんかじゃなかった」

リディアの瞳が揺れる。

「そんな風に思ってたの……?」

迅は、ふっと小さく笑った。

「笑えるだろ?」

“俺は天才なんかじゃねぇってのにな”

その笑みが、どこまでも痛々しくて、リディアは言葉を失った。


 ◇◆◇


「……それからさ」

静かな部屋に、淡々とした声が響く。

「俺は、“もっと知るべきだった”って思ったんだ」

リディアはじっと迅を見つめていた。

「母さんを救えなかったのは、俺が無知だったからだ」

「……無知、って」

「そうさ。どれだけ知識があるように見えたって、結局は“知らなかった”んだ。医学の限界も、科学の限界も、俺の限界も」

拳を握る。

「なら、もっと勉強すればよかった。もっと早く、もっと多くのことを知っていれば——何か方法があったかもしれない」

本当は、そんなことは分かっている。
どれだけ知識があっても、できないことはある。
科学が発展しても、超えられない壁はある。

それでも——。

「俺は、それを認めたくなかった」

知らなかったから救えなかった。
ならば、次は必ず救えるように。
次こそ、後悔しないように。
──次が、あるのなら。

「……だから、俺はずっと走り続けてた」

努力しなきゃいけなかった。
勉強しなきゃいけなかった。
誰よりも、何よりも、前へ進まなきゃいけなかった。

「天才なんかじゃないなら、凡人の努力で天才を超えればいい」

だから、止まるわけにはいかなかった。
過去の後悔を背負い、ひたすら前に進み続けた。

「……でも」

ふっと、息を吐く。

「どれだけ努力したってさ。……もう母さんは戻ってこないんだよな」

冷たい事実。

どれだけ知識を積み重ねても、どれだけ努力しても。
過去を変えることはできない。

リディアが、悲しそうに俯くのが見えた。

「……それでも、あなたは諦めなかったのね」

迅は、ゆっくりと彼女を見る。

リディアの瞳には、言葉にならない感情が滲んでいた。

「当たり前だろ」

苦笑しながら、ぽつりと呟く。

「誰かを救える可能性があるなら、諦めるわけにはいかねえ」

その言葉は、確固たる決意を宿していた。


「……そんな俺がさ」


ふっと、窓の外を見る。

「ある日、いきなり異世界この世界に召喚されたんだよな」

リディアが小さく息を呑む。

「……迅」

「まあ、別に嫌だったわけじゃねぇよ。魔法っていう未知の技術体系を学ぶのは楽しかったし、そもそも俺には、向こうの世界で特別大切なものがあったわけでもないし」

淡々とした声で言う。

「父親は俺が物心つく前に事故で死んでたし、母さんもいなくなった。つまり、俺にはもう家族もいなかったんだ」

リディアの表情が、痛ましげに歪む。

「それって……」

「天涯孤独ってやつだな」

軽く言ってみせるが、リディアは笑わなかった。

むしろ、彼女の瞳には強い悲しみが宿っている。

「……そんなことを、簡単に言わないで」

「別に簡単に言ってるつもりはねぇよ。ただの事実だ」

「事実、だけど……」

リディアの声が震える。

彼女がこんなふうに感情を揺らすのを、迅はあまり見たことがなかった。

だから、思わず、少しだけ視線を逸らす。

「……まあ、さ。」

自嘲気味に笑う。

「俺が異世界に呼ばれた理由なんて、結局のところ分からないままだ」

ふっと、空を仰ぐように天井を見上げる。

「でもな、時々思うんだよ」

ぽつり、と呟く。


「もしかしたら、大切な物も無い、家族も誰もいない俺は……元の世界には必要とされてなかったのかもな、って」


冗談めかした口調だった。
それは、本気ではないと自分でも思っている。

けれど——。

「……!」

リディアが、大きく目を見開いた。

次の瞬間——。


「違う!」


彼女は、涙を零しながら、迅の頭を抱きしめていた。


 ◇◆◇


「もしかしたら、大切な物も無い、家族も誰もいない俺は……元の世界には必要とされてなかったのかもな、って」

迅の何気ない言葉が、リディアの心に鋭く突き刺さった。

それは冗談めいた言い方だった。
気にしていない風に、淡々とした口調で語られた。

でも——。

そんなの、絶対に違う。

リディアの胸が、ぎゅっと痛む。

「……!」

気がついた時には、もう体が動いていた。

「違う……違う!!」

気持ちを抑える余裕なんてなかった。
彼の言葉を否定したくて、ただ必死に——彼の肩を掴んでいた。

「そんなこと、あるわけないでしょ!」

勢いのままに、彼の体を引き寄せる。

驚いたように目を見開く迅の顔が近くにあった。
でも、そんなことは今はどうでもよかった。

「元の世界があなたを必要としていない? そんなの、そんなの——」

涙が溢れるのを止められなかった。

「あなたみたいな人が、必要とされないなんてこと……あるはずがない……っ!」

胸の奥が熱くなる。
喉が震える。
想いが溢れて、止まらない。

「もし……もし、本当に、元の世界があなたを必要としていなかったのだとしたら——」

ぎゅっと、彼の頭を抱きしめた。

「……私が代わりに貰う!!」

抱きしめたまま、震える声で言う。

「この世界に来たあなたを……私が、貰う……!!」

彼の温もりを、確かめるように強く抱きしめる。

「だから、そんなこと……二度と言わないで……!」

涙が、彼の肩にぽつりと落ちた。

どんなに冗談でも、そんな言葉は聞きたくなかった。
そんな風に、彼に思ってほしくなかった。

彼がどれだけの人を救ってきたか、彼がどれだけの努力をしてきたか。
リディアは知っている。

だからこそ——。

「あなたが……いなくなったら、困る人がいるのよ……っ」

「……」

彼は、何も言わなかった。

ただ、リディアの腕の中で静かに息を吐いた。

それは、重いものを下ろすような、けれどどこか困ったような吐息だった。

彼の体温が、腕の中でじんわりと伝わる。
こうして抱きしめているのに、彼は驚くほど静かで、どこか儚げで——。

リディアは、ぎゅっと腕に力を込めた。

この人は、たくさんのことを知っていて、たくさんのものを作り出して、たくさんの人を救ってきた。
だけど、誰よりも自分を顧みずに生きてきた。

その優しさも、努力も、誰にも頼らずに、たった一人で抱えて。

だからこそ、今、こうして自分がここにいることを、少しでも伝えたかった。

「……」

しばらくして、彼が静かに息を吸い込むのを感じた。

そして——。

「……ありがとな。」

その言葉は、とても静かで、
でも確かに、彼の本心が込められていた。

リディアの胸が、じんわりと温かくなった。

彼の背中越しに、そっと目を閉じる。

ほんの少しでも、この温もりが、彼の孤独を和らげてくれたのなら。

それだけで、今夜、彼のそばにいた意味がある。
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