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第124話 夜に交わす、秘密と真実
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夜の帳が静かに王宮を包み込み、煌びやかだった舞踏会の熱気も、徐々に冷めていった。
長い夜が終わろうとしていた。
王宮の廊下には、舞踏会を終えた者たちがそれぞれの部屋へと向かう足音が響いている。
王命独行の四人と、銀嶺の誓いの三人も、例外ではなかった。
「それじゃあ、今日はこの辺でお開きってことか。」
迅が軽く首を回しながら呟くと、ロドリゲスが
「うむ。勇者殿がフィリオス殿下に頼み事をされた時はどうなる事かと肝を冷やしたがな。」
と微笑んだ。
カリムは未練がましく迅の顔を覗き込む。
「勇者殿、やはり私と同室ではダメか?」
「……何でそうなるんだよ。」
迅が呆れた顔でため息をつく。
「いや、勇者殿と共に寝食を共にすれば、勇者の剣として、より忠誠が深まると思ってな。」
「だから、その意味深な感じが嫌なんだよ!」
「意味深ではない。ただ共に戦い、共に語らい、共に……」
「共に何だよ!? やめろ!!」
リディアはクスクスと笑いながら二人のやり取りを見守っていた。
ロドリゲスは「お前たちは本当に仲が良くなったのう」と愉快そうに言いながら、杖を軽く振るって背を向ける。
「私は年寄りゆえ、夜は静かに休みたい。そろそろ部屋へ戻るとしよう。おやすみ。」
「おやすみなさい、ロドリゲス。」
リディアが軽く会釈すると、ロドリゲスは目を細め、静かに廊下の奥へと消えていった。
ライネルは黙ったまま、王妃の治療のことを思い返しているようだった。
彼は何かを考え込むように視線を伏せたまま、ぽつりと呟く。
「……勇者ってのは、思ってたのと少し違うものなんだな。」
リディアは、その言葉に一瞬だけ目を瞬かせた。
(ライネルも、少しは考えを改めたのかしら。)
彼が迅に抱いていた“反感”が、少しずつ“興味”へと変わっていることが、彼の横顔から見て取れた。
「それじゃ、私も部屋に戻りますわ。」
エリナがさらりと言い残し、ライネルとミィシャもそれに続く。
「……おやすみ。」
ライネルが一言だけ呟くと、ミィシャは「じゃあにゃ!」と軽く手を振り、三人はそれぞれの部屋へと消えていった。
そして、リディアだけが——迅の隣に残っていた。
「……行くぞ。」
迅が短くそう言い、彼女の方を振り返る。
リディアは、軽く頷きながらも、内心ではほんの少しだけ胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
(……私だけが、迅と一緒にいる。)
部屋へ同行するのは、当然のことだった。
今夜の舞踏会で話せなかった重要な事柄について、ようやく話を聞けるのだから。
それでも——。
(“二人きりで夜に話す”という状況に、なんだか妙に緊張しちゃう……。)
自分が考えすぎなのは分かっている。
それでも、静かな夜の空気が、なんだか特別な雰囲気を帯びているように感じられた。
「……ほら、何ぼんやりしてんだよ。」
「えっ、あ、うん!」
迅に促され、リディアは慌てて彼の後を追った。
◇◆◇
迅の部屋は、王宮の中でも特に格式の高い来賓室だった。
広々とした空間に、豪奢な調度品が並び、ベッドも大きく柔らかそうなものだった。
壁には静かな灯火が揺らぎ、夜の帳が窓越しに広がっている。
リディアは部屋の中へ足を踏み入れると、扉が静かに閉まる音がした。
「さて。」
迅はソファに腰掛け、足を組む。
普段のリラックスした態度と変わらないように見えるが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「リディア、中庭で言ったことを覚えてるか?」
「……ええ。」
リディアは静かに頷く。
迅は短く息を吐きながら、話し始めた。
*******
「“聖煌遺跡《ゾディアック・ルインズ》”……」
それは、彼女も耳にしたことがない名前だった。
聞いたことが無いはずなのに、どこか心に響く名前。
「……神代の十二の遺跡群。その中に、“世界を渡る天秤”っていう異世界と繋がる遺産があるかもしれねぇって話だ。」
「“世界を渡る天秤”……」
リディアの心臓が、一瞬だけ高鳴る。
「異世界と……繋がる……?」
「…ま、あのアーク・ゲオルグの話だ。真実の程は定かじゃねぇよな。」
迅はそう前置きしながらも、その表情はどこか鋭さを増している。
「だが、アークがわざわざその情報を俺に教えたってことは、何かしらの意図があるのは間違いねぇ。」
リディアは、静かに考え込む。
(この話が舞踏会ではできなかったのは納得したけど……)
だが——。
「……でも、どうして私にだけ話すの?」
彼女は、率直な疑問を口にした。
「カリムやロドリゲスには話してもよかったんじゃない?」
その問いに、迅はふっと目を細めた。
「カリムのことは信用してるさ。でも、あいつのバックにあるヴェルトール家は異端排斥派だ。」
迅は淡々と続ける。
「それに、あいつは腹芸に向いてない。下手に情報を共有するより、“言えないことはあるけど、お前のことは信用してる”って直に伝えちまった方がいいかも知れないくらいだ。」
リディアは、その言葉に納得しながらも、微かに胸が疼いた。
(じゃあ、ロドリゲスには?)
彼女がそう問いかけようとした瞬間——。
リディアは、迅の言葉の端々に滲んだ微妙な“間”を見逃さなかった。
「……ロドリゲスは?」
問いかけると、迅の表情がわずかに硬くなった。
一瞬、躊躇うような空気が流れる。
(……やっぱり、何か引っかかってるんだ。)
普段、迅は物事を合理的に分析し、言葉を選ばずにはっきりと意見を言うタイプだ。
それなのに、ロドリゲスに関してだけは、言葉を選ぼうとしているように見えた。
彼の中で、何か整理しきれていない感情がある——そう直感した。
「……ロドリゲスのことは信用してる。今までずっと世話になってるし、じいさん個人には何の疑いもない。」
そう言った後、迅は少し目を伏せる。
「ただ——じいさんは、“十三賢人”の一人でもある。」
その言葉に、リディアは軽く息を呑んだ。
(……“十三賢人”)
アルセイア王国の最高機関、賢律院の中でも最も高位に位置する賢人たち。
王に次ぐ権威を持つ彼らは、王国の歴史や重要機密を知る立場にある。
「……迅、まさか。」
リディアが静かに問いかけると、迅は頷いた。
「アークが言っていた“世界を渡る天秤”——」
「……!」
「それが実在するなら、俺がこの世界に召喚されたことにも関わっている可能性がある。」
リディアは息を詰めた。
異世界召喚。
“勇者召喚術”はアルセイア王国にのみ伝わる秘術とされているが、その詳細は極秘とされ、公に明かされることはない。
それがもし、“聖煌遺跡《ゾディアック・ルインズ》”の遺産と関係があるとしたら——?
「……迅、もしかして、ロドリゲスがそのことを知ってる可能性があるって?」
リディアの問いに、迅は短く息を吐いた。
「知ってるかどうかは分からねぇ。でも、王が知ってたとしたら、次に可能性が高いのは王の側近であるじいさんだろう。」
その言葉に、リディアの胸の奥がざわついた。
確かに、理屈は分かる。
もし王が勇者召喚術の真の起源を知っていたとしたら、王の補佐を務めるロドリゲスもまた、それを知っている可能性は高い。
「……でも、もしロドリゲスが知っていたとしても、迅に話さなかったのは、何か理由があるんじゃない?」
そう問いかけると、迅はゆっくりと視線を上げた。
「そうだな。」
「じいさんにはじいさんの立場がある。俺に話せないことがあってもおかしくはない。」
それは、合理的な答えだった。
——信頼はしている。
——でも、すべてを無条件に話せる相手ではない。
そんな迅の心情が、彼の冷静な声の端々から滲み出ていた。
リディアは、その心情に複雑なものを感じた。
(迅は、誰よりも理性的で、冷静で、合理的な人。でも、その分、仲間であっても“情報”として線引きをする。)
「……そんな風に考えてたんだ。」
思わず、静かに呟いた。
「カリムには、“言えないことはある”と伝えて納得させる。ロドリゲスには、信頼しつつも情報を選んで伝える。
でも私には——全部話してくれたのね。」
そう口にした瞬間、迅が一瞬だけ目を見開いた。
「……お前には、話す必要があると思ったからな。」
それは、淡々とした言葉だった。
だが、リディアの胸の奥に、妙な感情が広がる。
——仲間たちには言えないことでも、私は知るべきだと、迅は判断した。
それが嬉しくないわけではない。
でも、どこか切ないような気持ちになった。
(……これは、信頼なの? それとも——)
リディアは、自分でも分からない感情を抱えながら、小さく息を吐いた。
しばしの沈黙の後、リディアは意を決したように口を開いた。
「……迅。」
「ん?」
「さっきのセラフィーナ王妃の治療のことなんだけど。」
その言葉に、迅が微かに眉を上げる。
リディアは、彼の目をじっと見つめた。
「ライネルにお願いした氷魔法の処置——本当は、自分でもできたんじゃないの?」
そう問いかけると、迅の表情がわずかに硬くなる。
彼はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……できなくはなかったかもしれねぇ。」
「やっぱり。」
リディアは確信を得た。
(迅の異常な器用さを考えれば、本気でやれば、あの処置は彼自身でも可能だったはず。)
「……でも、それならどうしてライネルに頼んだの?」
彼の返答は、明快だった。
「現時点で、ライネルの方が俺より技術が上だ。0.1%でも成功率を上げられるなら、その方がいい。」
「……!」
リディアは、思わず言葉を詰まらせた。
「それなら、“俺でもできるけど、お前がやってくれ”みたいな頼み方は筋が通らねぇ。
だから、ちゃんと頭を下げて頼んだ。」
「……」
彼の言葉には、迷いがなかった。
「それに、俺はアルセイアに帰らなきゃならねぇだろ。この国に、継続してセラフィーナ王妃に処置できる人間が必要だった。」
「……!」
「ライネルの技術は本物だった。だから、あいつに頼んで正解だった。」
リディアは、彼の冷静な計算に、呆れつつも感心してしまう。
(そんなことまで考えてたのね……。)
彼は、自分がこの国を去った後のことまで考え、長期的な治療の持続性を考慮していた。
「……本当に、迅らしいわね。」
思わず苦笑すると、迅は「お前に言われたくねぇけどな」と肩をすくめる。
(でも、やっぱりすごい。)
迅の言葉を聞きながら、リディアは改めて彼の凄さを実感する。
彼は、ただ力を振るうだけの勇者ではない。
自分がすべきこと、すべきでないことを、常に冷静に判断している。
(……だから、私はこの人のそばにいたいと思うのかもしれない。)
そう考えた瞬間、リディアの心が、少しだけ熱を帯びた。
そして、最後に——。
「ねえ、迅。」
「ん?」
リディアは、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「……何で、あの時、あんなに動揺していたの?」
その問いに、迅の表情が固まる。
そして、静寂が訪れた——。
長い夜が終わろうとしていた。
王宮の廊下には、舞踏会を終えた者たちがそれぞれの部屋へと向かう足音が響いている。
王命独行の四人と、銀嶺の誓いの三人も、例外ではなかった。
「それじゃあ、今日はこの辺でお開きってことか。」
迅が軽く首を回しながら呟くと、ロドリゲスが
「うむ。勇者殿がフィリオス殿下に頼み事をされた時はどうなる事かと肝を冷やしたがな。」
と微笑んだ。
カリムは未練がましく迅の顔を覗き込む。
「勇者殿、やはり私と同室ではダメか?」
「……何でそうなるんだよ。」
迅が呆れた顔でため息をつく。
「いや、勇者殿と共に寝食を共にすれば、勇者の剣として、より忠誠が深まると思ってな。」
「だから、その意味深な感じが嫌なんだよ!」
「意味深ではない。ただ共に戦い、共に語らい、共に……」
「共に何だよ!? やめろ!!」
リディアはクスクスと笑いながら二人のやり取りを見守っていた。
ロドリゲスは「お前たちは本当に仲が良くなったのう」と愉快そうに言いながら、杖を軽く振るって背を向ける。
「私は年寄りゆえ、夜は静かに休みたい。そろそろ部屋へ戻るとしよう。おやすみ。」
「おやすみなさい、ロドリゲス。」
リディアが軽く会釈すると、ロドリゲスは目を細め、静かに廊下の奥へと消えていった。
ライネルは黙ったまま、王妃の治療のことを思い返しているようだった。
彼は何かを考え込むように視線を伏せたまま、ぽつりと呟く。
「……勇者ってのは、思ってたのと少し違うものなんだな。」
リディアは、その言葉に一瞬だけ目を瞬かせた。
(ライネルも、少しは考えを改めたのかしら。)
彼が迅に抱いていた“反感”が、少しずつ“興味”へと変わっていることが、彼の横顔から見て取れた。
「それじゃ、私も部屋に戻りますわ。」
エリナがさらりと言い残し、ライネルとミィシャもそれに続く。
「……おやすみ。」
ライネルが一言だけ呟くと、ミィシャは「じゃあにゃ!」と軽く手を振り、三人はそれぞれの部屋へと消えていった。
そして、リディアだけが——迅の隣に残っていた。
「……行くぞ。」
迅が短くそう言い、彼女の方を振り返る。
リディアは、軽く頷きながらも、内心ではほんの少しだけ胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
(……私だけが、迅と一緒にいる。)
部屋へ同行するのは、当然のことだった。
今夜の舞踏会で話せなかった重要な事柄について、ようやく話を聞けるのだから。
それでも——。
(“二人きりで夜に話す”という状況に、なんだか妙に緊張しちゃう……。)
自分が考えすぎなのは分かっている。
それでも、静かな夜の空気が、なんだか特別な雰囲気を帯びているように感じられた。
「……ほら、何ぼんやりしてんだよ。」
「えっ、あ、うん!」
迅に促され、リディアは慌てて彼の後を追った。
◇◆◇
迅の部屋は、王宮の中でも特に格式の高い来賓室だった。
広々とした空間に、豪奢な調度品が並び、ベッドも大きく柔らかそうなものだった。
壁には静かな灯火が揺らぎ、夜の帳が窓越しに広がっている。
リディアは部屋の中へ足を踏み入れると、扉が静かに閉まる音がした。
「さて。」
迅はソファに腰掛け、足を組む。
普段のリラックスした態度と変わらないように見えるが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「リディア、中庭で言ったことを覚えてるか?」
「……ええ。」
リディアは静かに頷く。
迅は短く息を吐きながら、話し始めた。
*******
「“聖煌遺跡《ゾディアック・ルインズ》”……」
それは、彼女も耳にしたことがない名前だった。
聞いたことが無いはずなのに、どこか心に響く名前。
「……神代の十二の遺跡群。その中に、“世界を渡る天秤”っていう異世界と繋がる遺産があるかもしれねぇって話だ。」
「“世界を渡る天秤”……」
リディアの心臓が、一瞬だけ高鳴る。
「異世界と……繋がる……?」
「…ま、あのアーク・ゲオルグの話だ。真実の程は定かじゃねぇよな。」
迅はそう前置きしながらも、その表情はどこか鋭さを増している。
「だが、アークがわざわざその情報を俺に教えたってことは、何かしらの意図があるのは間違いねぇ。」
リディアは、静かに考え込む。
(この話が舞踏会ではできなかったのは納得したけど……)
だが——。
「……でも、どうして私にだけ話すの?」
彼女は、率直な疑問を口にした。
「カリムやロドリゲスには話してもよかったんじゃない?」
その問いに、迅はふっと目を細めた。
「カリムのことは信用してるさ。でも、あいつのバックにあるヴェルトール家は異端排斥派だ。」
迅は淡々と続ける。
「それに、あいつは腹芸に向いてない。下手に情報を共有するより、“言えないことはあるけど、お前のことは信用してる”って直に伝えちまった方がいいかも知れないくらいだ。」
リディアは、その言葉に納得しながらも、微かに胸が疼いた。
(じゃあ、ロドリゲスには?)
彼女がそう問いかけようとした瞬間——。
リディアは、迅の言葉の端々に滲んだ微妙な“間”を見逃さなかった。
「……ロドリゲスは?」
問いかけると、迅の表情がわずかに硬くなった。
一瞬、躊躇うような空気が流れる。
(……やっぱり、何か引っかかってるんだ。)
普段、迅は物事を合理的に分析し、言葉を選ばずにはっきりと意見を言うタイプだ。
それなのに、ロドリゲスに関してだけは、言葉を選ぼうとしているように見えた。
彼の中で、何か整理しきれていない感情がある——そう直感した。
「……ロドリゲスのことは信用してる。今までずっと世話になってるし、じいさん個人には何の疑いもない。」
そう言った後、迅は少し目を伏せる。
「ただ——じいさんは、“十三賢人”の一人でもある。」
その言葉に、リディアは軽く息を呑んだ。
(……“十三賢人”)
アルセイア王国の最高機関、賢律院の中でも最も高位に位置する賢人たち。
王に次ぐ権威を持つ彼らは、王国の歴史や重要機密を知る立場にある。
「……迅、まさか。」
リディアが静かに問いかけると、迅は頷いた。
「アークが言っていた“世界を渡る天秤”——」
「……!」
「それが実在するなら、俺がこの世界に召喚されたことにも関わっている可能性がある。」
リディアは息を詰めた。
異世界召喚。
“勇者召喚術”はアルセイア王国にのみ伝わる秘術とされているが、その詳細は極秘とされ、公に明かされることはない。
それがもし、“聖煌遺跡《ゾディアック・ルインズ》”の遺産と関係があるとしたら——?
「……迅、もしかして、ロドリゲスがそのことを知ってる可能性があるって?」
リディアの問いに、迅は短く息を吐いた。
「知ってるかどうかは分からねぇ。でも、王が知ってたとしたら、次に可能性が高いのは王の側近であるじいさんだろう。」
その言葉に、リディアの胸の奥がざわついた。
確かに、理屈は分かる。
もし王が勇者召喚術の真の起源を知っていたとしたら、王の補佐を務めるロドリゲスもまた、それを知っている可能性は高い。
「……でも、もしロドリゲスが知っていたとしても、迅に話さなかったのは、何か理由があるんじゃない?」
そう問いかけると、迅はゆっくりと視線を上げた。
「そうだな。」
「じいさんにはじいさんの立場がある。俺に話せないことがあってもおかしくはない。」
それは、合理的な答えだった。
——信頼はしている。
——でも、すべてを無条件に話せる相手ではない。
そんな迅の心情が、彼の冷静な声の端々から滲み出ていた。
リディアは、その心情に複雑なものを感じた。
(迅は、誰よりも理性的で、冷静で、合理的な人。でも、その分、仲間であっても“情報”として線引きをする。)
「……そんな風に考えてたんだ。」
思わず、静かに呟いた。
「カリムには、“言えないことはある”と伝えて納得させる。ロドリゲスには、信頼しつつも情報を選んで伝える。
でも私には——全部話してくれたのね。」
そう口にした瞬間、迅が一瞬だけ目を見開いた。
「……お前には、話す必要があると思ったからな。」
それは、淡々とした言葉だった。
だが、リディアの胸の奥に、妙な感情が広がる。
——仲間たちには言えないことでも、私は知るべきだと、迅は判断した。
それが嬉しくないわけではない。
でも、どこか切ないような気持ちになった。
(……これは、信頼なの? それとも——)
リディアは、自分でも分からない感情を抱えながら、小さく息を吐いた。
しばしの沈黙の後、リディアは意を決したように口を開いた。
「……迅。」
「ん?」
「さっきのセラフィーナ王妃の治療のことなんだけど。」
その言葉に、迅が微かに眉を上げる。
リディアは、彼の目をじっと見つめた。
「ライネルにお願いした氷魔法の処置——本当は、自分でもできたんじゃないの?」
そう問いかけると、迅の表情がわずかに硬くなる。
彼はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……できなくはなかったかもしれねぇ。」
「やっぱり。」
リディアは確信を得た。
(迅の異常な器用さを考えれば、本気でやれば、あの処置は彼自身でも可能だったはず。)
「……でも、それならどうしてライネルに頼んだの?」
彼の返答は、明快だった。
「現時点で、ライネルの方が俺より技術が上だ。0.1%でも成功率を上げられるなら、その方がいい。」
「……!」
リディアは、思わず言葉を詰まらせた。
「それなら、“俺でもできるけど、お前がやってくれ”みたいな頼み方は筋が通らねぇ。
だから、ちゃんと頭を下げて頼んだ。」
「……」
彼の言葉には、迷いがなかった。
「それに、俺はアルセイアに帰らなきゃならねぇだろ。この国に、継続してセラフィーナ王妃に処置できる人間が必要だった。」
「……!」
「ライネルの技術は本物だった。だから、あいつに頼んで正解だった。」
リディアは、彼の冷静な計算に、呆れつつも感心してしまう。
(そんなことまで考えてたのね……。)
彼は、自分がこの国を去った後のことまで考え、長期的な治療の持続性を考慮していた。
「……本当に、迅らしいわね。」
思わず苦笑すると、迅は「お前に言われたくねぇけどな」と肩をすくめる。
(でも、やっぱりすごい。)
迅の言葉を聞きながら、リディアは改めて彼の凄さを実感する。
彼は、ただ力を振るうだけの勇者ではない。
自分がすべきこと、すべきでないことを、常に冷静に判断している。
(……だから、私はこの人のそばにいたいと思うのかもしれない。)
そう考えた瞬間、リディアの心が、少しだけ熱を帯びた。
そして、最後に——。
「ねえ、迅。」
「ん?」
リディアは、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「……何で、あの時、あんなに動揺していたの?」
その問いに、迅の表情が固まる。
そして、静寂が訪れた——。
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