科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第141話 戦律の双牙

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 騒がしかったひとときが過ぎ、ロビーの空気に再び静けさが戻っていた。

 善鬼という侍風の男は、最後に軽く手を振って去っていった。
 その背中を、ロドリゲスが目を細めて見送っている。

 「……変わった男じゃったな。あのような者まで本戦に出てくるとはのう」

 白髭を指先で撫でながら、ふっと笑うように呟いた。

 「よりにもよって、カリムに向かって“退屈な相手”って……あいつ、アホだろ」

 ミィシャが腕を組んで、頬を膨らませながら悪態をつく。
 その視線はまだ善鬼が消えた方角に向いている。

 「ま、そう言ってやるなって」

 迅が苦笑いを浮かべ、ソファに背中を預けた。

 「ひょっとしたら、本当にカリムを圧倒するような強者の可能性もあるからな。もしそうなら……」

 その言葉に、ミィシャがちらりと目を向ける。

 「……もしそうなら、何だってんだよ?」

 問いかける口調には、どこか怒りの名残と、不安が微かに混ざっていた。

 迅は鼻を鳴らす。

 「そしたら、あいつに魔王倒してもらってさ。世界は平和になりましたとさ。で、いいじゃねぇか」

 ニヤリと笑って、言葉の終わりに肩をすくめる。

 ミィシャは一瞬きょとんとしたあと、あはっと笑って「アンタってほんと変な奴だな」と呆れたように言った。

 ——そう。迅は見抜いていた。

 善鬼の価値基準は、「闘気=魔力の大きさ」。
 目に見える“力”で相手の格を測る、そういう文化圏の人間だ。

 だからこそ、魔力という枠組みから外れた存在——
 魔力を“纏う必要すらない”カリムの強さを、正確に測れなかった。

 (……侮ってくれてるうちは、ありがたいけどな)

 ちらりとカリムを見ると、当の本人はまるで気にしていない様子で、窓の外を眺めている。

 その背中に、どこまでも揺るがぬ自信が滲んでいた。

 (……やっぱ、強ぇよな、こいつ)

 思わず頬が緩む。

 「そういえば——」

 気持ちを切り替えるように、迅は身体を起こして、隣にいる紅鎧の女騎士へと向き直った。

 「エリナ、いくつか聞きたいことがあったんだった」

 「あら、ようやく思い出してくださったのね?」

 エリナが涼やかな微笑を返した、その瞬間だった——

 ——ざわ……ざわ……

 ロビー全体の空気が一変する。

 「……?」

 リディアが眉をひそめ、ミィシャは背筋を伸ばす。

 目の前の兵士たちが整然と並び、次々に扉の方へと向かっていく。

 隊列を組み、肩を張り、足音一つ立てぬまま動くその姿に、迅の目も細められた。

 「……誰か、来るな」

 「うむ……この整列の仕方、ただ者ではないな」

 ロドリゲスの目にも、わずかに緊張が宿っていた。

 そして、次の瞬間——

 扉が、ゆっくりと開いた。

 陽光が差し込むその中から、ゆっくりと現れたのは——

 蒼の軍装に身を包み、凛とした姿勢で歩く一人の青年。
 金の飾緒が揺れ、軍靴が絨毯を踏むたび、まるで音楽のように静かで威厳を帯びていた。

 その背後には、双子のように似た風貌をした二組の男。
 完全に息の揃った動きで周囲を警戒しながら、一糸乱れぬ隊列で続いてくる。

 ——ルクレウス・ノーザリア。

 この国の第一王子にして、かつて祝勝会で迅と対面した男。

 彼が率いる、白銀級パーティ《戦律の双牙〈ツイン・ジェミナス〉》。

 ロビーの空気が、さらに張り詰めた。

 だが、そんな中——

 「……ちょうどいいタイミングでおいでなすったな」

 迅の口元が、ゆっくりと吊り上がる。

 その目は鋭く、冴え冴えとしていて——

 これから始まる“何か”を、誰よりも早く嗅ぎ取っていた。

 ——次の幕が、静かに上がろうとしていた。


 ◇◆◇


 ホテルのロビーに、騎士たちの整列した足音が響いた。赤絨毯の上に一糸乱れぬ隊列が走り、双剣と波を象ったノーザリア王家の紋章旗が掲げられる。

 その中心——燦然と輝く蒼と金の軍装を身に纏い、金髪を後ろに流した青年が現れる。

 「やあやあ、迅クン!」

 まるで舞台に登場する王子のように、満面の笑みを浮かべながら現れた男——ルクレウス=ノーザリア。

 「久しぶりだねぇ。およそ、一カ月ぶりかな?アルセイア領における君たちの活躍、僕の耳にも届いているよ!なんでも、魔王軍の《黒竜》を、君たちたった四人で討伐したとか?」

 さらりとした口調に隠されたのは、王族としての確かな風格。彼が歩くたびに、周囲の兵士たちが息を呑む。

 だが、その中でもエリナ、ライネル、ミィシャ——《銀嶺の誓い》の三人は、その笑みを冷ややかに見つめていた。

 「──お久しぶりですわ、王子殿下」

 エリナが控えめに礼を取る。その表情は丁寧でありながら、どこか感情が読み取れない。


 「そっちこそ、王子自らが大層ご活躍中だって聞いてるぜ?」

 迅は肩をすくめ、どこか挑戦的に笑う。

 「最近は、前線に立つのが流行ってんのか?」

 「ハハ、これも乱世の悲哀ってやつかな?」

 ルクレウスは軽やかに笑い、蒼い外套の裾を翻す。

 「この混沌の時代、人々を導く王家の者こそ、剣を取らねばならぬ時があるのさ。理想を語るだけじゃ、命は守れない」

 正論だった。だが——

 (……言葉は立派だが、本音じゃねぇな)

 迅の心の奥に、ふっと警戒の火が灯る。

 目の前の男は、ただの理想主義者ではない。華やかな微笑みの奥に、剣より鋭い意図が潜んでいる。



 「……とはいえ、最近はねぇ。ノーザリアの誇るNo.1パーティが、なかなかクエストを受けてくれなくて困ってるんだよ」

 ルクレウスの口元には、悪意のないように見せかけた笑み。

 その視線は、確かに《銀嶺の誓い》の三人に向けられていた。

 「だから僕は、自ら新たな戦力をスカウトしたんだ。ここにいる僕の仲間たちこそ、今やノーザリアの希望さ!」

 言葉に呼応するように、ルクレウスの背後に立つ4人が一歩、前に出る。

 黄色と緑のドレッドヘアを揺らすアポロ。
 白黒のコーンロウに口元を隠したティガ。
 無言で写し鏡のように立つ、魔槍のグリフと魔弓のグラム。

 グリフ、グラムの双子の目が、明らかに"銀嶺の誓い"を嘲るように細められる。

 ミィシャの眉がぴくりと跳ね上がった。

 「はァ? 聞こえよがしに何言ってくれてんだ、バカ王子……」

 「ミィシャ」

 ライネルが短く制止の声をかけたが、その目には怒りの色が隠しきれていなかった。

 エリナは——ただ静かに目を伏せ、何も言わなかった。

 だが、その沈黙こそが、言葉よりも強くルクレウスを拒んでいた。

 ルクレウスの言葉に応じるように、その背後から歩み出る4人の戦士たち。

 まず、鮮やかな黄色と緑のまだらなドレッドヘアーを揺らしながら、派手なサングラスをかけた男が肩を回す。上半身はタンクトップ一枚、腰に垂らしたはだけた上着、軽やかなレザーアーマー。腰の両側には、湾曲した二振りのシミターが煌めいていた。

 「へ、へぇ……お前らも、し、試合に出るんだって?」

 アポロと名乗るその男は、舌足らずな喋り方をしながらも、じろじろとリディア、カリム、迅を順番に見まわす。

 「……へへ……」

 そして、リディアの顔を見た瞬間、サングラス越しの瞳がいやらしく光り、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 その視線に、リディアの表情が一瞬だけ硬直する。

 次に現れたのは、白黒の縞模様のコーンロウを頭に巻いた、マフラーで口元を隠した男。全身は軽装の布と革に覆われ、腰には二本の細い短剣——スティレットが提げられていた。

 彼は一言も発さず、ただじっとこちらを見据えている。

 (こいつ……喋らない系のキャラか?)

 迅がそう判断する一方で、その無言の目線には、何か冷たいものが宿っていた。

 アポロと同じく、順番に三人を見たあと、ピタリとカリムの前で視線が止まる。

 その気配に、カリムの表情がわずかに強張った。

 続いて、青みがかった灰色の髪を持つ鋭い目の槍使いと、赤みがかった同じ顔立ちの弓使いが現れる。

 グリフとグラム。双子の兄弟。

 二人はすれ違いざまにエリナたち“銀嶺の誓い”のメンバーにニヤニヤとした笑みを向けていく。

 「相変わらずの不愉快な目つきだな……」

 ライネルが低く呟くと、ミィシャも眉をひそめて鼻を鳴らした。

 だが——迅は、そんな相手の視線よりも、自分の仲間たちの異変に目を奪われていた。

 (……カリム?)

 カリムは、まるで本能的に何かを察知しているかのように、アポロとティガの姿を真正面から睨み返していた。

 その空気は、明らかに普段の穏やかなものではない。

 (今までにないな、このピリつき方は……)

 そして、すぐ隣。

 リディアが、いつの間にか自分の影に身を寄せていた。

 その左手が、そっと自分の袖を掴んでいることに気づいた時、迅は息を飲む。

 (──震えてる……!?)

 手はかすかに震えていた。

 あの冷静で凛々しいリディアが、まるで普通の少女のように怯えている。

 (こんなリディア……見たのは、あの時以来だ。アーク・ゲオルグと初めて顔を合わせた、あの日……)

 迅は、ティガとアポロ、特にその異様な“空気”を改めて警戒するように目を細めた。


 そんな中、ルクレウスは軽やかな笑みを浮かべたまま、話を続けていた。

 「さ、もうすぐ明日の大会の抽選が始まるんだ。僕たち“戦律の双牙”からは、今回は2名が特別枠で本戦出場が決まっていてね」

 「ほほう、5人全員が出場するわけではないのですな?」

 ロドリゲスが胡散臭げな笑みを浮かべて問うと、ルクレウスは軽く指を弾いた。

 「特別枠は三組。アルセイアの“王命独行”、ノーザリアの“銀嶺の誓い”、そして我々“戦律の双牙”に2枠ずつ。僕たちから出場するのは……まず、このアポロ」

 アポロは「ひゃはっ」と笑いながら、手をひらひら振って応じた。


 「そして……もう一人は、この僕さ」


 ルクレウスは、まるで舞台の主役かの様に胸に手を当て腰を折る。
 その笑顔は、地上を照らす太陽の様に明るくもあり、どこまでも底が見えない暗闇のようでもあった。

 「へぇ……そいつは面白ぇな。」

 迅はルクレウスの顔を正面から見据え、いつもの様に不敵な笑みを浮かべるのだった。
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