科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第140話 善鬼の視線、カリムの謎

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 柔らかな陽光が差し込むロビーの一角で、侍のような風貌の戦士が微笑んでいた。

 善鬼——その男は、まるで何気ない挨拶のように彼らへ声をかけてきたが、その目の奥には明らかに別の意図が光っていた。

 その存在感は、決して騒がしくはない。
 しかし、まるで“己という存在そのものが空気を変える”ような圧をまとっていた。

 迅は、そんな男の前に一歩進み出ると、視線を合わせたまま口を開いた。

 「……ああ。改めて、自己紹介させてもらうわ。俺の名前は九条迅。アルセイア王国から、この武闘大会に“特別招待枠”として呼ばれてきた訳だ。」

 善鬼の表情は変わらない。
 ただ、小さく「ははぁ」と頷いただけだった。

 迅は肩越しに視線をやり、隣に立つ金髪の剣士を親指で指す。

 「一緒に出場するのは、こいつ——カリム・ヴェルトール。"純粋な剣士として"なら、俺らの中じゃこいつかダントツだと思うぜ。」

 自分の言葉に嘘はなかった。

 これまで幾度となく、戦場で背を預けてきた男。
 魔法を使わずとも、純粋な剣技と身体能力だけで、あらゆる敵を切り伏せてきた"剣聖"。

 しかし——

 善鬼の反応は、どこか曖昧だった。

 「ほぉ……なるほどなぁ」

 言葉こそ感心したような響きだが、その目線はずっと迅の方に向いたまま、わずかにカリムを一瞥した程度で流れていく。

 まるで、「主役はこっち」と言わんばかりの“興味の偏り”を、隠そうともしない。

 「そら納得やわ。お兄さん、めっちゃ大きい“闘気”を纏ってはるもんなぁ」

 「……闘気?」

 聞き慣れない単語に、迅は眉をひそめた。

 だが、すぐにピンときた。

 (“闘気”……魔力のことか……?)

 文化によって、同じ物体や現象を指し示す言葉が異なる。これは迅が元いた世界においてもままある事だ。

 善鬼は笑顔を浮かべたまま、じっと迅を見つめ続ける。

 その視線は、やはり穏やかで、しかし妙に“深い”。

 感情の波をまったく乱さないその目の奥に、迅は思わず身を竦ませるような妙な“圧”を感じた。

 (……本気で“視えてる”って目だな)

 ただ見ているのではない。
 魔力の流れ、気の在り処、あるいは——その人間の“本質”すらも覗き見ようとするような、そんな視線。

 善鬼は腕を組みながら、ぽつりと呟いた。

 「……ああ、これは失敬。自分の出身のアカツキでは、闘気の大きさは……その者が“どれだけ世に影響を与えるか”を測る基準や言われてましてな」

 「へぇ……そいつはまた、面白ぇ考え方だな」

 迅は興味深げに頷きながらも、その言葉の奥にある意味を考えていた。

 この世界に転移してからずっと研究してきた“魔力”という現象。

 それが、まったく別の文化で“闘気”として捉えられていたことに、迅は改めて驚きを覚えていた。

 そして——

 「まあまあ、そちらのお兄さんも楽しみやけど……」

 善鬼はふと目を細め、横目でちらりとカリムを見る。

 その視線には、ほんのわずかな“見下し”と“疑問”が滲んでいた。

 しかしその話は、少し先へと繋がることになる。

 今はまだ——彼の興味の矛先は、別の誰かへと移ろうとしていた。


 善鬼の視線が、静かに横へと流れる。

 その目が、ふとカリムの姿を捉える——だが、それはほんの一瞬だった。

 まるで何も得るものがなかったかのように、あっさりと彼を通り過ぎ、すぐに別の人物へと向けられる。

 今度は——リディア・アークライト。

 淡い銀の髪、聡明な瞳。凛とした立ち姿に、静かな知性と気高さが宿る魔法士。

 善鬼の目が、細くなる。

 侮りの色は、ない。
 むしろ、思わず感嘆が漏れたような、穏やかで誠実な眼差しだった。

 「……お姉さん」

 その柔らかな声が空気をほぐすように響く。

 「この中でいちばん、大きな“闘気”を持ってはるなぁ。……びっくりしたわ」

 リディアのまなざしが、わずかに鋭くなる。

 「……私?」

 「せや」

 善鬼は微笑みを崩さず、どこか丁寧にリディアを見つめる。

 「纏ってる闘気の密度と練度……例えるなら、霧の中で光が差すような静けさと芯の強さや。えらいもんやな」

 「……そう?過分な評価、ありがたく受け取っておくわ。」

 リディアの声音は静かで、少し低い。
 驚きの色を見せるでもなく、照れも浮かべない。
 ただ、淡々と——けれど、ほんのわずかに、目の奥が揺れた。

 善鬼は、そんな反応を面白がるわけでもなく、静かに頷いた。

 「本戦には出ぇへんの?」

 「私は補佐。出場するのは迅とカリムよ。」

 「もったいない話やなぁ。あんたが一番、闘気の“格”が高いと思ったんやけどな」

 「別に、前に出て戦うことだけが力の使い方じゃないでしょ?」

 ぴしゃりと言い切るわけでもなく、しかし揺るぎのない響き。

 善鬼の評価を受けて舞い上がるでも、謙遜して照れるでもなく。
 あくまで自分の役割を淡々と受け入れている、リディアらしい応対だった。

 「……なるほど。肚《はら》ぁ括っとる人の目やな、それ」

 善鬼の口調には、素直な敬意が滲んでいた。

 リディアは短く頷くだけで、それ以上何も言わなかった。
 しかし、その目にはわずかな光が宿っていた。
 自分の力を“見抜いた”という事実への、淡い驚きと、ほんの少しの——誇り


 善鬼の目がリディアからすっと逸れ、次にゆっくりと視線を巡らせた先に立っていたのは、銀の鎧を纏った一人の剣士——エリナ・ヴァイスハルトだった。

「お姉さんは……」

 柔らかな口調のまま、善鬼が問いかける。

「そちらさんも、出場選手で?」

 エリナはふわりと微笑み、スカートの裾をつまんで淑やかに一礼した。

「ええ、今大会には"銀嶺の誓い《シルバー・オース》"の一員として参加させていただいておりますわ。私と、そちらの猫獣人——ミィシャが、出場いたしますの」

 「へえ……"銀嶺の誓い"さん、ですか。なるほど、なるほど」

 善鬼は感心したように頷いた。

 その眼差しは変わらず細く、微笑を崩さないまま、しかし何かを探るような静かな光を宿していた。

 「それは楽しみですな。見たところ、腕も、気概も……そちらのお姉さんからも、えらい冴えた闘気を感じますわ」

「光栄ですわ」

 エリナが丁寧に応じるその背後で、ミィシャがふんぞり返るように胸を張った。

「あたしら白銀級だからな!予選勝ち抜いたやつらとだって、ガチでやれるぜ!」

「ふふ、それは心強いなぁ」

 善鬼の笑みはどこまでも柔らかく、けれどもその奥にある“戦士”の気配は揺るがない。

 まるで、戦場に咲く花のように——柔と剛を同時に纏う、その在り方は、場の空気すら少しずつ引き締めていった。


 善鬼の視線はゆっくりと移ろい、最後に、グループの中で唯一目立った反応を見せていない男へと向けられた。

 蒼き瞳。鋼のように静かな立ち姿。

 ——カリム・ヴェルトール。

 その眼差しは泰然自若。背筋は凛としており、腰の剣を撫でる仕草にも、無駄な力が一切ない。

 だが、善鬼は、ほんの一瞬だけ、その姿を斜めに見やっただけで、

「ほな……あんたら全員、そろってえらい強そうやけど……」

 そこでふっと笑い、柄に手を添えていた刀の背で、カリムを軽く指し示すように傾けた。

「——そちらのお兄さんだけは、ちぃっと退屈そうやなぁ?」

 その一言に、一瞬、空気が凍りついた。

 「……へ?」

 ミィシャが最初に反応した。

 耳がぴくりと動き、次いで尻尾がピンと立つ。

 「は? てめぇ……今、何て言った?」

 次の瞬間には、ぐいっと前へ出ようとする。

 「ミィシャ殿」

 だが、それを制したのは、当のカリム自身だった。

 涼しい顔のまま、右手を軽く上げて制止する。

 「私は一向に構わんよ。」

 口元には、どこか楽しげな笑みすら浮かべていた。

 「むしろ、剣士として光栄なことだ。“退屈”と言われるほど、隙がないと評価されたのかもしれん。違うかね?」

 「……おおきに。まあ、そう解釈してもろてもええけどな?」

 善鬼は悪びれた様子もなく、相変わらず人懐っこい笑みを浮かべながら応じる。

 だが、その笑顔の奥——切れ長の目の隙間から、再び鋭い光が一瞬だけ宿った。

 「闘気の無い剣士ちゅうのは、珍しい存在や。……どこまでやれるんか、ほんま、楽しみやで?」

 そう言って、善鬼は刀を背に戻し、ひらりと手を振って背を向ける。

 「ほな、明日。ええ試合になることを祈ってますわ。よろしゅうに、皆さん」

 その背中は、どこまでも軽やかで、どこまでも読みづらかった。

 だが、その足取りが完全に消えた後も、ロビーの空気には、仄かな緊張感が残っていた。

 まるで、侍の風が吹き抜けた後の静寂——

 それは、まさに“嵐の前触れ”のようだった。



 ◇◆◇



 善鬼が軽く手を振って去っていった後も、その場には妙な沈黙が残っていた。

 華やかだったロビーの空気が、一瞬だけ冷えたように感じたのは気のせいだろうか。

 けれど迅は——いや、迅だけは、別のことで頭がいっぱいになっていた。

 (……やっぱり、こいつは)

 脳裏に、確信めいた思考が根を張る。

 善鬼の“視線”の使い方。

 自分を見た時は、嬉しそうに「大きい闘気を纏ってる」と語った。リディアを見た時には、まるで宝物でも見つけたような目をしていた。

 なのに——カリムを見た時間は、ほんの一瞬だった。

 あの侍は“闘気”の大小で強さを測っている。きっとそれはこの世界で言う“魔力”のこと。ならば、善鬼の反応はこういうことだ。

 (……カリムの魔力は、“ゼロ”に近い)

 その可能性は、ずっと前から頭の片隅にあった。

 今まで、どれだけ高感度の魔力干渉魔法を試しても——"魔力霧筺《マナ・シンチレーション》"を使って、周囲の魔力流を完全に可視化したとしても——カリムだけは、一度たりとも反応を見せなかった。

 波も、粒子も、感応値も——何も、ない。

 まるで、そこに“魔力という概念”自体が存在していないような沈黙。

 (だが、あいつは……)

 記憶に蘇る。

 剣を抜いた瞬間に、音が消える。
 踏み込んだ一歩が、距離の概念すら無視する。
 相手の防御も魔法も、ただの“紙”のように切り裂かれていた。

 それが“魔力強化”によるものではない。
 むしろ、そういった力の加算や補正が一切“働いていない”のに——

 (……あの動きが可能になる理屈が、どこにもねぇ)

 魔力がゼロで、あの身体能力。
 肉体強化の術式もなければ、構造魔法の痕跡もない。

 彼が動けば、それはただ“人間”の筋肉と骨の構造だけで実現されている動作。

 ——理不尽だった。

 (間違いない。カリムは、"魔力不適合者"だ)

 そう思うと、全身に静かな電流が走った。

 ずっと、訊こうか迷っていた。

 でも、聞けなかった。

 魔力不適合者への偏見や差別——それが、現実にこの世界には存在していることを、王宮の書物で読んだことがあったから。

 もし彼がそうなら、その“可能性”を安易に他人の口から問うべきではないと、どこかで線を引いていた。

 だが、今。善鬼の反応が、最後のピースをはめ込んでしまった。

 思考の奥底で、何かが弾ける。


 (……そうか。あいつ、“強くなるための魔力”すら、必要としてねぇのか)


 ぞわりと、背筋に戦慄が走る。

 同時に——


 (……面白ぇ)


 ぞくぞくするような感覚が、喉の奥からせり上がってきた。

 理解できない。だからこそ、知りたい。

 “科学”は、未知を解き明かすためにある。

 (こいつは……魔力の本質とは別の角度から、この世界の理屈そのものを覆す、鍵になるかもしれない)

 思わず、カリムの方に目をやった。

 無造作に立つその背中に、戦意も魔力もない。
 ただ、静かに、あの“異常な強さ”だけが、そこに佇んでいた。

 (……解析してやるぜ。絶対に)

 拳を握る。

 それは恐れではない。
 科学者としての——本能的な、飢えだった。


 カリムが、ふとこちらを見た。

 そして、じっと、真っ直ぐに、視線を合わせてくる。

 「……?」

 気配を感じたのか、首を傾げて笑った。

 「どうした、勇者殿。顔が真剣だぞ?」

 「あー……いや、別に。なんでもねぇよ」

 「そうか。ならばよいが。」

 カリムは楽しげに目を細め、意味ありげにこちらを見つめてくる。

 だが、迅はその視線を受け流すように笑い、そっぽを向いた。

 (あー……ますます興味が湧いてきたじゃねぇか)

 その正体は、いったい何なのか。

 カリム・ヴェルトール。

 “この世界に、魔力無しで存在する、規格外の戦士”。

 ——科学じゃまだ測れない、最大の謎だ。
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