科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第139話 邂逅と火花と侍

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 ホテルのロビーは、午後の柔らかな陽光に照らされ、煌びやかなシャンデリアの光と共に優雅な空気を纏っていた。

 そんな空間に、ふいに咲いた華のような声が響く。

 「迅様——」

 振り向いた瞬間、紅の鎧を纏った美しき女剣士、エリナ・ヴァイスハルトが、優雅な足取りで近づいてきた。

 「およそ一ヶ月ぶりですわね」

 紅い唇が微笑み、スカートの裾を持ち上げて、しなやかな礼を取るその所作は、まるで舞踏会の王女のようだった。

 「久しぶりだな。元気だったか?」

 迅も思わず口元を緩め、肩をすくめる。

 その瞬間——エリナはすっと顔を寄せた。

 「ええ、とっても。……それもこれも、迅様の訓練マニュアルのお陰ですのよ」

 耳元に囁かれたその甘やかな声は、花の香りのように柔らかく、しかし確実に刺すような熱を伴っていた。

 「わっ、近っ! ちょっと、エリナさん!」

 声と同時に、リディア・アークライトが、迅の片腕をがしっと掴んだ。

 淡い紫紺の瞳が、じとりとした光を宿している。

 「……訓練マニュアル作ったの、私も協力したんだけど?」

 「あら?リディアさんにも感謝してますわよ?ですが、それはそれ、これはこれです。」

 エリナはさらりと微笑みながら、迅の反対側の手を優雅に取る。

 「一ヶ月ぶりですもの。くらい、いいではありませんか?」

 「よくない!」

 「いだだだだっ……!?」

 両腕を左右から引っ張られた迅が、ついに悲鳴を上げた。

 リディアの力強い引き、エリナの見た目に反した怪力——その板挟みにあった迅の腕が、今にも引きちぎれそうになっている。

 「ちょ、ちょっと! 左肩! 関節外れるってば!」

 「貴方が変な顔するから悪いのよ!」

 「してない!言いがかりだ——」

 「だって一ヶ月ぶりの迅様ですもの……!」

 「いだだだだああああっ!!
 裂ける!裂けるから!
 大岡裁きの子供みたいになってるから!!」

 もはや阿鼻叫喚。ロビーに響く悲鳴に、周囲の宿泊客たちがちらちらと視線を向ける。

 「お、お前らちょっと落ち着いて……っ!」

 「ふむ、なんだか、楽しそうだな」

 静かにその修羅場に割り込んできたのは、全く空気を読まない、いや、読んだうえで斜め上をいく男だった。

 「君たちばかり勇者殿と仲良くしてずるいぞ、リディア! 私も混ぜてほしい!」

 「お前はどんな角度で羨ましがってんだよっ!? ていうか混ざるな! 頼むから落ち着け!」

 「ふむ、私も勇者殿のそのたくましい腕を掴んでみたかったのだが……残念だ」

 「やめろぉぉぉおおお!!つーか明日試合だっつってんだろ!!試合前に肩が死ぬぅ!!」

 ぎゃーすか騒ぐ迅と、華やかな笑みで主張を押し通すエリナ、冷や汗を浮かべながらも離さないリディア、そして真面目な顔でボケるカリム。

 ——混沌。

 その光景を、少し離れた場所から見ていたロドリゲスが、ほくそ笑みながらひとこと。

 「勇者殿、モテモテじゃのう……」

 その呟きは、ロビーの上品な空気の中に、ぽつりと落ちた。

 しかし、その“モテ”の代償は、彼の肩に強烈な痛みとして刻まれていた——。


 ◇◆◇


 エリナとリディアによる“迅争奪戦”がひと段落し、ようやく解放された迅が腕をぶらぶらと回していると、視線の先に気配を感じた。

 じっと、こちらを見ている者がいる。

 ——真っ直ぐな眼差し。冷たいようでいて、どこか温度のある視線。

 氷のような青を湛えた瞳の奥に、感情を押し殺したような光が宿っていた。

 「……よお、ライネル」

 迅が手をひらひらと振ると、その青年——ライネル・フロストが眼鏡を押し上げながら一歩、二歩と近づいてきた。

 「久しぶりだな、九条迅」

 相変わらずの硬い口調。
 だが、その声にはどこか嬉しさが滲んでいた。

 「王妃の容態はどうだ?」

 迅が尋ねると、ライネルは目を伏せてひとつ頷く。

 「良くも悪くも、変わらず……といったところだ。だが、君が開発した“転熱冷却《ヒート・ディフュージョン》”が、病の進行を抑えているのは間違いない」

 「そっか……それを聞いて、ちょっと安心したわ」

 迅は穏やかに笑う。

 「……白銀級冒険者様の腕のおかげだよ」

 冗談めかして肩をすくめる迅に、ライネルはふっと笑みを浮かべた。

 「否定はしないがね。僕も自分の腕には自信を持っている」

 その笑顔の奥に、静かな誇りと、そして——少しの焦りが混じっていた。

 「君の著書。“熱力学と氷魔法の関連性に関する論述”。悔しいが、脱帽だったよ」

 「お、読んだか」

 「当然だ。……君の“氷魔法=熱移動魔法”という仮説は、僕の魔法体系を一段階進めてくれた。また、熱力学第二法則と魔力消費の相関……あれには驚かされたよ。礼を言う」

 「いやいや、こっちこそ。あれを理論として組み立てたのは俺だけど、実践して形にできたのは、あんたみたいな魔法士がいたからだ」

 「……だが」

 ふいに、ライネルの眼差しが鋭くなった。

 「僕は、君とリディアたんの関係を、完全に認めたわけではない」

 「あ?」

 リディアが思わず顔を上げる。
 迅も表情を歪め、"こいつ何急に気持ち悪い事言い出したの?"という感情が隠しきれない。

 ライネルは真顔のまま、言葉を続けた。

 「君は、僕の“推し”と毎日魔法を学び、一緒に訓練し、さらには……」

 「ま、待って待って待って!」

 リディアが赤面して手をバタバタ振る。

 「ち、違うから! 別に、毎日ってわけじゃないし……!」

 「だが、事実、リディアたんが君に笑顔を向ける頻度は、僕の観測範囲内では上昇傾向にある」

 「お前はまずはそういう気持ち悪い発言をもう少し控えた方がいいんじゃねぇかな!?」

 迅が横から突っ込む。

 「……まあいい」

 ライネルはわざとらしく咳払いをすると、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

 「僕は、熱力学第一、第二、第三法則と氷魔法を融合させた“新たな術式”を完成させた。今の僕の氷魔法は以前とは別の次元へと到達した。君は“敵軍に兵糧を送る”ような真似をしたかもしれないぞ?」

 口元に浮かぶのは、わずかに意地悪そうな笑み。

 しかし、それはまるで少年のような純粋な挑戦の顔でもあった。

 「ほぉ~……?」

 迅もニヤリと笑って、わざとライネルの顔に近づく。

 「熱力学を極めたくらいで“科学”を知った気になるのは、まだ早ぇんじゃねぇか? もっとすげぇ“科学の深淵”……覗いてみるか?」

 ぞくり、とした空気が流れる。

 ライネルは一瞬たじろいだが、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。

 「や、やだなあ……冗談に決まってるだろう?」

 「……」

 「僕と君は、“大正義リディアたんを推す会”の同志じゃないか」

 「そんな会に入った覚えはねぇよ!!」

 迅が全力でツッコむと、リディアは顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。

 「も、もう……なによそれ……!」

 その頬には、微かに笑みが浮かんでいた。

 ライネルの真っ直ぐな敬意も、迅の突き抜けた科学狂ぶりも、なんだかんだで心地いい。
 この関係は、きっと悪くない。

 そんな空気が、そっと三人の間に流れていた。


 ◇◆◇



 賑やかなロビーの片隅。

 エリナとリディアの“迅争奪戦”、ライネルと迅の科学談義という二連撃に疲れたのか、迅はようやく息を吐き、ソファの背にのけ反った。

「ふぅ……もうお腹いっぱいだわ」

 情けない声で呟いた迅に、リディアが小さく肩を揺らして笑い、ライネルは満足げに眼鏡を押し上げる。

 そんな彼らの前に、そっと影が落ちた。

「……ええ感じに盛り上がってはるなあ」

 その声は、どこか朗らかで、けれど芯のある響きを持っていた。

 全員の視線が、声の主へと向く。

 白い袴に黒羽織。腰には一振りの長い刀。
 長い髪を結い上げ、切れ長の目元は細く、笑っているのか寝ているのか分からないが、決して気を抜いている雰囲気ではない。

 ただ立っているだけなのに、どこか“間合い”を感じさせる空気があった。

「やあ、すんまへん。楽しそうに喋ってはるから、つい声かけたくなってしもてな」

 柔らかい関西弁のような訛り。

 それでいて、声には軽さ以上の“重み”があった。

 カリムがひとつ身じろぎし、視線を鋭くする。

「……どなたかな?」

 その問いに、侍風の男は微笑を崩さぬまま、ゆっくりと胸に手を当てた。

「名乗り遅れてすんまへん。うちは“善鬼《ぜんき》”っちゅうもんですわ。ちょっと遠い国から、剣の旅に出てましてな」

 頭をぺこりと下げる動作も、どこか絵になる所作だった。

「善鬼……?」

 迅が眉を寄せる。風貌だけでなく、名前の響きもどこか日本を感じさせる。。

 善鬼は、にこにこと柔らかく笑いながら続ける。

「アカツキの“天下一御前試合”ゆう大会で優勝してしもてな。それから飛龍の子と一緒に、武者修行の旅をしとるんですわ」

「飛龍の……子?」

 驚いたように訊き返すと、善鬼は目を細めたまま、どこか誇らしげにうなずいた。

「おお、名前は“卍天丸《ばんてんまる》”。まだまだ育ち盛りやけど、空を飛ばせたらちょっと自慢の相棒や」

 「飛龍を連れてるって……それ、本気《マジ》で言ってんのかよ……?」

 迅が呆れとも畏れともつかない声を洩らすが、善鬼の笑顔は揺るがない。

「ふふ。まあ、また機会があったら紹介しますわ」

 カリムが善鬼をじっと見つめていた。

 ただの侍風の旅人ではない。明らかに“できる”男の雰囲気。
 肩から放たれる空気が、並の剣士ではないことを物語っている。

「……貴殿、今回の武闘大会の予選に出たのか?」

 カリムが低く問うと、善鬼はあっさりと頷いた。

「せやで。Bブロックで優勝して、本戦出場が決まっとる。今日はその手続きの合間や」

 場の空気が、わずかに引き締まった。

 そして善鬼は、そのまま自然な動作で——ごく当たり前のように、迅を中心とした三人に視線を流す。

 その目の奥——細く開いたその隙間からは、一瞬だけ鋭い“光”が覗いた。

「……で、あんたらが特別枠の本戦出場者、っちゅうわけやな?」

 ニコリ、と笑ったまま。

 けれど、その問いには“探り”の色が見え隠れしていた。

 善鬼《ぜんき》。

 その男は、ただ陽気な剣客などではない。

 柔らかく人懐こい口調の裏に、確かな“刃”を隠し持つ者——

 本戦に向け、すでに戦いは始まっていた。
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