138 / 151
第139話 邂逅と火花と侍
しおりを挟む
ホテルのロビーは、午後の柔らかな陽光に照らされ、煌びやかなシャンデリアの光と共に優雅な空気を纏っていた。
そんな空間に、ふいに咲いた華のような声が響く。
「迅様——」
振り向いた瞬間、紅の鎧を纏った美しき女剣士、エリナ・ヴァイスハルトが、優雅な足取りで近づいてきた。
「およそ一ヶ月ぶりですわね」
紅い唇が微笑み、スカートの裾を持ち上げて、しなやかな礼を取るその所作は、まるで舞踏会の王女のようだった。
「久しぶりだな。元気だったか?」
迅も思わず口元を緩め、肩をすくめる。
その瞬間——エリナはすっと顔を寄せた。
「ええ、とっても。……それもこれも、迅様の訓練マニュアルのお陰ですのよ」
耳元に囁かれたその甘やかな声は、花の香りのように柔らかく、しかし確実に刺すような熱を伴っていた。
「わっ、近っ! ちょっと、エリナさん!」
声と同時に、リディア・アークライトが、迅の片腕をがしっと掴んだ。
淡い紫紺の瞳が、じとりとした光を宿している。
「……訓練マニュアル作ったの、私も協力したんだけど?」
「あら?リディアさんにも感謝してますわよ?ですが、それはそれ、これはこれです。」
エリナはさらりと微笑みながら、迅の反対側の手を優雅に取る。
「一ヶ月ぶりですもの。これくらい、いいではありませんか?」
「よくない!」
「いだだだだっ……!?」
両腕を左右から引っ張られた迅が、ついに悲鳴を上げた。
リディアの力強い引き、エリナの見た目に反した怪力——その板挟みにあった迅の腕が、今にも引きちぎれそうになっている。
「ちょ、ちょっと! 左肩! 関節外れるってば!」
「貴方が変な顔するから悪いのよ!」
「してない!言いがかりだ——」
「だって一ヶ月ぶりの迅様ですもの……!」
「いだだだだああああっ!!
裂ける!裂けるから!
大岡裁きの子供みたいになってるから!!」
もはや阿鼻叫喚。ロビーに響く悲鳴に、周囲の宿泊客たちがちらちらと視線を向ける。
「お、お前らちょっと落ち着いて……っ!」
「ふむ、なんだか、楽しそうだな」
静かにその修羅場に割り込んできたのは、全く空気を読まない、いや、読んだうえで斜め上をいく男だった。
「君たちばかり勇者殿と仲良くしてずるいぞ、リディア! 私も混ぜてほしい!」
「お前はどんな角度で羨ましがってんだよっ!? ていうか混ざるな! 頼むから落ち着け!」
「ふむ、私も勇者殿のそのたくましい腕を掴んでみたかったのだが……残念だ」
「やめろぉぉぉおおお!!つーか明日試合だっつってんだろ!!試合前に肩が死ぬぅ!!」
ぎゃーすか騒ぐ迅と、華やかな笑みで主張を押し通すエリナ、冷や汗を浮かべながらも離さないリディア、そして真面目な顔でボケるカリム。
——混沌。
その光景を、少し離れた場所から見ていたロドリゲスが、ほくそ笑みながらひとこと。
「勇者殿、モテモテじゃのう……」
その呟きは、ロビーの上品な空気の中に、ぽつりと落ちた。
しかし、その“モテ”の代償は、彼の肩に強烈な痛みとして刻まれていた——。
◇◆◇
エリナとリディアによる“迅争奪戦”がひと段落し、ようやく解放された迅が腕をぶらぶらと回していると、視線の先に気配を感じた。
じっと、こちらを見ている者がいる。
——真っ直ぐな眼差し。冷たいようでいて、どこか温度のある視線。
氷のような青を湛えた瞳の奥に、感情を押し殺したような光が宿っていた。
「……よお、ライネル」
迅が手をひらひらと振ると、その青年——ライネル・フロストが眼鏡を押し上げながら一歩、二歩と近づいてきた。
「久しぶりだな、九条迅」
相変わらずの硬い口調。
だが、その声にはどこか嬉しさが滲んでいた。
「王妃の容態はどうだ?」
迅が尋ねると、ライネルは目を伏せてひとつ頷く。
「良くも悪くも、変わらず……といったところだ。だが、君が開発した“転熱冷却《ヒート・ディフュージョン》”が、病の進行を抑えているのは間違いない」
「そっか……それを聞いて、ちょっと安心したわ」
迅は穏やかに笑う。
「……白銀級冒険者様の腕のおかげだよ」
冗談めかして肩をすくめる迅に、ライネルはふっと笑みを浮かべた。
「否定はしないがね。僕も自分の腕には自信を持っている」
その笑顔の奥に、静かな誇りと、そして——少しの焦りが混じっていた。
「君の著書。“熱力学と氷魔法の関連性に関する論述”。悔しいが、脱帽だったよ」
「お、読んだか」
「当然だ。……君の“氷魔法=熱移動魔法”という仮説は、僕の魔法体系を一段階進めてくれた。また、熱力学第二法則と魔力消費の相関……あれには驚かされたよ。礼を言う」
「いやいや、こっちこそ。あれを理論として組み立てたのは俺だけど、実践して形にできたのは、あんたみたいな魔法士がいたからだ」
「……だが」
ふいに、ライネルの眼差しが鋭くなった。
「僕は、君とリディアたんの関係を、完全に認めたわけではない」
「あ?」
リディアが思わず顔を上げる。
迅も表情を歪め、"こいつ何急に気持ち悪い事言い出したの?"という感情が隠しきれない。
ライネルは真顔のまま、言葉を続けた。
「君は、僕の“推し”と毎日魔法を学び、一緒に訓練し、さらには……」
「ま、待って待って待って!」
リディアが赤面して手をバタバタ振る。
「ち、違うから! 別に、毎日ってわけじゃないし……!」
「だが、事実、リディアたんが君に笑顔を向ける頻度は、僕の観測範囲内では上昇傾向にある」
「お前はまずはそういう気持ち悪い発言をもう少し控えた方がいいんじゃねぇかな!?」
迅が横から突っ込む。
「……まあいい」
ライネルはわざとらしく咳払いをすると、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「僕は、熱力学第一、第二、第三法則と氷魔法を融合させた“新たな術式”を完成させた。今の僕の氷魔法は以前とは別の次元へと到達した。君は“敵軍に兵糧を送る”ような真似をしたかもしれないぞ?」
口元に浮かぶのは、わずかに意地悪そうな笑み。
しかし、それはまるで少年のような純粋な挑戦の顔でもあった。
「ほぉ~……?」
迅もニヤリと笑って、わざとライネルの顔に近づく。
「熱力学を極めたくらいで“科学”を知った気になるのは、まだ早ぇんじゃねぇか? もっとすげぇ“科学の深淵”……覗いてみるか?」
ぞくり、とした空気が流れる。
ライネルは一瞬たじろいだが、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。
「や、やだなあ……冗談に決まってるだろう?」
「……」
「僕と君は、“大正義リディアたんを推す会”の同志じゃないか」
「そんな会に入った覚えはねぇよ!!」
迅が全力でツッコむと、リディアは顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。
「も、もう……なによそれ……!」
その頬には、微かに笑みが浮かんでいた。
ライネルの真っ直ぐな敬意も、迅の突き抜けた科学狂ぶりも、なんだかんだで心地いい。
この関係は、きっと悪くない。
そんな空気が、そっと三人の間に流れていた。
◇◆◇
賑やかなロビーの片隅。
エリナとリディアの“迅争奪戦”、ライネルと迅の科学談義という二連撃に疲れたのか、迅はようやく息を吐き、ソファの背にのけ反った。
「ふぅ……もうお腹いっぱいだわ」
情けない声で呟いた迅に、リディアが小さく肩を揺らして笑い、ライネルは満足げに眼鏡を押し上げる。
そんな彼らの前に、そっと影が落ちた。
「……ええ感じに盛り上がってはるなあ」
その声は、どこか朗らかで、けれど芯のある響きを持っていた。
全員の視線が、声の主へと向く。
白い袴に黒羽織。腰には一振りの長い刀。
長い髪を結い上げ、切れ長の目元は細く、笑っているのか寝ているのか分からないが、決して気を抜いている雰囲気ではない。
ただ立っているだけなのに、どこか“間合い”を感じさせる空気があった。
「やあ、すんまへん。楽しそうに喋ってはるから、つい声かけたくなってしもてな」
柔らかい関西弁のような訛り。
それでいて、声には軽さ以上の“重み”があった。
カリムがひとつ身じろぎし、視線を鋭くする。
「……どなたかな?」
その問いに、侍風の男は微笑を崩さぬまま、ゆっくりと胸に手を当てた。
「名乗り遅れてすんまへん。うちは“善鬼《ぜんき》”っちゅうもんですわ。ちょっと遠い国から、剣の旅に出てましてな」
頭をぺこりと下げる動作も、どこか絵になる所作だった。
「善鬼……?」
迅が眉を寄せる。風貌だけでなく、名前の響きもどこか日本を感じさせる。。
善鬼は、にこにこと柔らかく笑いながら続ける。
「アカツキの“天下一御前試合”ゆう大会で優勝してしもてな。それから飛龍の子と一緒に、武者修行の旅をしとるんですわ」
「飛龍の……子?」
驚いたように訊き返すと、善鬼は目を細めたまま、どこか誇らしげにうなずいた。
「おお、名前は“卍天丸《ばんてんまる》”。まだまだ育ち盛りやけど、空を飛ばせたらちょっと自慢の相棒や」
「飛龍を連れてるって……それ、本気《マジ》で言ってんのかよ……?」
迅が呆れとも畏れともつかない声を洩らすが、善鬼の笑顔は揺るがない。
「ふふ。まあ、また機会があったら紹介しますわ」
カリムが善鬼をじっと見つめていた。
ただの侍風の旅人ではない。明らかに“できる”男の雰囲気。
肩から放たれる空気が、並の剣士ではないことを物語っている。
「……貴殿、今回の武闘大会の予選に出たのか?」
カリムが低く問うと、善鬼はあっさりと頷いた。
「せやで。Bブロックで優勝して、本戦出場が決まっとる。今日はその手続きの合間や」
場の空気が、わずかに引き締まった。
そして善鬼は、そのまま自然な動作で——ごく当たり前のように、迅を中心とした三人に視線を流す。
その目の奥——細く開いたその隙間からは、一瞬だけ鋭い“光”が覗いた。
「……で、あんたらが特別枠の本戦出場者、っちゅうわけやな?」
ニコリ、と笑ったまま。
けれど、その問いには“探り”の色が見え隠れしていた。
善鬼《ぜんき》。
その男は、ただ陽気な剣客などではない。
柔らかく人懐こい口調の裏に、確かな“刃”を隠し持つ者——
本戦に向け、すでに戦いは始まっていた。
そんな空間に、ふいに咲いた華のような声が響く。
「迅様——」
振り向いた瞬間、紅の鎧を纏った美しき女剣士、エリナ・ヴァイスハルトが、優雅な足取りで近づいてきた。
「およそ一ヶ月ぶりですわね」
紅い唇が微笑み、スカートの裾を持ち上げて、しなやかな礼を取るその所作は、まるで舞踏会の王女のようだった。
「久しぶりだな。元気だったか?」
迅も思わず口元を緩め、肩をすくめる。
その瞬間——エリナはすっと顔を寄せた。
「ええ、とっても。……それもこれも、迅様の訓練マニュアルのお陰ですのよ」
耳元に囁かれたその甘やかな声は、花の香りのように柔らかく、しかし確実に刺すような熱を伴っていた。
「わっ、近っ! ちょっと、エリナさん!」
声と同時に、リディア・アークライトが、迅の片腕をがしっと掴んだ。
淡い紫紺の瞳が、じとりとした光を宿している。
「……訓練マニュアル作ったの、私も協力したんだけど?」
「あら?リディアさんにも感謝してますわよ?ですが、それはそれ、これはこれです。」
エリナはさらりと微笑みながら、迅の反対側の手を優雅に取る。
「一ヶ月ぶりですもの。これくらい、いいではありませんか?」
「よくない!」
「いだだだだっ……!?」
両腕を左右から引っ張られた迅が、ついに悲鳴を上げた。
リディアの力強い引き、エリナの見た目に反した怪力——その板挟みにあった迅の腕が、今にも引きちぎれそうになっている。
「ちょ、ちょっと! 左肩! 関節外れるってば!」
「貴方が変な顔するから悪いのよ!」
「してない!言いがかりだ——」
「だって一ヶ月ぶりの迅様ですもの……!」
「いだだだだああああっ!!
裂ける!裂けるから!
大岡裁きの子供みたいになってるから!!」
もはや阿鼻叫喚。ロビーに響く悲鳴に、周囲の宿泊客たちがちらちらと視線を向ける。
「お、お前らちょっと落ち着いて……っ!」
「ふむ、なんだか、楽しそうだな」
静かにその修羅場に割り込んできたのは、全く空気を読まない、いや、読んだうえで斜め上をいく男だった。
「君たちばかり勇者殿と仲良くしてずるいぞ、リディア! 私も混ぜてほしい!」
「お前はどんな角度で羨ましがってんだよっ!? ていうか混ざるな! 頼むから落ち着け!」
「ふむ、私も勇者殿のそのたくましい腕を掴んでみたかったのだが……残念だ」
「やめろぉぉぉおおお!!つーか明日試合だっつってんだろ!!試合前に肩が死ぬぅ!!」
ぎゃーすか騒ぐ迅と、華やかな笑みで主張を押し通すエリナ、冷や汗を浮かべながらも離さないリディア、そして真面目な顔でボケるカリム。
——混沌。
その光景を、少し離れた場所から見ていたロドリゲスが、ほくそ笑みながらひとこと。
「勇者殿、モテモテじゃのう……」
その呟きは、ロビーの上品な空気の中に、ぽつりと落ちた。
しかし、その“モテ”の代償は、彼の肩に強烈な痛みとして刻まれていた——。
◇◆◇
エリナとリディアによる“迅争奪戦”がひと段落し、ようやく解放された迅が腕をぶらぶらと回していると、視線の先に気配を感じた。
じっと、こちらを見ている者がいる。
——真っ直ぐな眼差し。冷たいようでいて、どこか温度のある視線。
氷のような青を湛えた瞳の奥に、感情を押し殺したような光が宿っていた。
「……よお、ライネル」
迅が手をひらひらと振ると、その青年——ライネル・フロストが眼鏡を押し上げながら一歩、二歩と近づいてきた。
「久しぶりだな、九条迅」
相変わらずの硬い口調。
だが、その声にはどこか嬉しさが滲んでいた。
「王妃の容態はどうだ?」
迅が尋ねると、ライネルは目を伏せてひとつ頷く。
「良くも悪くも、変わらず……といったところだ。だが、君が開発した“転熱冷却《ヒート・ディフュージョン》”が、病の進行を抑えているのは間違いない」
「そっか……それを聞いて、ちょっと安心したわ」
迅は穏やかに笑う。
「……白銀級冒険者様の腕のおかげだよ」
冗談めかして肩をすくめる迅に、ライネルはふっと笑みを浮かべた。
「否定はしないがね。僕も自分の腕には自信を持っている」
その笑顔の奥に、静かな誇りと、そして——少しの焦りが混じっていた。
「君の著書。“熱力学と氷魔法の関連性に関する論述”。悔しいが、脱帽だったよ」
「お、読んだか」
「当然だ。……君の“氷魔法=熱移動魔法”という仮説は、僕の魔法体系を一段階進めてくれた。また、熱力学第二法則と魔力消費の相関……あれには驚かされたよ。礼を言う」
「いやいや、こっちこそ。あれを理論として組み立てたのは俺だけど、実践して形にできたのは、あんたみたいな魔法士がいたからだ」
「……だが」
ふいに、ライネルの眼差しが鋭くなった。
「僕は、君とリディアたんの関係を、完全に認めたわけではない」
「あ?」
リディアが思わず顔を上げる。
迅も表情を歪め、"こいつ何急に気持ち悪い事言い出したの?"という感情が隠しきれない。
ライネルは真顔のまま、言葉を続けた。
「君は、僕の“推し”と毎日魔法を学び、一緒に訓練し、さらには……」
「ま、待って待って待って!」
リディアが赤面して手をバタバタ振る。
「ち、違うから! 別に、毎日ってわけじゃないし……!」
「だが、事実、リディアたんが君に笑顔を向ける頻度は、僕の観測範囲内では上昇傾向にある」
「お前はまずはそういう気持ち悪い発言をもう少し控えた方がいいんじゃねぇかな!?」
迅が横から突っ込む。
「……まあいい」
ライネルはわざとらしく咳払いをすると、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「僕は、熱力学第一、第二、第三法則と氷魔法を融合させた“新たな術式”を完成させた。今の僕の氷魔法は以前とは別の次元へと到達した。君は“敵軍に兵糧を送る”ような真似をしたかもしれないぞ?」
口元に浮かぶのは、わずかに意地悪そうな笑み。
しかし、それはまるで少年のような純粋な挑戦の顔でもあった。
「ほぉ~……?」
迅もニヤリと笑って、わざとライネルの顔に近づく。
「熱力学を極めたくらいで“科学”を知った気になるのは、まだ早ぇんじゃねぇか? もっとすげぇ“科学の深淵”……覗いてみるか?」
ぞくり、とした空気が流れる。
ライネルは一瞬たじろいだが、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。
「や、やだなあ……冗談に決まってるだろう?」
「……」
「僕と君は、“大正義リディアたんを推す会”の同志じゃないか」
「そんな会に入った覚えはねぇよ!!」
迅が全力でツッコむと、リディアは顔を真っ赤にして両手で頬を押さえた。
「も、もう……なによそれ……!」
その頬には、微かに笑みが浮かんでいた。
ライネルの真っ直ぐな敬意も、迅の突き抜けた科学狂ぶりも、なんだかんだで心地いい。
この関係は、きっと悪くない。
そんな空気が、そっと三人の間に流れていた。
◇◆◇
賑やかなロビーの片隅。
エリナとリディアの“迅争奪戦”、ライネルと迅の科学談義という二連撃に疲れたのか、迅はようやく息を吐き、ソファの背にのけ反った。
「ふぅ……もうお腹いっぱいだわ」
情けない声で呟いた迅に、リディアが小さく肩を揺らして笑い、ライネルは満足げに眼鏡を押し上げる。
そんな彼らの前に、そっと影が落ちた。
「……ええ感じに盛り上がってはるなあ」
その声は、どこか朗らかで、けれど芯のある響きを持っていた。
全員の視線が、声の主へと向く。
白い袴に黒羽織。腰には一振りの長い刀。
長い髪を結い上げ、切れ長の目元は細く、笑っているのか寝ているのか分からないが、決して気を抜いている雰囲気ではない。
ただ立っているだけなのに、どこか“間合い”を感じさせる空気があった。
「やあ、すんまへん。楽しそうに喋ってはるから、つい声かけたくなってしもてな」
柔らかい関西弁のような訛り。
それでいて、声には軽さ以上の“重み”があった。
カリムがひとつ身じろぎし、視線を鋭くする。
「……どなたかな?」
その問いに、侍風の男は微笑を崩さぬまま、ゆっくりと胸に手を当てた。
「名乗り遅れてすんまへん。うちは“善鬼《ぜんき》”っちゅうもんですわ。ちょっと遠い国から、剣の旅に出てましてな」
頭をぺこりと下げる動作も、どこか絵になる所作だった。
「善鬼……?」
迅が眉を寄せる。風貌だけでなく、名前の響きもどこか日本を感じさせる。。
善鬼は、にこにこと柔らかく笑いながら続ける。
「アカツキの“天下一御前試合”ゆう大会で優勝してしもてな。それから飛龍の子と一緒に、武者修行の旅をしとるんですわ」
「飛龍の……子?」
驚いたように訊き返すと、善鬼は目を細めたまま、どこか誇らしげにうなずいた。
「おお、名前は“卍天丸《ばんてんまる》”。まだまだ育ち盛りやけど、空を飛ばせたらちょっと自慢の相棒や」
「飛龍を連れてるって……それ、本気《マジ》で言ってんのかよ……?」
迅が呆れとも畏れともつかない声を洩らすが、善鬼の笑顔は揺るがない。
「ふふ。まあ、また機会があったら紹介しますわ」
カリムが善鬼をじっと見つめていた。
ただの侍風の旅人ではない。明らかに“できる”男の雰囲気。
肩から放たれる空気が、並の剣士ではないことを物語っている。
「……貴殿、今回の武闘大会の予選に出たのか?」
カリムが低く問うと、善鬼はあっさりと頷いた。
「せやで。Bブロックで優勝して、本戦出場が決まっとる。今日はその手続きの合間や」
場の空気が、わずかに引き締まった。
そして善鬼は、そのまま自然な動作で——ごく当たり前のように、迅を中心とした三人に視線を流す。
その目の奥——細く開いたその隙間からは、一瞬だけ鋭い“光”が覗いた。
「……で、あんたらが特別枠の本戦出場者、っちゅうわけやな?」
ニコリ、と笑ったまま。
けれど、その問いには“探り”の色が見え隠れしていた。
善鬼《ぜんき》。
その男は、ただ陽気な剣客などではない。
柔らかく人懐こい口調の裏に、確かな“刃”を隠し持つ者——
本戦に向け、すでに戦いは始まっていた。
10
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する
うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。
そして、ショック死してしまう。
その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。
屋敷を逃げ出すのであった――。
ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。
スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は村田 歩(ムラタアユム)
目を覚ますとそこは石畳の町だった
異世界の中世ヨーロッパの街並み
僕はすぐにステータスを確認できるか声を上げた
案の定この世界はステータスのある世界
村スキルというもの以外は平凡なステータス
終わったと思ったら村スキルがスタートする
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる