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第143話 開幕──本戦への鐘が鳴る
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ホテル内の大ホールは、すでに多くの人々で賑わっていた。
各国の兵士、貴族、冒険者たちが、豪奢なシャンデリアの下に集い、その中央には大会の抽選を管理する魔導装置が鎮座している。
広い会場の空気は、どこか浮足立っていた。
それもそのはず——今日ここで、武闘大会本戦の対戦カードが決まるのだ。
「なんだ、派手な場所だな!」
ミィシャが腕を組んで周囲を見渡し、肩を竦めた。
「まるで舞踏会前の貴族たちの宴じゃな」
「……これだけの規模の大会だからな。国家と国家の思惑も絡んでくるからな。派手にしないわけがねぇわな」
迅が軽く息を吐きながら応じる。
その時だった。
「──あっ!」
明るい少年の声が会場に響き、迅たちが振り返る。
人混みをかき分けて、鮮やかな蒼の詰襟制服に身を包んだ少年が駆け寄ってきた。
年の頃は十三。まだ少年らしい輪郭を残した顔には、きらきらとした瞳が宿っていた。
「勇者殿!またお会いできて光栄です!」
勢いよく、しかしきちんとした礼儀で一礼するその姿。
「おう、久しぶりだな……フィリオス王子」
迅が笑みを浮かべて声をかけると、少年は照れたように頬をかきながら、はにかんだ。
「前にお会いしたときより、ちょっと元気そうだな。何かいいことでもあったか?」
「……ええ。母上の容態が、落ち着いてきたんです。最近はお話もできるようになって……」
その声には、抑えきれない喜びが滲んでいた。
(そっか……よかったな)
セラフィーナ王妃。病に伏せる王妃の命を、迅は"転熱冷却《ヒート・ディフュージョン》"の術式をライネルに託し、それを用いた治療で延命させていた。
その術式の力も、そして息子の想いも、王妃に届いていたのだ。
「それで、少しだけ……剣の鍛錬にも本腰を入れ始めたんです!」
フィリオスは胸を張り、子どもらしい誇らしげな笑みを見せた。
「実は……この武闘大会の“少年の部”に、僕も出場することになりまして!」
「マジか。そいつは驚いたな」
驚きと同時に、どこか嬉しそうな顔を見せる迅。
「兄貴のルクレウス王子が出場するってのはさっき知ったが、フィリオス王子まで出場するなんてな。王子様が剣を振るうなんて、ちょっとしたおとぎ話だぜ?」
「ふふ……でも、誰かが始めなければ、何も変わらないでしょう? 王族だからって、守られてばかりではいけない。母上を守れるくらい、強くなりたいんです!」
その言葉に、カリムが横から静かに口を開いた。
「……鋭いな。あの年齢にして、この気迫。王族としての矜持だけじゃない。剣士としての才が、確かに見える」
「え?」
フィリオスがきょとんとしながらカリムを見上げると、彼は真っ直ぐな目で言葉を続けた。
「人を斬ったことのない目だが、鍛錬を怠っていない目だ。そして、おそらく——貴方は、もっと伸びるだろう。私の目に狂いはない」
「うわ……すごい褒め言葉なんだけど、ちょっと怖い言い方だな……」
迅が思わず笑って、カリムの肩を小突く。
「でも、まぁ……お前がそこまで言うってのは、相当なもんだってことだな。期待してるぜ、フィリオス王子」
「はいっ!」
眩しい笑顔を浮かべ、力強く頷く少年。
その姿に、ミィシャとエリナもほほえましく目を細めた。
「フィリオス様、どうかご無理はなさらずに。ですが……その志は、本当に素晴らしいものですわ」
「ありがとうございます、エリナさん!……ぼく、がんばります!」
まるで年相応の無邪気な笑顔。
けれどその奥には、確かな決意と誇りが宿っていた。
「それでは、抽選が始まるので……また後で!」
小さく手を振って、フィリオスは自分の席へと戻っていった。
その後ろ姿を、迅たちはしばし無言で見送っていた。
カリムがぽつりと漏らす。
「……あの王子は、いつか誰かの“背”を越えるかもしれんぞ」
その言葉に、迅は少しだけ驚いた顔でカリムを見る。
「──だな。」
そして——頷いた。
◇◆◇
大ホールの中心に据えられた、古代魔導装置のような台座。その上には、球状の水晶が浮かび、青白い光をゆらゆらと放っていた。
これが《試合抽選魔導核》——魔力に反応して、参加選手たちの名前を自動的に抽出し、トーナメントの組み合わせを形成する魔道具である。
「……ではこれより、第一回王都武闘大会・本戦出場選手の抽選を開始いたします」
会場の前方に立つ進行係が、魔法拡声器で宣言すると、ざわついていた場内がすっと静まり返る。
整然と並ぶ出場者たちの列の中、迅はエリナ、ミィシャ、カリムと共に静かに立っていた。
ルクレウスとアポロの姿も、彼らの数列前にある。
(……さぁて、どう出るかね、王子さま)
迅は目線を少しずらし、わざと視線を合わせるようにルクレウスを見た。
案の定。
彼は気づいていたかのように微笑を返し、指先で金髪をかき上げる。
——だが、その目の奥にあったのは、明らかな“作為”だった。
(可能性として考えられるのは、自身の見せ場を作る……注目を集める……ついでに、邪魔な奴は“事故”に見せかけて消す……ってとこか?)
迅は、直感的に理解していた。
ルクレウスは、抽選の仕組みに手を加えるつもりだ。
おそらくは魔導核と繋がる魔力ラインに“細工”を施し、自分に都合のいいマッチングを引き寄せる——
たとえば、自らが"戦いたい相手"と早めに当たるように。
あるいは、自分の手駒であるアポロが"潰したい相手"と激突するように。
(そして“事故”が起きる、って訳だ。観客の前で、誰かが壊される……なんて展開も、無くはねぇわな。)
小さく舌打ちしそうになった、そのときだった。
「……む?」
進行係の後方に、杖をついた老紳士がゆっくりと歩み出た。
堂々たる威厳。白い髭を撫でながら、堂々と歩を進めるその姿に、場内がざわめく。
「お、おい……あれ、アルセイアの……」
「“十三賢人”……!」
どよめきが起こる。
——ロドリゲス・ヴァルディオス。
アルセイア王国における最高位魔導学士にして、"賢律因子"を授かった十三名の賢人の一人。
その名と地位の重さは、この武闘大会の場ですら別格だった。
「進行を少しばかり妨げてすまんの」
低く、しかしよく通る声でロドリゲスが口を開いた。
「アルセイア王国代表として、並びに“賢人評議会”の一員として、この抽選の正当性を確認させていただきたい」
その一言に、進行係の顔が一気に青ざめる。
「も、もちろんです!十三賢人の方がご覧になるとは、光栄の至り……!」
誰も逆らえない。
それほどまでに、ロドリゲスという存在の“肩書”は圧倒的だった。
観客席の貴族たちですら、立ち上がって礼を取る。
ルクレウスも一歩前に出て、作り笑いのまま言った。
「ようこそ、ロドリゲス殿。遠路からのご参加、感謝いたします。……我がノーザリアの抽選に、何かご不安でも?」
「ふむ」
ロドリゲスはくるりとルクレウスに振り返り、涼しげな目を向ける。
「王子殿下、御国の威信を懸けた大会にあっては、何事も“公平”が肝要ですからの。疑いを抱いたのではない。……“疑いを抱かせぬようにする”のが、賢人の役目じゃろうて」
言葉こそ柔らかいが、その奥には明らかな牽制があった。
ルクレウスは笑顔のまま、目を細める。
「さすが賢人殿、痛いところを突いてくる」
内心では舌打ちしていた。
(……やりにくい老狐が出てきたな)
だが、それを表には決して出さない。
あくまで上品に、余裕の笑みをたたえながら、ルクレウスは一礼した。
「もちろん、公平にいきましょう。すべては、ノーザリアの栄光のために」
迅の方に向かって、意味深に片目を閉じる。
(……だが、お前が勝ち残る未来など、俺の舞台には存在しない)
そう言わんばかりの視線だった。
——そして、抽選が始まる。
水晶球が淡く脈動し、参加選手たちの名が一つ、また一つと浮かび上がっていく。
緊張の空気の中、迅はふっと肩をすくめた。
(……じいさん、グッジョブだぜ。)
その背中に視線を送る。
壇上の老魔導士は、誰よりも静かに、誰よりも鋭く、すべてを見つめていた。
◇◆◇
静寂の中、ホール中央の巨大な魔導スクリーンが淡い光を帯びる。
幾つもの魔法陣が重なり、精緻な光紋が空中に浮かび上がった。抽選結果を記録する“魔導記録陣”の発動だ。
そして——
「抽選の結果、武闘大会・本戦の組み合わせは、以下の通りと決定されました」
審判役の騎士の宣言と共に、スクリーンに8つの対戦カードが、順に表示されていく。
そのたび、会場内の空気が揺れた。ざわ……と囁く声。驚きの吐息。そして、緊張に喉を鳴らす音。
「……!」
迅もまた、無言でトーナメント表を眺めていた。
その視線が止まるのは、第五試合——
「……へぇ。俺の初戦、そうなるか」
その声に、隣から控えめな息遣いが返ってきた。
紅の鎧を身に纏い、気品すら漂う所作で立っていた女騎士——エリナ・ヴァイスハルト。
彼女の名が、迅の対戦相手として記されていた。
「光栄ですわ、迅様」
小さな声で、けれど凛とした響きをもって、エリナは言う。
その横顔には、張り詰めたような気高さと、それを僅かに和らげる微笑が浮かんでいた。
「こうして正面から、一対一で貴方と剣を交えられる日が来るとは……夢のようです」
「夢って……俺、そんな大層な相手か?」
迅は少し困ったように笑って返す。
だがエリナは、揺るがない眼差しで、真っすぐに彼を見る。
「——あの日。王宮で、貴方にいただいた羊皮紙の束。あれを読んで、毎日剣を振り、魔力を鍛えました。貴方が示した“道”が、私を鍛えてくれたのです」
その言葉には、飾りのない敬意と、そして微かな熱が宿っていた。
「恩返しがしたいのです、迅様。私がどれだけ強くなったか……戦いを通して、見ていただけたら嬉しいですわ。」
「……」
迅は、一瞬だけ目を細めて、彼女を見つめ返す。
その姿には、かつての不器用な少女の面影はない。誇り高き冒険者としての風格と、内に秘めた憧れが、確かにそこにあった。
「……そっか。なら、俺も手ェ抜けねぇな」
口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「全力でいくぜ、エリナ。……“成長した白銀級冒険者”の力、楽しみにしてる」
「ええ。こちらこそ……“本物の勇者”の力、肌で感じてみたいのです」
二人の間に、ふわりとした緊張が流れる。
それは、敵意でも恐怖でもなく——
戦士として、相手に敬意を抱く者同士だけが共有できる、静かで澄んだ空気だった。
そのやり取りを、後ろで聞いていたミィシャが、苦笑まじりに呟く。
「……なんかもう、告白でも始まんのかと思ったぜ」
「ふっ……確かに。勇者殿は魅力的な御仁であられるからな。」
カリムがニヤリと笑いながら、その様子を楽しげに眺める。
その一方で、迅は肩をすくめ、少しだけ照れくさそうに視線を逸らしていた。
だが、胸の奥では——
確かに何かが、温かく灯っていた。
これは戦いであり、試練であり、そして何より——
互いの“想い”を剣に乗せて交わす、たった一度の、本物の勝負なのだと。
スクリーンの数字がひとつ、またひとつと点灯し、対戦カードが確定していく。
「第一試合、カリム・ヴェルトール vs. 東堂善鬼」
「第二試合、ルクレウス・ノーザリアvs. バルドル・ノルダート」
「第三試合、ミィシャ・フェルカス vs. ギャレン・クランツ」
・・・・・・・
「第六試合……エドワルド・フロスト?」
迅の視線が一瞬鋭くなる。聞き覚えのある姓——だが今は何も言わない。
「第七試合、ファン・リー vs. アポロ・ジェミニア」
そして最後のカードが表示されたとき、会場に再びざわめきが広がった。
「……なあ、カリム。あの“ファン・リー”ってやつ……知ってるか?」
「名は聞いたことがある。拳闘士にして、九節鞭《きゅうせつべん》をも自在に操る異国の達人だと」
「へぇ……面白ぇな。中国拳法っぽい武術もあんのか、この世界。」
迅はふっと笑い、最後にスクリーン全体を見渡した。
その目に宿るのは、やはり——“科学者の目”だった。
(なるほどな……。全体の組み合わせから見て、このトーナメントは——)
その思考は、やがて一つの結論にたどり着く。
だが、口にすることはなかった。
「……ま、何にせよ。面白くなってきたじゃねぇか」
迅はそう呟くと、ゆっくりと背を伸ばし、スクリーンに映る自分の名前と、“エリナ・ヴァイスハルト”という文字を見上げた。
次に待つのは、舞台。戦いの本番。
それは、ただの大会ではなく——
彼ら一人一人の運命をも左右する、“運命の分岐点”だった。
各国の兵士、貴族、冒険者たちが、豪奢なシャンデリアの下に集い、その中央には大会の抽選を管理する魔導装置が鎮座している。
広い会場の空気は、どこか浮足立っていた。
それもそのはず——今日ここで、武闘大会本戦の対戦カードが決まるのだ。
「なんだ、派手な場所だな!」
ミィシャが腕を組んで周囲を見渡し、肩を竦めた。
「まるで舞踏会前の貴族たちの宴じゃな」
「……これだけの規模の大会だからな。国家と国家の思惑も絡んでくるからな。派手にしないわけがねぇわな」
迅が軽く息を吐きながら応じる。
その時だった。
「──あっ!」
明るい少年の声が会場に響き、迅たちが振り返る。
人混みをかき分けて、鮮やかな蒼の詰襟制服に身を包んだ少年が駆け寄ってきた。
年の頃は十三。まだ少年らしい輪郭を残した顔には、きらきらとした瞳が宿っていた。
「勇者殿!またお会いできて光栄です!」
勢いよく、しかしきちんとした礼儀で一礼するその姿。
「おう、久しぶりだな……フィリオス王子」
迅が笑みを浮かべて声をかけると、少年は照れたように頬をかきながら、はにかんだ。
「前にお会いしたときより、ちょっと元気そうだな。何かいいことでもあったか?」
「……ええ。母上の容態が、落ち着いてきたんです。最近はお話もできるようになって……」
その声には、抑えきれない喜びが滲んでいた。
(そっか……よかったな)
セラフィーナ王妃。病に伏せる王妃の命を、迅は"転熱冷却《ヒート・ディフュージョン》"の術式をライネルに託し、それを用いた治療で延命させていた。
その術式の力も、そして息子の想いも、王妃に届いていたのだ。
「それで、少しだけ……剣の鍛錬にも本腰を入れ始めたんです!」
フィリオスは胸を張り、子どもらしい誇らしげな笑みを見せた。
「実は……この武闘大会の“少年の部”に、僕も出場することになりまして!」
「マジか。そいつは驚いたな」
驚きと同時に、どこか嬉しそうな顔を見せる迅。
「兄貴のルクレウス王子が出場するってのはさっき知ったが、フィリオス王子まで出場するなんてな。王子様が剣を振るうなんて、ちょっとしたおとぎ話だぜ?」
「ふふ……でも、誰かが始めなければ、何も変わらないでしょう? 王族だからって、守られてばかりではいけない。母上を守れるくらい、強くなりたいんです!」
その言葉に、カリムが横から静かに口を開いた。
「……鋭いな。あの年齢にして、この気迫。王族としての矜持だけじゃない。剣士としての才が、確かに見える」
「え?」
フィリオスがきょとんとしながらカリムを見上げると、彼は真っ直ぐな目で言葉を続けた。
「人を斬ったことのない目だが、鍛錬を怠っていない目だ。そして、おそらく——貴方は、もっと伸びるだろう。私の目に狂いはない」
「うわ……すごい褒め言葉なんだけど、ちょっと怖い言い方だな……」
迅が思わず笑って、カリムの肩を小突く。
「でも、まぁ……お前がそこまで言うってのは、相当なもんだってことだな。期待してるぜ、フィリオス王子」
「はいっ!」
眩しい笑顔を浮かべ、力強く頷く少年。
その姿に、ミィシャとエリナもほほえましく目を細めた。
「フィリオス様、どうかご無理はなさらずに。ですが……その志は、本当に素晴らしいものですわ」
「ありがとうございます、エリナさん!……ぼく、がんばります!」
まるで年相応の無邪気な笑顔。
けれどその奥には、確かな決意と誇りが宿っていた。
「それでは、抽選が始まるので……また後で!」
小さく手を振って、フィリオスは自分の席へと戻っていった。
その後ろ姿を、迅たちはしばし無言で見送っていた。
カリムがぽつりと漏らす。
「……あの王子は、いつか誰かの“背”を越えるかもしれんぞ」
その言葉に、迅は少しだけ驚いた顔でカリムを見る。
「──だな。」
そして——頷いた。
◇◆◇
大ホールの中心に据えられた、古代魔導装置のような台座。その上には、球状の水晶が浮かび、青白い光をゆらゆらと放っていた。
これが《試合抽選魔導核》——魔力に反応して、参加選手たちの名前を自動的に抽出し、トーナメントの組み合わせを形成する魔道具である。
「……ではこれより、第一回王都武闘大会・本戦出場選手の抽選を開始いたします」
会場の前方に立つ進行係が、魔法拡声器で宣言すると、ざわついていた場内がすっと静まり返る。
整然と並ぶ出場者たちの列の中、迅はエリナ、ミィシャ、カリムと共に静かに立っていた。
ルクレウスとアポロの姿も、彼らの数列前にある。
(……さぁて、どう出るかね、王子さま)
迅は目線を少しずらし、わざと視線を合わせるようにルクレウスを見た。
案の定。
彼は気づいていたかのように微笑を返し、指先で金髪をかき上げる。
——だが、その目の奥にあったのは、明らかな“作為”だった。
(可能性として考えられるのは、自身の見せ場を作る……注目を集める……ついでに、邪魔な奴は“事故”に見せかけて消す……ってとこか?)
迅は、直感的に理解していた。
ルクレウスは、抽選の仕組みに手を加えるつもりだ。
おそらくは魔導核と繋がる魔力ラインに“細工”を施し、自分に都合のいいマッチングを引き寄せる——
たとえば、自らが"戦いたい相手"と早めに当たるように。
あるいは、自分の手駒であるアポロが"潰したい相手"と激突するように。
(そして“事故”が起きる、って訳だ。観客の前で、誰かが壊される……なんて展開も、無くはねぇわな。)
小さく舌打ちしそうになった、そのときだった。
「……む?」
進行係の後方に、杖をついた老紳士がゆっくりと歩み出た。
堂々たる威厳。白い髭を撫でながら、堂々と歩を進めるその姿に、場内がざわめく。
「お、おい……あれ、アルセイアの……」
「“十三賢人”……!」
どよめきが起こる。
——ロドリゲス・ヴァルディオス。
アルセイア王国における最高位魔導学士にして、"賢律因子"を授かった十三名の賢人の一人。
その名と地位の重さは、この武闘大会の場ですら別格だった。
「進行を少しばかり妨げてすまんの」
低く、しかしよく通る声でロドリゲスが口を開いた。
「アルセイア王国代表として、並びに“賢人評議会”の一員として、この抽選の正当性を確認させていただきたい」
その一言に、進行係の顔が一気に青ざめる。
「も、もちろんです!十三賢人の方がご覧になるとは、光栄の至り……!」
誰も逆らえない。
それほどまでに、ロドリゲスという存在の“肩書”は圧倒的だった。
観客席の貴族たちですら、立ち上がって礼を取る。
ルクレウスも一歩前に出て、作り笑いのまま言った。
「ようこそ、ロドリゲス殿。遠路からのご参加、感謝いたします。……我がノーザリアの抽選に、何かご不安でも?」
「ふむ」
ロドリゲスはくるりとルクレウスに振り返り、涼しげな目を向ける。
「王子殿下、御国の威信を懸けた大会にあっては、何事も“公平”が肝要ですからの。疑いを抱いたのではない。……“疑いを抱かせぬようにする”のが、賢人の役目じゃろうて」
言葉こそ柔らかいが、その奥には明らかな牽制があった。
ルクレウスは笑顔のまま、目を細める。
「さすが賢人殿、痛いところを突いてくる」
内心では舌打ちしていた。
(……やりにくい老狐が出てきたな)
だが、それを表には決して出さない。
あくまで上品に、余裕の笑みをたたえながら、ルクレウスは一礼した。
「もちろん、公平にいきましょう。すべては、ノーザリアの栄光のために」
迅の方に向かって、意味深に片目を閉じる。
(……だが、お前が勝ち残る未来など、俺の舞台には存在しない)
そう言わんばかりの視線だった。
——そして、抽選が始まる。
水晶球が淡く脈動し、参加選手たちの名が一つ、また一つと浮かび上がっていく。
緊張の空気の中、迅はふっと肩をすくめた。
(……じいさん、グッジョブだぜ。)
その背中に視線を送る。
壇上の老魔導士は、誰よりも静かに、誰よりも鋭く、すべてを見つめていた。
◇◆◇
静寂の中、ホール中央の巨大な魔導スクリーンが淡い光を帯びる。
幾つもの魔法陣が重なり、精緻な光紋が空中に浮かび上がった。抽選結果を記録する“魔導記録陣”の発動だ。
そして——
「抽選の結果、武闘大会・本戦の組み合わせは、以下の通りと決定されました」
審判役の騎士の宣言と共に、スクリーンに8つの対戦カードが、順に表示されていく。
そのたび、会場内の空気が揺れた。ざわ……と囁く声。驚きの吐息。そして、緊張に喉を鳴らす音。
「……!」
迅もまた、無言でトーナメント表を眺めていた。
その視線が止まるのは、第五試合——
「……へぇ。俺の初戦、そうなるか」
その声に、隣から控えめな息遣いが返ってきた。
紅の鎧を身に纏い、気品すら漂う所作で立っていた女騎士——エリナ・ヴァイスハルト。
彼女の名が、迅の対戦相手として記されていた。
「光栄ですわ、迅様」
小さな声で、けれど凛とした響きをもって、エリナは言う。
その横顔には、張り詰めたような気高さと、それを僅かに和らげる微笑が浮かんでいた。
「こうして正面から、一対一で貴方と剣を交えられる日が来るとは……夢のようです」
「夢って……俺、そんな大層な相手か?」
迅は少し困ったように笑って返す。
だがエリナは、揺るがない眼差しで、真っすぐに彼を見る。
「——あの日。王宮で、貴方にいただいた羊皮紙の束。あれを読んで、毎日剣を振り、魔力を鍛えました。貴方が示した“道”が、私を鍛えてくれたのです」
その言葉には、飾りのない敬意と、そして微かな熱が宿っていた。
「恩返しがしたいのです、迅様。私がどれだけ強くなったか……戦いを通して、見ていただけたら嬉しいですわ。」
「……」
迅は、一瞬だけ目を細めて、彼女を見つめ返す。
その姿には、かつての不器用な少女の面影はない。誇り高き冒険者としての風格と、内に秘めた憧れが、確かにそこにあった。
「……そっか。なら、俺も手ェ抜けねぇな」
口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「全力でいくぜ、エリナ。……“成長した白銀級冒険者”の力、楽しみにしてる」
「ええ。こちらこそ……“本物の勇者”の力、肌で感じてみたいのです」
二人の間に、ふわりとした緊張が流れる。
それは、敵意でも恐怖でもなく——
戦士として、相手に敬意を抱く者同士だけが共有できる、静かで澄んだ空気だった。
そのやり取りを、後ろで聞いていたミィシャが、苦笑まじりに呟く。
「……なんかもう、告白でも始まんのかと思ったぜ」
「ふっ……確かに。勇者殿は魅力的な御仁であられるからな。」
カリムがニヤリと笑いながら、その様子を楽しげに眺める。
その一方で、迅は肩をすくめ、少しだけ照れくさそうに視線を逸らしていた。
だが、胸の奥では——
確かに何かが、温かく灯っていた。
これは戦いであり、試練であり、そして何より——
互いの“想い”を剣に乗せて交わす、たった一度の、本物の勝負なのだと。
スクリーンの数字がひとつ、またひとつと点灯し、対戦カードが確定していく。
「第一試合、カリム・ヴェルトール vs. 東堂善鬼」
「第二試合、ルクレウス・ノーザリアvs. バルドル・ノルダート」
「第三試合、ミィシャ・フェルカス vs. ギャレン・クランツ」
・・・・・・・
「第六試合……エドワルド・フロスト?」
迅の視線が一瞬鋭くなる。聞き覚えのある姓——だが今は何も言わない。
「第七試合、ファン・リー vs. アポロ・ジェミニア」
そして最後のカードが表示されたとき、会場に再びざわめきが広がった。
「……なあ、カリム。あの“ファン・リー”ってやつ……知ってるか?」
「名は聞いたことがある。拳闘士にして、九節鞭《きゅうせつべん》をも自在に操る異国の達人だと」
「へぇ……面白ぇな。中国拳法っぽい武術もあんのか、この世界。」
迅はふっと笑い、最後にスクリーン全体を見渡した。
その目に宿るのは、やはり——“科学者の目”だった。
(なるほどな……。全体の組み合わせから見て、このトーナメントは——)
その思考は、やがて一つの結論にたどり着く。
だが、口にすることはなかった。
「……ま、何にせよ。面白くなってきたじゃねぇか」
迅はそう呟くと、ゆっくりと背を伸ばし、スクリーンに映る自分の名前と、“エリナ・ヴァイスハルト”という文字を見上げた。
次に待つのは、舞台。戦いの本番。
それは、ただの大会ではなく——
彼ら一人一人の運命をも左右する、“運命の分岐点”だった。
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「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!
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突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
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