真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第122話 願いの隙間、魂の根

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 佐川の剣が、空を斬る。

 

 研ぎ澄まされた刃がヴァレンの喉元を掠め、細剣"最愛の花束イレブン・ローズ"との金属音が火花を散らす。

 

 七つの星が高速で軌道を描き、レーザーのような閃光をヴァレンに向けて撃ち込んでくる。

 そのすべてを、彼は紙一重でいなしていた。

 否、ちょいちょいレーザーに当たっていた。

 その度に、ヴァレンは「がああ!」と叫び声を上げ、地面を転がる。

 そして次の瞬間には何事も無かったかの様に起き上がる

 

 ——その表情には焦りはなかった。

 むしろ、どこか満足げな笑みさえ浮かべている。

 

(……苦手な接近戦にわざわざ付き合った甲斐があったね)

 

 ヴァレン・グランツは、刃の交差の合間に静かにスキルを展開する。

 

 "魂視ソウル・サイト"。

 

 ——術式は、眼ではなく“魂”で見る。

 

 瞬間、佐川颯太の奥にある“核”が、視界の奥に立ち上がる。

 それは彼の人格そのもの──魂の姿。

 蒼く澄んだ少年の魂の中央に、異物のような“黒い種”が刺さっていた。

 

(……確定だ)

 

 ヴァレンは軽く眉をひそめた。

 

(この子の魂には、“何か”が植え付けられている)

 

 連撃。

 星が追尾し、剣撃とレーザーが一斉に襲いかかる。

 だが、ヴァレンはひらりとそのすべてを躱す。笑うように、舞うように。

 

(それに、この見慣れない魂の色……)

 

(やはり、グラディウスの予想は当たってたか……)

 

 この少年も、その少女も——この世界の住人ではない。

 どこか違う、遠い場所の“匂い”が、魂に残っている。

 

(ベルゼリア……)

(別の世界の若者たちを呼び寄せて……魂に干渉し、戦わせるだなんて)

(……普通の青春を謳歌するはずだった子たちを、戦いのコマとして利用するなんてね)

 

 ヴァレンの笑みが、わずかに陰る。

 怒り、というよりも、呆れに近い感情。

 だが、その奥には──確かな怒りの“種火”が灯っていた。

 

 その時。

 

 横から放たれた白い閃光が、ヴァレンの思考を切り裂くように走る。

 

「っ……おっとぉ!?」

 

 すんでのところで身体を捻って受け流す。

 放ったのは、天野唯。

 神器"五輪聖杖ラヴディ・オリンピア"に神聖な光をまとわせ、まるでリボンのように舞いながら迫ってくる。

 その動きは新体操の演舞のように優雅で、同時に切実だった。

 

「私だって……SS級なんだからッ!!」

 

 少女の声が、切羽詰まった悲鳴のように響く。

 白い杖が空を切り、風鳴りが響く。

 

「魔王を倒して……帰るんだ……!」

「──お母さんのところに!!」

 

 その瞬間、ヴァレンの動きがふっと止まった。

 視線が、彼女の瞳に重なる。

 宿るは焦燥。焦がれるは帰還。そして、その理由が──“母の存在”。

 

 彼は眉を寄せ、低く息を吐いた。

 

「ちょっと、失礼」

 

 そう言うと、すっと重心を落とす。

 足払い。

 佐川の足元に滑り込むようにして回転を加え、勢いを乗せて彼の体勢を崩す。

 佐川が「ぐっ……!」と呻きながら転ぶ。

 

 その一瞬の隙を縫って、ヴァレンは天野の杖の間合いを掻い潜り、するりと懐へ入り込んだ。

 

「……!」

 

 剣を腰のベルトに引っかけ、空いた右手で彼女の顎をそっと持ち上げる。

 そのまま、顔を近づけ──

 

 「っ……!?」

 

 天野唯の体がピクリと震える。

 彼女は動けなかった。

 怒りでも、羞恥でも、困惑でもない。

 その全てを呑み込んだ“動揺”。

 

 そしてその隙に──

 

 ヴァレンの瞳が、深い深い光を宿す。

 

 "魂視ソウル・サイト"。

 

 天野唯の魂が、開かれる。

 

 そこには、白く澄んだ“光”があった。仲間達への想いと誓い、そして一途な帰還への“願い”。

 しかし──その中心に、黒い“裂け目”のような隙間があった。

 そしてそこに、佐川のそれよりも深く、しつこく、頑なに根を張った“洗脳の種”が存在していた。

 

(──なるほど)

 

(“強い願い”は、時として魂に“隙”を生む)

(この種は、その隙間に強く根を張るらしい)

 

(この“聖女”さんと、“勇者”クン)

(──どうしても叶えたい願いが、あったんだろうね)

 

 ヴァレンの心に、哀れみが宿る。

 怒りではない。憎しみでもない。

 ただ、かつて見てきた幾つもの“魂の歪み”と、よく似た姿をそこに見た。

 

 どれほど抗おうと、本人にすら気づかれぬ形で、種は魂を蝕んでいく。

 戦いたくないのに、戦う理由がすり替わっていく。

 自分の意志で選んだつもりが、それさえも“上書きされたもの”だったら──

 

 ヴァレンは、唇を噛んだ。

 

 だが、その思考を──

 怒号が切り裂いた。

 

「き……貴様ァァ!!」

 

 佐川颯太が、地を蹴る。

 眼前に迫るその刃には、怒りと焦燥が宿っていた。

 

 「委員長から──ゆいから、離れろっ!!」

 

 ヴァレンは、静かに目を細める。

 

 「おっと。すまない。そういうつもりじゃあ無いんだ」

 

 丁寧に、天野を抱き起こし、そっと距離をとる。

 軽やかなバク宙。

 舞うように後方へ跳び下がり、着地の直前に宙で一回転する。

 

 しかしその背後──空に漂う七つの星の一つが、まるで“代役”のように空間を割った。

 

 そこに、颯太が現れる。

 

 空間と星との“交換”。

 空中で、ヴァレンの死角へ。

 

(──なるほど、やはりね!)

(瞬間移動の正体は、星との“位置の入れ替え”──!)

 

 ──だが、気づいても手遅れな位置だった。

 

(……しかし、この位置は……ちとマズいか!)

 

 咄嗟に腰の剣を引き抜く──

 だが、空中から振り下ろされる佐川の剣は、すでに避けられぬ軌道にあった。

 

 ◇◆◇



 斬撃はすでに放たれていた。

 空中から振り下ろされる一撃。

 勇者の怒りと想いが込められた、真正面からの一太刀。

 

 ——ガキィィィィン!!

 

 火花と閃光が空に弾ける。

 だが、ヴァレンの身体は剣圧に耐えきれず、まるで撃ち落とされた隕石のように、地へ叩きつけられる。

 

 「ぐッ……!」

 

 落下、衝突、砂煙。

 

 ドゴォォォォン……!!

 

 大地が鳴った。

 砂が爆ぜ、岩が砕け、白い煙が立ち昇る。

 ヴァレンの姿は、土煙の向こうへと掻き消えた。

 

 佐川は着地し、振り返らずに叫ぶ。

 

「唯!! 一気に畳みかけるぞ!!」

 

 その言葉に。

 少女の顔が上がる。

 しばらく“委員長”と呼ばれ続けていたその耳に響いた、久しぶりの“名前呼び”。

 

「……わかった! 颯太くん!!」

 

 懐かしい響きに、自然と笑みが浮かぶ。

 天野唯は"五輪聖杖"をクルクルと回し、足元に魔法陣を描いた。

 

 空には、佐川の七つの星が集まっている。

 その一点に、天野の光が集束し始めた。

 

 蒼、紅、金、翠、黒……

 五つの属性が輪となって光を放ち、七星をひとつの“北辰”へと昇華させていく。

 

 佐川と天野が背を合わせる。

 互いの呼吸を感じ、互いの想いを重ねて──

 

 「"破邪七星剣グランシャリオ"!」

 「"五輪聖杖ラヴディ・オリンピア"!」

 

 二人の神器が、同時に輝きを放つ。

 

 そして、声を揃えて叫んだ。

 

『『──"北辰光破剣《ポラリス・アステラス》"!!』』

 

 

 ——空が、割れた。

 

 

 巨大な星の核から、真白の光線が大地に向かって降り注ぐ。

 それはあまりにも純粋で、神聖で、凶悪な破壊光。

 爆風が広がり、大地がめくれ、天まで突き抜けるようなエネルギーがヴァレンの落下地点を焼き尽くす。

 

 「こ、これはいかん!? 流石に喰らいすぎじゃ!!」

 

 マイネ・アグリッパが声を上げる。

 その隣で、ベルザリオンが息を呑み、剣を構える構えのまま動けずにいた。

 

 「……魔王であっても、あの直撃は……」

 

 ブリジットが両手を口元に当てて震える。

 フレキが吠えるように叫ぶ。

 

 「ヴァ、ヴァレンさーーんっ!!」

 

 大気が焼け、光が砂塵を貫き、音が全てを飲み込んだ。

 しばし、誰もが言葉を失う。

 それほどまでに、“一撃の重み”が、そこにはあった。

 

 天野唯が息を整えながら、隣に立つ佐川を見る。

 

「……やったね、颯太くん」

 

「……ああ! やったぜ、唯!!」

 

 二人は自然と手を取り合う。

 全てが終わったという安心感と、達成感が、心と身体を満たしていた。

 

 だが、その時だった。

 

「──そうだ! 君たちの愛の力が、この奇跡を起こしたんだ!」

 

 その声は、背後から響いた。

 

 二人の動きが、ぴたりと止まる。

 ぎこちなく振り返ると、そこには──

 

 佐川達と向きを同じにして、ガッツポーズを取りながら立っている男がいた。

 赤茶のコートをなびかせ、サングラスをクイッと上げて。

 “色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。

 

「ククク……なぁーんて、ベタなことをやってみたりしてね?」

 

 イタズラっぽく笑いながら、空を見上げている。

 

「そ、そんな……! 脱出する隙なんてなかったはずなのに!!」

 

 天野が目を見開く。

 佐川も額に汗を浮かべ、震える声で言った。

 

「……あれを喰らっても、まだ立ち上がるのかよ……っ!?」

 

 ヴァレンは腕を組んで頷く。

 

「確かに、君たちの合体技“北斗ラブラブ天光剣”は恐ろしい技だったよ……」

 

「そんな名前じゃありませんっ!!」

 

 即座に天野がツッコむが、ヴァレンは気にしない。

 

「だがね……こちとら、君たちの甘酸っぱい空気……それに、“いつの間にかヨソヨソしい名字呼びになってた幼なじみの、久々の名前呼び。──からの息を合わせた合体技”とかいう神演出に当てられて……」

 

 ぐわっと、背中から噴き上がるように魔力が迸る。

 

「──魂が、震えてるんだよッ!!」

 

 その叫びと共に、砂塵を吹き飛ばすほどの魔力が、ヴァレンを中心に広がった。



「──上質なラブコメを、ありがとう……心から……心から、感謝するよ………最高だ……!」


 

 佐川は一歩引き、汗を滴らせながら震える。

 

(……な、何言ってんだコイツ!? 訳がわからねぇ……!)

(っていうか、なんで俺と唯が幼なじみだって……)

 

 その動揺を察することもなく、ヴァレンは恍惚の表情を浮かべたまま、ふわりと空を見上げていた。



 ◇◆◇



 戦場に吹く風が、熱を含んでいた。

 魔力の余韻がまだ宙を漂い、焼け焦げた大地に白煙が立ちのぼる。

 その中で、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは悠々と笑みを浮かべながら、空気を吸い込むようにして立っていた。

 まるで戦闘の最中とは思えぬほど、気楽に。

 

「……ヒヤヒヤさせおって」

 

 どこか呆れたような声音が、戦場の隅で響いた。

 マイネ・アグリッパは、ベルザリオンに身を寄せながら、ため息をひとつ。

 

「相変わらず、訳のわからん理屈でパワーアップするヤツじゃな……」

 

 その目は鋭いが、憎しみではない。

 ただ、あまりに自由な魔王の姿に、振り回され続けた長年の“苦労”が滲んでいた。

 ブリジットとフレキも、緊張が解けた様子でホーっと息を吐く。

 

 そんな彼女達の視線も知らぬまま、ヴァレンはふと、戦場の一角に目を向ける。

 

 ——そこには、乾流星、榊タケル、五十嵐マサキの三人が、瓦礫の陰でスヤスヤと眠っていた。

 

 術によって夢の世界へと導かれ、しかし苦しげな表情はない。

 まるで、素敵な恋の夢でも見てるかのように、穏やかに。

 

(……あの、オールバックの彼だけ)

 

 ヴァレンの視線が、乾流星に注がれる。

 

(魂から“洗脳の種”が消えてる……)

 

 ヴァレンは軽く目を細め、視界の奥に意識を沈める。

 "魂視ソウル・サイト"が再び作動し、流星の魂が淡く浮かび上がる。

 そこには確かに、“黒い種”は存在していなかった。

 

(──なるほど)

(彼は、ベルザリオンくんの剣で倒された……か)

(あの、“真祖竜の手で産み直された剣”で……)

(つまり、"洗脳の種"のみを消す事も可能なわけだ。──"あの力"なら。)

 

 思考が静かに回り始める。

 

(となると、今この場で俺がすべきことは──)

 

 ヴァレンは小さく頷いた。

 そのまま地を蹴って、数歩だけ後退し、戦場全体を一望できる位置に立つ。

 目を閉じ、意識を広げる。

 まるで風の流れを読むかのように、魔力の流れを感じ取る。

 

 ──そして、見つけた。

 

(……ああ、いたいた)

(何故、地面の下を走ってるのかは知らないが──)

(まったく、いいタイミングで戻ってくるねぇ……)

 

 ニヤリと笑う。

 サングラスの奥の目が、わずかに輝いた。

 

(間違いない。近づいてきてる)

(なら、少しばかり派手に暴れておかないとね……)

(この場所を、スムーズに見つけてもらえるように──)

 

 そこまで考えたところで、ヴァレンは肩を回してひとつ大きく伸びをした。

 

「さて、そろそろクライマックスと行こうか」

 

 ぼそりと、だが確かな声音でそう呟いた。

 誰にともなく、けれども、誰よりも確かに“呼びかける”ように。

 

 

 ──その頃。



 

 カクカクシティの北側、建設途中のビルの影。

 人知れず、その場に身を潜めていた少女がいた。

 

 与田メグミ。

 占術使いにして、ルーン盤の導き手。

 彼女は物陰から戦場を見つめながら、胸元のルーン盤をそっと撫でていた。

 

 いつもと同じ。はずだった。

 

 しかし、その瞬間。

 

「……っ!?」

 

 ルーン盤が、熱を帯びて光を放ち始める。

 

 今まで見たことのない──激しい、鮮烈な“白光”。

 まるで魂を照らすかのような、純粋すぎるエネルギーの輝き。

 

「な、何ですかこの光……!?」

 

 思わず一歩下がり、胸元を押さえる。

 ルーン盤はさらに光を増し、その中心の魔石が、まるで心臓の鼓動のように脈打ち始める。

 

 ——彼女の"未来視"が、発動した。

 

 脳裏に、鮮烈な映像が流れ込んでくる。

 それは“まだ来ていない出来事”。

 けれど、確実に“近づいてくる未来”。

 

 重い気配。

 圧倒的な存在。

 理屈ではない、“運命”そのもののような何かが──

 

 

 ──地の底から、近づいてきている。

 

 

「……ち……近づいてくる……」

 

 与田の声が、かすれる。

 瞳がぶるぶると揺れ、息が詰まりそうになる。

 

「なにか……抗えない……」

「運命そのものの様な、存在が……」

 

 ルーン盤はなおも光り続けている。

 まるで「警告」のように。

 

 与田は動けなかった。

 ただ、戦場を越えた空のどこかを見つめながら、呆然と震えていた。

 

 

 ──その地下。



 

 深いトンネルの奥。

 誰にも気づかれぬまま、一つの大きな“影”が足速に駆けていた。


 両肩に巨大な獣を担いだその影は、
 
 何かを探す様に。

 その気配は、静謐で。

 だが確かに──

 

 世界の法則さえ、侵すほどの“気配”を孕んでいた。


 その存在は、銀色の髪を靡かせながら地下道を駆け、目を見開き、言葉を紡ぐ。



 「──やっべ!! めちゃめちゃに逃げてたら、出口どこだか分からなくなっちゃったんだけど!!?」
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