真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第123話 星降る夜の行進《スターリー・ナイト・パレード》

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 夜の帳が降りた建設途中のカクカクシティ──

 剥き出しの鉄骨と未舗装の地面の上で、火花と光が交錯する。

 荒い息を吐きながら、天野唯が杖に体重を預けるようにして立っていた。

 その白い肩が小刻みに上下し、髪に張りつく汗が彼女の疲労を物語る。

 一方で、彼女の隣に立つ少年──佐川颯太の動きに迷いはなかった。

 空に浮かぶ七つの星が、彼の意志に呼応して不規則に軌道を描き、幾条ものレーザーが奔る。

 刹那、閃光と共に彼の姿が掻き消え、星の位置に転移──

 直後、怒涛の剣撃が敵へと降り注ぐ。



 「オラァッ!!」



 吠えるような声とともに、一閃。

 しかし。



 「──綺麗だね、キミの剣筋は。まるで花びらのように。」



 その攻撃を、ヴァレン・グランツは微笑を浮かべながら易々と受け流した。

 しなやかに、優雅に。まるでダンスでも踊っているかのように。

 佐川の剣が風を切り、次の星へ転移する。

 移動、斬撃、移動──高速で何度も、角度を変えて畳みかける。

 だが、まるで未来が見えているかのように、魔王はすべての一撃を魔剣"最愛の花束イレブン・ローズ"で受け止めていた。



 「なっ……!」



 佐川の額に、冷たい汗が滲む。

 攻撃のたびに確信をもって斬り込んでいる。視覚も、タイミングも完璧。

 ──なのに、通らない。



 「ククク……もう見切ったよ、キミの能力。」



 ヴァレンは魔剣をくるりと回し、まるで舞踏会のパートナーに微笑むような、優雅な笑みを浮かべた。



 「“視認できる星”と自身の位置を入れ替える……それがキミの瞬間移動のトリックだろ?」


 「──ッ!!」



 佐川の瞳が見開かれた。



 「……何を言ってやがる……ッ」



 絞り出すような声。
 しかし、その内心では確かな動揺が渦巻いていた。


 (まさか……読まれてる……!?)


 ヴァレンは笑う。



 「もし、どの星とも入れ替えられるなら──俺の真後ろに星を置いて、そこから斬ればいいはずだ。死角中の死角だよ。」



 ひゅう、と風が吹き抜ける。



 「けれどキミは、常に俺の斜め後ろ……“視認できる範囲”にしか転移しなかった。」



 佐川は歯噛みする。


 (くそっ……!)



 「つまり、見えている星としか入れ替えができない。それがキミの能力の限界なんだ。」



 (そこまで……完全に……)


 ヴァレンは魔剣を肩に担ぎながら、なおも続ける。



 「“それでも、なぜ転移先を読まれる……?”って顔をしてるね?」



 ──ゾクリ。

 まるで内心までを見透かされたような言葉に、佐川の背筋に冷たいものが走る。



 「答えは簡単。転移先を読むには……視線を追えばいいだけさ。」

 「……っ!!」



 内心の叫びが、今にも喉から洩れそうになる。


 (視線……!? 俺の……目線で!?)


 「バカな……そんな芸当……」


 「ハッタリだ、と思ってるかい?」



 ヴァレンの声が、どこか楽しげだった。



 「じゃあ試してごらん。もっと早く、もっと予想外の動きを見せてみて?」



 煽るようなその声音に、佐川は唇を噛む。


 (──チッ、やってやるよ……!)


 星が再び走る。

 レーザーが交差する光の檻の中、佐川は目にも止まらぬ速さで転移し、斬撃を叩き込んだ。

 けれど──



 「ほらね。」



 ヴァレンの剣先が、寸分のズレもなく佐川の喉元に添えられていた。

 寸止め。それが何度も、何度も繰り返された。



 「クソッ……!」



 焦燥。
 いや、それだけではない。

 自分のあらゆる動きが、相手の掌で踊らされているような──そんな、“恐怖”。


 (マジかよ……本当に……俺の転移先を、目線の動きだけで……!?)


 顔が引きつるのを自覚した。

 そして──



 「それじゃ、俺のターンだ。」



 ヴァレンはフワリと宙に浮かび上がり、夜風に髪をなびかせながら空中を優雅に舞った。

 彼の背後には、薄く雲が流れ、そして──月が昇る。

 彼は建設途中のビルの骨組みの上に静かに降り立ち、右手で胸元に手を当てて、深く、劇的に一礼した。



 「キミたちの力、存分に堪能させてもらったよ。実に、素晴らしかった。」



 佐川は肩で息をしながら、ヴァレンの姿を見上げる。

 その姿は、まるで舞台上の役者。観客の喝采を一身に浴びているかのような、完璧な立ち振る舞いだった。



 「さあ……次は、俺の番だ。」



 ヴァレンの表情が、夜空に映える月光で妖しく照らされる。



 「数百年の時を、“色欲の魔王”としてこの世に君臨し続けた──」



 その声に、空気が凍る。



 「この、ヴァレン・グランツの力を……」


 「存分にお見せしよう。」



 その声は、どこまでも優雅で──
 けれど、底知れぬ“深淵”を感じさせた。

 天野唯は、何かに囚われたように言葉を失い、震える指先で杖を握りしめた。

 佐川も、ただごくりと唾を飲み込む。

 月を背に立つその魔王は──
 あまりにも、神々しかった。



 ◇◆◇



 ──月が、まるで観客のように夜空の高みから見下ろしていた。

 その光を背に、魔王ヴァレン・グランツは両腕を大きく広げて佇んでいる。

 まるで舞台の主役のように。

 いや、それはもはや舞台ではない。

 この世界そのものが、彼という存在の“演出空間”になっていると錯覚するほどの、圧倒的な存在感だった。

 佐川颯太は、剣を握る指先に力が入らないことに気づいた。

 喉が渇いて、心臓が早鐘を打つ。



 (俺は……勇者だ。選ばれた存在だ……!)



 彼は自分にそう言い聞かせるように、心の中で何度も呟いた。



 (勇者は、魔王を倒すためにいるんだ……)



 だが、その想いとは裏腹に、視線の先に立つヴァレンを見上げるだけで、背筋が凍る。



 (でも……コイツは……何なんだ……!?)



 ぞわりと、背中を冷たいものが這う。



 (倒せる気が、しねぇ……ッ!)



 喉奥から、悲鳴が漏れそうだった。

 そんな佐川の動揺など、すべてお見通しとでも言わんばかりに──

 ヴァレンは、優雅に口を開いた。



 「Ladies & Gentlemen……!」



 澄んだ、どこまでも通る声。
 けれどその優しさが、かえって不気味に響く。



 「これより──ヴァレン・グランツ・プレゼンツ!」



 手を広げ、月を背に一歩前に出る。



 「恋人たちのためのパレードが、始まります。」



 その瞬間、空気が震えた。

 言葉の持つ意味ではなく、その“宣言そのものが現実を書き換える”ような感覚。



 「閉園までの、ほんの僅かな時間……
 大切な人と、最高の一時を──どうかお楽しみください。」



 そう語る彼の声には、どこまでも優しい“愛”があった。

 ──“愛”と“狂気”の境界が、曖昧になるほどの。



 「……わあ……」



 思わず、戦況を見守っていたブリジットが、ぽつりと感嘆の声を上げた。

 彼女は無意識に、手をパチパチと叩いて拍手をしていた。

 ──パラララ……

 ヴァレンの左手に携えられた魔本が、自らの意思を持つかのように音を立てて捲れる。

 光が零れ出すように、文字がページから浮かび上がり、宙を舞った。

 それに目を奪われていた天野唯が、ハッと我に返る。



 「颯太くん!!」



 震える声で隣の少年に呼びかける。



 「魔王のペースに飲まれちゃダメ!!」



 杖を両手で握りしめながら、天野は必死に言葉を続けた。



 「何かする前に、ここで仕留めるしかないっ!!」



 その言葉に、佐川の瞳が再び光を取り戻す。



 「──ああ!! ヤツの思い通りにはさせねぇ!!」



 握りしめた剣を天に掲げ、彼の周囲に七つの星が再び展開された。

 それは剣と魔法の両輪が織りなす、彼の“最大火力”だ。

 天野の強化魔法が、七つの星を軌道上で輝かせ──
 そこから、七本のレーザーが、一直線にヴァレンへと放たれる。

 が──



 「──"心花顕現サモン・フラッター。」



 ヴァレンが静かに呟いた。



 「"電飾冥王獣エレクトリカル・プルート"…」



 ドォォンッ……!

 地響きと共に、二つの巨大な光輪が地面に浮かび上がる。

 魔法陣のように構築されたそれは、星のレーザーが到達する寸前に膨れ上がり──

 次の瞬間、そこから何かが“競り上がって”きた。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴ……



 「な……!?」



 佐川の声が裏返る。

 競り上がってきたのは、電飾をまとった“巨大な獣”。

 その姿は──クマ。

 そして、ゾウ。

 だが、ただの獣ではない。

 全身を光の管で巻かれ、まるでテーマパークのフロートのように煌びやかに装飾された、“冥王のしもべ”だった。

 電子音のような咆哮を上げ、光がまたたくリズムで、陽気なパレード音楽が鳴り響く。



 「な、なんだこの魔物は……ッ!?」



 佐川は星の一つから転移し、冥王獣の前脚を斬る。

 だが──剣が、通らない。



 「っ……一体一体が……硬すぎる……ッ!!」



 切れない。
 焼けない。
 星からのレーザーも、まるで気にしていない。

 それどころか、獣たちはリズムに乗ってステップを踏みながら、二人に迫ってくる。



 「今日は大盤振る舞いだ。」



 ヴァレンが嬉しそうに微笑んだ。



 「"獅子座流星群レオニード・メテオ"。」



 夜空が一気に明るくなる。

 ──無数の星が、尾を引きながら降ってきた。

 だが、そのすべてが佐川と天野をかすめるように落ちていく。

 直撃はしない。

 しかし、絶えず地面が爆ぜ、火の粉が舞い、意識を散らす。



 「"運命の花火デスティニー・ファイアワークス"。」



 ドンッ……パァンッ……!

 今度は、夜空に無数の花火が打ち上がる。

 赤、青、金、紫──
 それは、もはや戦場の演出ではなかった。

 美しかった。

 そして──おぞましかった。



 「う……うそ……」



 天野唯の杖を握る手が、ガクガクと震えだす。

 その花火の美しさに、恐怖が混じる。

 佐川も、気づけば剣を握る腕が下がっていた。



 (だ……ダメだ……ッ)



 心が、折れそうだった。



 (この魔王は……力のスケールが、違いすぎる……ッ!!)



 レーザーも、斬撃も、術式も通じない。

 あまつさえ、視覚・聴覚・精神の全てを“演出”で飲み込んでくる魔王──

 佐川は、その異常な力に、目を見開いたまま立ち尽くすしかなかった。

 そんな彼の視線の先──月明かりと花火に照らされたヴァレンは、満足そうに目を細めた。



 「ククク……“色欲の魔王”の──」



 その声は、どこか甘く。



 「"星降る夜の行進スターリー・ナイト・パレード"──お楽しみいただけてるかな?」



 笑みとともに、その口元が柔らかく歪んだ。

 それはまるで、

 夢の国にようこそ──と言っているかのような微笑だった。



 ◇◆◇



 爆ぜる花火。

 煌めく流星。

 音楽と光の洪水が、戦場を色彩と祝祭に包み込む。


 だが──それは“魔王の力”だった。


 カクカクシティの建設広場、その少し離れた瓦礫の上。

 ベルザリオンは静かに立ち尽くし、その光景を見上げていた。

 背筋が、汗ばむ。

 戦場にはいない。
 ただ見ているだけ──なのに、なぜこんなにも恐ろしい?



 「これが……」



 呟きが、漏れた。



 「マイネ様と同じ、“大罪魔王”の一角……“色欲”のヴァレン・グランツ様の……実力……ッ!」



 ゴクリ、と喉が鳴る。

 その隣で、同じく立っていたマイネが、長く息を吐いた。



 「……だから言ったじゃろ。ヴァレン・グランツは、“強い”と。」



 それは、誇りでも、畏怖でもなく──
 まるで呆れたような、苦笑じみた“肯定”だった。

 一方で──



 「きれぇ~~~……!」



 感嘆の声を上げたのは、ブリジットだった。

 彼女は戦場だということも忘れたように、うっとりと夜空を見上げる。

 その横で、小型犬の姿のフレキも尻尾を振りながら「すごいです~」と感動の声を漏らしていた。



 「アルドくんにも見せてあげたかったな~!
このパレード……街が完成したら、お祝いのイベントとしてまたやってくれないかな!」

 「それ、いいですねっ!ヴァレンさんにお願いしてみましょう!」

 「……お二人とも。一応、まだ戦闘中ですよ」



 ベルザリオンが静かにツッコミを入れたが、ブリジットたちはまるで遊園地のショーでも観ているようだった。


 

──────────────────

 

 森の中、月の光が木々を縫うように差し込む開けた空間。

 地面に仰向けになったままの鬼塚玲司の視界に、花火と流星が降ってきた。

 夜空一面に咲く巨大な火の花。

 いくつも、いくつも──その下に、戦いがあるとは思えないほどに美しい。



 「……なんだ、ありゃ……花火……?それに、流星……?」



 つぶやいた言葉は、夜風にかき消された。

 その近く。
 木の根っこに腰を下ろしながら、黒マスクの女──リュナが小さなやすりで爪を整えていた。



 「お~……綺麗っすね~」



 呑気に目を細めながら夜空を見上げて、



 「たぶん、ヴァレンのアホの能力っすね、あれ」



 と、さらりと口にした。



 「……は?」



 鬼塚の顔が引き攣った。

 身体中が痛む。

 腕が折れてる気がするし、肋骨もいってるかもしれない。

 けど──



 「あれが……あの魔王の、能力だと……?」



 鬼塚はゆっくりと、ぎしりと音を立てて、上体を起こした。

 視界がグラつく。

 脳が揺れる。

 でも、眼は──戦いの空を捉えていた。


 (あの光と音……演出だけじゃねぇ。あれは、魔力だ……)

 (あのチャラ男みてぇな魔王……コイツと同格の“災害級”かよ……ッ!)


 彼の中で、何かが点火した。


 (このままじゃ……佐川と天野が──)



 「っ……うおおおおおおっ!!!」



 魂の底から、叫びが迸った。

 その声にリュナがびくっと肩を震わせ、ネイルやすりを落とす。



 「ちょっ!? アンタ、無茶しない方が──!」



 止める暇もなかった。

 鬼塚は、傷だらけの身体を叩き起こし、血塗れの拳を前に突き出す。

 そして──捻り出した。



 「魂、燃やせ……!!」



 地面が、一瞬だけ震えた。

 鬼塚の足元に、黒い稲妻のような魔力が走る。
 それは爆ぜるように地面を割り、彼の魔力が形を成していく。


 ──ヴォォンッ……!


 煙の中から現れたのは、漆黒のボディと金属のエンブレムを備えた、重厚なバイク。



 「"特攻疾風モヴゼファー"──!」



 吐き捨てるように呟き、傷だらけの身体をそのシートに無理やり押し込む。

 エンジン音が鳴り響く。
 魔力が、そのまま爆発的推進力に変わる。
 


 「おいこら待てコラァァァ!!」



 リュナが慌てて追いかけるも──



 「行くぜ……!!」



 ──ギュォォォォン!!

 轟音を残し、鬼塚のバイクが闇を裂いて走り出した。

 傷の痛みなど、振動にかき消された。
 血の臭いも、アドレナリンで嗅覚から飛んだ。

 ただ一つ。

 仲間が危ないという“焦り”が、彼を突き動かしていた。



 「天野!佐川ァァァァ!!!」



 魂が叫ぶ。
 タイヤが吠える。

 その背を追いかけて、リュナが叫ぶ。



 「ちょ、待てって!!アンタさっき魔力使い果たしてたじゃないっすか!!無茶だろ死ぬぞコラァァァ!!」



 彼女もまた魔力を纏い、夜の森を駆け抜けた。

 花火と流星が、二人の影を淡く照らしていた。
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