真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第124話 佐川颯太 ──少年は勇者に憧れる──

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 「……また、二番かぁ」



 放課後の校庭の隅、ベンチに座った佐川颯太は、がっくりと肩を落としていた。

 握ったままの記録表には、徒競走のタイム。クラスで二番。

 それは、ほとんどの子が羨む順位だ。


 ──でも、颯太には物足りなかった。


 体育でも、図工でも、勉強でも、いつも“あと一歩”届かない。

 一番にはなれない。それがずっと続いている。

 何をしても「惜しいね」「すごいよ」「頑張ったね」──

 けど、「一番だね」とは言われたことがない。

 小さな心に、それはじわじわと積もっていく。

 

 「──で、今日のテストは何番だったの?」



 その夜。団地の一室。

 父親が昔使ってたレトロなテレビゲームのコントローラーを握ったまま、隣の女の子が振り返る。

 天野唯。

 佐川と同じ団地の、幼馴染で同い年の女の子。
 よく笑って、よく喋る、元気な子。



 「んー……また二番」


 「ふーん……でもすごいじゃん、二番なんて!」



 明るく返してくれるのが嬉しくて、でもその言葉がちょっと苦しくて、
 佐川はテレビに映る、少し古臭いドット絵のフィールドを見つめながら、ぽつりと呟いた。



 「……おれってさー、何も一番になれないんだよな~……」



 沈んだ声だった。

 頬杖をついた唯が、それにふと反応して、テレビ画面を指差した。



 「えっ? でも颯太くん、あれみたいじゃない?」

 「……ん?」

 「ほら。これ。勇者。」



 指差されたのは、画面の中央でピコピコ動く、ドット絵の主人公。



 「魔法も中途半端で、攻撃力も戦士より弱いけどさ──でも、町の人のお願い聞いたり、仲間の面倒みたり、最後は魔王を倒すじゃん。めっちゃカッコよくない?」


 「……」


 「颯太くんも、そういう感じ! 何でも出来て、みんなのこと考えて動けて、そのうえ、ちゃんと努力してるし。……“勇者”にそっくりだよ!」



 とびきりの笑顔だった。

 それを見た佐川は、ぽかんとしたあと、ゆっくりと口元を緩める。

 胸が、ぽかっと暖かくなるような感覚。

 「勇者」──たしかに、そうだ。

 勇者って、一番強いわけじゃない。でも、最後まで立って、皆を守る存在だ。



 「……そっか。オレ、“勇者”か……」



 呟いたその言葉は、自己肯定の始まりだった。


 ──あの日の言葉が、ずっと残っている。

 

 それからしばらく経ったある日。

 佐川の家の前に、母と知らない少年が立っていた。



 「この子ね、玲司くん。今日からうちで何日か預かることになったの。仲良くしてあげてね?」



 天野家の母と佐川家の母が一緒に連れてきたその少年は、目付きが鋭くて、どこか壁を作った表情をしていた。



 「……鬼塚、玲司」



 少しも笑わず、手をポケットに突っ込んだまま、うつむく。

 唯が一歩近づいて、「よろしくね!」と明るく手を振ると、玲司は少しだけ目を見開いたが、何も言わなかった。

 佐川は内心、戸惑っていた。


 (……なんか、怖そうなやつだな……)


 でも、唯が笑っているのを見て、決めた。


 (“勇者”は、仲間を増やすもんだろ!)


 にっこり笑って、手を差し出した。



 「よろしくな!玲司!」

 

 ──時間は少しずつ流れていった。

 

 最初はまったく心を開かなかった玲司。

 何を話しかけても「別に」とか「うっせぇ」とか、そんな言葉ばかり。

 でも、ある日のこと。



 「ねえ、明日の朝、早起きできる?」



 唯が突然、佐川と玲司に声をかけた。



 「……早朝に、星見に行こ? 今、北斗七星が綺麗なんだって!」

 

 そして次の日、まだ太陽も昇っていない時間。

 3人は近所の公園の芝生に寝転び、佐川の持ってきた望遠鏡を順番に覗いていた。



 「……おお……」



 初めて星を見た玲司は、明らかに言葉を失っていた。

 その目は、普段の不機嫌そうな色を脱ぎ捨てて──
 本当にキラキラしていた。

 佐川はその横顔を見て、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。



 (……こいつ、こんな表情もできるんだ)

 

 帰り道。

 朝焼けに包まれた道を歩きながら、玲司はそっぽを向いたまま言った。



 「……誘ってくれて……ありがとな」



 声は小さくて、けれどたしかに届いた。

 颯太はにっと笑って言った。



 「また三人で行こうぜ!」



 唯は、そんな二人を見て、どこか嬉しそうに笑っていた。

 

 ──その瞬間から、佐川にとって鬼塚玲司はただの“かわいそうな子”じゃなくて、
 かけがえのない本物の友達になった。

 そして彼の中にある“勇者”という言葉が、
 また少しだけ──強く、確かな意味を持つようになったのだった。



 ◇◆◇



 あの日々が、ずっと続くと思っていた。

 星を見て、笑って、少し喧嘩して。

 三人で過ごす時間は、当たり前で、大切で、かけがえのないものだった。


 でも──
 

 鬼塚玲司が、来なくなった。

 

 最初は「風邪かな」と思った。
 次は「家の用事かも」と。

 けれど一週間、二週間が過ぎても、その姿は団地にも、公園にも、現れなかった。

 ──おかしい。

 そう思った佐川は、ある日、母親と隣の天野さんの立ち話を廊下の影からこっそり聞いた。

 

 「……そうなのよ。鬼塚くんのお父さん、遂にいなくなっちゃったって」

 「まあ……」

 「でね、それから玲司くん、学校にも来なくなっちゃって。お母さんも、もう限界みたいで……施設の話も出てるって……」

 

 小さな颯太の胸が、ぎゅっと締めつけられた。


 (……そっか……)


 それだけだった。

 ただ、どうしようもない気持ちが、胸の奥に溜まっていった。


 

 鬼塚の姿が見えない日々の中で──
 天野唯は、いつもよりも少し元気がなかった。



 「……また、来なかったね、玲司くん」

 「……ああ」



 唯が鬼塚のことを気にかけるたびに、佐川の胸にモヤモヤとしたものが渦巻いた。


 (……なんだ、これ)


 自分でも分からない。

 鬼塚のことは、大切な友達だと思ってる。
 それは間違いじゃない。

 でも、それ以上に、唯が誰かを気にかけている姿を見るのが──

 自分ではない“誰か”を想う視線が、胸を刺す。



 (……俺、何考えてんだ……)

 (あいつが……こんなに辛い時に)



 その瞬間、佐川は心の底から自分が嫌いになった。


 

 季節は流れ、春の風が団地に吹いたある日。

 天野唯が泣いた。

 病院の待合室。

 緊張に沈んだ空気の中で、先生から伝えられた言葉は──



 「難病です。完全な治療法は、まだ……」



 唯は小さな身体を震わせて、佐川の前で崩れ落ちた。

 顔を手で覆いながら、声も出せず、ただ嗚咽を漏らす。

 佐川は、ただ黙ってそばにいた。
 何を言えばいいのか分からなかった。

 やがて唯は、彼の肩にもたれかかった。



 「……やだよ……お母さん……まだ……一緒にいたいのに……っ……!」



 佐川はその細い背中に、そっと手を回した。

 悲しみを、受け止めるために。
 寄り添うために。

 ──でも。


 (……頼ってくれてる……)


 そんな考えが、ほんの一瞬、頭をよぎってしまった。

 次の瞬間、胸を殴られたような後悔が襲ってくる。



 (……最低だ、俺……)

 (唯がこんなに辛い時に……)

 (……俺は、“勇者”でも何でもねぇ……)

 

 

 その夜。

 佐川は、偶然見てしまった。

 夜の病院の裏口から、小さな人影が出てくる。

 コンビニの袋を抱え、目深にフードを被って。
 でも、その歩き方を、佐川は知っていた。


 ──鬼塚玲司。


 そっと物陰から様子を見ていると、彼はまっすぐ、病室へ向かった。

 そして……。

 掃除。

 洗濯物の片付け。

 配膳の準備。

 そして、ベッド脇にしゃがみこんで、天野母の髪を丁寧に整えていた。

 声は聞こえないけれど、優しい手つきだった。

 その姿を見て、佐川は立ち尽くした。

 

 (……なんだよ……)

 

 拳を握る。

 喉の奥が熱い。
 胸の内側が、ギリギリと軋んでいた。

 

 (こいつの方が……)

 (俺なんかより、よっぽど“勇者”じゃねぇか……)

 

 背を向けて、病院を離れた佐川の顔には、悔しさでも、怒りでもない──

 ただ、痛みだけが浮かんでいた。

 

 ◇◆◇

 

 ──そして、その日が来た。

 

 世界が一瞬、白に染まる。

 まばゆい光に包まれて、教室の机も、天井も、すべてが消えていく。

 異世界召喚。

 誰かが叫び、誰かが泣き叫び、
 そして──

 佐川颯太は、自分の“スキル”を知った。

 

 "破邪勇者アンドレイオス"

 

 勇者の名を冠する、SS級スキル。

 胸が、高鳴る。



 (……やっぱり……)

 (俺は、“勇者”だったんだ……!)

 

 視線を巡らせると、不安そうに震えている唯の姿が目に入る。

 彼女の手を取って、佐川は小さく呟いた。

 

 (……俺が、委員長を……唯を、守る)

 (きっと、そのために……俺はこの力を得たんだ)

 

 その背中に、微かに見えない“何か”が囁いていることに、
 この時の佐川は──まだ、気づいていなかった。

 

 ──洗脳の“種”が、心に根を張っていた事に。



───────────────────


 ──光が、揺らいでいた。


 舞台は現代に戻る。


 電飾を纏った冥王獣たちが音楽に合わせて跳ねる中、夜空に降り注ぐ流星と花火の饗宴。

 その幻想に塗り潰されるように、少年は膝を折りかけていた。

 
 佐川颯太。


 その肩は下がり、視線は床に。
 震える手が剣を握ることさえ忘れ、ただ息を荒げていた。



 (……無理だ……)

 (こんな……相手に、俺なんかが、勝てるわけ……)

 

 そのとき。

 耳の奥に、優しく、けれど脳髄を抉るような“声”が響いた。

 

 『……ここで、膝を折っていいの?』

 

 それは甘く、静かで、そして──
 どこまでも冷たい声だった。

 

 『もし貴方が折れれば、あの魔王は──天野さんを殺すわよ?』

 

 「……!」



 颯太の目が揺れる。

 

 『……立ちなさい。貴方は、“勇者”でしょう……?』

 

 「──ッ!!」



 佐川は頭を抱え、地面に膝をついたまま、声を絞り出す。

 

 「ああああああああああっ!!」

 

 激しい叫びが夜空を裂いた。

 その瞬間、彼の身体から、眩い光が迸る。

 まるで、魂そのものが燃焼して魔力へと変わっていくかのように。

 

 ヴァレン・グランツは、そんな佐川を見下ろしながら、苦々しい顔をしていた。

 

 (……ここまで洗脳の根が深いとはね……)

 (ベルゼリアめ……)

 (前途ある若者に、なんて事しやがる……)

 

 彼の歯がギリ、と音を立てたそのとき──

 

 ──ヴォォォォォン……!!

 

 遠く、森の奥から地響きのようなエンジン音が響いてきた。

 直後、轟音と共に闇を割って現れたのは、黒と紫の魔力を纏ったバイク。

 

 "特攻疾風モヴゼファー"

 

 宙を舞うようにして現れたそのバイクの上に、ひとりの少年が立っていた。

 

 「──佐川ァ!! 天野!! 無事かァァァ!!?」

 

 鬼塚玲司。

 叫びながら宙に躍り出たその姿が、光と闇の間で閃いた。

 そして──

 

 「テメェ……俺のダチに、何しやがったァァ!!?」

 

 ヴァレンに視線を突き刺し、
 腰のバックル“獏羅天盤”の歯車を親指でギュインと回す。

 

 「──変ッッ身!!」

 

 魔力が咆哮する。

 紫色の魔装が次々と装着され、宙でバイクが魔力の光と共に爆散し、
 砂塵を巻き上げながら、鬼塚はズザァッと広場の中央に着地する。

 

 ──バンッ!

 

 振り返る視線が、燃えていた。

 

 ヴァレンは、空中に残るバイクの残光を見上げながら、心の中で呟く。

 

 (……リュナのやつ、手加減し過ぎて完全には止めきれなかったか)

 (あいつも……ずいぶん優しくなったからな……)

 (だが……)

 

 視線を、砂塵の中に立つボロボロの鬼塚へ。

 

 (……そっちの彼も、無理をしすぎだ)

 (それ以上、魔力を引き出せば──魂に傷が残るかもしれない……)

 

 鬼塚は、変身を終えた姿で、真っ直ぐに佐川に駆け寄った。

 

 「おいっ、佐川!! 大丈夫かよ!?」

 

 だが──

 佐川颯太は、うつむいたまま、頭を押さえて呻いていた。

 

 「……うるせぇ……」

 

 顔を上げる。

 その目は、真っ赤に充血し、涙とも怒りともつかぬ光を宿していた。

 

 「──唯を守るのは、玲司……お前じゃねぇ!!」

 

 叫びが、空気を裂いた。

 

 「……颯太……」



 鬼塚が、言葉を失う。

 

 佐川は、足元から魔力を吹き上げながら、七つの星を召喚する。

 星たちは彼の周囲を回転し、唸りを上げながら膨張していく。

 

 「俺は、“勇者”だ!!」

 「俺が!! 俺が魔王を倒して、皆を……元の世界へ帰すんだ!!」

 

 震えながら、叫び続けるその姿に、天野唯が駆け寄る。

 

 「ダメ!! 颯太くん!!」

 「そんな無茶をしたら、貴方の身体が──!」

 

 けれど、その声も届かない。

 星は唸りを上げながら収束し、佐川の身体から放出される魔力は、
 もはや常人の限界を超えていた。

 

 ヴァレンが、眉をひそめる。

 

 (……このままでは、生命に関わる)

 (……仕方ない。流儀には反するが、手荒な真似をしてでも止めるしか……)

 

 魔剣を半分だけ抜きかけた、そのときだった。


 

 「……ククク……」




 フッと、ヴァレンの口元が緩んだ。

 

 「──最高のタイミングだ」

 

 その視線の先、佐川・鬼塚との間──

 

 地面が、突如としてボコォォン!!と膨れ上がる。

 

 「ッ!?」

 

 石畳が真上に吹き飛び、土煙を巻き上げながら、何かが勢いよく飛び出す!

 

 「せいやぁあああああああああああああッ!!」

 

 ──シュゴォッ!!

 

 飛び出してきたのは、拳を突き上げ、まるで文字通りの“昇竜拳”ポーズを取った──

 

 銀髪の少年、アルド。



 顔も服も土だらけ。頭には蜘蛛の巣、肩には瓦礫。

 彼は、空中で着地する直前にヴァレンの姿を確認して、慌てたように叫んだ。

 

 「ご、ごめんっ、ヴァレン!! なんか地下遺跡みたいな所入ったらさ!出口、分かんなくなっちゃって……!」

 「幽霊にも追いかけられるしで……もう耐えきれなくて……結局、天井ぶっ壊して出てきちゃった!!」

 

 砂煙がモウモウと舞う中、その姿を見つけた誰かが、叫んだ。

 

 「──アルドくんっ!!」

 

 ブリジットだった。

 嬉しそうに叫ぶその姿は、思わず笑ってしまうほど明るかった。



 「あれっ!?ブリジットちゃん!?」



 空中のアルドが目を丸くする。

 

 「道三郎殿ぉぉ!!」

 

 今度はベルザリオン。

 目を潤ませ、羨望のまなざしで天を仰ぐ。



 「えっ!?べ、ベルザリオンくんも!?」

 

 ヴァレンは口元を緩めて、ポツリと呟いた。

 

 「──流石は、俺が見込んだ、“主人公”だぜ………相棒……!」

 

 そして、砂塵の中。

 真祖竜の化身の少年は、ゆっくりと周囲の様子を伺う。

 


 ──混迷の戦場に アルド、参戦!
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