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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第125話 アルド vs. 勇者……? ──俺、太陽を見ると、くしゃみが出る体質なんだ──
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──爆音。
それは、破壊というより“誕生”に近い衝撃だった。
石畳が轟音と共に盛り上がり、月夜の広場を突き破るように、何かが下から吹き飛ぶ。
重力すら置き去りにした勢いで、瓦礫と砂煙を蹴散らしながら、銀髪の少年が空へと舞い上がる。
「うおおおおおおおッ!?」
着地と同時に、軽快な悲鳴(のような声)を上げる少年──アルドは、勢い余ってそのまま膝をついた。
ぐるりと周囲を見渡し、首を傾げる。
「……あれ?」
空には花火。見慣れた面々と、見知らぬ面々。
電飾に塗れた魔獣と、紫色のメカメカしい戦士。
まるで舞台のクライマックスのような光景だった。
「えっ、何この状況? ってか、人多くない?」
戸惑いながらも、彼は右手をふわりと上げる。
指先に生まれる、小さなシャボン玉。
薄く、虹色に輝くその泡は、軽やかに風に乗って空を漂い──
「……とりあえず、グェルくん達を解放しとくか。」
アルドの視線が向かったのは、瓦礫の陰でこちらを見つめるブリジット、フレキ、マイネ、ベルザリオンたち。
泡はふわふわと、舞うように彼らの元へと飛んでいく。
──パチン。
小さな破裂音とともに、泡は破れた。
「……えっ」
次の瞬間──
ボワンッ!!
爆音と共に出現したのは、モフモフとした巨大な影。
一体、また一体。
現れたのは──
「……あ、兄上!?」
「グェル!?」
皺々の愛嬌たっぷり顔の巨大パグ型フェンリル、グェル。
目を丸くしたフレキと、互いに信じられない表情で見つめ合う。
「……いやぁ~~、やっと地上に出られました~~!」
陽気な声と共に飛び跳ねたのは、やたら毛量がゴージャスな巨大ポメラニアン型フェンリル、ポルメレフ。
そして──
「ピ、ピッジョーネ先輩ッッ!!?」
「ホ……ホロッ……ホー……」
タキシード姿の人間体に、頭部は鳩──
無言でぐったり倒れているその姿に、ベルザリオンとマイネが慌てて駆け寄る。
「ピッジョーネ!?お主、何故こんなところに!?」
「しっかりしてください先輩っ!」
目を白黒させるベルザリオンを見て、アルドは心の中でぼそりと呟く。
(……やっぱあの鳩、職場の先輩だったんだ……)
そうかそうか、と納得しつつも、依然として状況は掴めない。
そんな中──
「アルドくん!来てくれたんだね!」
アルドを見たブリジットが、ぱあっと笑顔を見せた。
月光を浴びたその笑顔に、アルドもつられて表情を緩める。
「う、うん! 帰るの、ちょっと遅くなっちゃってごめんね~」
ヒラヒラと手を振りながら、見上げた夜空には、色とりどりの花火が連続して打ち上がっていた。
「……え、何これ?」
目を見開いて、思わず口をぽかんと開けるアルド。
「なんか俺が地下で迷ってる間に……花火大会始まってない? 聞いてないんだけど。」
「え、ひょっとして、皆で遊んでた? 俺が、謎の若者達に対物ライフルで撃たれたり、幽霊から必死で逃げたりしてる間に? ちょっと、酷くない?ねぇ、ヴァレン?」
魔王ヴァレンに視線を向ける。
「相棒……い、いや、今はそれどころじゃ……あと、別に遊んでた訳じゃ……」
明らかに焦った様子でヴァレンが答えかけるも──
アルドの視線は、広場のあちこちへ移動していた。
──倒れている佐川と鬼塚。膝をつく天野。
──その後ろ、微動だにしない流星、タケル、イガマサ。
「なんか知らない人もめっちゃいるし……」
「てか、ベルザリオンくん、久しぶりだよね。 ……えっ? その隣の人、彼女?」
言葉に詰まるベルザリオン。
「なっ……!?わ、妾が、ベルの……か、彼女……!?」
マイネは気まずそうに目を逸らしつつ、うっすらと赤面していた。
ヴァレンはというと、頭を押さえながら苦笑する。
「いや相棒……そいつは、違くて……いや、将来的には違くないかもしれないけど……」
その言葉も、アルドには届いていないようだった。
何も知らずに、ただ“戻ってきた”だけの少年。
だが──その無垢な瞳の奥には、誰にも届かない力が眠っていた。
◇◆◇
空に、夜花火。
地に、戦火の残り香。
──だが、その静寂を破ったのは、怒声だった。
「貴様ァァッ!!」
鋭い声とともに、白い息を吐き、佐川颯太が剣を振りかぶる。
その瞳に宿っているのは、憎しみと焦り、そして狂気。
かつて笑顔で仲間を引っ張っていた少年の面影は、もうそこにはなかった。
「お前も、魔王の手下かァァッッ!!」
──そして次の瞬間。
七つの星が、アルドの顔へと一直線に飛ぶ。
鮮やかな赤、蒼、翠、橙、藍、紫、黄。
それぞれが異なる魔力波長を宿しながら、超音速の軌道で──
「え?」
間抜けな声をあげたアルドが、ようやく佐川の存在に気づいた頃には──
すでに七つの星は、彼の顔の、ほんの数センチ手前にいた。
「ゼロ距離──ッ!」
「“七虹光臨”!!」
ジュバァァァァァァァァァァ!!!
まばゆい閃光が、夜の戦場に奔る。
まるで空に架かる虹がそのまま地上に撃ち込まれたかのような、極彩の魔法レーザー。
それが──アルドの顔面に、全弾、直撃した。
「アルドくんッ!!」
ブリジットの叫びがこだまする。
フレキが目を剥き、グェルが吠え、ポルメレフが尻尾を振りながらもパニックになる。
「ア、アルドさんッッ!!」
「と、とんでもない魔力量の攻撃です~~!!」
ベルザリオンが崩れそうな声で叫ぶ。
「道三郎殿ぉッッ!!」
隣でマイネが冷や汗を流しながら呟いた。
「いかん……ッ! 破邪勇者の力……あれは正真正銘、“魔”を焼き尽くす裁きの光……!」
「至近距離で全弾顔面直撃など……頭蓋が蒸発してしまうぞ……っ!」
全員が固唾を飲むなか──
「……なにこれ?」
──その声は、あまりにも呑気だった。
「すっげー眩しいんだけど……」
「俺、今……どうなってんの?」
煙の向こうに立っていたのは、いつも通りのアルドだった。
髪の毛一本焦げていない。衣服も無傷。
何なら少し首を傾げて、興味深そうに空中を眺めていた。
──ただし、顔面にはジュバァァァッ!!と音を立てながら、7発のレーザーが照射され続けている。
「な……っ……!?」
佐川が、言葉を失う。
その手に握った剣が、かすかに震えていた。
天野唯は目を見開いたまま、声も出せず。
鬼塚は── 一歩、後ずさった。
(何だ、こいつは……!?……やべぇ……!)
“不良のカン”が、全身で警告を鳴らしていた。
一方そのころ、ヴァレンはそろそろとアルドに近づきつつ、その顔を覗き込む。
「……あ、相棒?」
「お前、それ、平気……なのか?」
「え? いや、平気じゃないよ?」
「すっごい眩しいんだよ、目ぇ開けてられないっていうか、視界がね……ずっとレインボー」
ヴァレンは更に一歩近づき、ギョッとした顔で思わず絶句した。
アルドの顔面──
右目に赤、左目に青の星がほぼ密着し、まるで目薬を点すかの様に、眼球に直でレーザーが照射されている。
そのほか、耳の穴、鼻の穴、頭頂部など、顔面のあらゆるポイントにレーザーがジュバァァァッ!と音を立ててヒットしていた。
「あ、相棒……」
「今、お前の顔……なんと言うか……とんでもない事になってるぞ……?」
「両目なんか、3Dメガネかけてるみたいになってるし……」
「いや、全然分かんない。どういうこと??」
「いや……だから……えーっと、落ち着いて聞いてくれ」
「今、お前の顔面に……レーザーが照射されているんだ。しかも七発。ほぼゼロ距離で。」
「レーザーって……俺、あんまヒゲとか生えてないんだけど」
「違う。レーザーフラッシュ脱毛的なヤツじゃない。」
「もっとこう……殺傷力の高いタイプのレーザーだ。俺が食らってもマジで結構痛いくらいのやつ。普通の人間なら蒸発するレベルの。」
アルドはそこで、ようやく少し驚いた顔をした。
「……えっ。じゃあ、なんで俺は平気なの?」
「それを俺に聞くなよ……」
ヴァレンが、困惑気味に答える。
周囲にいた誰もが、そのやりとりを呆然と見守っていた。
あの破邪勇者・佐川颯太の誇る最強の術式、“七虹光臨”。
魔を滅する聖なる光の極み。
──それを至近距離、顔面に全弾食らっても、アルドはまったくの無傷。
むしろ「眩しい」と文句を言っているだけ。
佐川は、信じられないという顔で、後ずさる。
「なんなんだ……アイツは……?」
勇者としての誇りが、根底から揺さぶられるのを感じながら──
その場に、膝をつきそうになる。
◇◆◇
──まさか。
まさか、あの“破邪の光”が通じないなんて。
佐川颯太の視界が、揺らぐ。
否。揺れているのは、彼の“信じてきた世界”そのものだ。
(な……何なんだ、アイツ……)
銀髪の少年は、まだぼんやりと虚空を見つめていた。
自分の顔面に七色のレーザーが直撃し続けていることを、まったく気にも留めていない。
眩しさだけを理由に、目元を擦る呑気なその姿。
(俺の……“破邪七星剣“が……全く通じてない……?)
佐川は喉の奥をカラカラと乾かし、うっすらと額に冷たい汗が滲むのを感じていた。
理不尽だった。
勇者である自分の攻撃が──まったく、通じない?
(そんな……そんなヤツ……いるはずが──)
隣に立つ鬼塚玲司は、無言のまま少年の横顔を見つめていた。
肩がぴくりと動く。
(……コイツは……)
今までの人生、数え切れないほど喧嘩もしてきた。
刃物も、鉄パイプも、向けられたことがある。
殴り、殴られ、地べたに転がって生き延びてきた。
──そんな自分の、“不良のカン”が、今、こう告げていた。
(……あの銀色のガキは……“ヤバい”……!)
本能が、叫んでいた。
──下手に近づくな、と。
だが佐川は、その声に耳を貸さない。
「違う……ッ!」
剣を構え、足を踏み出す。
「俺の……“勇者”の攻撃が、通じないわけが──ッ!」
絶叫と共に地を蹴った佐川は、怒りと混乱のまま、一直線にアルドへと突撃した。
目を血走らせ、まるで鬼の形相。
その剣は、まさしく命を削るようにして振り上げられていた。
──が。
その瞬間。
「ハ……ハ……」
「ハァァーーックションッッ!!!」
想定外の爆音が、夜の空気を切り裂いた。
アルドが、思いきりくしゃみをしたのだ。
それはただのくしゃみにあらず。
口元から漏れ出たのは、うっすらと輝く“銀のブレス”。
無意識に放たれたそれは、突撃してきた佐川の顔面を真正面からとらえた。
ビュゴオオオオオォォッッ!!
「ぶっはああァァああっッッ!!?」
謎の悲鳴を上げながら、佐川は後方へ吹き飛ばされる。
空中で数度、スピンし、地面をゴロゴロと転がり──
最後は地面に顔面から激突し、そのまま動かなくなった。
「颯太くんッッ!!?」
天野唯が悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、あまりに突発すぎる出来事に足が動かない。
──アルドの顔面の周囲を飛んでいた七つの星が、スゥ……と消える。
魔力反応、消失。
視界が開けたアルドは、まばたきをしながら、ようやく光源が消えたことに気づく。
「……あっ」
銀髪の少年は、申し訳なさそうに頭をぽりぽりとかいた。
「ご、ごめん!! 誰か知らないけど……くしゃみ、かかった……?」
慌てて地面に倒れた佐川に視線を送るが、まだ誰が誰かも分かっていない様子。
「……俺さ、太陽とか眩しいの見ると、くしゃみ出ちゃうんだよね。昔から。」
──あまりにも、呑気だった。
ヴァレンは、思わず目を細めた。
「“魂視”」
静かにスキルを発動。
目に映るのは、佐川颯太の魂──
その深層に根を張りかけていた“黒い種”が、アルドの放ったブレスによって完全に吹き飛んでいるのが見て取れた。
(……洗脳、解除されたか)
(……流石は“SSR”だぜ、相棒。予想以上の効果だ。)
ヴァレンは口の端を吊り上げる。
「──ま、結果オーライってやつか。」
鬼塚は信じられないという顔で、銀髪の少年と、無様に倒れた佐川を交互に見る。
唯は、口元を手で押さえたまま言葉を失っていた。
その後方では──
「アルドくん、無事でよかった……!」
ブリジットが胸を撫で下ろし、
「さすがです~~、アルドさん! やっぱり、すごいです~~!」
ポルメレフが尻尾をフリフリ、
「アルドさん、凄すぎますっ!!」
フレキが尻尾を振りながら歓声を上げる。
「やはり、道三郎殿は、至高なるお方……!」
ベルザリオンが感極まって拍手をしながら涙を流す。
マイネは、呆然と呟く。
「あれが……ベルが言っておった、“道三郎”……」
しばらくして、小さく首を横に振る。
「……何なのじゃ、あやつは……もう“強い”とか、そういう次元じゃないじゃろ……」
──こうして、勇者の洗脳は、竜のくしゃみにより終わりを迎えた。
だが、事態はまだ終わらない。
夜空には、未だ美しくも異様な花火が打ち上がり続けていた。
それは、破壊というより“誕生”に近い衝撃だった。
石畳が轟音と共に盛り上がり、月夜の広場を突き破るように、何かが下から吹き飛ぶ。
重力すら置き去りにした勢いで、瓦礫と砂煙を蹴散らしながら、銀髪の少年が空へと舞い上がる。
「うおおおおおおおッ!?」
着地と同時に、軽快な悲鳴(のような声)を上げる少年──アルドは、勢い余ってそのまま膝をついた。
ぐるりと周囲を見渡し、首を傾げる。
「……あれ?」
空には花火。見慣れた面々と、見知らぬ面々。
電飾に塗れた魔獣と、紫色のメカメカしい戦士。
まるで舞台のクライマックスのような光景だった。
「えっ、何この状況? ってか、人多くない?」
戸惑いながらも、彼は右手をふわりと上げる。
指先に生まれる、小さなシャボン玉。
薄く、虹色に輝くその泡は、軽やかに風に乗って空を漂い──
「……とりあえず、グェルくん達を解放しとくか。」
アルドの視線が向かったのは、瓦礫の陰でこちらを見つめるブリジット、フレキ、マイネ、ベルザリオンたち。
泡はふわふわと、舞うように彼らの元へと飛んでいく。
──パチン。
小さな破裂音とともに、泡は破れた。
「……えっ」
次の瞬間──
ボワンッ!!
爆音と共に出現したのは、モフモフとした巨大な影。
一体、また一体。
現れたのは──
「……あ、兄上!?」
「グェル!?」
皺々の愛嬌たっぷり顔の巨大パグ型フェンリル、グェル。
目を丸くしたフレキと、互いに信じられない表情で見つめ合う。
「……いやぁ~~、やっと地上に出られました~~!」
陽気な声と共に飛び跳ねたのは、やたら毛量がゴージャスな巨大ポメラニアン型フェンリル、ポルメレフ。
そして──
「ピ、ピッジョーネ先輩ッッ!!?」
「ホ……ホロッ……ホー……」
タキシード姿の人間体に、頭部は鳩──
無言でぐったり倒れているその姿に、ベルザリオンとマイネが慌てて駆け寄る。
「ピッジョーネ!?お主、何故こんなところに!?」
「しっかりしてください先輩っ!」
目を白黒させるベルザリオンを見て、アルドは心の中でぼそりと呟く。
(……やっぱあの鳩、職場の先輩だったんだ……)
そうかそうか、と納得しつつも、依然として状況は掴めない。
そんな中──
「アルドくん!来てくれたんだね!」
アルドを見たブリジットが、ぱあっと笑顔を見せた。
月光を浴びたその笑顔に、アルドもつられて表情を緩める。
「う、うん! 帰るの、ちょっと遅くなっちゃってごめんね~」
ヒラヒラと手を振りながら、見上げた夜空には、色とりどりの花火が連続して打ち上がっていた。
「……え、何これ?」
目を見開いて、思わず口をぽかんと開けるアルド。
「なんか俺が地下で迷ってる間に……花火大会始まってない? 聞いてないんだけど。」
「え、ひょっとして、皆で遊んでた? 俺が、謎の若者達に対物ライフルで撃たれたり、幽霊から必死で逃げたりしてる間に? ちょっと、酷くない?ねぇ、ヴァレン?」
魔王ヴァレンに視線を向ける。
「相棒……い、いや、今はそれどころじゃ……あと、別に遊んでた訳じゃ……」
明らかに焦った様子でヴァレンが答えかけるも──
アルドの視線は、広場のあちこちへ移動していた。
──倒れている佐川と鬼塚。膝をつく天野。
──その後ろ、微動だにしない流星、タケル、イガマサ。
「なんか知らない人もめっちゃいるし……」
「てか、ベルザリオンくん、久しぶりだよね。 ……えっ? その隣の人、彼女?」
言葉に詰まるベルザリオン。
「なっ……!?わ、妾が、ベルの……か、彼女……!?」
マイネは気まずそうに目を逸らしつつ、うっすらと赤面していた。
ヴァレンはというと、頭を押さえながら苦笑する。
「いや相棒……そいつは、違くて……いや、将来的には違くないかもしれないけど……」
その言葉も、アルドには届いていないようだった。
何も知らずに、ただ“戻ってきた”だけの少年。
だが──その無垢な瞳の奥には、誰にも届かない力が眠っていた。
◇◆◇
空に、夜花火。
地に、戦火の残り香。
──だが、その静寂を破ったのは、怒声だった。
「貴様ァァッ!!」
鋭い声とともに、白い息を吐き、佐川颯太が剣を振りかぶる。
その瞳に宿っているのは、憎しみと焦り、そして狂気。
かつて笑顔で仲間を引っ張っていた少年の面影は、もうそこにはなかった。
「お前も、魔王の手下かァァッッ!!」
──そして次の瞬間。
七つの星が、アルドの顔へと一直線に飛ぶ。
鮮やかな赤、蒼、翠、橙、藍、紫、黄。
それぞれが異なる魔力波長を宿しながら、超音速の軌道で──
「え?」
間抜けな声をあげたアルドが、ようやく佐川の存在に気づいた頃には──
すでに七つの星は、彼の顔の、ほんの数センチ手前にいた。
「ゼロ距離──ッ!」
「“七虹光臨”!!」
ジュバァァァァァァァァァァ!!!
まばゆい閃光が、夜の戦場に奔る。
まるで空に架かる虹がそのまま地上に撃ち込まれたかのような、極彩の魔法レーザー。
それが──アルドの顔面に、全弾、直撃した。
「アルドくんッ!!」
ブリジットの叫びがこだまする。
フレキが目を剥き、グェルが吠え、ポルメレフが尻尾を振りながらもパニックになる。
「ア、アルドさんッッ!!」
「と、とんでもない魔力量の攻撃です~~!!」
ベルザリオンが崩れそうな声で叫ぶ。
「道三郎殿ぉッッ!!」
隣でマイネが冷や汗を流しながら呟いた。
「いかん……ッ! 破邪勇者の力……あれは正真正銘、“魔”を焼き尽くす裁きの光……!」
「至近距離で全弾顔面直撃など……頭蓋が蒸発してしまうぞ……っ!」
全員が固唾を飲むなか──
「……なにこれ?」
──その声は、あまりにも呑気だった。
「すっげー眩しいんだけど……」
「俺、今……どうなってんの?」
煙の向こうに立っていたのは、いつも通りのアルドだった。
髪の毛一本焦げていない。衣服も無傷。
何なら少し首を傾げて、興味深そうに空中を眺めていた。
──ただし、顔面にはジュバァァァッ!!と音を立てながら、7発のレーザーが照射され続けている。
「な……っ……!?」
佐川が、言葉を失う。
その手に握った剣が、かすかに震えていた。
天野唯は目を見開いたまま、声も出せず。
鬼塚は── 一歩、後ずさった。
(何だ、こいつは……!?……やべぇ……!)
“不良のカン”が、全身で警告を鳴らしていた。
一方そのころ、ヴァレンはそろそろとアルドに近づきつつ、その顔を覗き込む。
「……あ、相棒?」
「お前、それ、平気……なのか?」
「え? いや、平気じゃないよ?」
「すっごい眩しいんだよ、目ぇ開けてられないっていうか、視界がね……ずっとレインボー」
ヴァレンは更に一歩近づき、ギョッとした顔で思わず絶句した。
アルドの顔面──
右目に赤、左目に青の星がほぼ密着し、まるで目薬を点すかの様に、眼球に直でレーザーが照射されている。
そのほか、耳の穴、鼻の穴、頭頂部など、顔面のあらゆるポイントにレーザーがジュバァァァッ!と音を立ててヒットしていた。
「あ、相棒……」
「今、お前の顔……なんと言うか……とんでもない事になってるぞ……?」
「両目なんか、3Dメガネかけてるみたいになってるし……」
「いや、全然分かんない。どういうこと??」
「いや……だから……えーっと、落ち着いて聞いてくれ」
「今、お前の顔面に……レーザーが照射されているんだ。しかも七発。ほぼゼロ距離で。」
「レーザーって……俺、あんまヒゲとか生えてないんだけど」
「違う。レーザーフラッシュ脱毛的なヤツじゃない。」
「もっとこう……殺傷力の高いタイプのレーザーだ。俺が食らってもマジで結構痛いくらいのやつ。普通の人間なら蒸発するレベルの。」
アルドはそこで、ようやく少し驚いた顔をした。
「……えっ。じゃあ、なんで俺は平気なの?」
「それを俺に聞くなよ……」
ヴァレンが、困惑気味に答える。
周囲にいた誰もが、そのやりとりを呆然と見守っていた。
あの破邪勇者・佐川颯太の誇る最強の術式、“七虹光臨”。
魔を滅する聖なる光の極み。
──それを至近距離、顔面に全弾食らっても、アルドはまったくの無傷。
むしろ「眩しい」と文句を言っているだけ。
佐川は、信じられないという顔で、後ずさる。
「なんなんだ……アイツは……?」
勇者としての誇りが、根底から揺さぶられるのを感じながら──
その場に、膝をつきそうになる。
◇◆◇
──まさか。
まさか、あの“破邪の光”が通じないなんて。
佐川颯太の視界が、揺らぐ。
否。揺れているのは、彼の“信じてきた世界”そのものだ。
(な……何なんだ、アイツ……)
銀髪の少年は、まだぼんやりと虚空を見つめていた。
自分の顔面に七色のレーザーが直撃し続けていることを、まったく気にも留めていない。
眩しさだけを理由に、目元を擦る呑気なその姿。
(俺の……“破邪七星剣“が……全く通じてない……?)
佐川は喉の奥をカラカラと乾かし、うっすらと額に冷たい汗が滲むのを感じていた。
理不尽だった。
勇者である自分の攻撃が──まったく、通じない?
(そんな……そんなヤツ……いるはずが──)
隣に立つ鬼塚玲司は、無言のまま少年の横顔を見つめていた。
肩がぴくりと動く。
(……コイツは……)
今までの人生、数え切れないほど喧嘩もしてきた。
刃物も、鉄パイプも、向けられたことがある。
殴り、殴られ、地べたに転がって生き延びてきた。
──そんな自分の、“不良のカン”が、今、こう告げていた。
(……あの銀色のガキは……“ヤバい”……!)
本能が、叫んでいた。
──下手に近づくな、と。
だが佐川は、その声に耳を貸さない。
「違う……ッ!」
剣を構え、足を踏み出す。
「俺の……“勇者”の攻撃が、通じないわけが──ッ!」
絶叫と共に地を蹴った佐川は、怒りと混乱のまま、一直線にアルドへと突撃した。
目を血走らせ、まるで鬼の形相。
その剣は、まさしく命を削るようにして振り上げられていた。
──が。
その瞬間。
「ハ……ハ……」
「ハァァーーックションッッ!!!」
想定外の爆音が、夜の空気を切り裂いた。
アルドが、思いきりくしゃみをしたのだ。
それはただのくしゃみにあらず。
口元から漏れ出たのは、うっすらと輝く“銀のブレス”。
無意識に放たれたそれは、突撃してきた佐川の顔面を真正面からとらえた。
ビュゴオオオオオォォッッ!!
「ぶっはああァァああっッッ!!?」
謎の悲鳴を上げながら、佐川は後方へ吹き飛ばされる。
空中で数度、スピンし、地面をゴロゴロと転がり──
最後は地面に顔面から激突し、そのまま動かなくなった。
「颯太くんッッ!!?」
天野唯が悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、あまりに突発すぎる出来事に足が動かない。
──アルドの顔面の周囲を飛んでいた七つの星が、スゥ……と消える。
魔力反応、消失。
視界が開けたアルドは、まばたきをしながら、ようやく光源が消えたことに気づく。
「……あっ」
銀髪の少年は、申し訳なさそうに頭をぽりぽりとかいた。
「ご、ごめん!! 誰か知らないけど……くしゃみ、かかった……?」
慌てて地面に倒れた佐川に視線を送るが、まだ誰が誰かも分かっていない様子。
「……俺さ、太陽とか眩しいの見ると、くしゃみ出ちゃうんだよね。昔から。」
──あまりにも、呑気だった。
ヴァレンは、思わず目を細めた。
「“魂視”」
静かにスキルを発動。
目に映るのは、佐川颯太の魂──
その深層に根を張りかけていた“黒い種”が、アルドの放ったブレスによって完全に吹き飛んでいるのが見て取れた。
(……洗脳、解除されたか)
(……流石は“SSR”だぜ、相棒。予想以上の効果だ。)
ヴァレンは口の端を吊り上げる。
「──ま、結果オーライってやつか。」
鬼塚は信じられないという顔で、銀髪の少年と、無様に倒れた佐川を交互に見る。
唯は、口元を手で押さえたまま言葉を失っていた。
その後方では──
「アルドくん、無事でよかった……!」
ブリジットが胸を撫で下ろし、
「さすがです~~、アルドさん! やっぱり、すごいです~~!」
ポルメレフが尻尾をフリフリ、
「アルドさん、凄すぎますっ!!」
フレキが尻尾を振りながら歓声を上げる。
「やはり、道三郎殿は、至高なるお方……!」
ベルザリオンが感極まって拍手をしながら涙を流す。
マイネは、呆然と呟く。
「あれが……ベルが言っておった、“道三郎”……」
しばらくして、小さく首を横に振る。
「……何なのじゃ、あやつは……もう“強い”とか、そういう次元じゃないじゃろ……」
──こうして、勇者の洗脳は、竜のくしゃみにより終わりを迎えた。
だが、事態はまだ終わらない。
夜空には、未だ美しくも異様な花火が打ち上がり続けていた。
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しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
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「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
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