136 / 249
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第134話 雷光が託す希望
しおりを挟む
夜風が、空中庭園の樹々を揺らしている。
天蓋のように広がる夜空には雲一つなく、星明りさえ冷たい光を帯びて見えた。
雷人はサーベルを握りしめ、深く息を吸い込む。
その刃はすでにただの鋼ではない。
彼の全魔力と、建物全体から吸い上げた電力を集め、紫電を軸に黄金色に輝く神器"雷月刃"へと変貌していた。
途端に、アグリッパ・スパイラルの照明がジジジ……と不気味に点滅する。
外壁に沿って並ぶ無数の窓が、不規則に灯っては消え、まるで都市全体が痙攣するかのように明滅を繰り返す。
紅龍の口元がゆるむ。
緋色の軍服の肩を揺らし、愉悦に満ちた瞳で雷人を見据える。
「……この建物そのものの電力すら啜るか。
小賢しい……いや──実に面白いぞ、童よ」
声は低く、しかし愉悦を隠さぬ嗜虐的な響きだった。
雷人は応えない。
ただ"雷月刃"を高く振り上げ、呼吸と鼓動を重ね、全身に宿る紫電を制御する。
背中を伝う汗は冷たいはずなのに、刃の熱で蒸気のように立ち昇っていく。
(……短期決戦だ。長くは保たない……!)
内心を切り捨て、次の瞬間、雷人の姿が掻き消える。
──バチィッ!!
紫電の閃光が弾け、稲妻と化した雷人が紅龍へ斬りかかる。
速度は肉眼を超え、音すら追いつけない。
だが。
「……遅い」
紅龍はその場から一歩も動かず、両腕の僅かな動きで二刀を交差させた。
──キィィィンッッ!!
雷月刃と緋色の剣が激突し、雷鳴のような轟音と火花が夜空に散った。
雷人は反射的に離脱し、再び角度を変えて突っ込む。
左から、右から、背後から、上下から──紫電の残光が幾筋も走り、空中庭園は瞬間ごとに閃光で塗り潰された。
しかし紅龍は、あくまで悠然とその場に立つ。
二刀を振るう腕だけがしなやかに動き、すべての斬撃を受け切る。
まるで彼の周囲だけが“絶対に斬れぬ領域”として隔絶されているかのようだった。
雷人の刃は庭園の鉄柵を切り裂き、花壇の淵を砕きながら軌跡を描く。
飛び散った鉄片や破片が夜空に舞い、雷光を浴びてキラキラと散乱した。
紅龍はそれを視界の端で捉えつつ、余裕の笑みを浮かべる。
「太刀筋が荒い……。焦っているな? どうした、童よ」
挑発的な声が夜風に乗り、雷人の耳へ届く。
雷人の歯がきしんだ。
目の前の敵は、まるで余裕そのもの。どれだけ全力を叩き込んでも、その笑み一つ崩れない。
だが──彼の瞳に宿る決意は揺るがなかった。
(知ってる……分かってるさ……。僕の剣なんかじゃ、貴様に届かないってことくらい……!)
雷人は再び疾走した。
紫電と怒り、そして絶望を塗り潰すように、斬撃はさらに鋭さを増していった。
◇◆◇
紫電をまとった雷人は、肩で荒い息を吐いた。
いくら斬撃を重ねても、目の前の将軍は一歩も退かない。
刃は受け流され、衝撃は空へと散らされ、何ひとつ傷を刻むことができなかった。
(……知っていたさ。僕の剣が、貴様に通用しないことくらい……!)
瞳の奥に絶望と、それでも消えぬ光が宿る。
雷人は自らを叱咤するように歯を食いしばり──心の中で言葉を続けた。
(──だからこそ、小細工を弄させてもらう!)
先程の疾走で切り裂いた鉄柵、砕いた花壇の縁、地面を抉った破片。
それらは今、庭園の床一面に散らばり、夜風に冷たく光っていた。
雷人は雷月刃を胸の前で構え、螺旋を描くように魔力を流し込む。
刃から迸る電撃が鉄片へ絡みつき、やがてそれぞれが磁力を帯びて浮き上がった。
──キィィィン……
空中に舞い上がった鉄片群は、紫電に照らされながら不気味に回転を始める。
雷人の周囲を、即席の弾丸が囲んだ。
「“──電磁投射連弾”……ッ!」
雷人の叫びと同時に、刃先が突き出される。
次の瞬間──浮かび上がった鉄片が、雷鳴の轟きと共に一斉に撃ち出された。
即席のレールガン。
幾十もの金属弾が稲妻に乗り、紅龍へ殺到する。
──だが。
「面白い……!」
紅龍の緋色の瞳が爛々と光り、口元に愉悦の笑みが浮かんだ。
右手の剣を手放し、代わりに柄の根元の鎖を握る。
ブゥゥゥンッッ──!
鎖が唸りを上げる。
振り回された剣が鎖鎌のように回転し、烈風を巻き起こした。
──ギィィンッ!バチィィッ!!
鉄片の弾丸が次々と回転する刃に弾かれ、火花と破片を散らしながら四方へ飛び散る。
紅龍はその場から動かない。
悠然と、まるで舞を楽しむかのように鎖を操り、全ての射撃を打ち落としていった。
しかし雷人も止まらない。
紫電と共に高速移動しながら、さらに鉄柵を切り裂き、地面を抉り、破片を撒き散らす。
それらに再び磁力を纏わせ、次々と撃ち出す。
同時に斬撃を叩き込み、二重三重の攻撃を浴びせ続けた。
破片が飛翔し、閃光が奔り、雷鳴が轟く。
紅龍を中心に夜空へ火花が舞い上がり、空中庭園は戦場というより雷獄のように染め上げられた。
だが紅龍は──笑っていた。
右手の鎖で回す剣が弾丸を弾き、左手の剣が雷人の斬撃をすべて正確に受け流す。
その動きは獰猛でありながら、どこか優雅ですらあった。
「……貴様の"雷神の加護"。
S級という判定ではあったが──」
火花の合間に響く紅龍の声。
瞳は愉悦に燃え、刃は雷撃を浴びながらも寸分の狂いもない。
「実際には……あのSS級の三人にも劣らぬ力を秘めていたか」
雷人は息を荒げ、なおも攻撃を繰り出す。
だが紅龍は止まらない。声は次第に熱を帯びる。
「……いや、違うな」
双剣が再び火花を散らす。
その衝撃の中、紅龍は口角を上げた。
「それはスキルそのものの力ではない。
貴様自身の──知恵と合わさった結果の産物だ」
紫電の渦中で、その声ははっきりと雷人の耳に届く。
「──見事だ、一条雷人」
名を呼ばれた瞬間、雷人の瞳がわずかに揺れた。
「……ッ……!」
胸を撃たれるような驚き。
紅龍の口から自分の名が呼ばれることなど、想像すらしていなかった。
だがすぐに、雷人はその揺らぎを押し殺す。
雷月刃を握る手に力を込め、鋭く紅龍を睨み返した。
「……そうか。なら──」
肩で息をしながら、雷人は低く呟く。
「貴様が認めた僕の力……その身で、存分に堪能するがいい!」
その声に呼応するように、紅龍の周囲の空気が震えた。
気づけば、庭園に散った無数の鉄片が宙に舞い上がり、ドーム状に紅龍を覆っていた。
金属片は互いに磁力で絡み合い、まるで檻のように空中に固定されている。
雷人は雷月刃を紅龍に向け、目をぎらつかせる。
「全方位──”電磁投射連弾”……!!」
声が雷鳴のように轟く。
宙に浮かぶ無数の鉄片がキィィンと震え、紫電を纏い始めた。
「……かわせるか……! これが……ッ!!」
雷人が叫び、刃先を突き出そうとしたその時。
紅龍は、不気味にゆるやかな笑みを浮かべた。
緋色の瞳に、邪悪な光が宿る。
「……褒美に」
まるで楽しみを引き延ばすように、静かに囁いた。
「面白いものを……見せてやろう」
夜風が一瞬、止んだように感じられた。
雷人の全身に、冷たい悪寒が走った。
◇◆◇
「──覚悟ッ!!」
雷人が雷月刃を真っ直ぐ突き出す。
刃先からほとばしる稲妻に呼応するように、宙に浮かぶ鉄片群がキィィンと震え、白い閃光を帯びて殺意を宿す。
金属片は弾丸となる直前、まるで一斉に息を吸い込んだかのように空気を引き裂いた。
雷人の眼差しには決死の覚悟が宿り、声は雷鳴のごとく夜の庭園を震わせた。
──だが。
「……」
紅龍が、ごく短く息を吐いた。
次の瞬間、その唇がひとつの言葉を紡ぐ。
──ボゥッ。
雷月刃を包んでいた光が、一瞬で霧散した。
電撃は掻き消え、刃はただの鉄に戻り、振動する金属片も磁力を失って一斉にパラパラと地面へと落ちる。
「なっ……!?」
雷人の目が大きく見開かれる。
握る刃から、何の反応も返ってこない。
全身を駆け巡るはずの紫電は沈黙し、背筋を支えていた力が根こそぎ奪われたようだった。
理解が追いつくより早く──紅龍が消えた。
「ッ!?」
視界の端で閃光が走ったかと思えば、次の瞬間には、雷人の眼前にその巨体が迫っていた。
雷人は慌てて"雷神の加護"を発動しようとするが──。
(……発動しない!?)
全身に血の気が引いた。
体内の魔力を呼び起こしても、雷は応じない。
まるで世界そのものが自分を拒絶したかのように。
「おおおッ──!」
咄嗟に身体を捻るより早く、紅龍の二刀が組み合わさった。
鎖で繋がれた緋色の刃は、歯の根本同士を嚙み合わせ、巨大な鋏の形を作り出す。
──ドンッ!
開かれた鋏が、雷人の胸元に深々と突き刺さった。
血は流れなかった。
だが、全身が石に変わるかのような衝撃が走り、肺の奥の空気を強引に押し出された。
「……ッぐ……は……!」
鋏に貫かれたまま、雷人は宙ぶらりんに持ち上げられる。
紅龍は軽々とその体重を片手で支え、プハッと愉快そうに息を吐いた。
その口元には嗜虐的な笑み。
「……こ、れは……佐倉の……"封印呪法"……!」
雷人は苦しげに吐息を絞りながら呟く。
脳裏に浮かぶのは、あの少女のスキル。
紅龍が奪ったに違いない。
「……そうか……っ……! お前の……能力は……」
紅龍の真の狙いに気づいた瞬間、言葉は血を吐くように途切れた。
「察しが良いな」
紅龍の声は愉悦と冷酷が入り混じる。
鋏に貫かれた雷人を掲げ、まるで勝利の証のように見せつける。
「安心しろ。貴様のスキルと魂は、これから儂の一部となり、悠久を生きるのだ。」
「“最強”である、この儂の一部としてな」
紅龍の声音は、勝者の余裕と嗜虐に濡れていた。
緋色の双眸が雷人を射抜き、鋏に貫かれ宙づりとなった青年を見下ろす。
肺は押し潰され、呼吸が途切れ途切れになる。
それでも、雷人の口元にはわずかな笑みが浮かんだ。
苦しげに喉を震わせながらも、その笑みは確かな嘲りを含んでいた。
「……あんたが……“最強”、だって……?」
掠れた声。
だが、その瞬間、雷人の眼差しには静かな炎が灯っていた。
紅龍の嘲笑に対し、彼は震える唇で──笑った。
「……ふ……ふふふ……ははははは……ッ!」
宙ぶらりんの身体を鋏に吊られたまま、雷人は肩を震わせ、心底おかしそうに笑う。
その狂気めいた笑いに、紅龍の眉間がひそめられる。
「……貴様、何がおかしい?」
問いかけに、雷人の瞳がギラリと光った。
死を目前にしてなお、炎は消えていなかった。
最後の意志が、彼の全身からにじみ出ていた。
「……確かに、あんたは強い……」
途切れ途切れの呼吸の合間に、雷人は一言一言を刻み込むように吐き出した。
「僕なんかでは……足元にも及ばないくらいには、な……。」
「……でも、それは……“命を賭ければ立ち向かう勇気が湧く”程度の差でしかないッ!」
その言葉は、血を吐くような叫びであり、同時に誇りを刻むための最期の宣言でもあった。
──脳裏に蘇る。
地下遺跡で出会った、銀色の髪の少年。
どれほどの銃弾や刃を浴びても全く動じず、むしろ対話を求め続けた圧倒的な存在。
誰よりも遠い高みにありながら、誰よりも人に寄り添おうとした少年。
雷人の胸に蘇ったその姿は、絶望を超えた光そのものだった。
「……あんたは、井の中の蛙だ……ッ!!」
声が張り裂ける。
雷人の全身が最後の稲妻を絞り出す。
「“彼”に出会えば……嫌でも思い知ることになる……ッ!!」
バリバリバリッ──!!
残された全ての電力を搾り出すように、雷人の身体から電撃が奔った。
空中庭園を包むアグリッパ・スパイラルの照明が、一斉に点滅を始める。
ジジジッ……ジジジジッ……。
不規則な光が、まるで叫びを代弁するかのように明滅する。
(……どうか……届いてくれ……!)
雷人の心の奥からの祈り。
それは、仲間にも、自分を越える存在にも──未来へ向けた唯一の希望だった。
紅龍は苛立たしげに舌を打ち、冷酷な嗤いを浮かべた。
「負け惜しみはそれだけか?」
「──もう良い……貴様の魂、喰らってやる」
──ジャキン。
緋色の鋏が閉じられる音。
冷たく、無慈悲に。
雷人の身体から一気に力が抜けていく。
その足元から、緋色の結晶がじわじわと広がり、皮膚を、筋肉を、血を、全てを覆い尽くしていく。
(……皆……すまない……守れなかった……)
脳裏に浮かぶ仲間たちの顔。
笑い合い、戦い合い、共に過ごした七人。
ミオ、サチコ、レンジ、ケイスケ、ユウマ、マコト、ミサキ。
(……僕は……リーダー失格だな……)
自嘲のような呟きが心にこだまする。
けれどその声は、不思議と安らかでもあった。
最後に、銀髪の少年の姿が浮かぶ。
地下遺跡で、どれほど攻撃を受けても対話を捨てなかった優しい瞳。
あの存在こそが、未来を変える希望だと信じられた。
(……最後に……彼に、一言、謝りたかったな……)
──カチリ。
結晶化が完了する音が、静かに夜の庭園に響いた。
一条雷人の姿は緋色の宝石像と化し、その表情には──
苦悶でも絶望でもなく、確かな笑みと、未だ消えぬ誇りが刻まれていた。
天蓋のように広がる夜空には雲一つなく、星明りさえ冷たい光を帯びて見えた。
雷人はサーベルを握りしめ、深く息を吸い込む。
その刃はすでにただの鋼ではない。
彼の全魔力と、建物全体から吸い上げた電力を集め、紫電を軸に黄金色に輝く神器"雷月刃"へと変貌していた。
途端に、アグリッパ・スパイラルの照明がジジジ……と不気味に点滅する。
外壁に沿って並ぶ無数の窓が、不規則に灯っては消え、まるで都市全体が痙攣するかのように明滅を繰り返す。
紅龍の口元がゆるむ。
緋色の軍服の肩を揺らし、愉悦に満ちた瞳で雷人を見据える。
「……この建物そのものの電力すら啜るか。
小賢しい……いや──実に面白いぞ、童よ」
声は低く、しかし愉悦を隠さぬ嗜虐的な響きだった。
雷人は応えない。
ただ"雷月刃"を高く振り上げ、呼吸と鼓動を重ね、全身に宿る紫電を制御する。
背中を伝う汗は冷たいはずなのに、刃の熱で蒸気のように立ち昇っていく。
(……短期決戦だ。長くは保たない……!)
内心を切り捨て、次の瞬間、雷人の姿が掻き消える。
──バチィッ!!
紫電の閃光が弾け、稲妻と化した雷人が紅龍へ斬りかかる。
速度は肉眼を超え、音すら追いつけない。
だが。
「……遅い」
紅龍はその場から一歩も動かず、両腕の僅かな動きで二刀を交差させた。
──キィィィンッッ!!
雷月刃と緋色の剣が激突し、雷鳴のような轟音と火花が夜空に散った。
雷人は反射的に離脱し、再び角度を変えて突っ込む。
左から、右から、背後から、上下から──紫電の残光が幾筋も走り、空中庭園は瞬間ごとに閃光で塗り潰された。
しかし紅龍は、あくまで悠然とその場に立つ。
二刀を振るう腕だけがしなやかに動き、すべての斬撃を受け切る。
まるで彼の周囲だけが“絶対に斬れぬ領域”として隔絶されているかのようだった。
雷人の刃は庭園の鉄柵を切り裂き、花壇の淵を砕きながら軌跡を描く。
飛び散った鉄片や破片が夜空に舞い、雷光を浴びてキラキラと散乱した。
紅龍はそれを視界の端で捉えつつ、余裕の笑みを浮かべる。
「太刀筋が荒い……。焦っているな? どうした、童よ」
挑発的な声が夜風に乗り、雷人の耳へ届く。
雷人の歯がきしんだ。
目の前の敵は、まるで余裕そのもの。どれだけ全力を叩き込んでも、その笑み一つ崩れない。
だが──彼の瞳に宿る決意は揺るがなかった。
(知ってる……分かってるさ……。僕の剣なんかじゃ、貴様に届かないってことくらい……!)
雷人は再び疾走した。
紫電と怒り、そして絶望を塗り潰すように、斬撃はさらに鋭さを増していった。
◇◆◇
紫電をまとった雷人は、肩で荒い息を吐いた。
いくら斬撃を重ねても、目の前の将軍は一歩も退かない。
刃は受け流され、衝撃は空へと散らされ、何ひとつ傷を刻むことができなかった。
(……知っていたさ。僕の剣が、貴様に通用しないことくらい……!)
瞳の奥に絶望と、それでも消えぬ光が宿る。
雷人は自らを叱咤するように歯を食いしばり──心の中で言葉を続けた。
(──だからこそ、小細工を弄させてもらう!)
先程の疾走で切り裂いた鉄柵、砕いた花壇の縁、地面を抉った破片。
それらは今、庭園の床一面に散らばり、夜風に冷たく光っていた。
雷人は雷月刃を胸の前で構え、螺旋を描くように魔力を流し込む。
刃から迸る電撃が鉄片へ絡みつき、やがてそれぞれが磁力を帯びて浮き上がった。
──キィィィン……
空中に舞い上がった鉄片群は、紫電に照らされながら不気味に回転を始める。
雷人の周囲を、即席の弾丸が囲んだ。
「“──電磁投射連弾”……ッ!」
雷人の叫びと同時に、刃先が突き出される。
次の瞬間──浮かび上がった鉄片が、雷鳴の轟きと共に一斉に撃ち出された。
即席のレールガン。
幾十もの金属弾が稲妻に乗り、紅龍へ殺到する。
──だが。
「面白い……!」
紅龍の緋色の瞳が爛々と光り、口元に愉悦の笑みが浮かんだ。
右手の剣を手放し、代わりに柄の根元の鎖を握る。
ブゥゥゥンッッ──!
鎖が唸りを上げる。
振り回された剣が鎖鎌のように回転し、烈風を巻き起こした。
──ギィィンッ!バチィィッ!!
鉄片の弾丸が次々と回転する刃に弾かれ、火花と破片を散らしながら四方へ飛び散る。
紅龍はその場から動かない。
悠然と、まるで舞を楽しむかのように鎖を操り、全ての射撃を打ち落としていった。
しかし雷人も止まらない。
紫電と共に高速移動しながら、さらに鉄柵を切り裂き、地面を抉り、破片を撒き散らす。
それらに再び磁力を纏わせ、次々と撃ち出す。
同時に斬撃を叩き込み、二重三重の攻撃を浴びせ続けた。
破片が飛翔し、閃光が奔り、雷鳴が轟く。
紅龍を中心に夜空へ火花が舞い上がり、空中庭園は戦場というより雷獄のように染め上げられた。
だが紅龍は──笑っていた。
右手の鎖で回す剣が弾丸を弾き、左手の剣が雷人の斬撃をすべて正確に受け流す。
その動きは獰猛でありながら、どこか優雅ですらあった。
「……貴様の"雷神の加護"。
S級という判定ではあったが──」
火花の合間に響く紅龍の声。
瞳は愉悦に燃え、刃は雷撃を浴びながらも寸分の狂いもない。
「実際には……あのSS級の三人にも劣らぬ力を秘めていたか」
雷人は息を荒げ、なおも攻撃を繰り出す。
だが紅龍は止まらない。声は次第に熱を帯びる。
「……いや、違うな」
双剣が再び火花を散らす。
その衝撃の中、紅龍は口角を上げた。
「それはスキルそのものの力ではない。
貴様自身の──知恵と合わさった結果の産物だ」
紫電の渦中で、その声ははっきりと雷人の耳に届く。
「──見事だ、一条雷人」
名を呼ばれた瞬間、雷人の瞳がわずかに揺れた。
「……ッ……!」
胸を撃たれるような驚き。
紅龍の口から自分の名が呼ばれることなど、想像すらしていなかった。
だがすぐに、雷人はその揺らぎを押し殺す。
雷月刃を握る手に力を込め、鋭く紅龍を睨み返した。
「……そうか。なら──」
肩で息をしながら、雷人は低く呟く。
「貴様が認めた僕の力……その身で、存分に堪能するがいい!」
その声に呼応するように、紅龍の周囲の空気が震えた。
気づけば、庭園に散った無数の鉄片が宙に舞い上がり、ドーム状に紅龍を覆っていた。
金属片は互いに磁力で絡み合い、まるで檻のように空中に固定されている。
雷人は雷月刃を紅龍に向け、目をぎらつかせる。
「全方位──”電磁投射連弾”……!!」
声が雷鳴のように轟く。
宙に浮かぶ無数の鉄片がキィィンと震え、紫電を纏い始めた。
「……かわせるか……! これが……ッ!!」
雷人が叫び、刃先を突き出そうとしたその時。
紅龍は、不気味にゆるやかな笑みを浮かべた。
緋色の瞳に、邪悪な光が宿る。
「……褒美に」
まるで楽しみを引き延ばすように、静かに囁いた。
「面白いものを……見せてやろう」
夜風が一瞬、止んだように感じられた。
雷人の全身に、冷たい悪寒が走った。
◇◆◇
「──覚悟ッ!!」
雷人が雷月刃を真っ直ぐ突き出す。
刃先からほとばしる稲妻に呼応するように、宙に浮かぶ鉄片群がキィィンと震え、白い閃光を帯びて殺意を宿す。
金属片は弾丸となる直前、まるで一斉に息を吸い込んだかのように空気を引き裂いた。
雷人の眼差しには決死の覚悟が宿り、声は雷鳴のごとく夜の庭園を震わせた。
──だが。
「……」
紅龍が、ごく短く息を吐いた。
次の瞬間、その唇がひとつの言葉を紡ぐ。
──ボゥッ。
雷月刃を包んでいた光が、一瞬で霧散した。
電撃は掻き消え、刃はただの鉄に戻り、振動する金属片も磁力を失って一斉にパラパラと地面へと落ちる。
「なっ……!?」
雷人の目が大きく見開かれる。
握る刃から、何の反応も返ってこない。
全身を駆け巡るはずの紫電は沈黙し、背筋を支えていた力が根こそぎ奪われたようだった。
理解が追いつくより早く──紅龍が消えた。
「ッ!?」
視界の端で閃光が走ったかと思えば、次の瞬間には、雷人の眼前にその巨体が迫っていた。
雷人は慌てて"雷神の加護"を発動しようとするが──。
(……発動しない!?)
全身に血の気が引いた。
体内の魔力を呼び起こしても、雷は応じない。
まるで世界そのものが自分を拒絶したかのように。
「おおおッ──!」
咄嗟に身体を捻るより早く、紅龍の二刀が組み合わさった。
鎖で繋がれた緋色の刃は、歯の根本同士を嚙み合わせ、巨大な鋏の形を作り出す。
──ドンッ!
開かれた鋏が、雷人の胸元に深々と突き刺さった。
血は流れなかった。
だが、全身が石に変わるかのような衝撃が走り、肺の奥の空気を強引に押し出された。
「……ッぐ……は……!」
鋏に貫かれたまま、雷人は宙ぶらりんに持ち上げられる。
紅龍は軽々とその体重を片手で支え、プハッと愉快そうに息を吐いた。
その口元には嗜虐的な笑み。
「……こ、れは……佐倉の……"封印呪法"……!」
雷人は苦しげに吐息を絞りながら呟く。
脳裏に浮かぶのは、あの少女のスキル。
紅龍が奪ったに違いない。
「……そうか……っ……! お前の……能力は……」
紅龍の真の狙いに気づいた瞬間、言葉は血を吐くように途切れた。
「察しが良いな」
紅龍の声は愉悦と冷酷が入り混じる。
鋏に貫かれた雷人を掲げ、まるで勝利の証のように見せつける。
「安心しろ。貴様のスキルと魂は、これから儂の一部となり、悠久を生きるのだ。」
「“最強”である、この儂の一部としてな」
紅龍の声音は、勝者の余裕と嗜虐に濡れていた。
緋色の双眸が雷人を射抜き、鋏に貫かれ宙づりとなった青年を見下ろす。
肺は押し潰され、呼吸が途切れ途切れになる。
それでも、雷人の口元にはわずかな笑みが浮かんだ。
苦しげに喉を震わせながらも、その笑みは確かな嘲りを含んでいた。
「……あんたが……“最強”、だって……?」
掠れた声。
だが、その瞬間、雷人の眼差しには静かな炎が灯っていた。
紅龍の嘲笑に対し、彼は震える唇で──笑った。
「……ふ……ふふふ……ははははは……ッ!」
宙ぶらりんの身体を鋏に吊られたまま、雷人は肩を震わせ、心底おかしそうに笑う。
その狂気めいた笑いに、紅龍の眉間がひそめられる。
「……貴様、何がおかしい?」
問いかけに、雷人の瞳がギラリと光った。
死を目前にしてなお、炎は消えていなかった。
最後の意志が、彼の全身からにじみ出ていた。
「……確かに、あんたは強い……」
途切れ途切れの呼吸の合間に、雷人は一言一言を刻み込むように吐き出した。
「僕なんかでは……足元にも及ばないくらいには、な……。」
「……でも、それは……“命を賭ければ立ち向かう勇気が湧く”程度の差でしかないッ!」
その言葉は、血を吐くような叫びであり、同時に誇りを刻むための最期の宣言でもあった。
──脳裏に蘇る。
地下遺跡で出会った、銀色の髪の少年。
どれほどの銃弾や刃を浴びても全く動じず、むしろ対話を求め続けた圧倒的な存在。
誰よりも遠い高みにありながら、誰よりも人に寄り添おうとした少年。
雷人の胸に蘇ったその姿は、絶望を超えた光そのものだった。
「……あんたは、井の中の蛙だ……ッ!!」
声が張り裂ける。
雷人の全身が最後の稲妻を絞り出す。
「“彼”に出会えば……嫌でも思い知ることになる……ッ!!」
バリバリバリッ──!!
残された全ての電力を搾り出すように、雷人の身体から電撃が奔った。
空中庭園を包むアグリッパ・スパイラルの照明が、一斉に点滅を始める。
ジジジッ……ジジジジッ……。
不規則な光が、まるで叫びを代弁するかのように明滅する。
(……どうか……届いてくれ……!)
雷人の心の奥からの祈り。
それは、仲間にも、自分を越える存在にも──未来へ向けた唯一の希望だった。
紅龍は苛立たしげに舌を打ち、冷酷な嗤いを浮かべた。
「負け惜しみはそれだけか?」
「──もう良い……貴様の魂、喰らってやる」
──ジャキン。
緋色の鋏が閉じられる音。
冷たく、無慈悲に。
雷人の身体から一気に力が抜けていく。
その足元から、緋色の結晶がじわじわと広がり、皮膚を、筋肉を、血を、全てを覆い尽くしていく。
(……皆……すまない……守れなかった……)
脳裏に浮かぶ仲間たちの顔。
笑い合い、戦い合い、共に過ごした七人。
ミオ、サチコ、レンジ、ケイスケ、ユウマ、マコト、ミサキ。
(……僕は……リーダー失格だな……)
自嘲のような呟きが心にこだまする。
けれどその声は、不思議と安らかでもあった。
最後に、銀髪の少年の姿が浮かぶ。
地下遺跡で、どれほど攻撃を受けても対話を捨てなかった優しい瞳。
あの存在こそが、未来を変える希望だと信じられた。
(……最後に……彼に、一言、謝りたかったな……)
──カチリ。
結晶化が完了する音が、静かに夜の庭園に響いた。
一条雷人の姿は緋色の宝石像と化し、その表情には──
苦悶でも絶望でもなく、確かな笑みと、未だ消えぬ誇りが刻まれていた。
58
あなたにおすすめの小説
異世界をスキルブックと共に生きていく
大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる