真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第195話 魂を継ぐ者、思い出を継ぐ者

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壮麗な大理石の床。
天井には魔導細工で作られた天球儀が静かに回り、空間には重々しい沈黙が満ちていた。

中央の円卓を囲むのは、アルドたち選ばれし者と、召喚された高校生たち。
その空気を震わせたのは、マイネの静かな声だった。



「──事実じゃ」



その言葉が落ちた瞬間、場に流れる空気が一変した。



「……そんな……」



フラム・クレイドルが震える声で呟いた。



「マイネ・アグリッパが……ベルゼリアの誕生に関わっていた……!? いえ、それだけじゃない……ベルゼリアの、初代皇帝が……本物のリヴィス・ハルトマンの……クローンだった、ですって……!? 馬鹿馬鹿しい!!そんな話、信じられる筈が……!?」



彼女の声は震え、感情は制御しきれないまま爆発する寸前だった。

しかし、マイネは静かだった。
その銀紫の瞳は、どこまでも澄んで、しかし深い哀しみを湛えていた。



「知るのは、妾とリヴィス──そして、お主の一族の祖である、ロラン・クレイドルくらいのものじゃがな」



その名を聞いた瞬間、フラムの目が見開かれる。



「……ロラン、様が……?」



崩れそうな声。もはや否定できない。
真実は、重く、鋭く、彼女の中に突き刺さっていった。

マイネは静かに続ける。



「分かったか。ベルを”人形”と誹ることは、お主の仕える王族そのものを否定する事になると心得よ」



フラムは沈黙した。唇を噛みしめて俯く。
その姿に、誰も言葉をかけられなかった。

そして──マイネは、隣に立つベルザリオンを見た。



「後に知った事じゃが……あやつは、自分の魂が宿った時にのみ成長を始める、クローン胚を各地に忍ばせておった。」

「魂は、それに適した器に宿る性質がある……リヴィスは、自分の魂がこの地に戻るなら、自分自身の器にこそ宿ると考えたのじゃろうな」



そう語るマイネの声音には、明確なためらいがあった。
ベルザリオンへと向けられる眼差しは、どこか申し訳なさげで、哀しみに滲んでいた。



「──ただ、クローン胚に魂が宿る際に、完全には上手くいかず、歪みが生じてしまったようじゃが……」



ベルザリオンは、その言葉に眉を寄せた。



「つまり……ベルザリオンくんは……リヴィスって人のクローンっていうより……」



アルドがそう口にすると、マイネはコクンと頷いた。



「そう……ベルは、言わばリヴィスの”転生体”なのじゃ」



──静寂。

室内にいた者たち、全員が固まった。

ブリジットの目が見開かれ、リュナは口を半開きにしたまま息を呑む。
フレキも、ヴァレンも、オタク四天王も、ギャルズも、召喚高校生の誰もが――その事実に、ただ呆然としていた。

ベルザリオンは……ただ、俯いていた。

何かを、どう処理すればいいのか分からず、感情の出口すら見つからないまま、拳をゆっくりと握り締める。
小さく震えるその肩を、誰もが見ていた。



「私は……私は……」



低く震える声が、喉の奥から漏れた。



「私は……リヴィス・ハルトマンの……転生体……?」



声は、自身でも信じきれないように、虚ろに響いていた。

彼の瞳の奥では、幾千の想いが交錯していた。
理解、困惑、恐怖、哀しみ、そして、言葉にならないほどの孤独。

マイネは、そんなベルザリオンの姿を、じっと見つめていた。
なにかを言いたそうに、けれど、言葉が見つからず、唇を噛み締めたまま……。



 ◇◆◇



「……リヴィスの、転生体……」



静寂の中で、ベルザリオンは胸元を押さえて呟いた。
黒髪がわずかに揺れ、黄金の瞳は伏せられ、震えていた。

その姿を見つめるマイネの唇が、かすかに震える。



(ベル……)



言葉をかけるべきか、迷いが生じる。

ベルザリオンは、静かに拳を握りしめた。
その内心では、激しく感情が渦を巻いていた。



(私は──ただの、模造体だったのか?)

(この身体も、この魂も、もともとは他人のもの──)



しかし、それよりも胸を締めつけたのは――
目の前に立つ、彼女の存在だった。



(……お嬢様が、リヴィスを……愛していたというのなら……)

(私に対して良くしてくださっていたのも……私に……彼の影を見て、重ねていただけでは……?)



瞬間、胸の奥に、鋭い棘が刺さった。

その痛みに眉を寄せるベルザリオンに、マイネが一歩踏み出しかけた。



「べ……ベル……妾は……っ!」



慌てて口を開いたその時――



「ふーん。よかったじゃん、ベルっち」



無防備な声が、部屋の空気を割った。
一同の視線が、揃ってそちらを向く。

リュナ。咆哮竜、ザグリュナ。

金茶の髪を揺らしながら、黒ギャル風の少女は、まるで雑談でもしているかのような口調で言った。



「うらやまだわ。まじで」


「なっ……お、お主……!?」


「リュナ様!? う、羨ましいとは、一体……!?」



マイネとベルザリオンが、声を揃えて問い返す。

リュナはケロリとした顔で、手を後ろで組んで首をかしげた。



「だってさ。ベルっち、その地雷女のこと、スキっしょ?」


「なっ……なななな……っ!!?」



マイネは顔を真っ赤にして、半歩後ずさる。



「リュ、リュナ様ぁっ!?!?何を根拠にその様な──っ!」



ベルザリオンも慌てふためき、耳まで真っ赤に染め上げる。

周囲の面々は、誰もが「言っちゃったよこの人!」という表情でリュナを見ていた。

リュナは涼しい顔で続ける。



「いや、バレバレだし。あーしだったらさ、自分の前世が、好きな人の好きだった人だったら、嬉しいケド?」



ふいに、ちらりと視線を向けられたアルドが、唐突に頬を赤らめた。



「えっ……!?」



戸惑った声に、ブリジットとヴァレンが肩を震わせて吹き出すのをこらえる。

リュナは続ける。



「……ってかさ、そのポジション、自分じゃない誰かだったら──そっちのが、ぜってーイヤじゃね?」



その言葉は、何の装飾もなく、まっすぐだった。

ベルザリオンは、はっとした顔で、リュナを見つめた。

胸の奥に渦巻いていた疑念が、スッとほどけていくのが分かった。



(私は……彼女の“好きだった人”の生まれ変わり……)

(それは、重荷ではなく──誇りに思うべきことなのかもしれない)



「……お、仰る通りです。そうか……これは、喜ばしいこと、ですよね」



静かに、納得したように頷くベルザリオン。

その横顔を見て、マイネが驚いたように瞬きをし──
その視線を、今度はリュナに向けた。



「……意外じゃな。お主が、妾に助け舟を出すとは」



リュナは肩をすくめて、そっぽを向く。



「は?何が? あーしは、思ったことをチョクで言っただけなんですケド?」



マイネは思わず吹き出しそうになりながらも、微笑む。



「……そうか。なら、礼は言わぬぞ」


「いや、言えし。あーしのありがたい心遣いに感謝の意を示せよ、それは」



ふんぞり返るリュナに、マイネの額に怒りマークが浮かぶ。



「……ああん!? あんなデリカシーの無い感じで、ベルの──わ、妾への想いをアッサリ暴露しおって、何が心遣いじゃ!! 妾は、ベルからのロマンチックな告白を待っておったのに!!」


「は!? 知らねーし!! 魂同じとはいえ、今の好きピの前で元カレの話延々と語るてめーの方が遥かにデリカシーねぇっしょ!!」


「やめろ!! 言語化すると妾、本当にデリカシーの欠片も無い奴に聞こえるじゃろが!!」



二人の激しい口論に、周囲の空気が一気に明るくなった。

アルドはブリジットと顔を見合わせて、苦笑し、
フレキは口元を抑えて笑い、ヴァレンは肩を揺らして吹き出していた。

そんな光景の中、ベルザリオンはふと、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。



「お嬢様……私は……今の私として……至高剣・ベルザリオンとして……貴女をお守りし続けます……」



静かに、穏やかに、優しい笑みとともに。

その視線の先にいるのは、地雷女と呼ばれてもなお、彼の全てを奪い、与えてくれた、たった一人の魔王だった。



 ◇◆◇



「あの……ちょっと待ってください」



静かな空気を破ったのは、一条雷人だった。
光を宿さない目が見開かれ、彼の手は震えながら挙げられていた。



「今の……マイネさんの話が真実だとするなら……」



声はかすれているのに、響いた。



「僕たちが元の世界に戻るための“帰還門”があったとしても……
エネルギー面の問題で、帰還は……不可能……ってことに……なりませんか……?」



まるで息を飲んだかのように、謁見の間に沈黙が落ちる。
その言葉が、皆の胸に一斉に突き刺さった。



「そ、そうか……!」



影山孝太郎が顔を蒼ざめさせ、呟くように言った。



「召喚は簡単でも、帰還は難しいって話が本当なら…………俺たち、もう……二度と……」



重たい予感が、誰の胸にも現実味を持って広がっていく。



「……あたし達……帰れない……ってコト……?」

「……そ、そんな……!」



ミサキの声が震え、ミオとサチコも口元を抑えた。
ギャルズ三人が言葉を失う。

その横で、オタク四天王の一人、久賀レンジが膝から崩れ落ちた。



「か、帰れない……!? まだ……まだ見てないアニメ、たくさんあるのに……!」

「う、嘘だろ……今期、神作画の最終話が待ってるのに……!」



隣でユウマとケイスケが同時に泣き崩れる。

(高崎氏、泣いてる……)

藤野マコトはショックで震える彼女の背中をそっとさすっていた。

一方、陽キャ三人組──乾、榊、五十嵐は、声を失ってただ立ち尽くしている。
自分の人生が、突然閉じた密室に閉じ込められたかのような錯覚に、言葉が出なかった。



「そんな……私たち……帰れないの……?」



天野唯がふらついた足取りで崩れ落ち、床に膝をつく。
彼女の目に、涙があふれた。



「……お母さん……っ……!」



その肩を、佐川颯太がすぐに支える。



「唯……大丈夫だ。大丈夫だから……」



だがその声には、彼自身の震えがにじんでいた。



「……なぁ、マイネさん……」



鬼塚玲司が、押し殺したような低い声で口を開く。



「どうにか……どうにか、なんねぇのかよ……!?」



希望にすがるような視線が、マイネへと向けられる。

静かに、マイネは一歩前へ出た。

表情は変わらず落ち着いているが、その瞳の奥には、深い何かがあった。



「確かに……フォルティア地下の帰還門 "ソウル・ドライバー" の起動には、途轍もないエネルギーが必要じゃ」



誰もが息をのんで、続きを待つ。



「それも、これだけの人数を送り返すエネルギーとなると、通常の手段では……到底、エネルギーを確保することはできんじゃろう」



ギリ……と歯を噛みしめる音が、複数重なるように響いた。

絶望が、音もなく、空間を蝕んでいく。

……だが。



「──じゃが」



マイネの声が、空気を変えた。



「一つだけ、可能性がある。
普通では得られぬエネルギーを得る、たった一つの“可能性”がな」



そう言って、マイネの視線が──

一人の少年に向けられた。



「……え、俺?」



突然向けられた視線に、アルドが素っ頓狂な声を漏らす。

全員の視線が、同時に彼へと集中した。

アルドの銀髪がふわりと揺れた。
その蒼銀の瞳が、ゆっくりとマイネと向き合う。

そして、彼はただ言った。



「……えっ、マジで? そういうこと?」



その一言に、謁見の間の空気が、一瞬だけ──微かに、緩んだ。

だがその裏に、始まりつつある“何か”が確かにあった。

それは、絶望を覆すための、最後の希望が──

彼の中に眠っているという“予感”だった。
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