真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第266話 ブリジット vs. ビビアーナ① ──ブリジットの従魔──

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灰色の空間が、鈍く反響していた。

コンクリートを打ちっぱなしにしたような、無機質な巨大ホール。
天井は高く、壁も床も装飾はなく、ただ冷たい色合いだけが広がっている。

その中央に、四角柱型の柱が無数に突き立っていた。
太さも高さもまちまちで、低いものは人の背丈ほど、高いものは天井近くまで伸びている。

その柱の上を──

二つの影が、縦横無尽に飛び交っていた。

一つは、赤と黄色のカラーリングのハンマーを携えた少女。
軽やかに、まるで重力など存在しないかのように柱から柱へ跳ぶ──ブリジット・ノエリア。

そしてもう一つは、鞭を振るいながら必死に距離を取る少女。
汗を滲ませ、息を荒げながらも、決して足を止めない──ビビアーナ・ロカ。



「グリちゃん達!やぁっておしまいっ!!」



ビビアーナが、柱の上で鞭を振り抜いた。
パシンッ、と乾いた音が空気を裂く。
その瞬間、空中に二つの火の輪が浮かび上がった。
熱を帯びた魔力が渦を巻き、輪の中から──
甲高い鳴き声と共に、二羽のグリュプスが飛び出す。

鋭い鉤爪。
翼をはためかせ、ブリジットへ一直線に突進する。

だが──



「それぇーーっ!」



ブリジットは、元気に声をあげて跳躍した。
空中で身を翻し、ハンマーの柄尻──ピコ次郎を軽く振る。

ピコッ。ピコッ。

まるで、遊び半分のような音。
それだけで、グリュプスの額に正確に叩き込まれた。



「ギュエェッ!?」



二羽揃って白目を剥き、力を失った身体がそのまま柱の上へ──

ビターンッ!!

鈍い音を立てて伸びきる。
沈黙。ビビアーナの口が、ぽかんと開いた。



「ハーーーー!!」



次の瞬間、叫び声がホールに響き渡る。



「何を呼び出しても!一瞬で倒されてしまうのねぇ!!」



額から、だらだらと汗が流れ落ちる。



「アンタ……一体、何者なのかねぇ!?」



息を切らしながら叫ぶビビアーナに、ブリジットは胸を張った。



「あたしはフォルティア荒野、新ノエリア領の領主!」



ハンマーを肩に担ぎ、にぱっと笑う。



「ブリジット・ノエリア!以後よろしくっ!!」



そのまま、ビビアーナの立つ柱へ──
ドンッ、と踏み切り、豪快に跳んだ。



「そんな事は……知ってるのねぇ!!」



ビビアーナは叫び返しながら、鞭の柄を握り締める。
体内の魔力を、鞭へと一気に流し込む。
鞭が、微かに青白く輝いた。



「ビビちゃんが、魔物を操るだけしか能がないと思ったら……」



ぎり、と歯を食いしばる。



「大間違いだねぇ……!」



鞭をしならせ、叫ぶ。



「“テイマーは自分より弱い魔物しか仲間に出来ない”……!」



ブリジットが着地する、その瞬間。



「逆に言えば――」



ビビアーナの瞳が、鋭く光った。



「テイマーは!自分の魔物達よりも、ずっともっと……一番強いんだよねぇッ!!」



鞭が、空気を切り裂く。



「”暴嵐鞭打ラティーゴ・テンペスタ”!!」



嵐が、生まれた。
鞭が渦を巻き、風を纏いながらブリジットへ襲いかかる。
幾重にも重なった軌道が、逃げ場を塞ぐ。

パパパパァンッ!!

容赦なく、全身に叩き込まれる衝撃。

だが──



「な、何て強力な攻撃なのっ……!?」



ブリジットは目を見開いたまま、ぴたりと立っていた。



「こんなの喰らい続けてたら……みみず腫れになっちゃうよ……!」



ぴん、と無傷の腕を見下ろす。
ビビアーナの思考が、一瞬、止まる。



(……えっ?……無傷?)



だが、すぐに首を振った。
そんなはずはない、見逃しただけで、きっと上手く防御したのだ。そうに違いない。



「……うまくガードしたみたいだねぇ」



鞭を引き戻し、叫ぶ。



「でも……これなら、どうだぁーい!?」



一直線に、鞭を伸ばす。
ブリジットがハンマーで受け止めようとした、その瞬間──

シュルルルルッ。

鞭が軌道を変え、腕へと絡みついた。



「この技で調教出来なかった魔物は……」



ビビアーナの声が、低くなる。



「一匹も、いないのねぇ!」



鞭を握る手に、雷の魔力が走る。



「”雷撃鞭縛カプトゥーラ・エレクトリカ“ッ!!」



ビビビビビッ!!

激しい電撃が、鞭を伝ってブリジットの身体へ流れ込む。
閃光。炸裂する雷音。

だが──



「……!?」



ブリジットは、ぱちぱちと瞬きをした。
そして、自分のポニーテールを触る。



「なんて強力な電撃……!」



静電気で、髪がふわりと逆立ち、
タンポポの綿毛のように、ぽんぽんに膨らんでいた。



「こんなの喰らい続けてたら……静電気で髪の毛が全然まとまらなくなっちゃうよっ!」


「──って、クルァ!!」



ビビアーナが叫ぶ。



「何でどの攻撃も全然効いてないのかねぇ!?
ずる!!ずっる!!」


「えっ!?全然効いてないなんて、そんな事ないよっ!」



ブリジットは真剣な顔で言い返す。



「その証拠に……ホラ、こんなに……!」



両手で、自分のポニーテールをふわふわと持ち上げる。



「じゃかまっしゃオラァ!!」



ビビアーナの声が裏返る。



「”雷撃鞭縛カプトゥーラ・エレクトリカ“はねぇ!!大型のグリュプスも一撃でぐったりさせる、
すごいパワーのビリビリなのねぇ!!」



歯を剥き出しにして叫ぶ。



「普通なら!!そんな、ポニーテールがファンキーアフロになるくらいで済むはずないのねぇ!!」



内心で、戦慄が走る。



(な、何なんだねぇ……この美少女!?)



鞭を握る指が、わずかに震えた。



(普通の頑丈さじゃ……絶対に、ないのよねぇ……!?)



灰色のホールに、ビビアーナの叫びと、ブリジットの無自覚な笑顔だけが、不釣り合いに響き続けていた。



 ◇◆◇



ビビアーナのこめかみが、ぴくぴくと跳ねた。

嵐も、雷も──確かに当てた。
当てたはずだ。完璧に。容赦なく。

それなのに、目の前の美少女は、髪が少しファンキーになっただけで、ぴんぴんしている。



(……な、何なんだねぇ……!?頑丈とか、そういう次元じゃないのよねぇ……!?)



歯をぎり、と食いしばる。
その瞬間、彼女の中で、別の結論が弾けた。
効かないなら──効く形に変えればいい。



「……打撃や電撃が効かなくてもっ!!」



ビビアーナは、鞭の柄を握り直し、両足を踏ん張った。
柱の上、わずかに膝を落とし、腰の回転で全身の力を噛み合わせる。



「このまま……ぶん回してやるのよねぇッッ!!」



鞭に絡め取られたブリジットの腕。
そこは──“自分の支配下にある縄”だ。

魔獣姫ドマドルビア”の副次効果。
強化された肉体が、きしむほどの力を生み出していく。
ビビアーナは背を向け、全身で引いた。

ぐいっ──!!

鞭が張り、空気が鳴る。



(来た!)



そう思った瞬間だった。

──動かない。

まるで、鞭の先が巨大な岩柱に結びつけられているかのように、びくともしない。



「………………えっ?」



ビビアーナは、もう一度引く。
さらに引く。
腕が震え、肩が悲鳴を上げ、呼吸が荒くなる。
それでも、動かない。



(……ウソっ!?アタシの……強化した腕力でも……びくともしないなんて……ッ!?)



驚愕に目を見開き、思わず振り向いた。

そこには──

ブリジットがいた。
自分の腕に巻き付いた鞭を、両手でぎゅっと握り込んで。
足を開いて地面──いや、柱の天面を踏み抜く勢いで踏ん張り、笑顔のまま耐えている。

頬は少し赤い。
だがそれは苦痛ではなく、どこか楽しげな熱だ。



「おっ……! すごい引っぱりだね!」



悪気ゼロの、感心した声。
ビビアーナの額から汗が噴き出した。



「褒めてる場合じゃないのねぇ!!」



叫ぶ暇もなく──ブリジットが、ぐっと腰を落とした。
そして、次の瞬間。



「えいやぁーーっ!!」



掛け声と共に、鞭を──引いた。

引く、ではない。
“引き抜く”だ。

地鳴りのように空気が震え、ビビアーナの身体がふわりと浮いた。



「……え?」



一拍遅れて理解する。
引いているのは自分じゃない。
引かれているのは──自分だ。



「ハーーーーーーーーー!?!?」



悲鳴が裏返る。
ブリジットはそのまま、鞭を握ったまま腕を大きく振り、身体全体で回転した。

ビビアーナの視界が、ぐるん、と回った。

柱。床。天井。
灰色の世界が、円盤みたいに回転する。



「回って回って回ぁーーるぅぅううーー!!」



叫ぶ声が、回転の勢いで情緒不明になる。

鞭の先で、ブンブンと振り回されるビビアーナ。
三つ編みの髪がほどけ、肩にかけたファーがひらめき、涙と汗が空中に散る。



(あばばばばばばばば!!!脳が! 脳が置いてかれるのよねぇ!!)



目が回る。思考も回る。世界も回る。



「ぐえぇぇ……!」



ついに限界が来た。
ビビアーナの指が、ぱっと開く。
鞭が──すっぽ抜けた。



「……あっ」



解放。だが、解放は──安全を意味しない。

ビビアーナの身体は、回転の遠心力そのままに、ヒューンと飛んでいった。
空中を弧を描いて、投げ出される。

飛んで行った先には──

低めの四角柱型の柱。
その角が、ちょうど突き出て待ち構えていた。



(えっ、うそ。あれ、角………?)



脳内が、ゆっくりと理解する。



(ぶつかる)



ビビアーナの喉から、声にならない声が漏れた。
その時。



「あわわっ!? あ、危ないっ!!」



ブリジットの悲鳴が、空間に弾けた。
次の瞬間、彼女の額に生える銀色の角が──わずかに伸びる。
まるで、内側の何かが“出力を上げた”合図のように。

“真祖竜の加護”。

ブリジットは柱を蹴った。

ドンッ!!

重い衝撃音。灰色の粉塵が舞い、柱の角が軽く欠けるほどの踏み切り。

ブリジットの身体が矢のように飛ぶ。
一直線に、落下するビビアーナへ。



「うわああぁぁ……!」



ビビアーナの悲鳴が潰れる寸前。
ブリジットは──追いついた。
両腕で、ぎゅっと抱き止める。

衝撃を、抱きしめる形で殺し。
身体をひねって落下の勢いを流し──
ドサッ、と地面に着地した。

ブリジットはそのまま、膝をつき、息を吐く。



「ふぅっ……危なかったぁー……」



腕の中で、ビビアーナはまだ目が回っていた。
瞳がぐるぐる、口が開きっぱなし。



「うぅ……ぐるぐる……」



ブリジットはそっと彼女を地面に寝かせる。

そこは──地面に座って観戦していた鬼塚たちのすぐ近くだった。

鬼塚玲司が、ぽかんと口を開けたまま、やがて苦笑する。



「……ブリジットさん。このダンジョンじゃ、死んでも外で復活できるんで。助けなくてもよかったんじゃないっスか?」



ブリジットは、ぱっと顔を上げた。



「──あっ!! そっか!!」



気づくの遅い。
ジュラ姉が、くす、と笑う。
艶やかな髪を揺らし、肩をすくめた。



「……まあ、ブリジットさんらしいわねッ」



マテオ・マルティンは、唇を震わせながらその光景を見ていた。



(ブリジット・ノエリア……敵であるビビアーナ様を、助けたってのか……!?)



理解が追いつかない。
“強い”とか“怖い”とかより、別方向の衝撃だ。

その頃、ビビアーナはようやく視界の回転が止まり始め、よろよろと上体を起こした。



「てっ……敵であるアタシを助けるなんて……」



目の下に涙の跡。
それでも、妙に律儀に。



「随分と余裕だねぇ! でも、どうもありがとう!!」



ぺこり、と頭を下げる。
ブリジットも、ぱっと笑って。



「いえいえ! どういたしましてっ!」



ぺこり、と頭を下げ返す。
一瞬、空気が止まった。
鬼塚が、額に手を当てる。



(……この二人、案外似てるとこあるのかもしれねぇな。)



変に真面目に礼儀正しいところとか。
全力でズレてるところとか。

ビビアーナは、はっとしてマテオを見つけた。



「ハーーー!? マテオ!?
ほ、他の皆はどうしたのかねぇ!?」



マテオは、視線を逸らしながら、力なく答える。



「ぜ、全員……やられました。
魔物軍団も……全滅です……」



ビビアーナの顔が、固まる。



「ガビーーン!!」



両手で頬を押さえ、膝から崩れ落ちる勢い。



「こ、こーなったら……本戦までとっておきたかったけど……」



ぎゅっ、と鞭を握り直し、地面に落ちていたそれを拾い上げる。



「切り札を使うしか無いのねぇ!」



パシーーンッ!!

床を打つ。
火花のように魔力が散り、地面に巨大な火の輪が開いた。
円周から熱が立ち上り、空気が揺らぐ。

ゴオオ……と低い轟音。
火の輪の奥が、底なしの暗闇みたいに深くなる。
鬼塚が、眉を上げた。



「おっ?」



ジュラ姉も、目を細める。



「これは……なかなか強力な魔力ではあるけど……」



マテオが顔色を変える。



「び……ビビアーナ様……ここで、アレを使うつもりか……ッ!」



ブリジットも、さすがにハンマーを構え、警戒の姿勢になる。
目は真剣だが、どこかワクワクしているのが隠せない。
ビビアーナは胸を張り、火の輪へ鞭を突きつけた。



「出ておいでッ!!ビビちゃんの秘密兵器!!」



そして、叫ぶ。



「伝説の魔獣……“フェンリル”ッッ!!」



その瞬間。
ブリジットと鬼塚が、ほぼ同時に──



「「……えっ」」



と、小さく間の抜けた声を上げた。

火の輪の中で、何かが動く。
ズゴゴゴ……と地鳴り。
煙と熱気が溢れ、そこから現れたのは──

茶色がかった白い毛並みの、巨大な狼。

七メートル級。
筋肉の盛り上がりが毛並みの下でうねり、瞳は冷たい金色。
鼻先から吐く息だけで、白い霧が生まれる。
まさしく、“神狼”の威厳。

ブリジットはぽかーんと口を開けたまま固まった。
鬼塚も、同じ顔で固まった。
ビビアーナは、その反応を“圧倒された”と解釈して、勝ち誇る。



「ハーーー!! 驚いて声も出ない様だねぇ!!」



鞭を振りかざし、勢いよく指差す。



「この子……カフェラッテ(名前)は、アタシが一生懸命頑張って、死にかけながらも調伏した……
伝説の魔獣“フェンリル”なのよッ!!」



巨大狼が、低く唸るような声で――喋った。



『……ビビアーナ。我をその名で呼ぶのではない。我にはヴィトニッルという名があるのだが……』



その声は、石を削るように重く、威厳に満ちていた。
ビビアーナは、むっと唇を尖らせる。



「えーーっ!? 絶対にカフェラッテの方がかわいいのねぇ!毛色にも似合うし!」


『…………』



ヴィトニッル(カフェラッテ)の瞳が、遠い目になる。

ブリジットは、目の前の荘厳な神狼を見上げながら、かすれた声で呟いた。



「こ……この子が……フェンリル……?」



だが、彼女の脳内には、別のフェンリルがいた。

フォルティア荒野で──
コンビニで買い物を楽しんだり。
安全ヘルメットを被って工事現場に立ったり。
カフェでコーヒーをドリップしたり。

巨大犬のくせに妙に生活感のある、あの子たち。



(フェンリルって……もっと……こう……“犬”じゃなかったっけ……?)



鬼塚も、汗をかきながら、言葉を絞り出す。



「な……なんか……俺が知ってるフェンリルと、大分姿が違ぇんだけど……」



灰色のダンジョンに、神狼の威圧感と、二人の混乱が漂う。

そしてビビアーナだけが、満面のドヤ顔で胸を張っていた。



 ◇◆◇



フェンリル──もとい、カフェラッテと呼ばれた巨大狼は、低く鼻を鳴らした。

火の輪の残り香が、灰色の空気の中でゆらゆらと揺れている。
コンクリートの部屋に似つかわしくない神話の気配が、そこだけ濃度を増していた。



『フッ……人間よ……』



金色の瞳が、ゆっくりと細まる。
威厳のある声が、天井の高い空間に反響し、音だけで空気が重くなる。



『驚きのあまり、声も出ないようだな』



自信満々──いや、自尊心の塊みたいな一言だった。

ブリジットは、肩を強張らせたまま、わずかに引きつった笑みを作る。
さっきまでの豪快なジャンプも、ハンマーの振り回しも、どこか遠い話だ。



「そ、そうだね……」



目の前の神狼を見上げながら、汗が額をつたう。



「驚きは、したかな……?」



だが、“驚いた”の種類が違う。
フォルティア荒野で見てきた、一緒に暮らしてきた“フェンリル”達は、もう少し……生活感があった。
コンビニで袋詰めを待っていたり、ヘルメットのあご紐を嫌がっていたり、ラテアートの泡を舐めていたり。

だが目の前のコイツは──完全に「神話」だ。
ラテではなく、伝説の匂いがする。

横から、鬼塚が耐え切れずに声を挟んだ。



「ちょ、ちょっと待てよ!? それ……本当に、フェンリルか?」



疑念というより、現実確認。
脳が追いついていない人間の、素直なツッコミ。

ビビアーナは、即座に反応した。
顔がぐにゃりと歪み、眉が跳ね上がる。



「クルァ!! そこのツッパリハイスクールロケンロー!!」



口調が急に荒くなる。
目が据わり、鞭の柄を握る手に力が籠もった。



「ビビちゃんがウソついてるとでも言うつもりかねぇ!?」



鬼塚は一歩引き、両手を上げるようにして首を振った。



「い、いや、そういうわけじゃねぇんだが……」



言い訳しながらも、視線はフェンリルに釘付けだ。



「あまりにも、狼っぽいっていうか……」



ビビアーナの頬が、ぴくぴくと震える。
次の瞬間、怒りが爆ぜた。



「ハーーー!? カフェラッテちゃんはねぇ……!」



鞭を振り上げ、勢いで自分の周囲の空気までしならせる。



「アタシがわざわざラインハルトまで出向いて、一生懸命鞭でシバいて調伏した、アタシの相棒……!」



胸を張り、神狼の肩──いや、肩にあたる部分が異様に高い──を誇らしげに叩こうとして、届かずに空振りする。



「どっからどう見てもフェンリルだろがい!!
ハンティングウルフだろ、とでも言うつもりかぁーい!?」



鬼塚は、言葉を選びながら、ぼそっと返す。



「い、いや、そうじゃなくて……なんか、犬っぽさが無い、って言うか……」



言った瞬間、ブリジットも、こくこくと頷いた。
真顔で頷くものだから、説得力だけが無駄に増す。



「うん……分かる。なんか……“犬”じゃない……」



ビビアーナの顔が、さらに歪んだ。



「何言ってんのか意味が分からないねぇ!?」



肩で息をし、苛立ちを叩きつけるように言い切る。



「フェンリルなんだから、犬っぽさなんてあるわけ無いだろがい!!」



その論理は確かに成立している。

鬼塚とブリジットが同時に「いや、だって……」と言いかけた、その直前。
隣で、ジュラ姉が「ふふっ」と楽しげに笑い、指を一本立てた。



「二人ともッ。一般的なフェンリルは、ああいう狼の姿なのよッ」



堂々とした解説。
伝説の魔獣に『一般的な』も何もあるのか?という点は置いておいて。



「フォルティアの子達の姿が特殊なの。」



鬼塚とブリジットが、声を揃えて叫ぶ。



「「そうなの!?」」



目を見開き、ジュラ姉を見る。
知らなかったのは二人だけだったのか、という恥ずかしさが、遅れて頬に来る。
ジュラ姉は満足げに頷き、ウィンクする。

その会話を、“訳の分からない雑音”として切り捨てるように、神狼が鼻を鳴らした。



『何を訳の分からない事をごちゃごちゃと……』



そして、ぴたり、と空気が変わる。



『ムッ?』



ヴィトニッル ──いや、カフェラッテは首を僅かに傾けた。
巨大な鼻が、クンクンと空気を吸い込む。

一瞬で匂いを読む獣の仕草。
金色の視線が、ブリジットに固定される。



『──人間の女よ』



低い声が、ブリジットの胸元を貫く。



『貴様……貴様も、従魔を従えておるな?』



ブリジットが、ぴしり、と固まった。



「えっ」



乾いた声。
背中に冷たい汗が走る。
ビビアーナが目を丸くする。



「なんだってぇ!? まさかアンタも、アタシと同じようなテイマー系のスキルなのかねぇ!?」



鬼塚も、素で驚いた。



「えっ!? ブリジットさん、従魔なんていたんスか!? 初耳なんスけど……!?」



ブリジットは視線を泳がせ、口元を引きつらせた。
ハンマーを抱えた腕が、ぎゅっと縮こまる。



「あー……従魔……というか、なんというか……」



歯切れが悪い。普段の“元気いっぱい領主”の声がどこかへ消えている。



「よ、呼び出す必要が無かったから、今まで一度も使ったこともないし……」



言いながら、なぜか“悪いことをしている”ような顔になる。

ビビアーナは、その反応を“舐めプ”と解釈した。
怒りが、ぶわっと膨らむ。



「この期に及んで……」



眉間に皺が寄り、歯が見える。



「ビビちゃん相手に力を出し惜しみするなんてッ……!どこまでも舐めてくれるねぇ!!」



鞭を持つ手が、軽く震えている。
怒りと興奮で、魔力が漏れ出して火花みたいに散った。



「アタシの“魔獣姫ドマドルビア”は、テイマー系スキルの頂点……!」



胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべる。



「『相手の従魔を強制的に呼び出す』なんて事も出来るのよねぇ……!」



その笑みは、完全に“悪役のそれ”だった。
ブリジットの顔色が、さっと青くなる。



「えっ!? そ、それはダメだよっ!!」



両手をぱたぱたさせて止めに入るが、声が上ずる。



「ほら! 本人の都合もあるし?急に呼び出されたら、びっくりしちゃうかもでしょ?」



言い訳が優しすぎる。
召喚する従魔“本人”を心配する方向に思考が飛ぶのが、ブリジットらしい。

だがビビアーナは止まらない。



「だまらっしゃい!」



鞭を振り上げ、床に叩きつける準備をする。



「アンタの従魔とウチのカフェラッテちゃんとの格の違いを見せつけてあげるのねぇ!」



そして叫んだ。



「“強制召喚レクルタメント”ッ!!」



パァン!!
鞭が床を打つ音が、雷みたいに響いた。
ブリジットの目の前の地面が、じゅわりと赤く光る。
火の輪が生まれ、円の内側がゆらゆらと揺れる。
ブリジットは、両手で頬を押さえた。



「ええっ!? ほ、本当にんじゃうのっ!?」



目が潤んでいる。
“攻撃される”より、“迷惑をかける”が怖い顔だ。



「め、迷惑じゃないかなぁ……?」



鬼塚は、固唾を飲む。



(ブリジットさんの従魔……?あの人のことだから、とんでもねぇ化け物が出てきそうだが……)



ジュラ姉は、両手を合わせてわくわくしている。



「アラッ! 何が出てくるのかしらねッ!」



ヴィトニッルは、鼻で笑った。



『フン……見せてもらうぞ、人間の女』



火の輪が、ボワン!と煙を吐く。
熱気とともに、白い煙が立ち上り──
その中に、小さな影がちょこん、と現れた。



……小さい。



え、ってくらい、小さい。
煙が晴れる。

そこにいたのは──

ミニチュアダックスフンド。
短い脚。胴長。つぶらな目。
そして──その口は、忙しなく動いていた。

携帯用らしいドッグボウルに盛られたポップコーンを、ガツガツと食べている。

むしゃむしゃ。ぽりぽり。ぽろぽろ。

全員が、ぴたり、と止まった。

シーン……。

空気が凍る。
神話のフェンリルがいる空間で、ポップコーンの咀嚼音だけが響く。

フレキは、はっとして咀嚼を止めた。
首をかしげ、周囲をきょろきょろ見回す。



「……えっ?」



状況が理解できず、目を瞬かせる。
ブリジットは、胸の奥がきゅっとなった。
申し訳なさが一気に込み上げ、膝をついて目線を合わせる。



「ご……ごめん、フレキくん」



声がやたら優しい。
怒っている者の声じゃない。完全に“呼び出してしまった側”の声だ。



「き、急に呼び出しちゃって……」



フレキはポップコーンを一粒くわえたまま、きょとんとしている。
鬼塚が、耐え切れず叫んだ。



「ぶ、ブリジットさんの従魔って……フレキくんかよ!?」



その声が、灰色の空間に響く。

ビビアーナの顔が、真っ白になった。
ヴィトニッルは、静かに目を細めた。

そしてジュラ姉だけが、噴き出す寸前の笑みを必死でこらえながら、肩を震わせていた。
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