真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第4章 "色欲の魔王"編

第56話 TKMKの魔神器

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──それは、夜空に花火の名残がまだふわりと香っていた頃。

 

王都ルセリアの繁華街。灯りの滲む石畳の道を少し奥へ進んだ先に、俺たちが入った居酒屋がある。

外観は、まさに“ファンタジーな酒場”って感じの石造り──でも一歩中に入れば、空気が一変する。

 

内装は、どこか懐かしい雰囲気だった。

木目調のテーブルに仕切り付きのボックス席、壁には「今宵のおすすめ」なんて筆書きのメニュー札が貼られていて、ドワーフの店員さんが頭にタオル巻いてビールジョッキ持ってる。

 

(なんだこの空間……妙に“◯民”とか“白◯屋”っぽい……!)

 

異世界にあるまじき再現度で、ちょっと泣きそう。

 

そんな現代感漂う居酒屋の六人がけボックス席。

俺の右側には──

 

「いやぁ~、ほんっと!今日はお騒がせしちゃってゴメンね? アルドくん!」

 

バッと伸びた腕が、俺の肩に豪快に回された。

うわ、距離感っか。

目の前にサングラスのレンズが急接近してくる。

反射的にのけぞった俺の鼻先に、ちょっと香水っぽい甘い匂いがかすめた。

 

「うっ……は、はい……?」

 

サングラスの奥から、やたら眩しい笑みが飛んでくる。

顔が近い。物理的に。距離感バグってる。

俺の視界の半分が、ツーブロックと笑顔で構成されてるんだが。

 

黒に赤メッシュの髪、サングラスに胸元の空いたシャツ。

肩掛けしてたロングコートは、丁寧に席の後ろのハンガーにかけてある。

そしてテンション高めな陽気なイケボ。

──“色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。こいつ、見た目だけなら完璧なチャラいイケメンキャラのはずなのに。

 

「いや~、でもさ!今日は本っっ当に、良いモン見せてもらっちゃったから!」

 

にこにこ笑いながら、俺の肩をぐいっとさらに引き寄せる。

至近距離でそのまま、親友みたいに言ってきた。

 

「ここは俺が奢っちゃうよ! パァーッとさ、打ち上げしようぜ打ち上げ!」

 

「えっ、ほんとに!?」

 

正面の席から、パァッと声が上がった。

浴衣姿のブリジットちゃんが、目を輝かせて両手をぴょこんと上げてる。

白い帯がふわっと揺れて、嬉しそうなその表情に、つられて笑いそうになる。

 

その隣──

 

「ったりめーだろ。命張って茶番かましたんすからね。財布くらい開けって話っすよ、バカ魔王」

 

と、唐揚げにかぶりつきながらツッコむリュナちゃん。

今夜も絶好調に男前だね。

 

ちなみに、席順はこう。

俺の右にヴァレン。正面には、ブリジットちゃんとリュナちゃんが浴衣姿で並んで座ってて、

その横──ブリジットちゃんの隣には、小さな影がちょこんと。

 

「……すごい、焼き魚定食があります……しかもコスパ最強って書いてある……」

 

そう呟いてるのは、ミニチュアダックスフンド(※フェンリル王)のフレキくん。

首を傾げて、真剣な目でメニューを読んでいる。マスコット力が高すぎる。

 

「……あの、ヴァレン……さん?」

 

俺は肩に掛かった重さを感じながら、そっと口を開いた。

あの戦いの後、どうしても言っておきたかったことがある。

 

「……本当、すみませんでした。勝手な勘違いで……殴ったり、ブレス吐いたり……」

 

小さく頭を下げた俺に、ヴァレンは一瞬キョトンとした顔をして──すぐに吹き出した。

 

「ククク……何だよ、そんなの気にすんなって!」

 

と、豪快に笑って、ジョッキをテーブルに置いた。

 

「むしろさ、俺の方がそうなるように誘導してた、みたいなとこあるし?」

「それにさ──あれだけのモン見れたんだぜ?」

 

ヴァレンの目が、なぜかキラリと光る。

 

「リュナとブリジットのダブル幻影、幻愛変相ミラージュ・ファンタズマで涙目になる"主人公"!」

「そして──“月の女神ルミナス”をも一撃で消し飛ばす、魂の大告白!!」

「───最高だ!」
 


バァンッ! とテーブルを叩くような勢いで叫んで、店員さんがちょっとこっちを見た。

結局、あの"幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ"なる技は、『相手の理想の異性像』を作り上げるものだったらしい。

そうと分かると、余計にこっちは恥ずかしさで死にそうなんだけど!!

あと目の前に当事者2人がいるから、あんま詳細な描写で語らないで!?

 

「……たとえあの場で死んでたとしても、悔いはなかったぜ」

 

「やめて!? 勘違いてうっかり殺しちゃったら、俺には相当根深い悔いが残るから!!」

 

思わず声が裏返った。

いや、こっちは結構強めに殴っちゃったんだよ!? 

多分、悠天環を出て以降、一番力込めた一撃だったからね!!

そんなノリで許されていい問題じゃないからね!?

 

「俺が言うのもアレだけど、もっと自分の命を大事にしなよ!!」

 

「ははっ、そう言ってくれるなんて……やっぱりスパダリだな、アルドくん!」

 

そして──

 

「“ヴァレンさん”なんて水臭いぜ? ヴァレンでいいよ、相棒!」

 

と言って、サムズアップとウィンク。

 

(陽キャのテンプレやんけ……!)

(……でも、まあ、こういうタイプ、嫌いじゃないかもな。)

 

「……じゃあ、ヴァレン。よろしく。」

 

「よしっ、いい子だ!」

 

ぐいぐい距離を詰めてくる魔王ヴァレン。

この人(魔王)、まだ飲み会始まったばかりなのに、エンジン全開です。

 

 「ご、ごめんなさい、ヴァレンさん。ボクが……変なこと言っちゃったせいで……」

 

 控えめな声が、テーブルの端から聞こえてきた。

 

 視線を向けると──そこには、ちょこんとお行儀よく座っている、ミニチュアダックスフンド。

 つぶらな瞳、ふさふさの長い耳、小さな前足をぴたっと揃えて、まるでぬいぐるみのような可愛さ。

 

 ──フレキくんである。

 

 今夜もバッチリ、マスコットモード。

 浴衣姿のブリジットちゃんの隣で、ちょこんと姿勢良く腰を下ろしながら、しょんぼりと頭を下げていた。

 

 「ボクが……“この人、嘘をついてます!”なんて、余計な事を言ったせいで……アルドさんが……その……」

 

 申し訳なさそうに小さな尻尾をしゅんと下げる姿は、まさに“反省する犬”そのもの。

 いや、犬じゃないんだけども。

 もういいか、どっちでも。

 

 「ククク、気にすんなって!」

 

 ヴァレンが豪快に笑いながら、ジョッキをぐいっと持ち上げた。

 

 「むしろ最高だったぜ? あれでこそ青春のラブストーリーって感じだったし、オチまでついたなら完璧じゃん?」

 

 その明るさに、フレキも少しだけ表情を緩めた……ように見える。

 もふもふだから判別しづらいけど。

 

 「それより、フレキくん……大丈夫だったの?」

 

 俺は、そっと尋ねた。

 

 「えっ?」

 

 「いや、あのさ。花火が終わったあと、君……
 なんか、全身ベトベトで帰ってきたじゃない?」

 

 マジでびっくりしたんだ。

 俺たちが展望塔広場で花火を見終わった頃、全身を謎の粘液で濡らしたフレキくんがヨロヨロと現れたのだ。

 なんというか……フレキくんのその姿に、大人の世界を垣間見た気がしたんだよね。

 

 すると、フレキはビクッと肩をすくめた。

 

 「あ、あれは……ですね」

 

 急に目線を外して、そっぽを向く。

 たれた耳の根本がぴんと伸びている。

 

 「……何も、ありませんでしたよ?」

 

 言葉のトーンが妙に硬い。あと、目が泳いでる。犬なのに。

 

 「フ、フレキくん……?」

 

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 「え~? マジで?」

 

 向かいの席で、ヴァレンがニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んでくる。

 

 「俺の“運命交差デスティニー・コリジョン”は、運命の異性と出会わせる能力だからな~? 実際、フレキくん、見事に雌犬ちゃんたちに囲まれてたし……」

 「──何なら、もう一回かけてやろうか?」

 

 「い、いえっ!? け、結構ですっ!!」

 

 フレキは跳ねるように首を振った。

 犬なのに、めちゃくちゃ人間くさい焦り方してる。

 ……いや、そもそも中身は“神獣化”まで使えるフェンリル族の王なんだから当然なんだけども。

 

 「……ただ……」

 

 フレキは、ちらりと視線をヴァレンに向け、それから目を伏せて、ぽつりと呟いた。

 

 「もし、ヴァレンさんが……どうしても……どうしてもって言うのなら……」

 

 「ボクとしては……辞さない構えではあります。」

 

 (………フ、フレキくん……!?)

 

 あまりの爆弾発言に、俺の脳が一瞬フリーズした。

 

 ちょっと待って?

 今、なんて言ったこの子?

 何その、政治家みたいな大人な言い回し。

 

 しかも、ちょっとだけうつむいて、照れてる感じなのが逆にヤバい。

 

 ──“愛玩動物風マスコット”から、“妙にしおらしい色男”にジョブチェンジしてない!?

 

 俺の頭の中で、警報が鳴る。

 

 フレキくん……? まさか君……

 あの雌犬達と『何か』、あったのか……?

 "大人の階段を登る"的な事が、あったのか……?

 

 (いやいやいや、落ち着けアルド。相手は小型犬の姿をしてはいるものの、こう見えてフェンリルの新たな王だ。いや、でも……)

 

 いや、全然悪いことじゃないのよ!?

 悪い事じゃないんだけど……

 可愛がってた室内犬(オス)が、公園で出会ったヨソの雌犬に見せる剥き出しの性欲を目の当たりにした飼い主の気分、と言うか……

 若干、引いちゃうよね。リアルな話。

 まあ飼い主じゃないし、フレキくんもそもそも犬じゃないんだけど……。

 

 「……?」

 

 隣のブリジットちゃんが、首を傾げる。

 リュナちゃんも、鶏の唐揚げをくわえたまま、きょとんとした顔でフレキを見ている。

 

 どうやら、ふたりには“この会話の本質”が伝わっていないらしい。

 ──うん、それでいい。ふたりはこのままでいてくれ。頼むから。

 よし、俺も深く考えるのはやめよう。

 

 「いや~、青春っていいねえ!」

 

 ヴァレンが瓶に入った炭酸っぽい酒を掲げて、朗らかに笑った。本当にZ◯MAみたいなの飲んでる。

 それに釣られて、なんとなく場の空気がふんわり和む。

 

 こうして、俺たちの“打ち上げ”は、思った以上に賑やかに──そして、少しだけ背徳的な空気を孕みつつ──幕を開けたのだった。

 

(……フレキくん。君、後でちょっと話そうか)



 ◇◆◇



 「ってかさ」

 

 リュナちゃんが、唐揚げを二度目の噛み締めでぺしゃっと潰しながら、テーブル越しにヴァレンを睨んだ。

 

 「アンタのその本……何なん?マジで。」

 

 「本……?」

 

 「さっき、勝手にあーしの服を浴衣に変えたりしてたろ。なんかイミフだったんだけど」

 

 「おお~、それ俺も気になってた!」

 

 俺はすかさず食いついた。フライドポテトをフォークで刺しながら頷く。


 「なんか召喚っぽい技とか、変身とか……あの本、ただの魔導書じゃないよな?」

 

 すると、ヴァレンはニッと笑って──

 

 「おっ、そこに気づくとはさすがアルドくん!」

 

 バァーン!と音がした。正確には、効果音が聞こえた“気がした”。

 ヴァレンが勢いよくロングコートの内ポケットから、例の黒革の魔本を取り出す。

 

 表紙は黒地に銀の縁取り、中央には……なんだこれ、ハートマーク?

 しかもなんかメルヘンなフォントで「T-K-M-K」って書いてあるんだけど。

 

 「これは、俺達"大罪魔王"の力の源とも言える存在──“魔神器セブン・コード”の1つ。」



 「その名も──"ときめきグリモワル" さ!」

 

 バァーン(脳内再生2回目)

 

 「…………」

 

 一瞬、居酒屋の空気が止まった。

 リュナちゃんが唐揚げの咀嚼を忘れ、ブリジットちゃんが炭酸酒を飲む手を止め、フレキくんが何も言わずに視線を遠くへ向けた。

 

 (──名前だっせぇ!!)

 

 俺の心の中のツッコミがフルボイスで再生された。

 なにその”ときめきメモ◯アル”みたいな響き!? 

 魔王の持つ"魔神器セブン・コード"ってそんな感じなの!?

 

 けど、誰もツッコまない。

 怖い。怖すぎて、逆に誰も口を開けない。

 

 「お、おしゃれな名前だねっ!」

 

 空気を察したのか、ブリジットちゃんが精一杯の笑顔でフォローに入った。

 さすが……マジ天使……!

 

 「そう! この"ときグモ"は、"俺の心がときめいたもの”を具現化する力を持った魔本!」

 

 ヴァレンは誇らしげにグリモワルを掲げる。

 "ときグモ"って略したら、いよいよじゃない?



 「食、ファッション、音楽、風景、自然現象──“ときめき”を感じた対象をこのグリモワルが記録し、それを元に現実世界に“再現”する。それが、俺のセブン・コードの力さ。」

 

 「う、うわ……それってすごくないですか……?」

 

 口を開いたフレキくんが、どこかひそひそと呟くような声で言う。

 

 「じゃ、じゃあ、さっきの浴衣とか、髪型とかも……?」

 

 「ああ、あれも全部“心花顕現サモン・フラッター”──」

 

 ヴァレンは片手でグリモワルを指先ではじく。

 すると、魔本がふわりと開き、パラパラとページが風にめくられたように揺れる。

 

 「俺が“素敵だ”と思ったイメージをもとに、その人に似合うスタイルを自動で再構築するってワケさ。……いや~、リュナ嬢にはマジで似合ってたわ。あれは俺史に残る最高の一着!」

 

 「て、てめっ……!」

 

 リュナの顔がボンッと赤くなる。怒ってるのか、照れてるのか、どっちだろう。

 

 「ちなみに」

 

 ヴァレンが指を立てる。

 

 「この“セブン・コード”ってのは、俺ら“大罪魔王”それぞれが持ってる固有の神器。生まれた時から魂と一体になってるようなモンで、道具というより“スキルの外部化”って感じかな?」

 

 「じゃあ、それぞれ違う能力を……?」

 

 「その通り! 七人七様、用途も特性もまったく異なる。俺のグリモワルは──要するに、“最高のラブコメ展開を応援するため”に存在してる!」

 

 どや顔MAXで、Z◯MAみたいな炭酸酒をグイッと飲み干すヴァレン。

 俺は思わず、心の中で天を仰いだ。

 

 (……なんだろう)

 (見た目はチャラいし、名前はダサいし、やってることも変態っぽいのに──)

 

 (ちゃんと話してみると、不思議と、全然嫌いになれない……)

 

 ふと、ヴァレンの持つ魔本の表紙が目に入る。

 そこには、銀の筆記体で、こう刻まれていた。

 

 《Love is not possession. It’s appreciation.》

 

 ──愛とは、所有ではなく、讃美である。

 

 「……」

 

 思わず、俺はヴァレンを見た。

 彼はすでに次の唐揚げをつまみながら、満面の笑みでこっちを見ていた。

 

 「な? 魔王って、案外ロマンチストだろ?」

 

 俺は吹き出しそうになるのをこらえて、そっと笑った。

 

 ──うん、その通りかもね。
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