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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第71話 スパイスと優しさと、謎の少女
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(アルド視点)
「今日はカレーだから、夕飯の時間に遅れない程度に頑張ってねー!」
玄関の方に向かって、鍋の蓋を持ったまま俺はそう声をかけた。
外に飛び出していく後ろ姿──金茶のロングヘアーをなびかせた黒マスクの黒ギャル美女、リュナちゃんは、振り返らずにそのまま手をひらひらと振って返してくれる。
黒いラメの入ったミニスカボディコンスーツが、朝日に反射してキラリと煌めいた。
何はともあれ、リュナちゃんもやる気になってくれた様で何よりだ!
ちょっぴりエッチな感じのダル絡みが無くなって寂しい!なんて、思ってないよ?
「リュナちゃん、最近毎日楽しそうだね!あたしも嬉しくなっちゃう!」
カウンター越しに笑いかけてきたのはブリジットちゃんだ。三つ編みが可愛らしい笑顔のまま、ティーカップ片手にくるりとこちらを振り返る。
その表情はとても清々しくて、心がほぐれるような笑顔だった。相変わらず天使すぎるね!
「何だよアイツ……そんなに俺の漫画のネタになるのがイヤか?──"恋ラテ"喜んで読んでたくせに。」
ソファにもたれかかるように座りながら、ヴァレンが苦笑交じりに肩をすくめる。
赤茶のロングコートを袖に通さず肩に羽織り、胸元を大胆に開いた白シャツがだらしなくも様になってるのは、さすがというか、なんというか。
あのサングラスの奥では、絶対にニヤニヤしてるに違いない。
朝のカクカクハウスは、今日も平和だった。
俺は鍋の火を確認して、もう一度蓋を浮かせて香りを嗅ぐ。
「……よし。スパイス、ちょっと強めだけど、たぶんイケるな」
そのときだった。
トントン……と、玄関の方から軽快なノックの音。
「ん?」
誰か来る予定はなかったはずだけど──。
「すみませーん!ブリジットさーん!ここにいましたかー!?ハッハッハッ……フレキ様に、アルドさんに、ヴァレンさんもぉー!!」
勢いよく開いた扉の向こうから現れたのは──全長5メートル級のモフモフポメラニアン、ポルメレフだった。
いつもの工事用の黄色いヘルメットを被り、大きな舌を出して「ハッハッハッ」と口で息しながら必死に喋っている。
「おー、おはようポメちゃん。朝からどうしたの? カクカクハウスまで来るなんて珍しいじゃん?」
俺が聞くと、肩乗りサイズのフレキくん(現在ミニチュアダックスモード)がぽんとカウンターに飛び乗った。
「何かあったの? ポルメレフ」
「は、はい! 実はですね~、ちょっとご報告しなきゃいけないことがありまして~!」
息を整えつつ、ポメちゃんことポルメレフは大きな頭をぺこぺこと下げた。
「ここから北西の方向……ちょうど、まだ開拓が進んでいない森林の奥なんですけど。あのあたりに、見たこともないような竪穴が見つかったんですよ!」
「竪穴? 何だろ? 遺跡かな? でもあのへん、まだ探索進んでなかったよね」
ブリジットちゃんがティーカップを置いて、興味深そうに身を乗り出す。
「ですです! 中はちょっと覗いただけなんですけど、自然にできたって感じじゃなくて、何かの……こう、遺構的な?」
「ふーん……フォルティア荒野に"遺跡"ねぇ……?」
と、ヴァレンがサングラスの奥を光らせ、意味深なことを言う。何なのよ。気になるじゃん。
「……よーしっ、じゃあ、ご飯の前にあたしが見て来ようかな!」
ブリジットちゃんがすくっと立ち上がり、手をパンッと打ち鳴らしたその瞬間──。
「いいよ、ブリジットちゃん。俺が行くって!」
気づけば、俺は笑ってそう言っていた。
「えっ?」
ブリジットが驚いたようにこちらを見る。
「お仕事に修行に、毎日お疲れ様でしょ? たまには俺が体を動かさないとバランス悪いしさ。ほら、今日なんて俺、カレーしか作ってないし」
そう言って笑いかけると──
ブリジットちゃんは、わずかに目を丸くして、すぐには何も言わなかった。
ほんの少し、頬が赤く染まったように見えたのは……たぶん、気のせいだ。うん。
俺は、無駄に自惚れたりはしない男!!
卑屈な訳じゃあ無いんだぜ!?
「そ、それじゃ……甘えちゃおうかな!」
ぎこちなく笑いながら、ブリジットちゃんは言った。
声のトーンが、ほんの少しだけ高かった。
そして──その一連の流れを見ていたヴァレンが、ソファの上で「ククク…いいね!」と含み笑い。
何が「…いいね!」なんだよ。
──何となく言いたい事は分かるけども!
そんな風にして。
今日もまた、にぎやかな一日が始まりそうだった。
───────────────────
(ブリジット視点)
「カレーとご飯には保温と防腐の魔法かけておいたから!」
「ブリジットちゃんもヴァレンも、お腹減ったら好きによそって食べててね!」
そう言って、アルドは大鍋のふたにチョンと指を当てると、微かに光る術式を流し込んだ。
魔法の効力を示す淡い煌きが一瞬だけ鍋を包み、そのまま消える。
「よーし、じゃあポメちゃん案内よろしく! いってきまーす!」
「承知しました~! このポルメレフにお任せをっ!」
耳をパタパタさせながら元気よく返事をしたポルメレフとともに、アルドは扉の向こうへと去っていった。
カクカクハウスの木製のドアが軽い音を立てて閉まると、家の中には再び、静けさが戻る。
そこに残されたのは、ブリジットとヴァレン。
そして膝の上で舌を出しながらご機嫌に呼吸しているフレキだけだった。
吹き抜けから差し込む午後の陽光が、カレーの入った鍋を照らす。
美味しそうな香りがほんのりと漂って、部屋の空気を柔らかく包み込んでいた。
そんな温かな空間の中で、ブリジットは一呼吸だけ間を置いた。
そして、ふと真剣な声音でヴァレンに問いかけた。
「……ヴァレンさん。」
その声に、ヴァレンは読んでいた分厚い雑誌(※女性向け恋愛特集号)をぱたりと閉じた。
サングラス越しにブリジットの顔をうかがい、静かに頷く。
「ん?どうした?ブリジットさん。」
「……ヴァレンさんは、アルドくんの素性を……知ってるんですか?」
その問いは、決して軽いものではなかった。
……薄々、思ってはいた。
ただのテイマーだ、という彼の魔法のあまりの手際の良さ。
元荒野の主であるリュナや、フェンリル達も尊敬の目を向ける、異常なまでの強さ。
彼は──アルド・ラクシズは、ただの"旅のテイマー"と言うには、あまりにも大きすぎるのだ。
彼女の瞳は真っすぐだった。
疑いではなく、信頼を込めたまなざし。
けれどその裏には、微かな迷いと戸惑いが揺れていた。
ヴァレンはそれに少しだけ驚いたように眉を上げた。
「……ああ。知ってるよ。」
やはり、という顔をブリジットは浮かべる。
(……やっぱり。"大罪魔王"のヴァレンさんが知ってるなら、アルドくんも、普通の人じゃないんだよね……きっと……)
でも、その瞳に影はなかった。むしろ確信を得たように、彼女は静かに微笑んだ。
「……アルドくん、すごい人なんですね。」
そのつぶやきに、ヴァレンはくすりと笑みを漏らす。
「ククク……そうだね。」
──"すごい人"とかいうレベルじゃあ無いけどね。
そんな言葉を飲み込みつつ、
サングラスをずらし、柔らかく目元を見せながら、ヴァレンは少しだけ顔を傾けて、問いを重ねた。
「……ブリジットさん。もし仮に相棒の本当の姿が“思ってた人物像”と違ってたとしたら……君の相棒への見る目や気持ちは、変わってしまうのかな?」
ブリジットは、一瞬だけきょとんとした表情を見せた後――
「……いえ? それは何も変わりませんけど。」
と、笑顔で言った。
「アルドくんはアルドくんですから!」
なんのてらいも、迷いもない言葉だった。
ヴァレンは、内心で
(……流石は、俺が見込んだ正ヒロイン。……最高だ)
と呟く。
(相棒、お前がこの子を信頼するのも、よく分かるぜ)
にやりと口の端を吊り上げながら、ヴァレンは言った。
「それなら、焦る必要はないよ。……いつか君には、相棒の口から必ず話す時が来るからさ。」
「はいっ!」
ブリジットの返事は、心からのものだった。
その笑顔は、どこまでも真っ直ぐで、眩しいくらいに温かかった。
そして、彼女の膝の上でフレキが「ハッハッハッ」と舌を出し、幸せそうに息をしている。
カクカクハウスには、外の世界とは違う、穏やかな時間が流れていた──
─────────────────
(リュナ視点)
西の森に、ヒールの靴底が乾いた枝葉を踏みしめる音が軽快に響いていた。
「ふぅ~……このへんっすかね~」
木漏れ日の中を歩くのは、長い金茶髪を風に靡かせた黒マスクのギャル――リュナ。
肩から太ももまでラインを強調するミニスカボディコンスーツは、日差しを受けるたびに鱗のように光を反射し、黒地にちらばるラメがキラキラと輝いていた。
見た目の派手さはあれど、彼女の足取りには躊躇がない。
下草を躱すどころか、時折キックして小枝を蹴散らしながら、雑木林をズンズン進むその姿は、まるで“ギャル版・森の女王”。
やがて小さな開けた空間に出ると、そこには作業用の黄色いヘルメットをかぶった、体長5メートル級の巨大なフェンリルたちが待機していた。
5mはあろうかという、シュナウザー、ドーベルマン、柴犬、セントバーナード──見た目こそ違えど、みんな整列し、尻尾をゆらゆらと振っている。
「お疲れ様で~す!リュナ様~!」
「今日もサイコーにクールですよ!そのファッション!」
「おつおつ~☆ 今日も元気そうで何より~」
とリュナは小さく手を振りながら、ヘルメット姿のフェンリルたちをぐるりと見渡した。
「んで? 何でまだ木、倒してないんすか? アンタらの魔法なら、こんな森、秒で更地っしょ?」
「い、いやぁ、それはそうなんスけどねぇ……」
「ほらぁ……この森、いちおう動物とか魔物とか、住んでるじゃないですか?」
「避難しないで突然ぶっ壊したら、怪我したりしたら可哀想かなーって……」
「……」
リュナは目を細めてじーっと彼らを見つめた。
一瞬の沈黙。そして次の瞬間、小さくくすりと笑った。
(は~……こいつらもすっかり兄さんと姉さんの影響、受けちゃってんじゃん)
「優し~っすねぇ、アンタら。……まあ、嫌いじゃないっすよ?」
そう言って、リュナは黒マスクを指でつまみ、ぐいっと外し顎にかける。
ニッと剥き出しになったギザ歯に、キラリと陽光に反射したその瞬間、場の空気がぴしりと張り詰めた。
そして、スッと息を吸い込み、胸いっぱいに溜めた空気を込めて、叫ぶ。
「――『聞こえてるか、この森の動物どもー!! この森はしばらく人間が借りるから、ソクサリで北の森に引っ越しヨローーーーー!!』」
発動された《咆哮》スキル。
その声は、ただの音ではない。
対象を“非敵性の生物”に限定し、精神に直接作用する共鳴波となって森全体に広がった。
咆哮スキルを完璧にコントロール出来る様になった、リュナの新たな力である。
……次の瞬間だった。
「ギャオオ!」
「キュルルルッ!」
「バサバサバサバサ!」
四方から一斉に音が上がる。
鳥たちが木々から飛び立ち、獣たちが茂みをかき分けて走り出す。
草原を駆け抜ける魔兎の群れ、羽音を立てる巨大トンボ。
空も地面も一気にざわめき、数秒のうちに森の生態系が丸ごと動き出すその光景は、まさに“生きた風景画”。
「……うん、完璧っすね」
リュナは鼻をすんっと鳴らすと、軽く肩を回す。
ぶぅんっ……
その背中から、黒銀に鈍く輝く“竜の腕”が2本、ぶわりと音を立てて展開した。
ウロコのように刻まれた黒銀の表皮、関節ごとに光る淡い魔力のライン。
巨竜の双腕そのものに見えるその腕は、リュナ自身の魔力と同調し、ぴたりと静止する。
「そーれぇっ!!」
振り抜かれた一本目の腕が空気を裂き、続くようにもう一本も一閃。
――ドグォォォォン!!!
大地が揺れ、衝撃波が森を駆ける。
バウンドするかのように木々が倒れ、葉が風に舞い、巨大な“空き地”が森の中心にぽっかりと出現した。
「すげえっすリュナ様!」
「伐採っていうか、爆心地ですわん、これ!」
フェンリルたちは口を開けたまましばし呆然としていたが、すぐに「ワンワン!」と声を上げながら切り株の撤去作業に取り掛かる。
重機もいらない彼らにとって、そこから先はスムーズそのものだった。
リュナは、彼らの様子を見ながら鼻歌交じりに森の中央を歩いていく。
「たまには労働も悪くないっすね~」
伐採されたばかりの空き地に、木漏れ日がちらちらと降り注ぎ、森の奥からはまだ動物たちが移動している音が遠く聞こえる。
小さく伸びをしながら、リュナが川沿いへと歩を進めると──
「……ん?」
視界の隅に、何かが倒れているのが見えた。
川辺の草むらに、小柄な“人影”。
「……え、人?」
足音を静めて近づいたリュナは、その姿に思わず眉を寄せた。
美しい少女──だった。
年の頃はリュナと同じくらいか、やや年下にも見える。
ふわふわと波打つ長い髪は、紫のベースに淡いピンクのメッシュが走り、ツインテールの根本には毛玉のような白いアクセサリー。
だが、それ以上に目を引いたのは、その全身を飾るファッションだった。
黒レースのトップスに、ベルトで締められたピンクのチェックミニスカート。
脚には網タイツと、黒革に金具がついたガーター型のハーネス。足元はロングブーツ。
チョーカー、黒のネイル、紫とピンクのツートンのロングヘア、唇にはグロスでてらてら光る艶が乗っていた。
「……うわぁ、ガチの"地雷系"ってヤツじゃん……!」
リュナは本能的に、すっと一歩引いた。竜的な鋭敏さが「この子、ヤバくね?」と警鐘を鳴らしてくる。
だが、倒れている以上は無視できない。
仕方なくしゃがみこむと、彼女の肩を軽くペシペシと叩いた。
「おーい、大丈夫っすかー? ……しんでないっすよね?」
微かにピクリと動く反応があり、次の瞬間、少女がうっすらと瞼を開けた。
長く濃い睫毛の奥から、宝石のような紫水晶の瞳が覗く。
「む……娘……」
かすれた吐息まじりに、少女は口を開いた。
「妾を、助けよ……」
「……は?」
リュナの口から、見事なほど間の抜けた声が漏れた。
(助けが必要にしては……えらそーすぎんだろコイツ!?)
見た目バリバリの地雷ギャル。
メンヘラ全開かと思いきや、出てくるのは「妾」呼びの姫口調。
息も絶え絶えのくせに妙に堂々としている。
(何……何なんすかこの地雷女……。絶対マトモじゃないっしょ!?)
リュナは半目になりつつも、もう一度その顔を覗き込む。
──そして、ふと眉をひそめた。
「……どっかで見たことあるような……」
その姿、どこかの報道書類で見たような──王都の経済ニュース欄……いや、ヴァレンが読んでたファッション雑誌か?
(って、まさか──)
リュナの脳裏に浮かんだひとつの可能性。
「……いや、まさかね?」
だが、リュナの中で、何かがじわじわと確信に近づいていくのだった。
「今日はカレーだから、夕飯の時間に遅れない程度に頑張ってねー!」
玄関の方に向かって、鍋の蓋を持ったまま俺はそう声をかけた。
外に飛び出していく後ろ姿──金茶のロングヘアーをなびかせた黒マスクの黒ギャル美女、リュナちゃんは、振り返らずにそのまま手をひらひらと振って返してくれる。
黒いラメの入ったミニスカボディコンスーツが、朝日に反射してキラリと煌めいた。
何はともあれ、リュナちゃんもやる気になってくれた様で何よりだ!
ちょっぴりエッチな感じのダル絡みが無くなって寂しい!なんて、思ってないよ?
「リュナちゃん、最近毎日楽しそうだね!あたしも嬉しくなっちゃう!」
カウンター越しに笑いかけてきたのはブリジットちゃんだ。三つ編みが可愛らしい笑顔のまま、ティーカップ片手にくるりとこちらを振り返る。
その表情はとても清々しくて、心がほぐれるような笑顔だった。相変わらず天使すぎるね!
「何だよアイツ……そんなに俺の漫画のネタになるのがイヤか?──"恋ラテ"喜んで読んでたくせに。」
ソファにもたれかかるように座りながら、ヴァレンが苦笑交じりに肩をすくめる。
赤茶のロングコートを袖に通さず肩に羽織り、胸元を大胆に開いた白シャツがだらしなくも様になってるのは、さすがというか、なんというか。
あのサングラスの奥では、絶対にニヤニヤしてるに違いない。
朝のカクカクハウスは、今日も平和だった。
俺は鍋の火を確認して、もう一度蓋を浮かせて香りを嗅ぐ。
「……よし。スパイス、ちょっと強めだけど、たぶんイケるな」
そのときだった。
トントン……と、玄関の方から軽快なノックの音。
「ん?」
誰か来る予定はなかったはずだけど──。
「すみませーん!ブリジットさーん!ここにいましたかー!?ハッハッハッ……フレキ様に、アルドさんに、ヴァレンさんもぉー!!」
勢いよく開いた扉の向こうから現れたのは──全長5メートル級のモフモフポメラニアン、ポルメレフだった。
いつもの工事用の黄色いヘルメットを被り、大きな舌を出して「ハッハッハッ」と口で息しながら必死に喋っている。
「おー、おはようポメちゃん。朝からどうしたの? カクカクハウスまで来るなんて珍しいじゃん?」
俺が聞くと、肩乗りサイズのフレキくん(現在ミニチュアダックスモード)がぽんとカウンターに飛び乗った。
「何かあったの? ポルメレフ」
「は、はい! 実はですね~、ちょっとご報告しなきゃいけないことがありまして~!」
息を整えつつ、ポメちゃんことポルメレフは大きな頭をぺこぺこと下げた。
「ここから北西の方向……ちょうど、まだ開拓が進んでいない森林の奥なんですけど。あのあたりに、見たこともないような竪穴が見つかったんですよ!」
「竪穴? 何だろ? 遺跡かな? でもあのへん、まだ探索進んでなかったよね」
ブリジットちゃんがティーカップを置いて、興味深そうに身を乗り出す。
「ですです! 中はちょっと覗いただけなんですけど、自然にできたって感じじゃなくて、何かの……こう、遺構的な?」
「ふーん……フォルティア荒野に"遺跡"ねぇ……?」
と、ヴァレンがサングラスの奥を光らせ、意味深なことを言う。何なのよ。気になるじゃん。
「……よーしっ、じゃあ、ご飯の前にあたしが見て来ようかな!」
ブリジットちゃんがすくっと立ち上がり、手をパンッと打ち鳴らしたその瞬間──。
「いいよ、ブリジットちゃん。俺が行くって!」
気づけば、俺は笑ってそう言っていた。
「えっ?」
ブリジットが驚いたようにこちらを見る。
「お仕事に修行に、毎日お疲れ様でしょ? たまには俺が体を動かさないとバランス悪いしさ。ほら、今日なんて俺、カレーしか作ってないし」
そう言って笑いかけると──
ブリジットちゃんは、わずかに目を丸くして、すぐには何も言わなかった。
ほんの少し、頬が赤く染まったように見えたのは……たぶん、気のせいだ。うん。
俺は、無駄に自惚れたりはしない男!!
卑屈な訳じゃあ無いんだぜ!?
「そ、それじゃ……甘えちゃおうかな!」
ぎこちなく笑いながら、ブリジットちゃんは言った。
声のトーンが、ほんの少しだけ高かった。
そして──その一連の流れを見ていたヴァレンが、ソファの上で「ククク…いいね!」と含み笑い。
何が「…いいね!」なんだよ。
──何となく言いたい事は分かるけども!
そんな風にして。
今日もまた、にぎやかな一日が始まりそうだった。
───────────────────
(ブリジット視点)
「カレーとご飯には保温と防腐の魔法かけておいたから!」
「ブリジットちゃんもヴァレンも、お腹減ったら好きによそって食べててね!」
そう言って、アルドは大鍋のふたにチョンと指を当てると、微かに光る術式を流し込んだ。
魔法の効力を示す淡い煌きが一瞬だけ鍋を包み、そのまま消える。
「よーし、じゃあポメちゃん案内よろしく! いってきまーす!」
「承知しました~! このポルメレフにお任せをっ!」
耳をパタパタさせながら元気よく返事をしたポルメレフとともに、アルドは扉の向こうへと去っていった。
カクカクハウスの木製のドアが軽い音を立てて閉まると、家の中には再び、静けさが戻る。
そこに残されたのは、ブリジットとヴァレン。
そして膝の上で舌を出しながらご機嫌に呼吸しているフレキだけだった。
吹き抜けから差し込む午後の陽光が、カレーの入った鍋を照らす。
美味しそうな香りがほんのりと漂って、部屋の空気を柔らかく包み込んでいた。
そんな温かな空間の中で、ブリジットは一呼吸だけ間を置いた。
そして、ふと真剣な声音でヴァレンに問いかけた。
「……ヴァレンさん。」
その声に、ヴァレンは読んでいた分厚い雑誌(※女性向け恋愛特集号)をぱたりと閉じた。
サングラス越しにブリジットの顔をうかがい、静かに頷く。
「ん?どうした?ブリジットさん。」
「……ヴァレンさんは、アルドくんの素性を……知ってるんですか?」
その問いは、決して軽いものではなかった。
……薄々、思ってはいた。
ただのテイマーだ、という彼の魔法のあまりの手際の良さ。
元荒野の主であるリュナや、フェンリル達も尊敬の目を向ける、異常なまでの強さ。
彼は──アルド・ラクシズは、ただの"旅のテイマー"と言うには、あまりにも大きすぎるのだ。
彼女の瞳は真っすぐだった。
疑いではなく、信頼を込めたまなざし。
けれどその裏には、微かな迷いと戸惑いが揺れていた。
ヴァレンはそれに少しだけ驚いたように眉を上げた。
「……ああ。知ってるよ。」
やはり、という顔をブリジットは浮かべる。
(……やっぱり。"大罪魔王"のヴァレンさんが知ってるなら、アルドくんも、普通の人じゃないんだよね……きっと……)
でも、その瞳に影はなかった。むしろ確信を得たように、彼女は静かに微笑んだ。
「……アルドくん、すごい人なんですね。」
そのつぶやきに、ヴァレンはくすりと笑みを漏らす。
「ククク……そうだね。」
──"すごい人"とかいうレベルじゃあ無いけどね。
そんな言葉を飲み込みつつ、
サングラスをずらし、柔らかく目元を見せながら、ヴァレンは少しだけ顔を傾けて、問いを重ねた。
「……ブリジットさん。もし仮に相棒の本当の姿が“思ってた人物像”と違ってたとしたら……君の相棒への見る目や気持ちは、変わってしまうのかな?」
ブリジットは、一瞬だけきょとんとした表情を見せた後――
「……いえ? それは何も変わりませんけど。」
と、笑顔で言った。
「アルドくんはアルドくんですから!」
なんのてらいも、迷いもない言葉だった。
ヴァレンは、内心で
(……流石は、俺が見込んだ正ヒロイン。……最高だ)
と呟く。
(相棒、お前がこの子を信頼するのも、よく分かるぜ)
にやりと口の端を吊り上げながら、ヴァレンは言った。
「それなら、焦る必要はないよ。……いつか君には、相棒の口から必ず話す時が来るからさ。」
「はいっ!」
ブリジットの返事は、心からのものだった。
その笑顔は、どこまでも真っ直ぐで、眩しいくらいに温かかった。
そして、彼女の膝の上でフレキが「ハッハッハッ」と舌を出し、幸せそうに息をしている。
カクカクハウスには、外の世界とは違う、穏やかな時間が流れていた──
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(リュナ視点)
西の森に、ヒールの靴底が乾いた枝葉を踏みしめる音が軽快に響いていた。
「ふぅ~……このへんっすかね~」
木漏れ日の中を歩くのは、長い金茶髪を風に靡かせた黒マスクのギャル――リュナ。
肩から太ももまでラインを強調するミニスカボディコンスーツは、日差しを受けるたびに鱗のように光を反射し、黒地にちらばるラメがキラキラと輝いていた。
見た目の派手さはあれど、彼女の足取りには躊躇がない。
下草を躱すどころか、時折キックして小枝を蹴散らしながら、雑木林をズンズン進むその姿は、まるで“ギャル版・森の女王”。
やがて小さな開けた空間に出ると、そこには作業用の黄色いヘルメットをかぶった、体長5メートル級の巨大なフェンリルたちが待機していた。
5mはあろうかという、シュナウザー、ドーベルマン、柴犬、セントバーナード──見た目こそ違えど、みんな整列し、尻尾をゆらゆらと振っている。
「お疲れ様で~す!リュナ様~!」
「今日もサイコーにクールですよ!そのファッション!」
「おつおつ~☆ 今日も元気そうで何より~」
とリュナは小さく手を振りながら、ヘルメット姿のフェンリルたちをぐるりと見渡した。
「んで? 何でまだ木、倒してないんすか? アンタらの魔法なら、こんな森、秒で更地っしょ?」
「い、いやぁ、それはそうなんスけどねぇ……」
「ほらぁ……この森、いちおう動物とか魔物とか、住んでるじゃないですか?」
「避難しないで突然ぶっ壊したら、怪我したりしたら可哀想かなーって……」
「……」
リュナは目を細めてじーっと彼らを見つめた。
一瞬の沈黙。そして次の瞬間、小さくくすりと笑った。
(は~……こいつらもすっかり兄さんと姉さんの影響、受けちゃってんじゃん)
「優し~っすねぇ、アンタら。……まあ、嫌いじゃないっすよ?」
そう言って、リュナは黒マスクを指でつまみ、ぐいっと外し顎にかける。
ニッと剥き出しになったギザ歯に、キラリと陽光に反射したその瞬間、場の空気がぴしりと張り詰めた。
そして、スッと息を吸い込み、胸いっぱいに溜めた空気を込めて、叫ぶ。
「――『聞こえてるか、この森の動物どもー!! この森はしばらく人間が借りるから、ソクサリで北の森に引っ越しヨローーーーー!!』」
発動された《咆哮》スキル。
その声は、ただの音ではない。
対象を“非敵性の生物”に限定し、精神に直接作用する共鳴波となって森全体に広がった。
咆哮スキルを完璧にコントロール出来る様になった、リュナの新たな力である。
……次の瞬間だった。
「ギャオオ!」
「キュルルルッ!」
「バサバサバサバサ!」
四方から一斉に音が上がる。
鳥たちが木々から飛び立ち、獣たちが茂みをかき分けて走り出す。
草原を駆け抜ける魔兎の群れ、羽音を立てる巨大トンボ。
空も地面も一気にざわめき、数秒のうちに森の生態系が丸ごと動き出すその光景は、まさに“生きた風景画”。
「……うん、完璧っすね」
リュナは鼻をすんっと鳴らすと、軽く肩を回す。
ぶぅんっ……
その背中から、黒銀に鈍く輝く“竜の腕”が2本、ぶわりと音を立てて展開した。
ウロコのように刻まれた黒銀の表皮、関節ごとに光る淡い魔力のライン。
巨竜の双腕そのものに見えるその腕は、リュナ自身の魔力と同調し、ぴたりと静止する。
「そーれぇっ!!」
振り抜かれた一本目の腕が空気を裂き、続くようにもう一本も一閃。
――ドグォォォォン!!!
大地が揺れ、衝撃波が森を駆ける。
バウンドするかのように木々が倒れ、葉が風に舞い、巨大な“空き地”が森の中心にぽっかりと出現した。
「すげえっすリュナ様!」
「伐採っていうか、爆心地ですわん、これ!」
フェンリルたちは口を開けたまましばし呆然としていたが、すぐに「ワンワン!」と声を上げながら切り株の撤去作業に取り掛かる。
重機もいらない彼らにとって、そこから先はスムーズそのものだった。
リュナは、彼らの様子を見ながら鼻歌交じりに森の中央を歩いていく。
「たまには労働も悪くないっすね~」
伐採されたばかりの空き地に、木漏れ日がちらちらと降り注ぎ、森の奥からはまだ動物たちが移動している音が遠く聞こえる。
小さく伸びをしながら、リュナが川沿いへと歩を進めると──
「……ん?」
視界の隅に、何かが倒れているのが見えた。
川辺の草むらに、小柄な“人影”。
「……え、人?」
足音を静めて近づいたリュナは、その姿に思わず眉を寄せた。
美しい少女──だった。
年の頃はリュナと同じくらいか、やや年下にも見える。
ふわふわと波打つ長い髪は、紫のベースに淡いピンクのメッシュが走り、ツインテールの根本には毛玉のような白いアクセサリー。
だが、それ以上に目を引いたのは、その全身を飾るファッションだった。
黒レースのトップスに、ベルトで締められたピンクのチェックミニスカート。
脚には網タイツと、黒革に金具がついたガーター型のハーネス。足元はロングブーツ。
チョーカー、黒のネイル、紫とピンクのツートンのロングヘア、唇にはグロスでてらてら光る艶が乗っていた。
「……うわぁ、ガチの"地雷系"ってヤツじゃん……!」
リュナは本能的に、すっと一歩引いた。竜的な鋭敏さが「この子、ヤバくね?」と警鐘を鳴らしてくる。
だが、倒れている以上は無視できない。
仕方なくしゃがみこむと、彼女の肩を軽くペシペシと叩いた。
「おーい、大丈夫っすかー? ……しんでないっすよね?」
微かにピクリと動く反応があり、次の瞬間、少女がうっすらと瞼を開けた。
長く濃い睫毛の奥から、宝石のような紫水晶の瞳が覗く。
「む……娘……」
かすれた吐息まじりに、少女は口を開いた。
「妾を、助けよ……」
「……は?」
リュナの口から、見事なほど間の抜けた声が漏れた。
(助けが必要にしては……えらそーすぎんだろコイツ!?)
見た目バリバリの地雷ギャル。
メンヘラ全開かと思いきや、出てくるのは「妾」呼びの姫口調。
息も絶え絶えのくせに妙に堂々としている。
(何……何なんすかこの地雷女……。絶対マトモじゃないっしょ!?)
リュナは半目になりつつも、もう一度その顔を覗き込む。
──そして、ふと眉をひそめた。
「……どっかで見たことあるような……」
その姿、どこかの報道書類で見たような──王都の経済ニュース欄……いや、ヴァレンが読んでたファッション雑誌か?
(って、まさか──)
リュナの脳裏に浮かんだひとつの可能性。
「……いや、まさかね?」
だが、リュナの中で、何かがじわじわと確信に近づいていくのだった。
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