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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第73話 "強欲"来たりて、香りに誘われ
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「……いやいや、ちょ待って?」
リュナは両手を軽く挙げながら、一歩後ずさる。
川辺に立ち尽くしている“執事服の騎士”ベルザリオンの、あまりに真剣すぎる表情に思わず眉をひそめた。
「ブリジット姉さんは、確かにあーしらのボス的存在っすけど……」
そこまで言って、リュナは肩をすくめる。
「その……六場道三郎? ……誰っすかそれ? そんなヤツ、うちにはいねーよ?」
黒マスクの下で口を尖らせながら断言するリュナの言葉に、ベルザリオンは明らかに困惑の色を浮かべた。
「そ、そんな筈は……!」
そのまま目を見開き、必死に訴えるように声を重ねる。
「人智を超越した力……美しく輝く銀色の御髪……」
「私は、あのお方の姿を、あの時以来、一時たりとも忘れた事はありません!」
その頬を伝うものが、熱い想いによる涙であることは明白だった。
「……ベルよ」
ふいに、不機嫌そうな声が後方から割り込む。
呟いたのは、ベルザリオンの後ろに立っていた、派手な地雷系ファッションの少女──地の底から湧き上がるような眼差しでツンと唇を尖らせていた。
「妾より、そいつの事の方が……尊敬してるっぽく、ないか……?」
低く刺すような声色だったが、ベルザリオンはまるで聞こえていないかのように無反応だった。
リュナはそれを聞き流しながら、ふっと表情を和らげた。
「銀色の髪、ねぇ……」
呟くように言いながら、彼女の頭にはすぐに一人の人物が思い浮かぶ。
(あー……これ、兄さんのことっすね、たぶん)
数秒の沈黙の後、口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
(……どうせまた、何かテンパって適当に嘘ついたんすね。あの人、そういうとこあるから……)
そして、ひとつ息をついたあと──
「……あーね、把握。」
そう言って、リュナは改めてベルザリオンの方へ目を向けた。
「その……道三郎?って人、多分、あーしのご主人様っすわ」
瞬間、ベルザリオンの顔がパァッと明るく輝いた。
「やはり、そうでしたか!!」
感極まった様子で拳を握り締める彼に、リュナは片手を腰に当てつつ、もう片方の手で額をトントンと軽く叩いた。
「……それにしても、何であーしが兄さん……その、“道三郎”の眷属だって思ったんすか?」
問いかけに、ベルザリオンは神妙な面持ちで目を閉じた。
そして、彼の胸元に収められた一振りの銀色の剣──“アポクリフィス”を大切そうに抱きしめる。
「……私とこの愛剣アポクリフィスを、永きに渡る“呪い”から救ってくださったのが、あのお方なのです」
リュナの目がわずかに細められる。
剣から放たれる無言の威圧感──なるほど、確かに只者ではない気配がある。
「我が愛剣……"真竜剣アポクリフィス"を、真の姿へと打ち直してくださったのも、あのお方……道三郎殿なのです」
その声には、剣士としての誇りと、救いへの感謝が滲んでいた。
リュナは思わず目を細め、胸の内でつぶやく。
(あー、なるほど……その剣……兄さんが、何かしたヤツなんすね)
(……そりゃ、ヤベー気配するはずだわ)
肩をすくめつつも、口元に浮かぶのは、どこか誇らしげな笑みだった。
──銀色の髪。仮の名。偽りの道三郎。
だがその影響は、こうして異なる運命を動かし始めていた。
◇◆◇
澄んだ川の音が、会話の余白に静かに流れている。
ベルザリオンは、リュナの前に跪くように片膝をつくと、鞘に収めたままの"真竜剣アポクリフィス"をそっと掲げた。
その仕草は、まるで神前に宝を捧げる祈りのようだった。
「……アポクリフィスは、謂わば“あのお方”の眷属も同じ……」
低く、だが芯の通った声で彼は続ける。
「そのアポクリフィスが……貴女に刃を向ける事を、断固として拒絶した」
そして、静かに目を開き──リュナの金の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「それは即ち、貴女が……あのお方にとって、“大事な存在”だからに他なりません」
その言葉に、リュナの肩がピクリと震えた。
「……え、ええ~……?」
思わず首をすくめながら、リュナは顔を逸らす。うっすらと、耳まで赤く染まっていた。
「……あーしが、兄さんにとっての、“大事な存在”~……?」
恥ずかしさを隠すように手を振りつつ、上目遣いでちらりとベルザリオンを見る。
「ま、まぁ~……その雰囲気も? なきにしもあらず? みたいな~……?」
照れ笑いを浮かべたまま、身をくねらせるようにして足先で地面をこすり、肩を上下に揺らしていた。
その様子を後ろから見ていた地雷系女子は、眉間にくっきりと皺を寄せると、
「……チッ!!」
あからさまに苛立ちの舌打ちを響かせた。
しかし、当のリュナはそれに全く気付かず、どこか上機嫌な笑みを浮かべたまま、ポンと手を打った。
「よーし、いっすよ!」
自信満々に胸を張ると、両手を腰に当て、快活に言い放つ。
「兄さんのとこまで、案内してやるっすよ!」
その言葉に、ベルザリオンは顔を輝かせるようにして立ち上がり、深く一礼した。
「……寛大な対応、心より感謝いたします!」
その姿勢からも、心からの敬意が伝わってくる。
だが、その空気を切り裂くように──背後から、冷たい声が響いた。
「話は終わったか? ほれ、さっさと案内せい」
地雷ガールである。
どこか上から目線で腕を組み、細かく編まれた黒と赤のネイルをカチカチと指先で打ち鳴らす。
「……あ?」
リュナの眉がピクリと跳ね上がる。
ふたりの視線が、スッと交錯する。
「……何じゃコラ?」
「……テメー、何すかその態度?」
ジリ……と、距離を詰めるようにして、互いに顔を寄せる。
リュナの金の瞳と、マイネの潤んだ紫の瞳が、バチバチと火花を散らした。
──犬猿。もとい、竜猿の仲、ここに誕生。
ふたりの間に、空気がピンと張りつめていく中、ベルザリオンは慌てて手を振りながら割って入る。
「お、お二人とも……っ! ここは一旦、休戦と致しませんか……!?」
まるで爆弾処理班のような繊細な動きで、両者の間に立ち尽くす。
リュナはふっと息をついて、わずかに顔を背けた。
「……何なんすか?この偉そうなバカ女は?」
「妾こそ、こんな下品な小娘と一緒くたにされとうはないわ!」
──休戦成立、とはいかず。
だが、同行の約束は結ばれた。
その道が、どんな因縁を呼ぶかは──まだ、誰も知らない。
◇◆◇
陽だまりの道を、三人の影がゆるゆると延びていく。
先頭を歩くリュナは、ふんわりとした足取りで先を行きながら、ときおり後ろを振り返る。
「ほい、見えてきたっすよー。あれが、あーしらの拠点、カクカクハウスっす~」
開けた道の先に現れるのは、丸みという概念を捨て去った、直線のみで構成された家——通称「カクカクハウス」。
命名者であるアルド本人も、なせこの様なデザインになったのか、実は未だに理由はよく分かっていない。
その異質な建築を目にしたベルザリオンは、目を見開いて立ち止まった。
「こ、ここです……!」
息を呑み、感情を押さえきれぬように声を震わせる。
「ここで……私は……“あのお方”に救われたのです……!」
胸元に手を当て、まるで信仰告白のように言葉を紡ぐベルザリオン。
だが、その横で——
「…………」
彼の主人である地雷系女子は、不機嫌そうに眉をひそめていた。
頬をわずかに膨らませ、長い睫毛の下からベルザリオンを鋭く睨む。
その視線には、嫉妬とも、苛立ちともつかぬ微妙な色がにじんでいた。
(……なーにが、“あのお方に救われた”じゃ……)
口には出さずとも、心の中では毒が滴る。
とはいえ、その毒を撒く暇もなく──彼女の鼻先が、ピクンと震えた。
「……!? ……こ、この香りは……っ!?」
クンクンと、小動物のように鼻を鳴らし、急に身を乗り出す。
鼻先から伝わってくるのは、複雑に混ざり合った香辛料と肉の旨味、そしてどこか懐かしさすら感じさせる——
「……スパイス……スパイスの香りじゃと……!? まさか……カレー!!?」
顔を赤らめ、興奮で全身を震わせるマイネ。
その瞳はまるで恋する乙女のように潤んでいた。
その様子を見ていたリュナが、やや呆れた様子で玄関の扉を押し開ける。
「たっだいまっす~~!」
すると、間を置かずしてリビングから元気な声が返ってくる。
『リュナちゃん、おかえりー!』
声の主はブリジット。今日も変わらずハツラツとしていた。
続いて、キッチン奥から聞こえてきたのは、どこか気の抜けた男の声。
『おー、帰ったか! そろそろ戻る頃だと思って、カレーの準備しといたぜー』
「……っ!!」
その瞬間だった。
「わっ……!?」
何の前触れもなく、地雷ガールが風のように走り出した。
まさに一直線、一直線!
スパイスの源と思しきキッチンへ向かって、タタタタタッ!と軽やかな足取りで駆けて行く。
「って、テメーー!!?」
リュナの絶叫が、室内に響き渡る。
「いきなり何処行くんすか!? ちょ、待てコラァァァ!!」
怒鳴りながら後を追うリュナ。
「お、お嬢様ァ!? ご無体な……っ!」
ベルザリオンも慌てて駆け出すが、主に追いつく事は叶わなかった。
だが、彼女の足取りは迷いなく、まっすぐにカレーの香りへと吸い寄せられていく。
彼女の瞳は、まさに“恋に落ちた女のそれ”だった。
キッチンに足を踏み入れた瞬間、地雷系少女の鼻腔を、香辛料と肉の香りが貫いた。
(……この蠱惑的で芳醇な香り……ま、間違いない……っ!!)
鮮烈なスパイスの香りの奥に潜む、どこか懐かしい甘味。
まるで夢の中でしか味わえなかった、あの至高の記憶の再来。
地雷系少女の喉が、音を立てて鳴った。
(これは……“道三郎のカレー”じゃっ!!)
心を奪われた彼女は、無意識のまま調理台へと歩み寄った。
そこには、白シャツに黒いスラックスを着こなし、スタイリッシュなエプロンを身にまとった男の背中。
巻いたキッチンバンダナから覗く後れ毛と、スッと通った背筋。
その手元では、香り立つルゥが丁寧に皿へと盛り付けられている。
(おお……この美しき所作……もはや芸術の域……)
マイネは思わず、そっと男の肩を叩いた。
「そこな給仕の男……!妾に、そのカレーを献上せよ……!なに、タダとは言わん……礼ならホレ、この通り……」
腰のポーチから札束を取り出し、男の頬を叩こうと近づけていく。次の瞬間──
「ん?何だ?お客さんが来てるのか?」
男が振り返る。
その瞬間、マイネの全身が凍りついた。
「──ゲェッ!!?」
盛大な悲鳴と共に、札束がばさっと宙に舞う。
「ヴァ………ヴァレン・グランツ!?」
「な、何故、貴様がここに……ッ!?」
全身を強張らせながら、後ずさるマイネ。
その頬は青ざめ、口元はひきつった笑みを浮かべている。
男──ヴァレンは、無造作にサングラスを指で押し上げながら、ゆっくりとマイネの顔を見下ろした。
「……ん? お前、ひょっとして……」
サングラスの奥、目が細められる。
そのとき、パタパタとリビングから数人の影が駆け込んできた。
ブリジットが腕にフレキを抱えたまま、驚いた表情で尋ねる。
「ど、どうしたの!? ヴァレンさん!」
続いてリュナが不機嫌そうに顔をしかめる。
「ん? ソイツ、おめーの知り合いっすか?」
ヴァレンは眉を上げ、ふっと唇の端をつり上げた。
「知り合い……って言うか……」
そして、楽しそうにこう言い放った。
「──コイツ、俺の同類。」
その一言に、マイネの肩がピクリと震える。
次の瞬間、後ろにいたベルザリオンが慌てて一歩前に出る。
「……紹介が遅れて、誠に申し訳ありません……」
マイネを庇うように一礼しながら、声を整える。
「お嬢様は……我が主は、“大罪魔王・第三の座"に着くお方……」
「“強欲の魔王”──"マイネ・アグリッパ"様です……」
静寂が走る。
「え、えぇぇーーーっ!??」
ブリジットが思わず声を上げる。
「……また”大罪魔王”かよ……一人いりゃ十分っすよ、そんなもんは……」
リュナが額に手を当てて、呆れ気味にぼやく。
その一方で、マイネは(やば……やばばば……)と内心で叫びながら、「はわわわ……」と謎の音を発し、視線をあちこちに泳がせている。
──なぜなら、彼女は今、とある事情で、自身の"魔神器"を手放していた。
魔王としての本来の力を発揮できぬ状態で、他の魔王と邂逅してしまったのだ。
(よりにもよって、あのヴァレンと遭遇するとは……ついてないにも程があるじゃろ……)
そんなマイネに、ヴァレンはカレーの鍋をひょいと持ち上げながら言った。
「……とりあえず、お前もカレー食う?」
その問いに、マイネは一度目を閉じて深く息を吸い込み──
「……特盛でいただこうかの」
諦めにも似た覚悟の表情で、そう答えた。
彼女──"強欲の魔王"マイネ・アグリッパの中で、「逃げる」でも「威圧する」でもなく、
今はただ「食う」ことが、最も賢明な選択肢だという結論が下された瞬間だった。
リュナは両手を軽く挙げながら、一歩後ずさる。
川辺に立ち尽くしている“執事服の騎士”ベルザリオンの、あまりに真剣すぎる表情に思わず眉をひそめた。
「ブリジット姉さんは、確かにあーしらのボス的存在っすけど……」
そこまで言って、リュナは肩をすくめる。
「その……六場道三郎? ……誰っすかそれ? そんなヤツ、うちにはいねーよ?」
黒マスクの下で口を尖らせながら断言するリュナの言葉に、ベルザリオンは明らかに困惑の色を浮かべた。
「そ、そんな筈は……!」
そのまま目を見開き、必死に訴えるように声を重ねる。
「人智を超越した力……美しく輝く銀色の御髪……」
「私は、あのお方の姿を、あの時以来、一時たりとも忘れた事はありません!」
その頬を伝うものが、熱い想いによる涙であることは明白だった。
「……ベルよ」
ふいに、不機嫌そうな声が後方から割り込む。
呟いたのは、ベルザリオンの後ろに立っていた、派手な地雷系ファッションの少女──地の底から湧き上がるような眼差しでツンと唇を尖らせていた。
「妾より、そいつの事の方が……尊敬してるっぽく、ないか……?」
低く刺すような声色だったが、ベルザリオンはまるで聞こえていないかのように無反応だった。
リュナはそれを聞き流しながら、ふっと表情を和らげた。
「銀色の髪、ねぇ……」
呟くように言いながら、彼女の頭にはすぐに一人の人物が思い浮かぶ。
(あー……これ、兄さんのことっすね、たぶん)
数秒の沈黙の後、口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
(……どうせまた、何かテンパって適当に嘘ついたんすね。あの人、そういうとこあるから……)
そして、ひとつ息をついたあと──
「……あーね、把握。」
そう言って、リュナは改めてベルザリオンの方へ目を向けた。
「その……道三郎?って人、多分、あーしのご主人様っすわ」
瞬間、ベルザリオンの顔がパァッと明るく輝いた。
「やはり、そうでしたか!!」
感極まった様子で拳を握り締める彼に、リュナは片手を腰に当てつつ、もう片方の手で額をトントンと軽く叩いた。
「……それにしても、何であーしが兄さん……その、“道三郎”の眷属だって思ったんすか?」
問いかけに、ベルザリオンは神妙な面持ちで目を閉じた。
そして、彼の胸元に収められた一振りの銀色の剣──“アポクリフィス”を大切そうに抱きしめる。
「……私とこの愛剣アポクリフィスを、永きに渡る“呪い”から救ってくださったのが、あのお方なのです」
リュナの目がわずかに細められる。
剣から放たれる無言の威圧感──なるほど、確かに只者ではない気配がある。
「我が愛剣……"真竜剣アポクリフィス"を、真の姿へと打ち直してくださったのも、あのお方……道三郎殿なのです」
その声には、剣士としての誇りと、救いへの感謝が滲んでいた。
リュナは思わず目を細め、胸の内でつぶやく。
(あー、なるほど……その剣……兄さんが、何かしたヤツなんすね)
(……そりゃ、ヤベー気配するはずだわ)
肩をすくめつつも、口元に浮かぶのは、どこか誇らしげな笑みだった。
──銀色の髪。仮の名。偽りの道三郎。
だがその影響は、こうして異なる運命を動かし始めていた。
◇◆◇
澄んだ川の音が、会話の余白に静かに流れている。
ベルザリオンは、リュナの前に跪くように片膝をつくと、鞘に収めたままの"真竜剣アポクリフィス"をそっと掲げた。
その仕草は、まるで神前に宝を捧げる祈りのようだった。
「……アポクリフィスは、謂わば“あのお方”の眷属も同じ……」
低く、だが芯の通った声で彼は続ける。
「そのアポクリフィスが……貴女に刃を向ける事を、断固として拒絶した」
そして、静かに目を開き──リュナの金の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「それは即ち、貴女が……あのお方にとって、“大事な存在”だからに他なりません」
その言葉に、リュナの肩がピクリと震えた。
「……え、ええ~……?」
思わず首をすくめながら、リュナは顔を逸らす。うっすらと、耳まで赤く染まっていた。
「……あーしが、兄さんにとっての、“大事な存在”~……?」
恥ずかしさを隠すように手を振りつつ、上目遣いでちらりとベルザリオンを見る。
「ま、まぁ~……その雰囲気も? なきにしもあらず? みたいな~……?」
照れ笑いを浮かべたまま、身をくねらせるようにして足先で地面をこすり、肩を上下に揺らしていた。
その様子を後ろから見ていた地雷系女子は、眉間にくっきりと皺を寄せると、
「……チッ!!」
あからさまに苛立ちの舌打ちを響かせた。
しかし、当のリュナはそれに全く気付かず、どこか上機嫌な笑みを浮かべたまま、ポンと手を打った。
「よーし、いっすよ!」
自信満々に胸を張ると、両手を腰に当て、快活に言い放つ。
「兄さんのとこまで、案内してやるっすよ!」
その言葉に、ベルザリオンは顔を輝かせるようにして立ち上がり、深く一礼した。
「……寛大な対応、心より感謝いたします!」
その姿勢からも、心からの敬意が伝わってくる。
だが、その空気を切り裂くように──背後から、冷たい声が響いた。
「話は終わったか? ほれ、さっさと案内せい」
地雷ガールである。
どこか上から目線で腕を組み、細かく編まれた黒と赤のネイルをカチカチと指先で打ち鳴らす。
「……あ?」
リュナの眉がピクリと跳ね上がる。
ふたりの視線が、スッと交錯する。
「……何じゃコラ?」
「……テメー、何すかその態度?」
ジリ……と、距離を詰めるようにして、互いに顔を寄せる。
リュナの金の瞳と、マイネの潤んだ紫の瞳が、バチバチと火花を散らした。
──犬猿。もとい、竜猿の仲、ここに誕生。
ふたりの間に、空気がピンと張りつめていく中、ベルザリオンは慌てて手を振りながら割って入る。
「お、お二人とも……っ! ここは一旦、休戦と致しませんか……!?」
まるで爆弾処理班のような繊細な動きで、両者の間に立ち尽くす。
リュナはふっと息をついて、わずかに顔を背けた。
「……何なんすか?この偉そうなバカ女は?」
「妾こそ、こんな下品な小娘と一緒くたにされとうはないわ!」
──休戦成立、とはいかず。
だが、同行の約束は結ばれた。
その道が、どんな因縁を呼ぶかは──まだ、誰も知らない。
◇◆◇
陽だまりの道を、三人の影がゆるゆると延びていく。
先頭を歩くリュナは、ふんわりとした足取りで先を行きながら、ときおり後ろを振り返る。
「ほい、見えてきたっすよー。あれが、あーしらの拠点、カクカクハウスっす~」
開けた道の先に現れるのは、丸みという概念を捨て去った、直線のみで構成された家——通称「カクカクハウス」。
命名者であるアルド本人も、なせこの様なデザインになったのか、実は未だに理由はよく分かっていない。
その異質な建築を目にしたベルザリオンは、目を見開いて立ち止まった。
「こ、ここです……!」
息を呑み、感情を押さえきれぬように声を震わせる。
「ここで……私は……“あのお方”に救われたのです……!」
胸元に手を当て、まるで信仰告白のように言葉を紡ぐベルザリオン。
だが、その横で——
「…………」
彼の主人である地雷系女子は、不機嫌そうに眉をひそめていた。
頬をわずかに膨らませ、長い睫毛の下からベルザリオンを鋭く睨む。
その視線には、嫉妬とも、苛立ちともつかぬ微妙な色がにじんでいた。
(……なーにが、“あのお方に救われた”じゃ……)
口には出さずとも、心の中では毒が滴る。
とはいえ、その毒を撒く暇もなく──彼女の鼻先が、ピクンと震えた。
「……!? ……こ、この香りは……っ!?」
クンクンと、小動物のように鼻を鳴らし、急に身を乗り出す。
鼻先から伝わってくるのは、複雑に混ざり合った香辛料と肉の旨味、そしてどこか懐かしさすら感じさせる——
「……スパイス……スパイスの香りじゃと……!? まさか……カレー!!?」
顔を赤らめ、興奮で全身を震わせるマイネ。
その瞳はまるで恋する乙女のように潤んでいた。
その様子を見ていたリュナが、やや呆れた様子で玄関の扉を押し開ける。
「たっだいまっす~~!」
すると、間を置かずしてリビングから元気な声が返ってくる。
『リュナちゃん、おかえりー!』
声の主はブリジット。今日も変わらずハツラツとしていた。
続いて、キッチン奥から聞こえてきたのは、どこか気の抜けた男の声。
『おー、帰ったか! そろそろ戻る頃だと思って、カレーの準備しといたぜー』
「……っ!!」
その瞬間だった。
「わっ……!?」
何の前触れもなく、地雷ガールが風のように走り出した。
まさに一直線、一直線!
スパイスの源と思しきキッチンへ向かって、タタタタタッ!と軽やかな足取りで駆けて行く。
「って、テメーー!!?」
リュナの絶叫が、室内に響き渡る。
「いきなり何処行くんすか!? ちょ、待てコラァァァ!!」
怒鳴りながら後を追うリュナ。
「お、お嬢様ァ!? ご無体な……っ!」
ベルザリオンも慌てて駆け出すが、主に追いつく事は叶わなかった。
だが、彼女の足取りは迷いなく、まっすぐにカレーの香りへと吸い寄せられていく。
彼女の瞳は、まさに“恋に落ちた女のそれ”だった。
キッチンに足を踏み入れた瞬間、地雷系少女の鼻腔を、香辛料と肉の香りが貫いた。
(……この蠱惑的で芳醇な香り……ま、間違いない……っ!!)
鮮烈なスパイスの香りの奥に潜む、どこか懐かしい甘味。
まるで夢の中でしか味わえなかった、あの至高の記憶の再来。
地雷系少女の喉が、音を立てて鳴った。
(これは……“道三郎のカレー”じゃっ!!)
心を奪われた彼女は、無意識のまま調理台へと歩み寄った。
そこには、白シャツに黒いスラックスを着こなし、スタイリッシュなエプロンを身にまとった男の背中。
巻いたキッチンバンダナから覗く後れ毛と、スッと通った背筋。
その手元では、香り立つルゥが丁寧に皿へと盛り付けられている。
(おお……この美しき所作……もはや芸術の域……)
マイネは思わず、そっと男の肩を叩いた。
「そこな給仕の男……!妾に、そのカレーを献上せよ……!なに、タダとは言わん……礼ならホレ、この通り……」
腰のポーチから札束を取り出し、男の頬を叩こうと近づけていく。次の瞬間──
「ん?何だ?お客さんが来てるのか?」
男が振り返る。
その瞬間、マイネの全身が凍りついた。
「──ゲェッ!!?」
盛大な悲鳴と共に、札束がばさっと宙に舞う。
「ヴァ………ヴァレン・グランツ!?」
「な、何故、貴様がここに……ッ!?」
全身を強張らせながら、後ずさるマイネ。
その頬は青ざめ、口元はひきつった笑みを浮かべている。
男──ヴァレンは、無造作にサングラスを指で押し上げながら、ゆっくりとマイネの顔を見下ろした。
「……ん? お前、ひょっとして……」
サングラスの奥、目が細められる。
そのとき、パタパタとリビングから数人の影が駆け込んできた。
ブリジットが腕にフレキを抱えたまま、驚いた表情で尋ねる。
「ど、どうしたの!? ヴァレンさん!」
続いてリュナが不機嫌そうに顔をしかめる。
「ん? ソイツ、おめーの知り合いっすか?」
ヴァレンは眉を上げ、ふっと唇の端をつり上げた。
「知り合い……って言うか……」
そして、楽しそうにこう言い放った。
「──コイツ、俺の同類。」
その一言に、マイネの肩がピクリと震える。
次の瞬間、後ろにいたベルザリオンが慌てて一歩前に出る。
「……紹介が遅れて、誠に申し訳ありません……」
マイネを庇うように一礼しながら、声を整える。
「お嬢様は……我が主は、“大罪魔王・第三の座"に着くお方……」
「“強欲の魔王”──"マイネ・アグリッパ"様です……」
静寂が走る。
「え、えぇぇーーーっ!??」
ブリジットが思わず声を上げる。
「……また”大罪魔王”かよ……一人いりゃ十分っすよ、そんなもんは……」
リュナが額に手を当てて、呆れ気味にぼやく。
その一方で、マイネは(やば……やばばば……)と内心で叫びながら、「はわわわ……」と謎の音を発し、視線をあちこちに泳がせている。
──なぜなら、彼女は今、とある事情で、自身の"魔神器"を手放していた。
魔王としての本来の力を発揮できぬ状態で、他の魔王と邂逅してしまったのだ。
(よりにもよって、あのヴァレンと遭遇するとは……ついてないにも程があるじゃろ……)
そんなマイネに、ヴァレンはカレーの鍋をひょいと持ち上げながら言った。
「……とりあえず、お前もカレー食う?」
その問いに、マイネは一度目を閉じて深く息を吸い込み──
「……特盛でいただこうかの」
諦めにも似た覚悟の表情で、そう答えた。
彼女──"強欲の魔王"マイネ・アグリッパの中で、「逃げる」でも「威圧する」でもなく、
今はただ「食う」ことが、最も賢明な選択肢だという結論が下された瞬間だった。
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これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
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【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
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田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
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女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
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この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
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「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
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落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
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