89 / 257
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第87話 バトル勃発!!アルド、ちょっと怒る。
しおりを挟む
……あの一発。
もし俺がここにいなかったら——
「……グェルくん、死んでたかもな」
低く呟いてから、舌の奥に微かな熱を感じた。
喉の奥が、じり……と焼けるような感覚。怒りだ。
対物ライフル。
俺がいた世界でさえ、軍用のそれは扱いが難しく、命を狩るために設計された代物だ。
その弾丸が、音もなくグェルくんの頭部を貫こうとしていたわけだ。
俺が立ってなければ、あの子は一瞬で頭蓋骨に穴を開けられて倒れていた。
そう思うと、笑えなかった。
グェルくんは今、地面に座り込んだまま、しきりに尻尾を小刻みに揺らしている。
ポメちゃんはその隣で、彼の背を守るように立っているが……あの一撃が彼ら二匹をワンショットツーキル狙いだった事には、まだ気づいていないようだ。
「……いきなりぶっ放してくるとか、間違い無く敵、だよね。」
足音がした。
静かな、けれどやけに重い足音。
トンネルの奥から、規則的なリズムでこちらに近づいてくる。
響きは低く、地面を這うような反響があった。
ずしりずしりと、重金属の塊が揃って歩いてくるような、あの音——
……ああ、これは。まさかとは思ったけど。
俺の視界の奥、トンネルの暗がりの中から、最初に赤い光点が浮かび上がった。
まるで、誰かの瞳が、暗闇にぎらりと灯るように。
そのあとだった。光点が、次から次へと現れた。
二つ、三つ……いや、十……いや、それ以上。
……なんか、本当にザクみたいなやつが出てきたんだけど。
そこに現れたのは、緑色の軍服に身を包んだ人型兵士たち。
気配が人じゃない。わかる。
頭部はフルフェイスの金属製ヘルメットの様な形状で、中央のモノアイが赤く光っている。
全員が無言のまま、脚を揃えてザッ、ザッ、と迫ってくる。
その背には、魔導ライフル。
手にした者は、やたら近未来的なフォルムの剣や斧などの近接兵器を携え、全体で一分の隙もないような進軍だった。
確かに、『このトンネル、ア・バ◯ア・クーの内部みたいだなぁ』とは思ったけども。
……まさか、本当に小さいモビルスーツ的なヤツが出現するなんてね!(テンション↑↑)
いや、テンション上げてる場合じゃないな。
敵だし。多分。
俺は、トンネルの上部にある柱や配管が歪みかけてるのを見上げた。
人工構造物、地下施設、旧時代の遺物とおぼしきその空間は、どこか懐かしい。
(……本当に出てきたよ、小さめのザクみたいなやつが八十体くらい。)
笑いは出なかった。
多少のワクワク感はあったけど、ワクワクしてる場合じゃない事は分かる。
地面が揺れた。
魔導機兵たちが、最前列で足を止める。
それは、戦闘開始の合図のようだった。
──八十体の、モノアイの赤い兵士たちが、俺たちを見下ろしていた。
◇◆◇
「ねぇ、グェルくん、ポメちゃん」
俺は、後ろで震えている二人に、できるだけ穏やかな声で問いかけた。
今すぐ戦闘になるような緊迫感はあったが、まずは情報確認だ。
「……あれ、何だか分かる? フォルティア荒野の地下に出現する、野生のザクとか?」
自分でも何を言ってるんだと思った。
けど、そうとしか思えなかったのよ。
この圧倒的ザク感!!
緑色のボディに赤のモノアイ!!
先頭に赤いツノつき隊長機がいれば完璧だったね!
いや、そんな事言ってる場合じゃないんだけど。
「ざ、ザクって何ですか~……っ!」
ポメちゃん、ことポルメレフが、ぶるぶると震えながら、グェルくんの背後にきゅっと身を縮めた。
まあ、そらそう言うよね!ごめんね、混乱させて!
耳も尻尾もぺったんこで、露骨にびびってる。
正直、かわいい。だが、そんな場合じゃあない。
「……あれは……魔導帝国ベルゼリアの、魔導機兵隊……っ!?」
グェルくんの声はかすれていた。
息も上ずり、肩が上下に揺れている。
瞳が見開かれ、脳内で過去の記憶を必死に引き出しているような顔。
「ベルゼリア……? 確か、フォルティア荒野から大分西の方にある国だよね?」
俺の問いに、グェルくんは首をガクガクと縦に振る。
「そ、そうですッ! ベルゼリアは……“魔導工学”を主軸にした、機械文明国家です……ッ! あんな……正規の魔導機兵部隊がここに現れるなんて……!」
(……ベルゼリアねぇ。地図で見た事あるけど、位置的にここから遠すぎる。明らかに、あんな部隊がこんな場所にいるのは、おかしいよな。)
つーか、他国の魔導兵器だっていうなら、尚更よその領地でいきなり発砲してくるとか、普通に大問題じゃない?
こっちの法律とかあんま詳しくないけど、明らかに何らかの国際法とかに触れるでしょ。たぶん。
俺は静かに息を吸って、意識を集中させる。
手のひらに魔力を流し込み、魔力探知魔法を起動。
——視界の内外に、“気配”が広がる。
濃淡、温度、揺らぎ。
周囲半径およそ1キロメートルの空間内にある“生命の火”を、脳が瞬時に認識していく。
(……機兵たちからは、反応が……ない)
ゼロではない。けど、あまりにも淡く、ノイズにも等しい。つまり——
「やっぱり、本当にメカ的な存在……ってわけか」
知らず、息が漏れた。
ちょっとワクワクしている自分がいる。
あんなに整った隊列、無駄のない動き、人のような武装と装備。
だというのに、中身は“魂を持たぬ人形”。
(すごいな……魔法によるゴーレム技術とアンドロイド技術の融合みたいな感じかな。)
だが、問題はそれだけじゃない。
(……トンネルの奥。あの闇の向こう——)
探知の網が、さらなる“火”を捉えた。
(生命反応が……八つ。いや……)
一瞬、脳がノイズのような違和感を拾った。
八じゃない。もっと微弱な、かすかな灯りが、もうひとつ。
(……九つ……?)
何だ、これ——人の気配か? でも、異様に薄い。
まるで霧の中の小さな炎みたいに、つかみどころがない。
(奥にいるのは……あの機兵たちの指揮官か? それとも別勢力……)
額に手を当てる。探知スキルは正常だ。嘘はつかない。
(でも、この"9人目"は………ありえない程の気配の薄さ……やっぱ、気のせいか……?)
まるで、“そこにいない”かのような存在。
一瞬でも気を抜くと、見失い、その存在すら忘れてしまいそうになる。
(……何だ?この違和感──)
考えた瞬間、頭の奥にざわりと風が吹いた。
けれど、それが何を意味するのかは、まだ思い出せない。
俺はそっと、探知を解除した。
「……数で来るなら、こちらもそれなりに応じる必要があるよね」
冗談めかして言っても、声にはもう、戦闘前の熱が滲んでいた。
ただ一つ。まだ言葉にできない違和感が、背中の奥にじっとりと残る——
その“九つ目”の気配が、何を意味しているのかも分からぬまま。
俺は、じっとトンネルの奥を見据えた。
◇◆◇
「──あー……そこのロボット三等兵ども。言葉、通じる?」
俺はやや語気を強め、目前に迫った機械兵たちへ声を投げた。
言いながら、じり……と一歩、前に出る。
対物ライフルでの狙撃を受けた直後だった。
俺が庇っていなきゃ、グェルくんは今ここにいなかったかもしれない。
だからこそ、少しだけ声が荒くなった。
「いきなり対物ライフルぶっ放してくるとか……どういうつもりなの?」
すると。
ズズ……と全機が一斉に赤いモノアイを点灯させた。
《対象ヲ──「魔物」と識別。攻撃ヲ──開始シマス》
乾いた、無機質な機械音声。
感情のかけらもない。
アレクサだって、もう少しハートフルな声色してるよ。
すぐさま、八十体の魔導機兵が一斉に武器を構えた。
剣。斧。ライフル。
それぞれが一分の隙もないフォーメーションで展開し、俺たちを包囲する形で進軍を始める。
「て、敵襲ですかぁ~っ!?」
ポメちゃんが声を上げ、ぶるぶる震えながら毛を逆立てた。
あのふわふわの耳も尻尾も、完全に“警戒モード”に突入してる。
「こ……攻撃してくるのかッ!」
グェルくんも即座に前へ出て、ポメちゃんを庇うように身構えた。
四本の足が地を掴み、体表に雷の光がバチッと弾ける。
……うん。2人とも頼もしい。頼もしいんだけど。
「──ああ、いいよいいよ。2人とも」
俺は手を軽く振って制した。
「攻撃してきたのは向こうが先だし、何より……これ、どう見ても生き物じゃないからね。」
「──なら、俺が壊しちゃっても、問題ないよね」
声のトーンは落としたけど、その分だけ重さを込める。
2人が何か言いかける前に、俺は"竜泡"を発動した。
ふわり、と空中に生まれた大きなシャボン玉が、2人を優しく包み込む。
魔法の膜は外からの物理干渉と魔力を遮断する、強固な結界。
完全防御ってわけじゃないけど、まあ、"大罪魔王の奥義クラスの攻撃"でも無ければ、割れる事は無いと思う。
大罪魔王の一柱であるヴァレンの通常技っぽいヤツも、これで防げたしね。
「えっ……こ、これ、さっきの泡のやつですか~っ!?」
ポメちゃんが泡の中でジタバタしてる。
「あ、アルド坊っちゃん、大丈夫なんですか!?」
泡の壁越しに響く声が、ほんの少しだけ心に染みた。
「大丈夫。俺が、やるからさ。中でちょっと見学しててよ」
笑って言った。……でも、内心はちょっと違う。
(さっきの狙撃が、また来ないとも限らない。むしろ、こっちが交戦態勢に入った今こそ──撃ってくる可能性がある)
魔導機兵は無言のまま、動き続けている。
赤いモノアイの輝きが、どこか怒っているように見えたのは……きっと気のせいじゃない。
「…………」
グェルくんは、何も言わずに泡の内側からこちらを見ていた。
真剣なまなざしだった。
(……つ、ついに、アルド坊ちゃんの戦う姿を、この目で見れる時がきたぞ……!)
きっとそんなことを思ってるに違いない。その気迫が伝わってくる。
よし──なら、少しだけ見せてあげるか。
俺は、魔導機兵の軍勢へと視線を向けた。
敵の数、およそ八十。
精密な隊列。統率の取れた武器構え。
ゴーレムとアンドロイドの融合体。
感情の無い殺戮兵器。
その全てを──圧倒的に、蹴散らす。
「じゃあ……ちょっとだけ、"お人形遊び"といきますかね。」
口の端を、少しだけ持ち上げた。
◇◆◇
八十の魔導機兵が、整然と武器を構えたまま待機している。
その陣形の中心に向かって、俺は──ポケットに両手を突っ込んだまま、のんびりと歩き出した。
「…………」
脚取りはゆったりとしたものだった。まるで、森の中を散歩でもしているかのように。
敵の威圧? 緊迫した空気? 関係無いね。
魔導機兵たちは、こちらが動いたことで全身の関節を僅かにきしませ、警戒態勢を強める。
しかし、俺はそんな反応を一瞥するでもなく、真っ直ぐに歩を進めた。
前列の一体。拳銃型の魔導銃を構えた個体の、すぐ目の前で立ち止まる。
──俺と、その機兵との距離は、もう数十センチもない。
赤いモノアイが、俺の顔を正確に捉えている。
機兵の金属製の右腕が微かに揺れた。銃口が──俺の額に向けられた。
「…………」
俺は、表情を変えずに銃口を見つめた。ただ、じっと。
──それだけの、沈黙。
泡の中では、すでに阿鼻叫喚の騒ぎが起きていた。
「ひ、ひぃいっっ!!あ、アルドさんっ!!?」
ポメちゃんが、前足で目を覆って叫び声を上げる。
「アルド坊ちゃん!! 危ないッ!!」
グェルくんの叫びが、泡の内側から響いた。
──次の瞬間。
ダァン!
鋭い銃声が空気を裂いた。
拳銃から放たれた弾丸が、一直線に俺の顔へと飛んでくる。
そして──
「んが。」
キィィィィンッ!!!
弾丸が俺の顔面に直撃……した、かに思われたその瞬間。
銃声にかき消されそうになった高音が、澄んだ鐘のように空間を震わせる。
……弾は、止まっていた。
俺の──上下の歯の間で。
「…………ふーん。意外と柔らかいんだね。弾丸って。」
噛んでみた感触を確かめるように、グニグニと顎を動かす。
口の中で、金属製の弾丸がキャラメルの様に形を歪めていく。
拳銃を構えていた魔導機兵のモノアイが、一瞬だけ明滅した。
まるで、混乱しているように。
でも、それもほんの一瞬のことだった。
「──ぷっ!」
軽く息を吐き込む。そして、口の中で咀嚼していた弾丸を口から強烈に──吹き飛ばした。
バシュッッ!!
放たれた弾丸は、空気を裂いて一直線に機兵の顔面へ。
次の瞬間、赤いモノアイが爆ぜた。
ドォォン!!!
顔面部が爆発し、金属の破片が四散する。
火花を撒き散らしながら、機兵はその場で膝をつき、ゆっくりと崩れ落ちた。
──動かない。完全に機能停止したらしい。
「……す、すっごい……」
泡の中のポメちゃんが、指の間からこっそりこちらを覗いて呟く。
グェルくんは息を呑んだまま、固まっている。
数瞬の沈黙。
そして。
ズギャアアアアアアアン!!
全方向から、武器が一斉に構え直された。
銃。剣。槍。斧。
魔導機兵たちが、まるでプログラムを書き換えられたかのように、一斉に俺を“排除対象”として認識しなおしたのが分かる。
ま、当然だよね。
俺は、右手をポケットから抜いた。
そして、あたりの魔導機兵たちをぐるりと見渡して──静かに、呟く。
「……なんかよく分からないけどさ」
「ウチのおりこうワンちゃんズを撃とうとした、悪い人形は──」
「──とりあえず、全部ぶっ壊しておこうかな」
口調は穏やか。
でも、その声の奥に潜ませたのは、確かな怒り。
その瞬間、空気の温度が変わった。
風が止まり、木々がざわめきを失う。
この“静寂”の正体を、機械人形たちは知らない。
だが、もうすぐ──嫌でも理解させられることになる。
俺の、“怒った時のやり方”を。
もし俺がここにいなかったら——
「……グェルくん、死んでたかもな」
低く呟いてから、舌の奥に微かな熱を感じた。
喉の奥が、じり……と焼けるような感覚。怒りだ。
対物ライフル。
俺がいた世界でさえ、軍用のそれは扱いが難しく、命を狩るために設計された代物だ。
その弾丸が、音もなくグェルくんの頭部を貫こうとしていたわけだ。
俺が立ってなければ、あの子は一瞬で頭蓋骨に穴を開けられて倒れていた。
そう思うと、笑えなかった。
グェルくんは今、地面に座り込んだまま、しきりに尻尾を小刻みに揺らしている。
ポメちゃんはその隣で、彼の背を守るように立っているが……あの一撃が彼ら二匹をワンショットツーキル狙いだった事には、まだ気づいていないようだ。
「……いきなりぶっ放してくるとか、間違い無く敵、だよね。」
足音がした。
静かな、けれどやけに重い足音。
トンネルの奥から、規則的なリズムでこちらに近づいてくる。
響きは低く、地面を這うような反響があった。
ずしりずしりと、重金属の塊が揃って歩いてくるような、あの音——
……ああ、これは。まさかとは思ったけど。
俺の視界の奥、トンネルの暗がりの中から、最初に赤い光点が浮かび上がった。
まるで、誰かの瞳が、暗闇にぎらりと灯るように。
そのあとだった。光点が、次から次へと現れた。
二つ、三つ……いや、十……いや、それ以上。
……なんか、本当にザクみたいなやつが出てきたんだけど。
そこに現れたのは、緑色の軍服に身を包んだ人型兵士たち。
気配が人じゃない。わかる。
頭部はフルフェイスの金属製ヘルメットの様な形状で、中央のモノアイが赤く光っている。
全員が無言のまま、脚を揃えてザッ、ザッ、と迫ってくる。
その背には、魔導ライフル。
手にした者は、やたら近未来的なフォルムの剣や斧などの近接兵器を携え、全体で一分の隙もないような進軍だった。
確かに、『このトンネル、ア・バ◯ア・クーの内部みたいだなぁ』とは思ったけども。
……まさか、本当に小さいモビルスーツ的なヤツが出現するなんてね!(テンション↑↑)
いや、テンション上げてる場合じゃないな。
敵だし。多分。
俺は、トンネルの上部にある柱や配管が歪みかけてるのを見上げた。
人工構造物、地下施設、旧時代の遺物とおぼしきその空間は、どこか懐かしい。
(……本当に出てきたよ、小さめのザクみたいなやつが八十体くらい。)
笑いは出なかった。
多少のワクワク感はあったけど、ワクワクしてる場合じゃない事は分かる。
地面が揺れた。
魔導機兵たちが、最前列で足を止める。
それは、戦闘開始の合図のようだった。
──八十体の、モノアイの赤い兵士たちが、俺たちを見下ろしていた。
◇◆◇
「ねぇ、グェルくん、ポメちゃん」
俺は、後ろで震えている二人に、できるだけ穏やかな声で問いかけた。
今すぐ戦闘になるような緊迫感はあったが、まずは情報確認だ。
「……あれ、何だか分かる? フォルティア荒野の地下に出現する、野生のザクとか?」
自分でも何を言ってるんだと思った。
けど、そうとしか思えなかったのよ。
この圧倒的ザク感!!
緑色のボディに赤のモノアイ!!
先頭に赤いツノつき隊長機がいれば完璧だったね!
いや、そんな事言ってる場合じゃないんだけど。
「ざ、ザクって何ですか~……っ!」
ポメちゃん、ことポルメレフが、ぶるぶると震えながら、グェルくんの背後にきゅっと身を縮めた。
まあ、そらそう言うよね!ごめんね、混乱させて!
耳も尻尾もぺったんこで、露骨にびびってる。
正直、かわいい。だが、そんな場合じゃあない。
「……あれは……魔導帝国ベルゼリアの、魔導機兵隊……っ!?」
グェルくんの声はかすれていた。
息も上ずり、肩が上下に揺れている。
瞳が見開かれ、脳内で過去の記憶を必死に引き出しているような顔。
「ベルゼリア……? 確か、フォルティア荒野から大分西の方にある国だよね?」
俺の問いに、グェルくんは首をガクガクと縦に振る。
「そ、そうですッ! ベルゼリアは……“魔導工学”を主軸にした、機械文明国家です……ッ! あんな……正規の魔導機兵部隊がここに現れるなんて……!」
(……ベルゼリアねぇ。地図で見た事あるけど、位置的にここから遠すぎる。明らかに、あんな部隊がこんな場所にいるのは、おかしいよな。)
つーか、他国の魔導兵器だっていうなら、尚更よその領地でいきなり発砲してくるとか、普通に大問題じゃない?
こっちの法律とかあんま詳しくないけど、明らかに何らかの国際法とかに触れるでしょ。たぶん。
俺は静かに息を吸って、意識を集中させる。
手のひらに魔力を流し込み、魔力探知魔法を起動。
——視界の内外に、“気配”が広がる。
濃淡、温度、揺らぎ。
周囲半径およそ1キロメートルの空間内にある“生命の火”を、脳が瞬時に認識していく。
(……機兵たちからは、反応が……ない)
ゼロではない。けど、あまりにも淡く、ノイズにも等しい。つまり——
「やっぱり、本当にメカ的な存在……ってわけか」
知らず、息が漏れた。
ちょっとワクワクしている自分がいる。
あんなに整った隊列、無駄のない動き、人のような武装と装備。
だというのに、中身は“魂を持たぬ人形”。
(すごいな……魔法によるゴーレム技術とアンドロイド技術の融合みたいな感じかな。)
だが、問題はそれだけじゃない。
(……トンネルの奥。あの闇の向こう——)
探知の網が、さらなる“火”を捉えた。
(生命反応が……八つ。いや……)
一瞬、脳がノイズのような違和感を拾った。
八じゃない。もっと微弱な、かすかな灯りが、もうひとつ。
(……九つ……?)
何だ、これ——人の気配か? でも、異様に薄い。
まるで霧の中の小さな炎みたいに、つかみどころがない。
(奥にいるのは……あの機兵たちの指揮官か? それとも別勢力……)
額に手を当てる。探知スキルは正常だ。嘘はつかない。
(でも、この"9人目"は………ありえない程の気配の薄さ……やっぱ、気のせいか……?)
まるで、“そこにいない”かのような存在。
一瞬でも気を抜くと、見失い、その存在すら忘れてしまいそうになる。
(……何だ?この違和感──)
考えた瞬間、頭の奥にざわりと風が吹いた。
けれど、それが何を意味するのかは、まだ思い出せない。
俺はそっと、探知を解除した。
「……数で来るなら、こちらもそれなりに応じる必要があるよね」
冗談めかして言っても、声にはもう、戦闘前の熱が滲んでいた。
ただ一つ。まだ言葉にできない違和感が、背中の奥にじっとりと残る——
その“九つ目”の気配が、何を意味しているのかも分からぬまま。
俺は、じっとトンネルの奥を見据えた。
◇◆◇
「──あー……そこのロボット三等兵ども。言葉、通じる?」
俺はやや語気を強め、目前に迫った機械兵たちへ声を投げた。
言いながら、じり……と一歩、前に出る。
対物ライフルでの狙撃を受けた直後だった。
俺が庇っていなきゃ、グェルくんは今ここにいなかったかもしれない。
だからこそ、少しだけ声が荒くなった。
「いきなり対物ライフルぶっ放してくるとか……どういうつもりなの?」
すると。
ズズ……と全機が一斉に赤いモノアイを点灯させた。
《対象ヲ──「魔物」と識別。攻撃ヲ──開始シマス》
乾いた、無機質な機械音声。
感情のかけらもない。
アレクサだって、もう少しハートフルな声色してるよ。
すぐさま、八十体の魔導機兵が一斉に武器を構えた。
剣。斧。ライフル。
それぞれが一分の隙もないフォーメーションで展開し、俺たちを包囲する形で進軍を始める。
「て、敵襲ですかぁ~っ!?」
ポメちゃんが声を上げ、ぶるぶる震えながら毛を逆立てた。
あのふわふわの耳も尻尾も、完全に“警戒モード”に突入してる。
「こ……攻撃してくるのかッ!」
グェルくんも即座に前へ出て、ポメちゃんを庇うように身構えた。
四本の足が地を掴み、体表に雷の光がバチッと弾ける。
……うん。2人とも頼もしい。頼もしいんだけど。
「──ああ、いいよいいよ。2人とも」
俺は手を軽く振って制した。
「攻撃してきたのは向こうが先だし、何より……これ、どう見ても生き物じゃないからね。」
「──なら、俺が壊しちゃっても、問題ないよね」
声のトーンは落としたけど、その分だけ重さを込める。
2人が何か言いかける前に、俺は"竜泡"を発動した。
ふわり、と空中に生まれた大きなシャボン玉が、2人を優しく包み込む。
魔法の膜は外からの物理干渉と魔力を遮断する、強固な結界。
完全防御ってわけじゃないけど、まあ、"大罪魔王の奥義クラスの攻撃"でも無ければ、割れる事は無いと思う。
大罪魔王の一柱であるヴァレンの通常技っぽいヤツも、これで防げたしね。
「えっ……こ、これ、さっきの泡のやつですか~っ!?」
ポメちゃんが泡の中でジタバタしてる。
「あ、アルド坊っちゃん、大丈夫なんですか!?」
泡の壁越しに響く声が、ほんの少しだけ心に染みた。
「大丈夫。俺が、やるからさ。中でちょっと見学しててよ」
笑って言った。……でも、内心はちょっと違う。
(さっきの狙撃が、また来ないとも限らない。むしろ、こっちが交戦態勢に入った今こそ──撃ってくる可能性がある)
魔導機兵は無言のまま、動き続けている。
赤いモノアイの輝きが、どこか怒っているように見えたのは……きっと気のせいじゃない。
「…………」
グェルくんは、何も言わずに泡の内側からこちらを見ていた。
真剣なまなざしだった。
(……つ、ついに、アルド坊ちゃんの戦う姿を、この目で見れる時がきたぞ……!)
きっとそんなことを思ってるに違いない。その気迫が伝わってくる。
よし──なら、少しだけ見せてあげるか。
俺は、魔導機兵の軍勢へと視線を向けた。
敵の数、およそ八十。
精密な隊列。統率の取れた武器構え。
ゴーレムとアンドロイドの融合体。
感情の無い殺戮兵器。
その全てを──圧倒的に、蹴散らす。
「じゃあ……ちょっとだけ、"お人形遊び"といきますかね。」
口の端を、少しだけ持ち上げた。
◇◆◇
八十の魔導機兵が、整然と武器を構えたまま待機している。
その陣形の中心に向かって、俺は──ポケットに両手を突っ込んだまま、のんびりと歩き出した。
「…………」
脚取りはゆったりとしたものだった。まるで、森の中を散歩でもしているかのように。
敵の威圧? 緊迫した空気? 関係無いね。
魔導機兵たちは、こちらが動いたことで全身の関節を僅かにきしませ、警戒態勢を強める。
しかし、俺はそんな反応を一瞥するでもなく、真っ直ぐに歩を進めた。
前列の一体。拳銃型の魔導銃を構えた個体の、すぐ目の前で立ち止まる。
──俺と、その機兵との距離は、もう数十センチもない。
赤いモノアイが、俺の顔を正確に捉えている。
機兵の金属製の右腕が微かに揺れた。銃口が──俺の額に向けられた。
「…………」
俺は、表情を変えずに銃口を見つめた。ただ、じっと。
──それだけの、沈黙。
泡の中では、すでに阿鼻叫喚の騒ぎが起きていた。
「ひ、ひぃいっっ!!あ、アルドさんっ!!?」
ポメちゃんが、前足で目を覆って叫び声を上げる。
「アルド坊ちゃん!! 危ないッ!!」
グェルくんの叫びが、泡の内側から響いた。
──次の瞬間。
ダァン!
鋭い銃声が空気を裂いた。
拳銃から放たれた弾丸が、一直線に俺の顔へと飛んでくる。
そして──
「んが。」
キィィィィンッ!!!
弾丸が俺の顔面に直撃……した、かに思われたその瞬間。
銃声にかき消されそうになった高音が、澄んだ鐘のように空間を震わせる。
……弾は、止まっていた。
俺の──上下の歯の間で。
「…………ふーん。意外と柔らかいんだね。弾丸って。」
噛んでみた感触を確かめるように、グニグニと顎を動かす。
口の中で、金属製の弾丸がキャラメルの様に形を歪めていく。
拳銃を構えていた魔導機兵のモノアイが、一瞬だけ明滅した。
まるで、混乱しているように。
でも、それもほんの一瞬のことだった。
「──ぷっ!」
軽く息を吐き込む。そして、口の中で咀嚼していた弾丸を口から強烈に──吹き飛ばした。
バシュッッ!!
放たれた弾丸は、空気を裂いて一直線に機兵の顔面へ。
次の瞬間、赤いモノアイが爆ぜた。
ドォォン!!!
顔面部が爆発し、金属の破片が四散する。
火花を撒き散らしながら、機兵はその場で膝をつき、ゆっくりと崩れ落ちた。
──動かない。完全に機能停止したらしい。
「……す、すっごい……」
泡の中のポメちゃんが、指の間からこっそりこちらを覗いて呟く。
グェルくんは息を呑んだまま、固まっている。
数瞬の沈黙。
そして。
ズギャアアアアアアアン!!
全方向から、武器が一斉に構え直された。
銃。剣。槍。斧。
魔導機兵たちが、まるでプログラムを書き換えられたかのように、一斉に俺を“排除対象”として認識しなおしたのが分かる。
ま、当然だよね。
俺は、右手をポケットから抜いた。
そして、あたりの魔導機兵たちをぐるりと見渡して──静かに、呟く。
「……なんかよく分からないけどさ」
「ウチのおりこうワンちゃんズを撃とうとした、悪い人形は──」
「──とりあえず、全部ぶっ壊しておこうかな」
口調は穏やか。
でも、その声の奥に潜ませたのは、確かな怒り。
その瞬間、空気の温度が変わった。
風が止まり、木々がざわめきを失う。
この“静寂”の正体を、機械人形たちは知らない。
だが、もうすぐ──嫌でも理解させられることになる。
俺の、“怒った時のやり方”を。
110
あなたにおすすめの小説
足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました
ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」
優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
――僕には才能がなかった。
打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる