90 / 257
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第88話 アルド vs. 魔導機兵中隊
しおりを挟む
フォルティア荒野の地下に伸びる、謎の近未来的トンネル。
俺は、目の前に整然と並ぶ魔導機兵の中隊と向き合っていた。
数えてみると八十体……
いや、一体はさっきオレが口から吐き出した弾で頭を吹き飛ばしたから、七十九体ってとこか。
みんな揃って無表情な仮面面に、無機質な金属の軋む音だけが通路に響いてる。
人間なら一人ぐらい冷や汗の一つもかきそうなもんだけど……まあ、無理か。
(ブレスでも撃っときゃ秒で一掃できるけど……)
と、内心で肩をすくめる。
でも、こんな地下の空間で火力ぶっぱはちょっと気が引けるんだよな。
天井の構造も不明だし、うっかりドカンとやって通路ごと崩落なんてシャレにならない。
(俺は平気でも、ポメちゃんやグェルくんもいるしなぁ──)
一瞬、後方をちらと振り返る。
泡の中に浮かぶポメちゃんは、ぶるぶる震えながらオレの背中を見上げてた。
グェルくんも、『自分もいつでも一緒に戦いますッ!』と言わんばかりに四つ足を開いた姿勢で構え、オレの動きを見守っている。
俺は口元だけで笑って、再び前を見据えた。
(でも……あっちで隠れて見てる連中のことも考えりゃ、ここはひとつ“やって見せる”場面か)
地下通路の天井、そして奥の岩の影──
気配が、いくつかある。九……いや、八?
そこそこ離れてるってのに、割とハッキリと“視線”を感じるあたり、よほどオレに興味があるらしい。
こっちとしても、見られてるなら応えてやるのが礼儀ってもんだ。
「よし、手加減しつつ、遊んでやるか。」
そう小さく呟いてから、俺は片手を首元に持っていく。
グッと力を入れて──「コキッ」と、乾いた音。
首を回してもう一度「コクン」。
ついでに肩も軽く回して、体の準備を整える。
機兵たちはその間も一切動かない。
ただ、じわりと前列の数体が、魔導銃らしき短銃を構えてきた。
たぶん、向こうも向こうで計算中なんだろうな。
“この生体反応に対し、戦闘力いかほど”とか、“一斉射撃なら命中率◯%”とか。
でも、残念だけど──
「何しても、無駄だよ。」
口に出すと同時に、俺は手を差し出した。
掌を上に向けて、手首を小さく返す。
クイクイッ……と二度。
これは昔、TVの中で観たアクション映画の真似。
“Come on.” ってヤツだ。
コートの裾がゆらりと揺れる。
その奥で、俺は少しだけ口角を上げてみせる。
(さあ、どう動く? お前らの“戦術”ってやつ、ちょっと見せてもらおうか)
ドラゴンブレスなんて撃たなくても、俺のやり方なら十分だってところを……存分に教えてやるよ。
◇◆◇
手首をクイクイッと返した直後だった。
ギィィィン……!
金属の足音。ガキン、と刃同士のぶつかるような音も混じる。
視界の端で、左右の魔導機兵たちが滑るように散開した。
手には剣、斧、槍、そしてナイフ──近接戦闘仕様の武器を構えながら、無機質な機械の速さで迫ってくる。
と同時に、中央の列。
後列の数体が、その金属の肩に担ぐような長銃──魔導ライフルを、俺に向けて構えた。
(お、撃つ気だな)
ヴォン。ヴォン。
耳慣れない独特な機械音とともに、魔導ライフルが火を噴いた。
弾丸が、空間を裂くようにこちらへ向かってくる。
狙いは甘くない。オレの頭、胸、両肩……即死狙いの連携射撃。
だけど。
「……"竜泡"。」
静かに名を呼ぶ。それだけで、スキルは起動する。
オレの前に、無数の泡が現れた。
淡く揺らめく虹色の球体──シャボン玉が、大小様々に空中で浮遊する。
撃ち出された弾丸が、泡に当たる。
パシュッ……パシュン……と、音を立てながら泡の中に吸い込まれていく。
まるで空間そのものが、弾丸の“エネルギー”を飲み込んだようだった。
泡は弾けず、ただそこに在り続ける。
十発、二十発──百発以上の弾が吸収されても、泡はそのまま。
まるで「もっと撃てよ」とでも言わんばかりに、俺の前にふわふわと浮かんでいる。
「……ベクトル反転」
俺は小さく呟いた。
その言葉を合図に、泡の中に滞留していた“運動エネルギー”が、逆転する。
「解放。」
そう呟いて、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、全ての泡が“パンッ”と弾けた。
弾ける瞬間、吸収していた弾丸が放たれる──今度は俺の後ろじゃない、前へ。
本来の射線とは逆方向、すなわち──撃ってきた奴らに向けて。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
機械の額、胸部、関節部。
急所を的確に撃ち抜かれた魔導機兵たちは、バチバチと火花を散らしながらその場で崩れ落ちた。
甲高い金属音を響かせ、倒れたそれらの機体からは、煙と紫の魔素が立ち昇っていた。
「……命中率100%。10キルってとこかな。」
オレは軽く顎を引き、残りの機兵たちを見渡す。
いま倒れたのは──十体。
まだ六十九体は残ってるが、機兵たちはほんのわずかに、その“無表情”の仮面に迷いを滲ませたようにも見えた。
もちろん、そんな顔はしてない。
してないけど──そう感じるだけの“間”が、今の彼らにはあった。
「どうした? まだ60体以上残ってるだろ?」
ニッと、片側だけ口角を上げて笑ってみせる。
さっきよりも、明らかに周囲の空気が変わったのがわかった。
「さっきの泡が怖い? それとも……」
俺はコートの袖から指を伸ばして、弾けずに残った最後のシャボン玉を指先で、そっと、つつく。
プチン──と儚く弾けた泡の、その向こう側で、数体の機兵が反応する。
「──俺のことが、怖い?」
◇◆◇
泡の魔法での迎撃が終わると、すかさず――金属の足音が、近づいた。
「お、次は近接戦術か」
前方と後方、そして左右――計四体の魔導機兵。
剣と斧をそれぞれ装備し、連携するような鋭い足運びで、俺を囲むように布陣を敷いた。
その構えに、どこか見覚えがある。
「……あ、これって。まさか」
──四方から同時に斬りかかることで、避け場を完全に封殺する。
斬撃の起点と終点を絶妙に交差させることで、どこか一体を攻撃すれば別方向から斬られる“殺しの陣”。
これは……新撰組のクロスアサルト!
まさか、異世界でこの戦法が見られるとはね!
自分が喰らう立場だけども!
呑気に感心している暇は、なかったはずだ。
でも、こっちはもっと呑気にやれる自信がある。
四体の機兵が、同時に跳んだ。
「よいしょ」
俺は、斬撃が届く直前に“剣を持っていた”前と後ろの二体の腕を、左右からガシィッと掴む。
そのまま、彼らの手に握られていた剣を──強引に操って、左右から迫る斧を受け止めさせた。
ガキィィィン!!
金属と金属が激しくぶつかる音。
当然、魔導機兵たちは困惑した……ように“見えた”。
自分たちの武器で、自分たちを守るって。
ちょっと皮肉だね。
両腕で4体の腕をまとめてかち上げると──
その瞬間、俺は軽く垂直跳躍。ほんの2メートルほど、上空へ。
「じゃ、四人まとめて。せーのっ」
重力がかかるその瞬間──
俺は体を捻りながら、空中で同時に四方へ四肢を伸ばした。
右拳、左拳、右足、左足――全ての攻撃が、四体の魔導機兵の“頭部”に直撃。
ガンッ!バギィィンッ!
凄まじい衝撃と共に、四体の魔導機兵が同時に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
光る眼孔が消え、完全に機能を停止する。
「同時に四方の敵を倒せりゃ作戦なんか関係無い……って、"地上最強の生物"が言ってたんだよね。」
誰にも通じないギャグを呟きながら、肩の埃を払う。
だが──次の瞬間。
「おっ、まだ来る?」
軽装の魔導機兵が、宙を飛んでいた。
両手にはナイフ。足先には鋭い衝角。
跳び蹴り──というより、全身弾丸のような勢いで突っ込んでくる。
「……はーい、お疲れ。」
俺は片手を顔の前に出し、そのまま蹴り足をガシッと掴む。
その勢い──慣性をまるで無視するように、そのまま片手で機兵の全身を持ち上げる。
「うーん……体重130キロくらい? ドラ◯もんと同じくらいだね」
そのまま、振る。
一度、二度─遠心力を加え。
「思いつき奥義!!“人間”ヌンチャク!!」
ブォン!!ドォン!!バギッ!!
振り回された魔導機兵が、まるで鉄球のように他の魔導機兵へ激突していく。
ボウリングのピンみたいに吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶ。
金属の悲鳴を上げながら、次々と潰れていく。
ドガァッ!バギィィッ!ギャギャッ……!
一度ぶつけるごとに、機兵の骨格が歪み、内部機関がはじけ飛ぶ。
だが、俺の手に握られた“ヌンチャク機兵”も、限界が近かった。
「……あ、壊れちゃった」
プスンと音を立てて動かなくなったその機兵を、俺はぶん投げるように放り捨て──
すぐに、近くにいる新しい軽装兵の脚をひょいっと片手で掴み直す。
「二代目いきまーす。はい、フルコンボだドン!」
再び始まる、“人型ヌンチャク・マシンブレイクショー”。
我ながら、もはや戦闘というより、破壊の芸術。
十体、二十体──次々と周囲の機兵が金属音と爆発音を響かせて吹き飛んでいく。
空気は魔素の霧で霞み、床には砕けた装甲とパーツの山が出来ていた。
60体を叩き壊したところで、手にしていた機兵の脚がポロリと抜け落ちた。
「あら、ラストまでいけるかなーと思ったけど、無理だったか」
オレは最後の残骸を片手で放り投げ、フッと息を吐いた。
残り、5体。
それらはすでに一歩も動けず、距離を取ったまま、ギシ……ギシ……と関節を震わせていた。
「さて。“仕上げ”といくかね。」
◇◆◇
砕けたパーツの山を踏み越えながら、俺はゆっくりと残りの“5体”へと歩を進めた。
彼らは動かない。……いや、正確には、“動けない”ようだった。
ギィ……ギチッ……
小さく軋む音を立てながら、一歩ずつ……後退していた。
それだけで、わかる。
この5体だけは、他と違った。
「……自己判断機能、ついてるのか」
やや遅れて、耳に届いたのは――人工音声の、震えるような言葉だった。
『戦力分析中……分析完了……』
『対象個体の戦闘能力:推定数値、評価不可』
『勝利確率:限リナクゼロニ近イ……』
『戦術的判断:撤退推奨……コノ個体ニ勝利スルノハ、不可能……』
思わず、笑ってしまった。
「へぇ……機械っぽいのに、恐怖を感じたりもするんだね。高性能だなぁ、キミたち」
たったそれだけ言って──俺は、一歩、前へ。
次の瞬間。
バシュッ──と音がしたかどうか。
俺の右手が、すぅっと宙を切る。
五本指を揃えた手刀。それがまるで弧を描くように、横一閃。
斬撃音は無かった。ただ、風と圧だけが残った。
その直後、5体の魔導機兵の胸部から、細く深い裂け目が走る。
5体の上半身が、ずるり、と床へ滑り落ちる。
キィイ……チチ……ギガ……プスン。
赤いモノアイの光が、静かに消えた。
「……終わり、っと」
手のひらを見ると、黒っぽいオイルがぬらりと付着していた。
俺は顔をしかめることなく、無造作に手を振るい、ビッと一振りで油を払った。
どこか儀式的な、静かな動作だった。
それから、くるりと振り返る。
泡の奥。
グェルくんとポメちゃんが、口をぽかんと開けたまま、呆然と俺を見ていた。
「……あ、終わったよ~」
手をひらひらと振ってやると、ようやく彼らの顔に反応が戻った。
パチン、と泡が弾ける。
ポメちゃんは口を開きかけて閉じ、また開いた。
グェルくんは目を見開いたまま、何かブツブツ呟いている。
俺は苦笑して、二人の反応を横目に──ふと、振り返った。
トンネルの奥。
そこは魔導機兵たちがやってきた方向。
微かな空気の流れと、鉄の匂い。
そして、人の気配。
「……さてと」
俺は真顔になる。
さっきまでの飄々とした態度から一変して、冷静で静かなトーンに戻った。
「ねぇ──そこに隠れてる人たち、出てきなよ」
声に力は込めていない。
脅しでも、誘いでもなく、ただ“事実”として伝えるように。
「……9人、いや──8人、かな?」
その瞬間、トンネルの奥の空気がピリッと張り詰めた。
「もうバレてるから、隠れてても無駄だよ」
風が、後ろから抜けた。
泡の魔法が弾け、破片のような水滴が舞い散る中──俺は、真っ直ぐに前を見据える。
声も、気配も。すべてを、ただ静かに受け止めるように。
俺は、目の前に整然と並ぶ魔導機兵の中隊と向き合っていた。
数えてみると八十体……
いや、一体はさっきオレが口から吐き出した弾で頭を吹き飛ばしたから、七十九体ってとこか。
みんな揃って無表情な仮面面に、無機質な金属の軋む音だけが通路に響いてる。
人間なら一人ぐらい冷や汗の一つもかきそうなもんだけど……まあ、無理か。
(ブレスでも撃っときゃ秒で一掃できるけど……)
と、内心で肩をすくめる。
でも、こんな地下の空間で火力ぶっぱはちょっと気が引けるんだよな。
天井の構造も不明だし、うっかりドカンとやって通路ごと崩落なんてシャレにならない。
(俺は平気でも、ポメちゃんやグェルくんもいるしなぁ──)
一瞬、後方をちらと振り返る。
泡の中に浮かぶポメちゃんは、ぶるぶる震えながらオレの背中を見上げてた。
グェルくんも、『自分もいつでも一緒に戦いますッ!』と言わんばかりに四つ足を開いた姿勢で構え、オレの動きを見守っている。
俺は口元だけで笑って、再び前を見据えた。
(でも……あっちで隠れて見てる連中のことも考えりゃ、ここはひとつ“やって見せる”場面か)
地下通路の天井、そして奥の岩の影──
気配が、いくつかある。九……いや、八?
そこそこ離れてるってのに、割とハッキリと“視線”を感じるあたり、よほどオレに興味があるらしい。
こっちとしても、見られてるなら応えてやるのが礼儀ってもんだ。
「よし、手加減しつつ、遊んでやるか。」
そう小さく呟いてから、俺は片手を首元に持っていく。
グッと力を入れて──「コキッ」と、乾いた音。
首を回してもう一度「コクン」。
ついでに肩も軽く回して、体の準備を整える。
機兵たちはその間も一切動かない。
ただ、じわりと前列の数体が、魔導銃らしき短銃を構えてきた。
たぶん、向こうも向こうで計算中なんだろうな。
“この生体反応に対し、戦闘力いかほど”とか、“一斉射撃なら命中率◯%”とか。
でも、残念だけど──
「何しても、無駄だよ。」
口に出すと同時に、俺は手を差し出した。
掌を上に向けて、手首を小さく返す。
クイクイッ……と二度。
これは昔、TVの中で観たアクション映画の真似。
“Come on.” ってヤツだ。
コートの裾がゆらりと揺れる。
その奥で、俺は少しだけ口角を上げてみせる。
(さあ、どう動く? お前らの“戦術”ってやつ、ちょっと見せてもらおうか)
ドラゴンブレスなんて撃たなくても、俺のやり方なら十分だってところを……存分に教えてやるよ。
◇◆◇
手首をクイクイッと返した直後だった。
ギィィィン……!
金属の足音。ガキン、と刃同士のぶつかるような音も混じる。
視界の端で、左右の魔導機兵たちが滑るように散開した。
手には剣、斧、槍、そしてナイフ──近接戦闘仕様の武器を構えながら、無機質な機械の速さで迫ってくる。
と同時に、中央の列。
後列の数体が、その金属の肩に担ぐような長銃──魔導ライフルを、俺に向けて構えた。
(お、撃つ気だな)
ヴォン。ヴォン。
耳慣れない独特な機械音とともに、魔導ライフルが火を噴いた。
弾丸が、空間を裂くようにこちらへ向かってくる。
狙いは甘くない。オレの頭、胸、両肩……即死狙いの連携射撃。
だけど。
「……"竜泡"。」
静かに名を呼ぶ。それだけで、スキルは起動する。
オレの前に、無数の泡が現れた。
淡く揺らめく虹色の球体──シャボン玉が、大小様々に空中で浮遊する。
撃ち出された弾丸が、泡に当たる。
パシュッ……パシュン……と、音を立てながら泡の中に吸い込まれていく。
まるで空間そのものが、弾丸の“エネルギー”を飲み込んだようだった。
泡は弾けず、ただそこに在り続ける。
十発、二十発──百発以上の弾が吸収されても、泡はそのまま。
まるで「もっと撃てよ」とでも言わんばかりに、俺の前にふわふわと浮かんでいる。
「……ベクトル反転」
俺は小さく呟いた。
その言葉を合図に、泡の中に滞留していた“運動エネルギー”が、逆転する。
「解放。」
そう呟いて、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、全ての泡が“パンッ”と弾けた。
弾ける瞬間、吸収していた弾丸が放たれる──今度は俺の後ろじゃない、前へ。
本来の射線とは逆方向、すなわち──撃ってきた奴らに向けて。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
機械の額、胸部、関節部。
急所を的確に撃ち抜かれた魔導機兵たちは、バチバチと火花を散らしながらその場で崩れ落ちた。
甲高い金属音を響かせ、倒れたそれらの機体からは、煙と紫の魔素が立ち昇っていた。
「……命中率100%。10キルってとこかな。」
オレは軽く顎を引き、残りの機兵たちを見渡す。
いま倒れたのは──十体。
まだ六十九体は残ってるが、機兵たちはほんのわずかに、その“無表情”の仮面に迷いを滲ませたようにも見えた。
もちろん、そんな顔はしてない。
してないけど──そう感じるだけの“間”が、今の彼らにはあった。
「どうした? まだ60体以上残ってるだろ?」
ニッと、片側だけ口角を上げて笑ってみせる。
さっきよりも、明らかに周囲の空気が変わったのがわかった。
「さっきの泡が怖い? それとも……」
俺はコートの袖から指を伸ばして、弾けずに残った最後のシャボン玉を指先で、そっと、つつく。
プチン──と儚く弾けた泡の、その向こう側で、数体の機兵が反応する。
「──俺のことが、怖い?」
◇◆◇
泡の魔法での迎撃が終わると、すかさず――金属の足音が、近づいた。
「お、次は近接戦術か」
前方と後方、そして左右――計四体の魔導機兵。
剣と斧をそれぞれ装備し、連携するような鋭い足運びで、俺を囲むように布陣を敷いた。
その構えに、どこか見覚えがある。
「……あ、これって。まさか」
──四方から同時に斬りかかることで、避け場を完全に封殺する。
斬撃の起点と終点を絶妙に交差させることで、どこか一体を攻撃すれば別方向から斬られる“殺しの陣”。
これは……新撰組のクロスアサルト!
まさか、異世界でこの戦法が見られるとはね!
自分が喰らう立場だけども!
呑気に感心している暇は、なかったはずだ。
でも、こっちはもっと呑気にやれる自信がある。
四体の機兵が、同時に跳んだ。
「よいしょ」
俺は、斬撃が届く直前に“剣を持っていた”前と後ろの二体の腕を、左右からガシィッと掴む。
そのまま、彼らの手に握られていた剣を──強引に操って、左右から迫る斧を受け止めさせた。
ガキィィィン!!
金属と金属が激しくぶつかる音。
当然、魔導機兵たちは困惑した……ように“見えた”。
自分たちの武器で、自分たちを守るって。
ちょっと皮肉だね。
両腕で4体の腕をまとめてかち上げると──
その瞬間、俺は軽く垂直跳躍。ほんの2メートルほど、上空へ。
「じゃ、四人まとめて。せーのっ」
重力がかかるその瞬間──
俺は体を捻りながら、空中で同時に四方へ四肢を伸ばした。
右拳、左拳、右足、左足――全ての攻撃が、四体の魔導機兵の“頭部”に直撃。
ガンッ!バギィィンッ!
凄まじい衝撃と共に、四体の魔導機兵が同時に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
光る眼孔が消え、完全に機能を停止する。
「同時に四方の敵を倒せりゃ作戦なんか関係無い……って、"地上最強の生物"が言ってたんだよね。」
誰にも通じないギャグを呟きながら、肩の埃を払う。
だが──次の瞬間。
「おっ、まだ来る?」
軽装の魔導機兵が、宙を飛んでいた。
両手にはナイフ。足先には鋭い衝角。
跳び蹴り──というより、全身弾丸のような勢いで突っ込んでくる。
「……はーい、お疲れ。」
俺は片手を顔の前に出し、そのまま蹴り足をガシッと掴む。
その勢い──慣性をまるで無視するように、そのまま片手で機兵の全身を持ち上げる。
「うーん……体重130キロくらい? ドラ◯もんと同じくらいだね」
そのまま、振る。
一度、二度─遠心力を加え。
「思いつき奥義!!“人間”ヌンチャク!!」
ブォン!!ドォン!!バギッ!!
振り回された魔導機兵が、まるで鉄球のように他の魔導機兵へ激突していく。
ボウリングのピンみたいに吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶ。
金属の悲鳴を上げながら、次々と潰れていく。
ドガァッ!バギィィッ!ギャギャッ……!
一度ぶつけるごとに、機兵の骨格が歪み、内部機関がはじけ飛ぶ。
だが、俺の手に握られた“ヌンチャク機兵”も、限界が近かった。
「……あ、壊れちゃった」
プスンと音を立てて動かなくなったその機兵を、俺はぶん投げるように放り捨て──
すぐに、近くにいる新しい軽装兵の脚をひょいっと片手で掴み直す。
「二代目いきまーす。はい、フルコンボだドン!」
再び始まる、“人型ヌンチャク・マシンブレイクショー”。
我ながら、もはや戦闘というより、破壊の芸術。
十体、二十体──次々と周囲の機兵が金属音と爆発音を響かせて吹き飛んでいく。
空気は魔素の霧で霞み、床には砕けた装甲とパーツの山が出来ていた。
60体を叩き壊したところで、手にしていた機兵の脚がポロリと抜け落ちた。
「あら、ラストまでいけるかなーと思ったけど、無理だったか」
オレは最後の残骸を片手で放り投げ、フッと息を吐いた。
残り、5体。
それらはすでに一歩も動けず、距離を取ったまま、ギシ……ギシ……と関節を震わせていた。
「さて。“仕上げ”といくかね。」
◇◆◇
砕けたパーツの山を踏み越えながら、俺はゆっくりと残りの“5体”へと歩を進めた。
彼らは動かない。……いや、正確には、“動けない”ようだった。
ギィ……ギチッ……
小さく軋む音を立てながら、一歩ずつ……後退していた。
それだけで、わかる。
この5体だけは、他と違った。
「……自己判断機能、ついてるのか」
やや遅れて、耳に届いたのは――人工音声の、震えるような言葉だった。
『戦力分析中……分析完了……』
『対象個体の戦闘能力:推定数値、評価不可』
『勝利確率:限リナクゼロニ近イ……』
『戦術的判断:撤退推奨……コノ個体ニ勝利スルノハ、不可能……』
思わず、笑ってしまった。
「へぇ……機械っぽいのに、恐怖を感じたりもするんだね。高性能だなぁ、キミたち」
たったそれだけ言って──俺は、一歩、前へ。
次の瞬間。
バシュッ──と音がしたかどうか。
俺の右手が、すぅっと宙を切る。
五本指を揃えた手刀。それがまるで弧を描くように、横一閃。
斬撃音は無かった。ただ、風と圧だけが残った。
その直後、5体の魔導機兵の胸部から、細く深い裂け目が走る。
5体の上半身が、ずるり、と床へ滑り落ちる。
キィイ……チチ……ギガ……プスン。
赤いモノアイの光が、静かに消えた。
「……終わり、っと」
手のひらを見ると、黒っぽいオイルがぬらりと付着していた。
俺は顔をしかめることなく、無造作に手を振るい、ビッと一振りで油を払った。
どこか儀式的な、静かな動作だった。
それから、くるりと振り返る。
泡の奥。
グェルくんとポメちゃんが、口をぽかんと開けたまま、呆然と俺を見ていた。
「……あ、終わったよ~」
手をひらひらと振ってやると、ようやく彼らの顔に反応が戻った。
パチン、と泡が弾ける。
ポメちゃんは口を開きかけて閉じ、また開いた。
グェルくんは目を見開いたまま、何かブツブツ呟いている。
俺は苦笑して、二人の反応を横目に──ふと、振り返った。
トンネルの奥。
そこは魔導機兵たちがやってきた方向。
微かな空気の流れと、鉄の匂い。
そして、人の気配。
「……さてと」
俺は真顔になる。
さっきまでの飄々とした態度から一変して、冷静で静かなトーンに戻った。
「ねぇ──そこに隠れてる人たち、出てきなよ」
声に力は込めていない。
脅しでも、誘いでもなく、ただ“事実”として伝えるように。
「……9人、いや──8人、かな?」
その瞬間、トンネルの奥の空気がピリッと張り詰めた。
「もうバレてるから、隠れてても無駄だよ」
風が、後ろから抜けた。
泡の魔法が弾け、破片のような水滴が舞い散る中──俺は、真っ直ぐに前を見据える。
声も、気配も。すべてを、ただ静かに受け止めるように。
110
あなたにおすすめの小説
足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました
ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」
優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
――僕には才能がなかった。
打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる