真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第89話 恐怖と勇気、そして錯覚。

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 フォルティア荒野。かつて魔竜が支配していた未踏の大地の、そのさらに地下。

 明らかに人工的な構造を持つ巨大トンネルが、東西にどこまでも伸びながら、地の底深くを這っていた。

 その壁面の一角。

 かすかに凹んだ窪みに、光学迷彩シートをかぶった数名の人影が、じっと身を潜めていた。


 一条雷人。

 そしてオタク四天王と称される石田ユウマ、藤野マコト、久賀レンジ、西條ケイスケ。

 さらには、見た目も言動も派手なギャルズ──高崎ミサキ、内田ミオ、佐倉サチコ。

 計八名の召喚高校生たちは、息を殺して目の前の光景を見つめていた。



 目の前に広がるのは、まさしく“異常”だった。



 ──銀髪の少年が、ひとり。



 その身に鎧も纏わず、魔導具の気配も持たず、武器すら持たず──

 …にもかかわらず、彼は、まるで無双の軍神のように、機械兵の群れを蹂躙していた。

 その敵は、ただの量産機兵ではない。

 久賀レンジのスキル"魔導設計アルケミア・コード"で設計された最新鋭魔導機兵。

 人工筋肉の採用によって“しなやかな力”を得たそれは、機械でありながら剣技すらこなす戦闘兵器。

 さらに西條ケイスケの“魔力増幅装置エナジー・コイル”による魔力増幅が施されており、従来の兵器では太刀打ちできないクラスの魔物すら単独で撃破可能な性能を持っている。

 80体。

 その数は圧倒的であり、全方位から連携して対象を無力化するようプログラムされていた。

 だというのに──。



「……ウソでしょ……」



 ミオが、蚊の鳴くような声で呟いた。

 その少年は、銃撃を受けても傷一つ負わなかった。

 いや、銃弾は確かに命中していた。だが、命中したのは、少年から生み出されたシャボン玉にだったのだ。

 空間がゆらぎ、静かに音を立てて、弾丸はシャボン玉に吸い込まれ──そして魔導機兵達へと撃ち返されていた。

 “スキル”か、それとも……。


「な、なんなのよあれ……銃も、全然効いてないじゃん……!」


 サチコが唇を噛みしめながら、誰にともなく呟いた。

 雷人は何も言わない。ただ、汗が頬を伝って落ちるのを感じていた。

 止まらない。呼吸が浅くなる。背中を冷たい感覚が走る。

 少年──いや、“それ”が、近くの魔導機兵の脚を掴んだ。

 そのまま持ち上げ、空中を振り回す。

 まるで遊びのように。腕力というよりは、質量すら無視しているかのように。

 そして、振り下ろす。

 轟音とともに、別の機兵が叩き潰された。

 “機兵同士をぶつけて”破壊している。


「……ねぇ、あのロボット達、めちゃ重くて硬い、超硬合金ってやつで出来てるんだよね?」


 ミサキが呆然と呟いた。


「なんで、あんな軽々振り回してんの……?」



「ちょ、ちょっと一条くん……!!」


 小声で震える声がすぐ横から聞こえた。藤野マコトだ。

 ぽっちゃりとした体を小さく折りたたみ、膝を抱えた姿勢で、ガクガクと震えている。


 「どーすんの、アレ……!? やばいよ! あれ、絶対やばいやつだって……!」


 その声に、久賀レンジが顔を上げた。ズレた眼鏡を押し上げるその手も、わずかに震えている。


 「な……なんだよ、アレ……!? 見た目は、俺たちと歳も変わらなそうなガキなのに……!」


 ぎり、と歯が鳴る音。


 「ば、バケモノじゃねぇか……」


 ガシャン、と金属が砕ける音が遠くで響いた。

 銀髪の少年が、魔導機兵の一体の脚を掴み、オモチャのように振り回して他の機兵をまとめてなぎ倒したのだ。

 その“音”だけで、全員の胃の底に冷たい水が流れ込んでくる。


 「い……石田……!」


 西條ケイスケが、おそるおそる隣の石田ユウマに目を向ける。


 「お前の"天啓眼アナライズ・ヴィジョン"で……アイツの正体を……!」


 「い、今やってるよ……っ!!?」


 慌てた様子で、石田が叫んだ。額から汗が滝のように流れている。

 片目だけを開き、解析視を発動するその瞬間──


 「お……オェェェッ!!!」


 石田が、突如として地面に崩れ、口を押さえたまま嘔吐した。


 「石田ッ!?」


 雷人が咄嗟に手を伸ばしかけるも、石田はそれを振り払うように、自分の膝に額を伏せ、苦しげに呟いた。


 「な……なんだ、アレは……!? 世界そのものが人型に凝縮された様な、力の密度……!」

 「に、人間じゃねぇ……ってか、生き物の持つ気配じゃねぇよ、こんなの……! ダメだ……ダメだよ……! アレと戦っちゃ……!!」


 その内心の声は、震える口元の隙間から漏れていた。

 彼のスキルは“真理の眼”とも呼ばれ、対象の本質すらも暴く。

 だが今、暴いた“本質”は、彼の精神を焼いた。


 その様子を見ていた三人の女子──高崎ミサキ、内田ミオ、佐倉サチコは、さらに不安を募らせる。後方で、三人は身を寄せ合い、視線を少年に釘付けにしていた。


 「な……なんなのぉ、アレ……?」


 ミサキが、か細く漏らす。


 「こ、には、危険な敵はいないって……フラムさん、言ってたのに……」


 ミオの声は、今にも泣き出しそうだった。


 「こわい……あんなの……あんなの、人間じゃないよ……!」


 サチコが震える声で、隣にいた久賀を振り返る。


 「久賀くん、いつもみたいに……あのおっきな銃で、やっつけてよ……!」


 その一言に、久賀の眼がわずかに光を取り戻す。


 「……そ、そうだ……! この距離からなら……!」


 背負っていた大型の対物ライフルに手をかけ、肩に担ごうとする。だが──


 「やめろ、久賀!!」


 鋭い声が空気を裂いた。

 一条雷人の一言。低く、短く、だが強い警告だった。


 「今、撃ったら……射線でこちらの位置がバレるかもしれない。そうなったら、こっちに来るぞ。アレが。」


 久賀はビクッと肩を震わせ、言葉もなく、ライフルをゆっくりと下ろした。

 沈黙が、全員を包み込む。

 ただ、遠くで響くのは──金属が砕ける轟音と、重たい足音だけ。

 アルドと名乗るはずのその“銀髪の少年”が、破壊の中心で、無傷のまま立ち続けていた。



 トンネルの奥。



 なおも銀髪の少年は、破壊された機兵の中を、ゆっくりと進んでいく。

 その足取りは静かで、優雅ですらある。

 まるで何の苦労もしていない、散歩のような所作。


 しかし、その背中から滲み出る“圧”が──決定的だった。



(──あれは、なんだ……)



 一条雷人は、じわりと額から吹き出す汗を拭いもせず、ただ目を見開いたまま、心の中で呟いた。



(あんなものが………この世界には、存在するのか……?)



 この日、この時。

 彼らはまだ知らなかった。

 “あれ”こそが、後に世界の秩序をも揺るがす真祖竜であり、

 彼らの運命を、大きく塗り替える出会いの序章だったということを──



 ◇◆◇



 誰も、何も、言えなかった。

 ただ、トンネルの奥で銀髪の少年が暴れるたび、魔導機兵の悲鳴のような破壊音が響く。

 まるでオモチャの様に振り下ろされた機兵の身体は、別の機兵の鋼鉄の装甲を紙のように引き裂き、投げ飛ばされた機兵は壁に叩きつけられ、煙と火花を散らして沈黙していく。

 その破壊劇を、遮蔽装置と光学迷彩シートの陰から見ていた八人の高校生たちは、まるで言葉を喉に詰まらせたまま凍りついていた。



 「……どうする……?」



 一条雷人は、額から滴る汗をぬぐいもせずに、奥歯を噛み締める。


 (どうするんだ……!?僕たち全員のスキルを総動員すれば……ヤツに……通用するのか……?)


 だが、答えは出ない。

 むしろ、思考の中に入り込もうとするたび、無限に膨れあがる恐怖が脳を締めつけてくる。

 まるで、あれは人間ではない。

 理屈を超えた、“何か”だ。



 ──その時だった。



 唐突に、雷人の思考に、ひどく明瞭な“声”が割り込んできた。



 (……貴方達はこの異世界で、“チートスキル”を得た。何も、恐れる必要は無いの)



 それは、優しげでありながらどこか無機質で、温度の無い女の声。

 だが、聞き慣れた声でもあった。



 「フラム……さん……?」



 雷人が小さく呟くと、まるでその反応を待っていたかのように、続けて声が響いた。



 (……さあ、その力を振るって。目の前の敵を倒しなさい。貴方達が元の世界に帰る道は、そこにこそ存在する)



 途端に、頭の奥で霧が晴れるような感覚が走った。


 “理解”が、溢れてきた。


 ──あれを、倒さなければならない。


 ──あれが、“帰還”の障壁だ。



 「……みんな」



 一条がゆっくりと立ち上がり、周囲を見回す。

 さっきまでガタガタと震えていたマコトやレンジ、西條たち、オタク四天王。

 膝を抱えて怯えていたギャルズの三人。

 その誰もが、今は驚くほど静かに、一条の言葉を待っている。



 「僕達が元の世界に戻るためには──この先にあるものが、絶対に必要だ」



 ゆっくりと、明晰に、一条は言葉を続ける。



 「たとえ、どんな強敵だろうと……僕達のスキルを合わせれば、必ず打ち倒せるはずだ」


 「……ああ」



 久賀レンジが、眼鏡のフレームをぐっと押し上げた。



 「せっかく異世界に転移したんだ……!チートスキルで、無双してやるよ!」

 「そうだよ……こんなとこでビビってる場合じゃねえよな!」



 藤野マコトが、足を震わせながらも拳を握る。



 「おっけー!やったろうぜ、マジで!」



 石田ユウマも、青い顔のまま微笑みながら頷いた。

 そして、ギャルズ三人も……まるでスイッチが入ったように表情を変えた。



 「だよね! あんなチビガキと犬っころなんて、うちらのスキルなら余裕っしょ!」

 「っつーか、あそこまでデカイなら逆に当てやすいじゃん!」

 「いっちょ、気合い入れてく?」



 三人は不安げな笑みを浮かべながらも、目だけは不自然なほど真っ直ぐだった。

 誰かが火を点けたわけでもない。誰かが命令を下したわけでもない。

 けれどその場にいた八人の目に、同じ“火”が宿っていた。


 使命感。勇気。覚悟。


 ──それらを模した、何か。


 雷人は拳を握り、アルドの背に視線を向ける。

 その姿は、未だ圧倒的な力で機兵を破壊し続けている。



 「……やるぞ。」



 彼はそう、小さく呟いた。

 まるで、自分の中に巣食っていた“恐怖”という名の闇が、急に色褪せてしまったかのように。

 それが異常であることに、誰も気づいていなかった。


 ──いや、気づけないようにされていたのだ。



 ◇◆◇



 ──ガギィン!!

 金属を斬り裂く、澄んだ“音”が地下空洞に鳴り響いた。

 最後の五体の魔導機兵が、一斉に切り裂かれた。

 銀髪の少年の左からの水平手刀によって腹部から分断され、上半身がスローモーションのようにズリ落ちる。

 下半身だけを残して、機兵は崩れ落ち、そして沈黙した。

 コォォォォ……という空調のような音だけが、空洞に戻ってくる。


 そして、静寂。


 その中で──銀髪の少年は、ゆっくりとこちらを向いた。

 獣のように鋭い瞳が、確実に“何か”を捉えている。



 「ねぇ──」



 その声は、不思議なほど柔らかかった。

 だが、ぞわりと全員の背に鳥肌が走る。

 あの破壊の嵐を巻き起こした張本人が、今、こちらに語りかけている。



 「そこに隠れてる人たち、出てきなよ」



 一言一句、はっきりと聞き取れる。

 距離はあるはずなのに、まるで耳元で囁かれているかのような錯覚を覚える声。



 「……9人、いや──」


 銀の髪がふわりと揺れる。


 「8人、かな?」



 一条雷人は、ぐっと喉を鳴らした。


 (……まさか、ここまで正確に数を……)


 少年の言葉は続く。



 「もうバレてるから、隠れてても無駄だよ」



 まるで、すべてを見透かすような声音だった。


 「……やれやれ、参ったな」


 一条はひとつため息をついた。


 (光学迷彩も、あっさり見破るか。化け物にも程がある)


 隣を見ると、マコトもユウマもレンジも、冷や汗を浮かべながらも、今や恐怖に飲まれてはいなかった。

 ギャルズの三人も、いつの間にか戦闘態勢に入っていた。目に宿った“火”は、消えていない。

 一条はゆっくりと立ち上がり、7人に向かって静かに声をかけた。



 「──みんな、行くぞ」



 目の奥に、覚悟の色を宿して。



 「元の世界に戻るために」



 藤野マコトが一歩踏み出し、ぶんぶんと肩を回した。


 「おうとも! あとは任せろ、一条総帥!」

 「お前、総帥って……」


 レンジが苦笑しながらも、スキル発動用の構えに入る。

 ユウマが興奮気味に鼻息を荒くする。


 「ついに来たな……“最終決戦”。アニメなら絶対ここでBGM入るタイミングだ!」

 「だよねー! 絶対盛り上がるやつじゃん!」


 高崎ミサキが腰の短杖を振り回し、笑みを浮かべる。


 「うちら、異世界でここまで来たんだし!」


 佐倉サチコがポーチからクリスタルを取り出す。


 「ここで“銀髪チビ”にビビってたら、ギャルの名が廃るっしょ!」

 「うちら、帰還ルート掴むんだし」


 内田ミオも、目を鋭く光らせて言い切った。

 一条はその様子を見届け、小さく頷いた。



 ──この瞬間だけは、誰も疑っていなかった。



 自分たちは、正しい選択をしていると。

 今、この敵を打ち倒すことが“帰還”への唯一の道であると。

 そして、自分たちの“力”が、それを可能にすると。



 ──それが刷り込まれた思い込みであると、気づく者は一人もいなかった。



 一条は迷いなく、遮蔽布を取り払う。

 シュルリ、と布が音を立てて剥がれ落ち、瞬間、全員の姿が露わになる。

 銀髪の少年──アルドは、彼らを見て、どこか訝しげな目をした。


 一条は、その前に立った。


 そして、言った。



 「……こいつが、僕たちの任務における“ラスボス戦”だ」



 全員が構える。


 異様な静けさの中、八人の高校生たちが、アルドの前に一列に並ぶ。


 ──そして、激突の幕が、いま上がろうとしていた。
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