43 / 52
九章 すべての答え
3
しおりを挟む
3
そして、一呼吸置いたあと奏君は口にした。
「――楓……正直に答えて欲しい。君は園田に他に何か言われているんじゃないのか?」
両手ひらで頬を包まれ、見透かされたように尋ねられる。
「えっ……」
「……ずっと、おかしいような気がしているんだ。大使公邸のパーティーでも噂を聞いた以外にもなんかあったんじゃないのか? 今日も、楓がホテルで園田と会話のあと去ったと柊が言っていた」
――柊兄、見てたんだ……
「園田は一見人当たりが良さそうに見えるが、一部では嫉妬による執着が酷くトラブルがあったと聞いている。俺も……実を言うと、大学時代に彼女には言い寄られたことがある。もちろん、キッパリ断ったがそのせいで楓に、敵意が向くのは本意ではない。何かあったなら包み隠さず話して欲しい。俺は、もう二度と楓を失うのはごめんだ」
「奏君……」
彼の誠実で切なる思いが心に染みて、胸の内で燻っていたものがすっと溶けていくのを感じる。
愛梨さんは不安を煽ろうとしていたが、やっぱり奏君は、どう考えても嘘をついていない。彼を前にすればそれがひしひしと伝わってくる。そして、愚かな私は今になってようやく気づいたんだ……
『もう二度と楓を失うのはごめんだ』
七年前、私が彼を拒んだあの日のことが、彼にとってどれほど大きな傷になっていたのかを……今になってやっと理解したんだ。
――やっぱり、七年前の同窓会で聞いた奏君の本心は、何かの間違いだったのかもしれない。
そう思い至ると、絡み合っていた恐怖心が解け、私はずっと私の心に秘めていた疑問を、ようやく口にできた。
「……奏君は、もう覚えていないかもしれないけど……私、七年前の同窓会で、奏君が同級生たちと話していたことを聞いてしまったの」
すべてのはじまりは、ここからだった。
私は、おそるおそる打ち明けた。
七年前、奏君が同級生に言ったあの言葉を聞いてしまったこと。そこから、愛梨さんが奏君の心の内を教えてくれたこと。悲しみに暮れた私が関係を絶つことを決め、フランスへ誘ってくれた奏君の手を拒んでしまったこと。そして再会後、大使公邸のパーティーで、奏君との過去の関係をほのめかされ、不安になってしまったこと。
私は言葉を選びながら。今までのことをゆっくり打ち明けた。
正直、同窓会のことを伝えるときはとても怖かったけれど、奏君は私をずっと抱きしめて真剣に聞いてくれていた。
「だから、奏君が結婚を提案してくれたときも、この前私のことを好きだと言ってくれたときも、すごく嬉しかったけれど本当に驚いたの……。もちろん、愛梨さんの言葉だけではなくて、私がぽろりと告白しちゃったときに何の反応もなかったことも原因だけど――」
奏君は一瞬、何故か目を見開いて息を飲むような様子を見せたが、私の顔を数秒見つめたあとに、今はそれどころではないと言ったように、咳払いをする。そして、臆することなく答えてくれた。
「……あの、同窓会の発言ははっきり覚えてるが……『足枷』とは君のことではない。あれは、君を〝妹〟としてではなく〝女性〟として見てるという意味で言ったんだ……。楓は俺のことを兄のような存在としか見ていないだろうと思っていたから、気持ちを伝えられない状況になっているという〝関係性〟を意味して……――まあ、相手が下世話な同級生たちで、どう思われようと構わなかったから、みなまで言わなかったんだ……そこから誤解を招いてしまったんだな」
奏君は当時のことを振り返りがならそう打ち明け、心を痛めたような表情で私を見つめた。
「園田のことも、もう一度しっかり否定させてくれ。これまで彼女に楓の悩みなど相談したことは無いし、恋愛感情など持ったことなど一切無い。交際もきちんと断っていて彼女も了承していた。彼女の前で話すことなど、事務的な要件ばかりだ」
奏君はそう言って前屈みになると、そっと私の左手を取り、薬指にあるふたりの結婚指輪へキスをした。そして、よどみなく続ける。
「何度も言うが、俺には今も昔も〝楓〟ただひとりしかいない。ずっと君だけを求めて生きてきた。他の誰も目に入らない……俺だけを信じろ――」
まるでお姫様に忠誠を誓う騎士のような、真摯なその姿から視線が逸らせない。
「奏君……」
「俺が、楓の傍にいることが――すべての〝答え〟だろう?」
胸の奥が燃えるように熱くなって、涙が溢れてきた。
――彼の言う通りだ。色んなことが重なって、あのとき信じられずに彼の手を離してしまった私の前に、もう一度現れて手を差し伸べてくれた。奏君がまた私に会いに来てくれて、傍で愛を囁いてくれる。それが答えだ。
私は飛び込むように奏君に抱き着いた。
「ありがとう……ありがとう、奏君。それと……ごめんね」
七年前に聞いた本心を、取り違えてしまって、ごめんね。
愛梨さんの言葉を鵜呑みにしちゃって、ごめんね。
渡欧のとき、拒んでしまってごめんね。
溢れるほどの愛おしさの中で胸を締め付けるような後悔や心苦しさがいっぱいになった。泣きじゃくりながらごめんねを繰り返していると、奏君がそっと体を離して、私の涙を拭いじっと見つめてきた。
「楓が泣くことではない。謝るのは紛らわしいことを言った俺の方だ」
自然と二人の顔が近づき唇が重なり合った。ふわっと優しく包むように触れ、心ごと優しく包まれたような心地になる。
「でもそうだな……悪いと思うならちょっとだけ俺に付き合ってもらおうか」
「へ……?」
奏君は意味深に囁き、私の唇にもう一度キスをしてから、タクシーの手配をし移動した。
そして、一呼吸置いたあと奏君は口にした。
「――楓……正直に答えて欲しい。君は園田に他に何か言われているんじゃないのか?」
両手ひらで頬を包まれ、見透かされたように尋ねられる。
「えっ……」
「……ずっと、おかしいような気がしているんだ。大使公邸のパーティーでも噂を聞いた以外にもなんかあったんじゃないのか? 今日も、楓がホテルで園田と会話のあと去ったと柊が言っていた」
――柊兄、見てたんだ……
「園田は一見人当たりが良さそうに見えるが、一部では嫉妬による執着が酷くトラブルがあったと聞いている。俺も……実を言うと、大学時代に彼女には言い寄られたことがある。もちろん、キッパリ断ったがそのせいで楓に、敵意が向くのは本意ではない。何かあったなら包み隠さず話して欲しい。俺は、もう二度と楓を失うのはごめんだ」
「奏君……」
彼の誠実で切なる思いが心に染みて、胸の内で燻っていたものがすっと溶けていくのを感じる。
愛梨さんは不安を煽ろうとしていたが、やっぱり奏君は、どう考えても嘘をついていない。彼を前にすればそれがひしひしと伝わってくる。そして、愚かな私は今になってようやく気づいたんだ……
『もう二度と楓を失うのはごめんだ』
七年前、私が彼を拒んだあの日のことが、彼にとってどれほど大きな傷になっていたのかを……今になってやっと理解したんだ。
――やっぱり、七年前の同窓会で聞いた奏君の本心は、何かの間違いだったのかもしれない。
そう思い至ると、絡み合っていた恐怖心が解け、私はずっと私の心に秘めていた疑問を、ようやく口にできた。
「……奏君は、もう覚えていないかもしれないけど……私、七年前の同窓会で、奏君が同級生たちと話していたことを聞いてしまったの」
すべてのはじまりは、ここからだった。
私は、おそるおそる打ち明けた。
七年前、奏君が同級生に言ったあの言葉を聞いてしまったこと。そこから、愛梨さんが奏君の心の内を教えてくれたこと。悲しみに暮れた私が関係を絶つことを決め、フランスへ誘ってくれた奏君の手を拒んでしまったこと。そして再会後、大使公邸のパーティーで、奏君との過去の関係をほのめかされ、不安になってしまったこと。
私は言葉を選びながら。今までのことをゆっくり打ち明けた。
正直、同窓会のことを伝えるときはとても怖かったけれど、奏君は私をずっと抱きしめて真剣に聞いてくれていた。
「だから、奏君が結婚を提案してくれたときも、この前私のことを好きだと言ってくれたときも、すごく嬉しかったけれど本当に驚いたの……。もちろん、愛梨さんの言葉だけではなくて、私がぽろりと告白しちゃったときに何の反応もなかったことも原因だけど――」
奏君は一瞬、何故か目を見開いて息を飲むような様子を見せたが、私の顔を数秒見つめたあとに、今はそれどころではないと言ったように、咳払いをする。そして、臆することなく答えてくれた。
「……あの、同窓会の発言ははっきり覚えてるが……『足枷』とは君のことではない。あれは、君を〝妹〟としてではなく〝女性〟として見てるという意味で言ったんだ……。楓は俺のことを兄のような存在としか見ていないだろうと思っていたから、気持ちを伝えられない状況になっているという〝関係性〟を意味して……――まあ、相手が下世話な同級生たちで、どう思われようと構わなかったから、みなまで言わなかったんだ……そこから誤解を招いてしまったんだな」
奏君は当時のことを振り返りがならそう打ち明け、心を痛めたような表情で私を見つめた。
「園田のことも、もう一度しっかり否定させてくれ。これまで彼女に楓の悩みなど相談したことは無いし、恋愛感情など持ったことなど一切無い。交際もきちんと断っていて彼女も了承していた。彼女の前で話すことなど、事務的な要件ばかりだ」
奏君はそう言って前屈みになると、そっと私の左手を取り、薬指にあるふたりの結婚指輪へキスをした。そして、よどみなく続ける。
「何度も言うが、俺には今も昔も〝楓〟ただひとりしかいない。ずっと君だけを求めて生きてきた。他の誰も目に入らない……俺だけを信じろ――」
まるでお姫様に忠誠を誓う騎士のような、真摯なその姿から視線が逸らせない。
「奏君……」
「俺が、楓の傍にいることが――すべての〝答え〟だろう?」
胸の奥が燃えるように熱くなって、涙が溢れてきた。
――彼の言う通りだ。色んなことが重なって、あのとき信じられずに彼の手を離してしまった私の前に、もう一度現れて手を差し伸べてくれた。奏君がまた私に会いに来てくれて、傍で愛を囁いてくれる。それが答えだ。
私は飛び込むように奏君に抱き着いた。
「ありがとう……ありがとう、奏君。それと……ごめんね」
七年前に聞いた本心を、取り違えてしまって、ごめんね。
愛梨さんの言葉を鵜呑みにしちゃって、ごめんね。
渡欧のとき、拒んでしまってごめんね。
溢れるほどの愛おしさの中で胸を締め付けるような後悔や心苦しさがいっぱいになった。泣きじゃくりながらごめんねを繰り返していると、奏君がそっと体を離して、私の涙を拭いじっと見つめてきた。
「楓が泣くことではない。謝るのは紛らわしいことを言った俺の方だ」
自然と二人の顔が近づき唇が重なり合った。ふわっと優しく包むように触れ、心ごと優しく包まれたような心地になる。
「でもそうだな……悪いと思うならちょっとだけ俺に付き合ってもらおうか」
「へ……?」
奏君は意味深に囁き、私の唇にもう一度キスをしてから、タクシーの手配をし移動した。
203
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる